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研究特区編
シショウ種馬にされる
しおりを挟むリンファオを忘れられるはずが無い。
シショウは腕の中の巫女が乱れる様を、なるべく見ないようにした。
この巫女には悪いが、リンファオの身代わりに過ぎない。
だけど、あまりに違いすぎる。
何が……違うのだろう。
顔は明らかにリンファオより劣っている気はするが、それでも外部の人間とは比べ物にならないくらい美しい。
帝都の娼館でさえ、勃ったのに。
あの、化け物みたいな女たちにすら、勃ったんだぞ。
十分に美しい巫女を前にして、努力しなければ勃たないなんて、自分はいったいどうなってしまったのだろう。
義務に対して緊張している? EDってやつか? そうなのか?
リンファオの幼さが残る美形を思い出し、なんとか絶頂に達したとき、その違いがやっと分かった。
「そうか、力の満ち方が違うんだ」
事後、しどけなく横たわった巫女は、驚いてシショウを見上げた。
「あ……ゴメン」
シショウは慌てて衣服を掴み取ると、テントを出た。他の女と比べていたのがバレたらまずい。
素早く身なりを整えながら、繁殖の儀式を行う広場から逃げるように出たシショウは、脱力を感じていた。
(そうだよな……普通はやった後疲れる)
リンファオとの、ただ一度の逢瀬はまったく違った。
性欲こそ宥められたが、あの充足感の後、気力も体力も満ち、かつてないほど自分の能力が向上した気がした。
(リンファオの中は、力の泉みたいだった)
ぼんやりとそんなことを考えながら、自分の村へ戻る。そこへ、隣の女人部屋から巫女たちが殺到した。
「シショウ様、次は私と」
「いいえ、私はまだ一度も孕んでいません。ぜひ私を」
「私はもう年増です。あと一度だけ孕みたい」
本来たおやかな巫女たちが、目を血走らせて男に群がる様には、怖いものがあった。
ニコロス暗殺未遂の後、用がある時は剣士たちを個別に呼び戻すようになったため、今里にいる剣士は少ない。
それにシショウはその美貌と実力で、女たちの憧れの的になっているのだ。
(無理だ)
シショウは後ずさった。たった今、一戦交えたばかりなのだ。精力を吸い取られてしまう。
そんな恐怖を感じて、シショウはその場からも逃げ去った。
「まいったな。これじゃ本当に種馬だ」
シショウは森の中をさ迷い、手ごろな木の切り株に腰掛けた。他の村の女に見つかってもやばい。なるべく人気のない高台に潜んだ。
切り立った斜面にそって見下ろすと、気の力をほとんど失った男たちや、子を孕めなくなった年かさの女たちが暮らす集落が見える。
外見は若く見えても、土蜘蛛にも隠居生活というものがあるのだ。
戦う力が衰えることを恐れていたシショウだが、今は穏やかな彼らの暮らしが、羨ましく思えた。
いくら若くても、毎日何人もの相手をさせられているのだ。そう思ってしまうのも仕方のないことだった。
土蜘蛛の出生率の低下は、同族間による交配の結果だ。いま土蜘蛛は、麒麟や鏡獅子のように滅亡の一途をたどっている。
もし血を残したいなら、蛟のように外部の新しい血を取り入れるしか道はないのに……。
ふと、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。シショウは顔をあげた。
そう言えば、この辺りは乳母小屋の近くのはず。メイルンはどうしているだろう。シショウはそっと立ち上がった。
男子禁制のため、垣根の外からのぞき込んでみる。
すると、女たちが赤子を抱いて庭を散歩しているのが見えた。
乳飲み子の中にはまだ首の座ってないものもいるし、芝の上に置いても倒れずに座っていられるものもいる。
その愛らしさに、シショウは思わずほほ笑んだ。
ふと、見覚えのある顔を認め、息を呑む。
(メイルン?)
あまりに雰囲気が変わっているから、別人かと疑ったくらいだ。
小さな赤子を胸に抱き、その表情は満ち足りている。
最初に赴任した土地で、聖母信仰なるものがあったが、その大地の母の像に似ていた。
あのお転婆なメイルンが、こんなにしとやかで落ち着きのある美しい女性に変貌しているとは……。
(女の成長は怖い)
それとも、母になったからだろうか。
そのとき、乳母小屋の長が何か合図した。
巫女たちはそれぞれ手に抱いている赤子を交換する。
シショウも聞いたことがある。赤子に情が移らないように、乳母たちは一定期間ずつで変更されなければならない。
乳の味も違うから、変わった直後はかなり手こずる、という話だ。
「メイルンどうしました?」
長の厳しい声に、シショウはハッとなった。メイルンは赤子をしっかり抱いたまま放さない。
「規則です」
メイルンはそう言われて、泣きそうな顔で頷くと、やっと赤子を渡した。
シショウはそんなメイルンの横顔を見て、胸を突かれた。
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