22 / 98
研究特区編
リンファオ左遷される
しおりを挟む
神剣とわずかな荷物、そして簡単な地図だけで指示された施設に向かうリンファオ。
案内一人つけてくれなかった。
帝都の市門を出て、皇帝の狩場の森も出る。
丘を登って降りて、降りたと思ったらまた登る。
案内役ぐらいつけろ、と何度も立ち往生しながらリンファオは愚痴った。
ついには馬では入れないような森林地帯になり、仕方なく馬を置いて徒歩で向かっている。
急ぎということなので一応走ってはいるが、なぜ急がなければならないのか、理由は聞かされていない。
そして、自分一人だけが行かされる理由も謎だ。まあ……じっさいは一人ではないのだけれど。
「いいのか?」
馬を降りてから、森の木々の枝を足場にしてついてくる死神に、リンファオはボソボソと問いかけた。
息切れもなく話すことは、土蜘蛛の剣士ならば神剣遣いでなくてもできる。
「皇帝の警護が、土蜘蛛の任務なのだろう?」
ザザッと音がしたかと思うと、リンファオのそれよりさらに奇怪な面の男が、目の前に立ちはだかった。
リンファオは立ち止まる。
危険な死の臭いをさせた男。ロウコはいつでも厄の子を見張っている。
もちろん、最初からつけられているのは気づいていた。
けっきょくリンファオは、この男と組んでいるようなものなのかもしれない。
だからいちいち身を隠さなくてもいいのに、と思う。
ロウコも、見つかっていることを気にした様子もなく応えた。
「帝国の要人の警護は契約に入っている。皇帝自らに依頼された時だけだが──。自分の息子たちや、重大な使命をおびた将軍の護衛を土蜘蛛に命じることは、今までもあった。武の者の護衛は一番死亡率が高い。土蜘蛛がいるからと、無茶して敵陣に飛び込むからな。今回北で死んだ二名の剣士もそうだ。……だから、わざわざ里に断りをいれる必要の無い類だ」
要人……とリンファオは呟く。
「だけどニコロスは、あまり私の力を買ってないように思える。私を充てるくらいなら、他の神剣遣いにすればいいのに」
それとも、気味の悪い下賎の人種が自分の娘と関わったことに、腹を立てたのだろうか。
宮殿からずいぶん離れたところに飛ばされてしまった。シショウにも会えない……。
いっそ、里に戻してくれるなら別にそれでもいい。メイルンにも会いたいし……。
ロウコはリンファオの愚痴を黙って聞いていたが、やがて低い声で告げる。
「おまえの腕は里長が保証している。若い剣士の中では、シショウか……リンファオ。実戦経験はほとんど無い奴らを、里一番の剣士だとな」
どこか不満そうだ。リンファオも唇を尖らせた。
「じゃあなんで、こんな郊外に飛ばされるんだ」
ロウコは呆れたように、リンファオの面を見つめた。
「厄の子よ、ウィリアム・アターソンという名を聞いたことが無いのか?」
こくりと頷くリンファオ。
しばしロウコは固まっていた。
厄の子が村八分になっていたこの二年より前は、巫女見習いだった。
剣士が仕入れていなければならない情報も、入る余地が無かったのだ。
ロウコは軽く息をつくと、仕方無さそうに話した。
「アターソンの一族は、多くの技術会社を作った開発者の集団。ウィリアム・アターソンは現在その一族の当主だ」
開発者と聞いてもピンと来ないリンファオは、彼が続けるのを待った。
「皇帝は貴様のことを軽んじているわけではない。その証が今回の任務だ」
怪訝そうにするリンファオに向かって、ロウコはきっぱり言い切った。
「アリビア帝国の繁栄の立役者であるアターソンの一族。その中でも昨今の軍事技術は全て、そのウィリアム・アターソンという男が構築したと言われている。ある意味、皇帝よりも需要人物だ」
リンファオは息を呑んだ。そこに至急赴けとは、いったい何があるのか。しかも都から近いくせに、うっそうとした山の上にあるという。
「で、その開発研究特区ってどこよ?」
問いかけると、ロウコはまた目の前で姿を消した。どこからか声が降ってくる。
「知らん。貴様が迷ったらそれまでだ」
案内一人つけてくれなかった。
帝都の市門を出て、皇帝の狩場の森も出る。
丘を登って降りて、降りたと思ったらまた登る。
案内役ぐらいつけろ、と何度も立ち往生しながらリンファオは愚痴った。
ついには馬では入れないような森林地帯になり、仕方なく馬を置いて徒歩で向かっている。
急ぎということなので一応走ってはいるが、なぜ急がなければならないのか、理由は聞かされていない。
そして、自分一人だけが行かされる理由も謎だ。まあ……じっさいは一人ではないのだけれど。
「いいのか?」
馬を降りてから、森の木々の枝を足場にしてついてくる死神に、リンファオはボソボソと問いかけた。
息切れもなく話すことは、土蜘蛛の剣士ならば神剣遣いでなくてもできる。
「皇帝の警護が、土蜘蛛の任務なのだろう?」
ザザッと音がしたかと思うと、リンファオのそれよりさらに奇怪な面の男が、目の前に立ちはだかった。
リンファオは立ち止まる。
危険な死の臭いをさせた男。ロウコはいつでも厄の子を見張っている。
もちろん、最初からつけられているのは気づいていた。
けっきょくリンファオは、この男と組んでいるようなものなのかもしれない。
だからいちいち身を隠さなくてもいいのに、と思う。
ロウコも、見つかっていることを気にした様子もなく応えた。
「帝国の要人の警護は契約に入っている。皇帝自らに依頼された時だけだが──。自分の息子たちや、重大な使命をおびた将軍の護衛を土蜘蛛に命じることは、今までもあった。武の者の護衛は一番死亡率が高い。土蜘蛛がいるからと、無茶して敵陣に飛び込むからな。今回北で死んだ二名の剣士もそうだ。……だから、わざわざ里に断りをいれる必要の無い類だ」
要人……とリンファオは呟く。
「だけどニコロスは、あまり私の力を買ってないように思える。私を充てるくらいなら、他の神剣遣いにすればいいのに」
それとも、気味の悪い下賎の人種が自分の娘と関わったことに、腹を立てたのだろうか。
宮殿からずいぶん離れたところに飛ばされてしまった。シショウにも会えない……。
いっそ、里に戻してくれるなら別にそれでもいい。メイルンにも会いたいし……。
ロウコはリンファオの愚痴を黙って聞いていたが、やがて低い声で告げる。
「おまえの腕は里長が保証している。若い剣士の中では、シショウか……リンファオ。実戦経験はほとんど無い奴らを、里一番の剣士だとな」
どこか不満そうだ。リンファオも唇を尖らせた。
「じゃあなんで、こんな郊外に飛ばされるんだ」
ロウコは呆れたように、リンファオの面を見つめた。
「厄の子よ、ウィリアム・アターソンという名を聞いたことが無いのか?」
こくりと頷くリンファオ。
しばしロウコは固まっていた。
厄の子が村八分になっていたこの二年より前は、巫女見習いだった。
剣士が仕入れていなければならない情報も、入る余地が無かったのだ。
ロウコは軽く息をつくと、仕方無さそうに話した。
「アターソンの一族は、多くの技術会社を作った開発者の集団。ウィリアム・アターソンは現在その一族の当主だ」
開発者と聞いてもピンと来ないリンファオは、彼が続けるのを待った。
「皇帝は貴様のことを軽んじているわけではない。その証が今回の任務だ」
怪訝そうにするリンファオに向かって、ロウコはきっぱり言い切った。
「アリビア帝国の繁栄の立役者であるアターソンの一族。その中でも昨今の軍事技術は全て、そのウィリアム・アターソンという男が構築したと言われている。ある意味、皇帝よりも需要人物だ」
リンファオは息を呑んだ。そこに至急赴けとは、いったい何があるのか。しかも都から近いくせに、うっそうとした山の上にあるという。
「で、その開発研究特区ってどこよ?」
問いかけると、ロウコはまた目の前で姿を消した。どこからか声が降ってくる。
「知らん。貴様が迷ったらそれまでだ」
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる