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蛟の隠れ家編
ロウコ現る
しおりを挟む「ビンゴだ」
ロウコは他人が見たら震え上がるような笑みを浮かべた。
足元には見張りの蛟の遺体が転がり、木陰の向こうには移動式の天幕が何棟も建てられている。
この集落が蛟の戦士の拠点の一つであるということは、屈強な男たちしかいないことで確信できた。リンファオがここにいるかどうかは分からないが、とりあえずこの場所も潰しておくに限る。
世界中で暗躍している蛟は、前から目障りだった。一族が減少の一途をたどり、かつての刺客の生業さえ無くしている土蜘蛛の剣士として、羨望を感じているのかもしれない。
ロウコはゆっくりと面をかぶった。
土蜘蛛一人に、村一つ滅ぼされる恐怖を、味わわせてやりたかった。
遠方からの騒ぎが届いた時、リンファオはすぐに気づいた。
あいつが来た。
無残に引き裂かれた服の代わりに支給された、新しい真っ白な着物の帯を締めると、リンファオはフラフラする身体を格子で支えて立ち上がっていた。
ケンはさんざんリンファオを貪りつくし、満足したあと、報復を恐れてさっさと牢の外に出ている。
壁に寄りかかり外の気配を探っていた。
「たぶんあいつだ」
ケンは肩をすくめた。
「――の、ようだな」
気功が封じられているため、相手の気配を探ることもできないが、向こうからこちらの気配を探るのも難しくなるだろう。
「出してくれ」
震える声でそう言うと、ケンは逆らわなかった。鍵を取り出し、格子扉を開ける。
リンファオは目を見開いた。ほんとうに逃がしてくれるつもりなのだろうか。青ざめた顔でそれをくぐった。
突然、ケンが少女を肩に担ぎ上げた。
「何をするっ!?」
ケンは喉の奥で低く笑った。
「お姫様抱っこの方がよかったか?」
「そうじゃなくて」
「落とされるなよ」
ケンはそう言うと、岸壁の洞窟を利用した牢の外に飛び出した。
リンファオの体重はあまりに軽く、屈強なケンにとっては何の重荷にもならなかった。
だが、背後から迫る強大な気配に気づいた時、やるべき道は一つしか残されていなかった。
リンファオを優しく降ろすと、切り立った島の裏側を指差す。
「何艇か小さなボートが停めてある。俺たちの島間の移動用だから、設備は十分整っているしな。今の時間なら、もやい綱を解いて軽く押せば、水路に降ろせる」
リンファオは、日光のおかげでせっかく血色の良くなった顔色を失った。
「でも、私は――帆を扱ったことが無い」
「オールがある。なるべく島から離れろ。ちょっと進んだところにある海流に乗れば、あとは潮任せでも本土のどこかに流れ着くようになっている」
ケンは手の平をリンファオに向ける。
リンファオは思わずその中心にある目を見てしまった。だが特に何をされたと言うわけではない。首をかしげるリンファオに、ケンは微笑んで見せた。
「気を少しもらった。俺はたいして気功は使えないが、おまえの気配をまとうことはできただろう」
リンファオは息を呑んだ。
「囮になるつもりか?」
ケンはリンファオを抱き寄せて、口づけしていた。リンファオは抵抗しなかった。
意外に思ったケンが、その濡れたような瞳を見ると、何か言いたげな、複雑そうな光を浮かべている。
「ま、今のはご褒美ってことで」
リンファオの細い腰に目をやった。
「腹の子、大事にしろよ」
愕然とする少女に背を向けると、ケンは軽快に崖を上っていった。その先の高台にある、戦士たちの塒に向かって。
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