孤独な美少女剣士は暴君の刺客となる~私を孕ませようなんて百年早いわ!~

世界のボボ誤字王

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研究特区編

ヘンリーとエドワード

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 皇帝が危惧するほどには、襲撃者は頻繁には訪れなかった。

 この特区の施設が知られたのは、おそらく蛟を雇った国、または組織だけなのだろう。

 不審者が来ても、表の護衛がだいたい片付けてしまう。

 ただ、蛟があれ以来現れないのが気になった。

 似たような職業だからわかる。彼らもプロ意識は高いはず。

 絶対また来るはず、なのだが──。



 アリビア南部では乏しい季節が、ゆっくりと変わっていく。

(ひまだ……)

 リンファオはヘンリーを見守りながら欠伸をかみ殺した。

 蛟、来ないかな、などと不謹慎なことを考えてしまう。

 これでは、王宮の警護についていた時と変わらない。

 島で暮らしていた頃は、毎日が鍛錬でを集中していた。

 このままでは本当に身体が鈍りそうだ。

 あれ以来ヘンリーは、医薬品の研究の時以外は眼鏡を外している。

 信じたわけではないが、エドワードなるガラの悪いもう一人の人物に、不得意分野を任せているようだ。

 眼鏡のヘンリーの時は、顕微鏡というものを覗きながら、憑かれたように試験管というガラスの筒を振っている。

 なんだか、焦っているように見えた。


 エドワードなる凶悪な人相の少年のことを、周囲の人間はヘンリーの奇妙な癖と捉えているようだった。

 使用人たちだけでなく、大学の研究員たちも彼と関わりあいたがらない。

 しかし、彼が作っているものは素人目にもすごいものだと分かる。

 研究員たちはエドワードがヘンリーに戻るのを待ってから、彼の描いた設計図を元に、残りの作業を受け継いだりしている。

 そうしてヘンリー自身は、自分が為すべきものに没頭していくのだ。

 しかしエドワードの方はというと、リンファオには非常によく絡んでくる。

 初対面時の言い合いのせいか、さまざまな雑用を押し付けてくるのだ。

 自分は護衛が仕事だからと断ると、ものすごく威圧的な態度に出てきた。

「俺様に、護衛なんか要らないんだよ」

 悪鬼の形相で脅すエドワード。

「いざとなったら自分の身くらい自分で守る。雑用がこなせないなら、貴様は解雇だ解雇」

 彼にそんな権限など無いだろうが、都の隊長に変な報告がいくのは不本意だ。渋々、雑用を引き受ける。

 そのほとんどが、研究に必要な資材の調達だった。

 郵便馬車は近くの街の駅舎までしか来ない。

 リンファオはエドワードの取り寄せたものを引取りに、施設と街を往復させられた。

 小包は鳩では運べないからだ。

 街の人々から、明らかに奇異な目で見られているので辟易する。

 コスプレ好きな下働きの子供が、施設のお使いを頼まれている、と噂になっているようだ。

 いや、コスプレて……。

 もうっ、この面なんとかならないの?

 各地の武器工廠に送るための設計図に関しては、極力配布数を減らし、さらに腕利きの騎兵が取りに来るが、こちらは行商人の格好をさせられ、さらに襲撃を予想し、ダミーも何人か用意されている。

 鳩でも運べるが、迷い鳥化でピジョンパイにされたり、特区の場所がバレていた場合「撃ち落とし屋」と言う、情報売買を生業にしたならず者に狙われる可能性もある。

 ちなみに撃ち落とし屋を捕まえると、一生遊んで暮らせるほどの懸賞金をもらえるので「撃ち落とし屋撃ち屋」という、上から読んでも下から読んでもいけそうな職業もある。

 配達の役目まで命じられなくて、本当によかったと思う。アターソンの護衛どころではない。

 そんな風にこき使われる──だが平和な日々が続いた。

 やはりヘンリーと同じように、エドワードも護衛が常に近くにいる状態に慣れてきたらしい。

 知らず知らずのうちに、話しかけてくるようになった。

「ニコロスのやつ、くだらない拷問器具なんかいくつもつくらせやがって。そんなもの、この俺じゃなくても作れる。時間の無駄だ」

 ブツブツ言いながら、今は模型を作っている。

 何でも国中に鉄の轍を打ち込み、レールなるものを敷いて、その上を走る乗り物を考案中だとか。

 ただ、何を作るにもこの国には黒石やそこから作るコーコス(おそらくコークスよりすごいやつ)、燃水といった資源が少なすぎるので、実用化は難しそうだ。

「人殺しの器具なんてのは、効率一点。皇帝のその辺りの考え方が、俺と同じだったっていうのに。最近はニコロスめ、どうかなっちまったらしいな。ギロチンすら使わないそうだぞ。ばかなやつだ」

 現在いる第四施設は、すぐ隣に錬鉄の半屋外棟が併設されている。

 そこに溶鉱炉や転炉が置かれているせいか、この建物内もやたら熱く、外から聞こえてくるガチャンガチャンという音で耳をやられそうだ。

 こういうふうに携わる物によってしょっちゅう場所を変えられるので、中に着る服もいちいち考える余裕がない。

「俺の発明の中で、今のところもっとも偉大な人殺しの器具は、管打式の銃かな。兵工廠勤めの叔父が作った燧石式よりも軸線がぶれない。雷汞は湿気に強いしな。現在国内に溢れてる、サイドハンマーの古い銃を回収して改造すれば、とりあえず量産できる」

 涼しげな半袖の白衣で作業しながら、エドワードは誰にともなく話す。

 リンファオは話半分で、再び、自分の黒装束と覆面を呪った。

 土蜘蛛は汗をかかないが、普通の人間なら汗まみれだ。耳に入ってくる話も暑苦しい。

「この前の試作会では、ニードル銃を持っていった。ボルトに撃針を内蔵させて、雷管を突く。しかもケツから入れるんだ。いやらしいだろう」

 知らないよ……暑い。

「まあ、ボルトが煤汚れでちゃんと閉まらなかったからか、紙薬莢だったからか、ガス漏れして威力も射程も半減しちゃったけどな。だけど、射速は前装のより五倍も速かったんだぜ。そりゃあ皇帝はたいそうご機嫌だった。今後、薬莢を金属製にしたら、完全に薬室を密閉できる」

 だから分からないって……素人に専門的な話題を振るな。いいかげんにしろ。

 と、言いたいのだけれど。

 近くにはリンファオしかいないから、仕方なく相手をしてやる。

 ヘンリーでもエドワードでもどっちでもいいが、とにかくこの少年、おしゃべりは嫌いではないようだ。

 リンファオがまれに質問をすることもあった。

「我々のような職業の者たちならばともかく、一般の人間は、人を傷つけるモノを作ることに抵抗があるのではないですか?」

 だって普通の人間て、すぐ死ぬじゃない。

「そのぉ、武器の威力が増しちゃうと……そういう物がたくさん出回っちゃうと、人がたくさん傷つくというか──」

 少なくとも人を救う薬ばかり作っているヘンリーの方は、きっと嫌だと思う。

「くだらん愚民どもめ。世の中を見渡してみろ。争いばかりで、自らを守る武器が無ければもっと酷いことになる。戦争ってのはな、圧倒的武力でねじ伏せないと、長引いてよけい民が疲弊するんだよ。俺はこの国の民を勝ち組にする手伝いをしているだけだ」

 吐き捨てるように言うエドワード。

 やはり、ヘンリーの時とはまるで違う。

 でも一応、この国の民のことを考えてるらしい。乱暴な言い方だけれども。

 それに、リンファオによく話しかけてくるところはヘンリーと同じ。

 粗野な話し方のわりに、寂しがり屋なのかもしれない。友達が欲しいのかも?

 リンファオは首をかしげた。

「せめてもう少し、優しい顔と声で人々に接してはどうでしょう? そうすれば怖がられませんよ」

 エドワードはカッと目を見開いて、護衛の子供を威嚇した。

「俺はヘンリーとは違う。親父の薬によって生まれた負の産物なんだ」

 リンファオは口をつぐんだ。これが噂に聞く厨二病とか言うやつだろうか。

 食堂のおばさんが息子がそれにかかって、部屋に閉じこもってしまったと嘆いていた。

 出てくるように言っても、悪の組織に命を狙われているから、と手伝いもしなければ、学校にもいかないという。

 ヘンリーとエドワードが違うと言うなら、エドワードはロウコのような死の影を纏っている刺客とはもっと違う。

 真に恐ろしい人間なんかではないと思う。

 確かにヘンリーと違って、彼の周りには誰も近づいてこないけれど。みんな、同情を含んだ眼差しで遠巻きに見ている感じ。

 ちょっと憐れだ。

 メイルンと一緒に読んだ怪奇小説に出てくるような、夜な夜な人の生き血をすするような殺人鬼というわけでもないのだしさ。

 この少年は、凶暴性をわざと自らの中に作り上げているように見える。はっきり言って、滑稽だ。

 嫌なやつかもしれないが、ロウコに殺されかけた経験のあるリンファオには、恐ろしいとは思えなかった。

 エドワードが負の産物で恐ろしい人間なら、リンファオたち『土蜘蛛』は本当に化け物だ。

「二重人格なだけで、別に負の産物ってほどじゃあ……。カッコつけたいのは分かりますけど。あと、貴方やっぱりヘンリーなんじゃないですか? 思い込みで──」

 ポツリと反論すると、エドワードにキッと睨みつけられた。

「おやさしい軟弱モノのヘンリー君に、人を殺す道具が作れるわけ無いだろう。あの寝ションベンハゲは命を救うことしか考えていないんだ」

 リンファオはこの時、おや? と思った。だけどあまり追求するとめんどうなので、黙っていた。

「そういや今さらだが、てめぇら土蜘蛛はいつ休んでるんだ?」

 唐突に、低い声で聞かれた。

「姿が見えない時も傍にいるんだろう? 俺とヘンリーが寝ている時も、見張っているのか?」

 リンファオは頷いた。

 それほど寝ないでもすむのが土蜘蛛の体質だが、もちろん休みはしっかり取らせてもらう。

 皇帝警護の時も、ちゃんと交代で休みを取っていた。

 過度の疲れは、気配を読む能力に影響するからだ。

「いい部屋をあてがってもらってますから、大丈夫です。休まないと損でしょう?」

 エドワードは、少し嬉しそうな表情を浮かべた。

「『土蜘蛛』なんて初めて見たからな。オヤジなんて、客人扱いにしようと思ったらしいぜ」

 エドワードの柔らかな表情。リンファオは思わずまじまじと見てしまう。

「あの部屋のマッサージ機は、俺が開発した。風呂あがりに使ってみてくれ。風呂と言えば、浴槽の隅についているレバーを引くと、泡が出るけど驚くなよ。それもこの俺様の発案だ」

 武器以外も楽しそうに作るんじゃないか。リンファオは意外に思った。



 そう警護してきて分かった。エドワードは怖くは無い。そもそも『土蜘蛛』に怖いモノなんてない。

 だけど、シショウのように穏やかな雰囲気を漂わせるヘンリーといる時は、やっぱり寛げる。

 これはよくない兆候だ。

 ほのぼのとなごんでいたら、いざ蛟の襲撃があったときに即座に迎え撃てない。

 それでも、のんびりと過ぎる第一施設での午後、白衣を着たヘンリーが研究員たちに囲まれて静かに話しているのを見ていると、ついうつらうつらしてくる。

 初めてここに赴いてから、もう一年近く経つ。

 今ではあの薄気味悪いニコロスを守るより、ヘンリーの護衛ができて良かったと思っている。

 あれから特に襲撃らしい襲撃はない。

 土蜘蛛が守護についたことを、敵が知ったからだろうか。

 自分が何のためにここにいるのか疑問に思うこともあるけれど、ロウコの気配さえ無ければ、心地いいとさえ言える場所だった。

 ヘンリーの声は透明で、おちついていて耳に優しく響く。

 見ているだけで癒される人間なんているんだ、とリンファオはうらやましく思った。

 里では、リンファオがたまに中州から出て行くと、遭遇した者たちは皆おぞましそうに見るか、目をそらすかのどちらかだったから。

 見るだけで、人を不安に突き落とす人間、それがリンファオだった。


 その時、第一施設の扉がガチャガチャと鳴り、バンッと音をたてて開け放たれた。

 ヘンリーがハッと顔を上げ、リンファオは梁から飛び降りて身構える。

「大変だ、アターソン博士が!」

 研究員の声。リンファオはぎょっとした。

 青虎が居て刺客にやられるなんてことがあるだろうか。

 何にせよ、殺気に気づかないなんて、完全に自分のミスだ。警戒心を解きすぎていた。

 すると止める間もなく、ヘンリーが走り出した。

「待って!」

 慌てて彼の頭を飛び越えて、前に立ちふさがる。

「危険です、ここに居てください」

 ヘンリーは首を振る。

「いや、たぶん僕が行った方がいい」


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