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蛟の隠れ家編

島めぐり

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 小さな町や村がある小島には、少ないながら定期的に巡回船が出ている。

 だが、エメラルドグリーンの海の向こうには、人がまだ移住していない大小の無人島が無数にあり、そこに行くには、開拓者たちの船に便乗させてもらうしか無い。

 開拓者たちの働きで資源が見つかり、鉱山労働者が移住すれば定期便の航路が敷かれることになる。


 アンドレア・カーティスが船長を務めるイズーミル号は、これまでに貴重な資源が眠る島を五つ見つけ出した。

 小規模ながらも、帝国にとってはかかせない国産の硝石床や良質の鉄鉱石、銀をふんだんに含んだ鉛の鉱山となり、多額の謝礼金と利権の一部を賜ったのだ。

 よって利益を産み出すこの船は、どの開拓者のものよりもいい設備が積んである。

 乗組員は全員自分たちのことを好んで冒険家、または探検家と呼び、荒っぽさももちろん腕っ節も、海賊に匹敵すると自負している。

 だがその、外洋の大シケにも動揺しない屈強な男たちが、本土から乗せた客人に対しては、むしろ怯えたように近づこうとしない。

 船乗りは、不吉なものを嫌う。

――その男は、歩く死神のようだった。


「あそこには硫黄が眠っていると睨んでる」

 アンドレアは船首の甲板で風を受けている、長身の客人にあえて話しかけてみた。

 細身に象牙の肌。おそらく東人だろう。黒髪に、深いアメジスト色の瞳。服装はいたって普通の旅人の装いだ。

 しかし、その猫背に背負った一風変わった二振りの剣は、飾りではない。そうとう使い込んである。血を吸った禍々しい気配でわかるのだ。他の乗組員が話しかけないのも、頷ける。

「灯台元暗しってやつだ。無人島群でも、本土に近い岩だらけの島は、皆あまり興味がないらしい。俺たちも今まで、この辺りのゴツゴツした島々には食指が動かなかった。だが、そういうところに意外なお宝があったりするもんだ。これだけ本土から近ければ輸送費もかからないし、ボロ儲けできるぞ」
「……」
「もちろん何も出てこないかもしれない。もし何も無けりゃただの岩山だ。――ところであんた、何であんな島に用があるんだ?」

 猫背の男は変わらず無言だ。必要なこと以外、口を開かない。相槌すら打とうとしない。

 アンドレアは男の背後に立たないようにして、さらに近づくと男の顔を覗き込んだ。

 滅多に見ることのないような整った顔立ちだが、無表情と陰気な雰囲気でそれを隠していた。

「愛想は無ぇが、なかなかの……いや、かなりの色男じゃねーか。この辺では珍しい顔立ちだな。東の国の血が入っているんだよな?」

 またもや無言。口が利けないわけではないようだが……。ずっと遠くの海を眺めて物思いにふけっているところをみると、船が好きなのだろうか、とも思う。

 アンドレアは諦めたように肩を竦めると、その場を立ち去った。



 面を外しての隠密活動は初めてだ。ロウコは、もう十数ヵ所目かにもなる無人島めぐりを満喫していた。里を出てすぐに、南の諸島群に目星をつけ、捜索に入った。

 蛟の活動は広範囲だ。しかし、本土で暗躍する蛟の一部がいるとしたら、この近辺の無人島群に潜んでいる確立が高い。たとえ定期便がなくても、小振りな船を操船できれば本土に上陸できそうな距離。

 もちろん今回も無駄足になるかもしれないが、この開放感はけして不快ではないからかまわない。

 かつて経験したことのない、自由でゆったりした旅。

 もともと真面目な剣士では無かった。

 里の掟など破るのが快感ぐらいの、そんな不届きな神剣遣いだった。

 遠征時は各国の蒸留酒と不細工な女を試し、仲間たちと規律破りを楽しんだ。レン老師以来の天才と言われ、うぬぼれていきがっていた頃だ。

 それが今は、ランギョクの命を握られ、里の存続のためにはすべてを投げ打って対応しなければならない、里長の犬に成り下がっている。

 一族を監視し、里長の不利になるような物は全て取り除く。それが今の自分のやるべきことだった。

 帆船に乗って、鮮やかな緑色の海をぼんやり眺めていられるのは、中々心地いい。これほど穏やかな気持ちになったのは、まだ自分が犬畜生に落ちる前のことだ。

 もちろん、ずっとこんな任務なら飽きてしまうだろう。戦うために生まれてきた土蜘蛛の血が、平穏を遠ざける。自分の腕を試したい。そういう欲求は常に心の奥底にある。もし今から向かう島に蛟のアジトがあるなら、それはそれで気持ちは高揚する。

 蛟の戦士たちはやはり土蜘蛛と同じく、男しかいない。家族は持つが、女子供や引退した老人たちと、住む場所は異なっているという噂だ。

 戦士たちの棲む場所を当てれば、そこには強い人間しかいないということ。

 監視という退屈な仕事から解放されたのだから、あの娘に感謝したいくらいだ。さしずめ今の穏やかな気分は英気を養っている、とでも言ったところか。

(蛟のケンか……)

 自分を初めて抑え込んだ男だ。殺りがいがある。

 強い相手と戦うことは、土蜘蛛にとって至上の喜び。少しずつ力を失い、やがて剣士を辞めるしかなくなり、寿命が来て塵になるのを待つ。そんな死に方だけは嫌だ。戦いの中で命を落とすことこそ、天寿を全うしたと言える。

 だがいっそ――。ロウコは金の筋が見事に入った髪の少女を思い浮かべた。

 あの娘の処刑命令が出てくれれば……。

 それが一番の高揚感をもたらすことが、ロウコには分かっていた。

 番人になってからは、同族を殺すことも慣れた。神剣遣いが相手なら、他のどの敵と戦うよりずっと刺激があるし、今やランギョクの命を救う糧だと思えば、女だろうが赤ん坊だろうが無慈悲に殺せる。

(あの厄の子を殺すのは、俺であってほしいな)

 ロウコは口元に邪悪な笑みを浮かべた。

 一度は自分の凶刃から逃れた子供が、次はどれほど抵抗してくれるか楽しみだ。命と命を削りあう、本気の戦いになるだろう。それを考えると、性的興奮に似た昂ぶりを感じた。背筋がぞくぞくした。

(もちろん最後まで立っているのは俺だろうけどな)

 その爽快さを想像して、くっくっくと喉の奥から笑い声が漏れる。

 瞬間、船長のアンドレアと目が合った。憐れむような目で見ている。イカレてると思われたらしい。ロウコは慌てて咳払いし、視線を無人島に戻した。

 土蜘蛛特有の気配は感じない。それでも、今度は当たりそうな予感がした。

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