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研究特区編
ヘンリー・アターソン
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リンファオは走った。
剣のぶつかる冷たい鉄の音、そしてうめき声。
音の聞こえるほうへ急ぐと、私服の兵士たちが奮闘している相手はやはり私服だが、野党やならず者の類ではない。見る限り、明らかに訓練を受けた者たちだった。
何かしら意志を持って来たのは確かだ。
しかしアターソンの施設にいる護衛たちも負けてはいない。一般の学生のような出で立ちは、警備の兵であることを隠しているのか。
その腕は、士官見習いや養成所の訓練兵たちなどとは、比べ物にならないほどだ。
(出る幕はないかもしれないな)
傍観すべきか迷ったその時、リンファオの目が光った。
突然走り出すと、戦う男たちの頭の上を跳躍して越え、その気配を追う。走りながら懐に手を入れ、棒状のクナイを投げつけた。
繁みの奥から次々に苦鳴があがった。地面に倒れ伏す気配の主たちを見て、リンファオは息を呑んだ。
──顔に刺青。
「蛟か」
彼らも元々は東の大陸の刺客の一族だった。血の濃さはもう無いだろうが、身体能力は普通の人間を超えている。
──表の襲撃者は陽動だ。
瀕死の蛟の一人が、自分たちを襲撃した面の子供に目をやった。血の泡をこぼしつつ驚愕の声を漏らす。
「ま、まさか土蜘蛛か!?」
取り敢えず、そいつを捕まえて揺さぶった。
「なぜこちらに来た? こっちに何がある?」
ウィリアムの居る場所とは真逆だ。締め上げていると、突然その男は絶命した。
「服毒……」
舌打ちして周囲を見渡すと、致命傷を受けてない蛟たちは逃げ出していた。
追って雇用者を吐かせるべきか迷ったが、捕まえてもどうせこの男のように命を絶つだろう。自分の仕事は、あくまでもウィリアム・アターソンの警護。
彼の元へ引き返そうとしたその時、
「誰か居るのか?」
飾り窓の少ない無機的な建物と煙を吐く煙突が見える方角から、若い男の声がした。施設の関係者だろう。
リンファオは思わず声をあげていた。
「まだ外に出ないでください。やつらが残っているかもしれない」
その声を聞いた途端、走ってこちらに近づいてくる足音。
(来るなって言ってるのに……人の話、ガン無視かよ)
リンファオが眉を吊り上げると、ザザッと繁みを分けて背の高い少年が顔を出した。目が小さくなるほど分厚い、眼鏡なるものをかけている。
「大丈夫? いま小さい子の声がしたけれど」
そして遺体と奇怪な面のリンファオを目にし、口をポカンと開けた。やばいと思ったのだろう。眼鏡は、慌てふためいて回れ右し、腕をバタバタ動かしながら逃げようとする。
リンファオはその腕を捕まえた。
「ぎやぁぁ」
「落ち着いてください、私は味方です」
リンファオは立ち上がって相手の前に回った。その背の小ささに気づいたのか、やっと少年はじたばたするのをやめた。
(あれ、この人)
眼鏡以外どこかで見た顔だ。この無駄に高い身長といい……。
「ウィリアム・アターソン博士のご家族ですか?」
青ざめた柔和な顔が、こくりと頷く。
「ついに技術開発の主要施設の場所が、ここだってばれたらしいね。情報部がそういう噂を仕入れたみたいで、しばらく警戒してたんだ。き、君も護衛なの? 親父は無事かな?」
アターソン博士の息子か。確かにまだ若い。リンファオは頷いた。
「シマちゃ──番犬に任せたから大丈夫だと思います」
「え、番犬って……だって犬だろう?」
犬に任せて大丈夫なのかな、と不安そうな少年に、
「とにかく大丈夫です」
と、言って聞かせる。
むしろウィリアムに辿り着いた刺客は、肉片すら残ってないだろうけど……。
「刺客の一部がこちらに向かっていました。あの建物? 何かあるんですか?」
少年はまだちょっと心配そうだったけれど、腕利きの兵士たちもいることを思い出したのか、自分を納得させたようだ。
「居住地から来たんだね。どちらかというと、他国の間者が狙うのはこっちの建物だろうね。ここから先の森の中は、研究施設が何棟も続くんだ。表向きは帝都大学の分校──主に農学部の施設だと思われているけれど……あ、だから、いつもは親父もほとんどこちらにいる」
少年は、死んだ蛟に痛ましそうな目をくれた。
「殺したの?」
聞かれて、リンファオはハッとなった。
「勝手に死んだんです」
なんとなくこの平和そうな少年に非難されるのが嫌で、言い訳っぽくなった。
話し方が、どことなくシショウに似ている。無意識の、嫌われたくない、という思いがそう言わせたのだ。
冷静になってみると、リンファオ自身人間を殺すのは──正確には殺していないが──これが初めてだった。
怖いとは思わなかったけれど、不思議な喪失感があった。横たわっている男はもう動かない。土蜘蛛相手ならこの程度では死なないから、あっけなさ過ぎた。
しょげる子供にチラりと目をやって、少年はいきなりその刺客の遺体を担ぎ上げた。
ひょろっとしているが、なかなかの力持ちだ。
優しそうな少年だから、きっと、すぐに埋葬でもしてやるのだろう。
「まだ温かい。うん、いい検体が手に入った」
きょとんとするリンファオを少年は促す。
「おいで、たぶん君が守らなきゃいけないのは居住地区より、こっちの方だと思う。父もすぐにこちらに来ると思うよ。僕の名はヘンリー・アターソン。まだ十六歳だけど、これでも立派な研究員なんだぜ?」
※ ※ ※ ※ ※
ヘンリーは一番手前にあった棟の、赤い鉄の扉に鍵を差し込んだ。出入りにはいちいち鍵が必要らしい。大きい窓が少ない。
もし忍び込む隙間が無いとしたら、リンファオにも合鍵が必要だ。
「刑務所みたいだろ? 第一施設は薬品開発の研究施設だ。消毒臭いけど我慢して」
ガチャン、すぐに扉を閉め、閂までかける。
厚い壁に覆われた室内は閉塞感があると思いきや、窓の数に比べて驚くほど明るかった。
光源を探したけれど、リンファオにはよく分からない。
天窓などの明り取りは、天井の角の細長い長方形が数個あるだけ。少ないにも関わらず、外にいるかのような明るさだ。
「自然光を白壁に反射させて、全体に行き渡らせている。うまく取り入れてるだろ? この壁、夜は発光するし、人口の明かりも倍増させてくれる。これは僕が考えたんだ」
調湿機能まであるという珪藻土に、特殊塗料を混ぜた塗り壁。そのどっしりした造りを自慢げに説明しながら、ヘンリーは中に進んだ。
あちこちに炉が設置してある。煙突に続く排気口と、換気口が何個もあるのにも関わらず、室内は蒸し暑い。
白衣の男たちが複数人、長テーブルに座り、何か作業をしている。すぐに、もっと多くの人間がその場にいることに気づいた。
正面の大きな黒板にびっしり描かれた数式を睨みつけて討論している者たち、ガラスで出来た筒を目の前で注意しながら振っている者や、ペンで必死に何かを書きなぐっているもの、水の入った球体がくっついた黒い筒状の眼鏡を持って、ひどく小さいモノを覗き込んでいるもの。
老いも若きも、誰もこちらに注目しない。……遺体を担いでいるというのに。
「皆さん、お土産だよ。新鮮なやつだ。出来たてのホヤホヤの遺体」
みな、顔をあげた。やっと遺体に気づいたようだ。白衣の男たちの目の色が変わった。
「脳だ! 俺が脳をやる。すぐに腑分け室に運ぼう」
「おまえはこの前の検体で脳をやったはずだ、次は俺の番だぞ」
「喧嘩してる場合じゃない、新鮮なうちに早く」
ギラギラした目をして叫ぶ研究員たち。隣でヘンリーは、血の滴る遺体を担いだままニコニコ笑っている。
「これで彼の死は無駄ではなくなるでしょ? 気を落とさないでね」
リンファオはその異様な光景に震え上がった。
(頭のいいやつらの考えてることは分からない)
剣のぶつかる冷たい鉄の音、そしてうめき声。
音の聞こえるほうへ急ぐと、私服の兵士たちが奮闘している相手はやはり私服だが、野党やならず者の類ではない。見る限り、明らかに訓練を受けた者たちだった。
何かしら意志を持って来たのは確かだ。
しかしアターソンの施設にいる護衛たちも負けてはいない。一般の学生のような出で立ちは、警備の兵であることを隠しているのか。
その腕は、士官見習いや養成所の訓練兵たちなどとは、比べ物にならないほどだ。
(出る幕はないかもしれないな)
傍観すべきか迷ったその時、リンファオの目が光った。
突然走り出すと、戦う男たちの頭の上を跳躍して越え、その気配を追う。走りながら懐に手を入れ、棒状のクナイを投げつけた。
繁みの奥から次々に苦鳴があがった。地面に倒れ伏す気配の主たちを見て、リンファオは息を呑んだ。
──顔に刺青。
「蛟か」
彼らも元々は東の大陸の刺客の一族だった。血の濃さはもう無いだろうが、身体能力は普通の人間を超えている。
──表の襲撃者は陽動だ。
瀕死の蛟の一人が、自分たちを襲撃した面の子供に目をやった。血の泡をこぼしつつ驚愕の声を漏らす。
「ま、まさか土蜘蛛か!?」
取り敢えず、そいつを捕まえて揺さぶった。
「なぜこちらに来た? こっちに何がある?」
ウィリアムの居る場所とは真逆だ。締め上げていると、突然その男は絶命した。
「服毒……」
舌打ちして周囲を見渡すと、致命傷を受けてない蛟たちは逃げ出していた。
追って雇用者を吐かせるべきか迷ったが、捕まえてもどうせこの男のように命を絶つだろう。自分の仕事は、あくまでもウィリアム・アターソンの警護。
彼の元へ引き返そうとしたその時、
「誰か居るのか?」
飾り窓の少ない無機的な建物と煙を吐く煙突が見える方角から、若い男の声がした。施設の関係者だろう。
リンファオは思わず声をあげていた。
「まだ外に出ないでください。やつらが残っているかもしれない」
その声を聞いた途端、走ってこちらに近づいてくる足音。
(来るなって言ってるのに……人の話、ガン無視かよ)
リンファオが眉を吊り上げると、ザザッと繁みを分けて背の高い少年が顔を出した。目が小さくなるほど分厚い、眼鏡なるものをかけている。
「大丈夫? いま小さい子の声がしたけれど」
そして遺体と奇怪な面のリンファオを目にし、口をポカンと開けた。やばいと思ったのだろう。眼鏡は、慌てふためいて回れ右し、腕をバタバタ動かしながら逃げようとする。
リンファオはその腕を捕まえた。
「ぎやぁぁ」
「落ち着いてください、私は味方です」
リンファオは立ち上がって相手の前に回った。その背の小ささに気づいたのか、やっと少年はじたばたするのをやめた。
(あれ、この人)
眼鏡以外どこかで見た顔だ。この無駄に高い身長といい……。
「ウィリアム・アターソン博士のご家族ですか?」
青ざめた柔和な顔が、こくりと頷く。
「ついに技術開発の主要施設の場所が、ここだってばれたらしいね。情報部がそういう噂を仕入れたみたいで、しばらく警戒してたんだ。き、君も護衛なの? 親父は無事かな?」
アターソン博士の息子か。確かにまだ若い。リンファオは頷いた。
「シマちゃ──番犬に任せたから大丈夫だと思います」
「え、番犬って……だって犬だろう?」
犬に任せて大丈夫なのかな、と不安そうな少年に、
「とにかく大丈夫です」
と、言って聞かせる。
むしろウィリアムに辿り着いた刺客は、肉片すら残ってないだろうけど……。
「刺客の一部がこちらに向かっていました。あの建物? 何かあるんですか?」
少年はまだちょっと心配そうだったけれど、腕利きの兵士たちもいることを思い出したのか、自分を納得させたようだ。
「居住地から来たんだね。どちらかというと、他国の間者が狙うのはこっちの建物だろうね。ここから先の森の中は、研究施設が何棟も続くんだ。表向きは帝都大学の分校──主に農学部の施設だと思われているけれど……あ、だから、いつもは親父もほとんどこちらにいる」
少年は、死んだ蛟に痛ましそうな目をくれた。
「殺したの?」
聞かれて、リンファオはハッとなった。
「勝手に死んだんです」
なんとなくこの平和そうな少年に非難されるのが嫌で、言い訳っぽくなった。
話し方が、どことなくシショウに似ている。無意識の、嫌われたくない、という思いがそう言わせたのだ。
冷静になってみると、リンファオ自身人間を殺すのは──正確には殺していないが──これが初めてだった。
怖いとは思わなかったけれど、不思議な喪失感があった。横たわっている男はもう動かない。土蜘蛛相手ならこの程度では死なないから、あっけなさ過ぎた。
しょげる子供にチラりと目をやって、少年はいきなりその刺客の遺体を担ぎ上げた。
ひょろっとしているが、なかなかの力持ちだ。
優しそうな少年だから、きっと、すぐに埋葬でもしてやるのだろう。
「まだ温かい。うん、いい検体が手に入った」
きょとんとするリンファオを少年は促す。
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※ ※ ※ ※ ※
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もし忍び込む隙間が無いとしたら、リンファオにも合鍵が必要だ。
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厚い壁に覆われた室内は閉塞感があると思いきや、窓の数に比べて驚くほど明るかった。
光源を探したけれど、リンファオにはよく分からない。
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あちこちに炉が設置してある。煙突に続く排気口と、換気口が何個もあるのにも関わらず、室内は蒸し暑い。
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正面の大きな黒板にびっしり描かれた数式を睨みつけて討論している者たち、ガラスで出来た筒を目の前で注意しながら振っている者や、ペンで必死に何かを書きなぐっているもの、水の入った球体がくっついた黒い筒状の眼鏡を持って、ひどく小さいモノを覗き込んでいるもの。
老いも若きも、誰もこちらに注目しない。……遺体を担いでいるというのに。
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みな、顔をあげた。やっと遺体に気づいたようだ。白衣の男たちの目の色が変わった。
「脳だ! 俺が脳をやる。すぐに腑分け室に運ぼう」
「おまえはこの前の検体で脳をやったはずだ、次は俺の番だぞ」
「喧嘩してる場合じゃない、新鮮なうちに早く」
ギラギラした目をして叫ぶ研究員たち。隣でヘンリーは、血の滴る遺体を担いだままニコニコ笑っている。
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