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アリビア帝国編 Ⅰ
大功拳大流行
しおりを挟む同じ年齢くらいだろうか。
食いぶちを稼ぐために兵士の養成学校に入隊したはいいが、今ものすごく後悔している。
ジョルジェ・ランバルトは黒装束の奇怪な覆面の少年に蹴り倒されて、息がつけなくなっていた。
(だめだ、殺される)
何とかゼコゼコと呼吸を再開するが、すぐは立てない。
その這いつくばった顔の前に、黒い足袋の小さな足がスタスタ近づく。
また蹴られる、そう思って身構えた。
周囲から子供たちの悲鳴交じりの声が聞こえた。
「ジョルジェ!」
「ジョルジェさん」
同じ養成学校の仲間たちの声だ。
たいていは戦災孤児か、つい最近あの憎き皇帝の作っためちゃくちゃな法によって親を殺されたばかりの、いわゆる犯罪者の子供たちだ。
「立ってジョルジェさん、殺されちゃう」
ウォルト・マリアッチの叫び声に、必死で起き上がろうとする。
しかし、その襟首を掴まれ持ち上げられた。
ジョルジェはジタバタと暴れた。
武術の神童と言われた自分が、こんなに恐怖を感じたのは初めてだ。
しかも相手は、同じくらいの年齢の子供ときている。うぬぼれていた。
悔しさのあまり、思い切り相手をにらみつけた。
殺される前に、喉笛にかみついてやる。
「ごめんね。子供だということを忘れてた」
昆虫のような面がボソボソとそう言うと、ジョルジェを座り直させて腹部に手をかざした。
リンファオは、恐怖にひきつっている子供の腹部に気を送った。
内気功は、相手の力を引き出す助けをする。
この癒しの能力は、土蜘蛛の剣士なら当然少しは持っているが、もともと巫女だったリンファオは特に優れているのだ。
ややして、広げた両手の辺りがじんわりと温まってきた。少年は、ポカンとリンファオを見つめている。
「あんだてめー、魔法使いか?」
リンファオは少し笑った。
すごんでいるわりに、発想が子供らしくてちょっと可愛いな、と思ったのだ。
幼年部だから十二歳にはなってないはず。十歳か、十一歳かそこらの……おそろしく気性が激しい子供だ。
だが、教えがいがある。
このくらいの年齢なら、土蜘蛛の技も会得できるかもしれない。あくまでも型だけだが。
見習い士官たちの教官を務めたあと、今度は士官学校の生徒たちを教えた。さらにその後は下士官以下から一兵卒に至るまで、ものすごく適当に太功拳を教えてきたのだ。
もう、詐欺と言ってもいい。
(こんなので、仕事をしていることになってるのだろうか)
内心不安なリンファオだが、厄介払いをしたのは皇帝だ。自分は悪くない。
ついには養成学校の幼年部にまで借り出されたが、そこに逸材がいた。
ジョルジェ・ランバルトという少年は、年齢的にも見込みがあるが、戦闘センスが抜群だった。
天性の物か、喧嘩慣れしているのか分からないが、将来が楽しみな子供だ。
土蜘蛛の動きを身体で覚えさせようとして、つい綺麗にケリが入ってしまったというわけだ。
ジョルジェはすっかり痛みの無くなった腹部を見下ろした。そしてキッと顔をあげる。
「魔法使いだろうがなんだろうが、おまえみたいなガキにこの俺様が負けるわけ無いっ」
そして立ち上がって拳を構える。
(ガキって……私は十四歳だぞ)
年齢よりずっと小さく見られるけれど。
土蜘蛛の血で一番気味悪がられる点は、もっとも気の満ちている年齢を、長期間保つことにある。
最盛期のまま身体の活力が変わらない、というのは戦う民族にとっては都合がいい。
しかし見た目も変わらないせいで『妖の一族』などと呼ばれている。
リンファオが気になったのは、自分の今の姿が最盛期なのではないか、ということだ。
背は伸びないし、初潮も来ない。
二年前に突然硬気功の修行をしだしたから、身体の成長が止まってしまったのではないか。
それが不安だった。
「おい、ガキ! もう一度勝負だ!!」
ジョルジェに言われてムッとなるリンファオ。
すっと手を伸ばすと、手のひらを上に向けてクイッとオイデオイデする。
こうするとたいてい相手は簡単に怒って、全力で向かってくる。
案の定、少年はあっさり挑発にのった。
「っらぁぁあああああ」
殴りかかってきたジョルジェをするりと躱し、足をかけて転ばせようとした。
少年は片手をついて無様に倒れるのを防いだ。
(すごいな)
今後の成長が見てみたい。自分の成長の遅さについては考えないようにして、そう思った。
ただ、準備運動代わりに最初に教えた太功拳の型は、まったく身についていない。
こういう元気と力のありあまった少年には、必要が無いのかもしれない。すべて自己流でいいのだ。
(次は剣を交えてみるのも面白いかもしれない)
あてがわれた宿舎に置いてきた、神剣不死鳥の存在を思い出した。
帝国の軍刀は突きを主体とした諸刃のサーベルか、斬り込み用のカトラスだと聞く。
どちらも、この少年には合わないような気もするが、剣士としての成長も見てみたい気がする。
ジョルジェが唸り声を上げながら再び向かってきた時──。
「そこまで」
その声の主は、アレックス・ノーラサイオンだった。彼は訓練場の壁から身を起こすと、リンファオを手招きした。
「おかげで太功拳とかいう健康体操は大流行だ。子供からお年寄りまで活力が満ちてきたと評判だ」
「どうも」
武術じゃないじゃん。リンファオは後ろめたさで真っ赤になる。
「別に皮肉を言っているわけじゃない。宮廷貴族たちにも広がってきているらしいぞ。皇太后様も、健康のために毎朝太功拳を実践なさっているくらいだ。それに君の実力はヴァンダーノ大尉から聞いたよ。陛下にもしっかり伝わっている。そこで──」
アレックス・ノーラサイオンは幼年部の子供たちを指し示す。
「一週間この子たちを教えたあとは、王宮に戻って皇帝の警備についてほしい」
やっと、実力を分かってもらえたようだ。リンファオはほっとした。
皇帝の警護などしたくないが、シショウに会える。もしかしたらシショウと組んで交代で護衛することになるかもしれない。
そんな期待に胸をはずませるリンファオ。まあ、弾むほど胸は無いが……。
とにかくこれ以上、大勢の外界の人間たちの中に放り込まれているよりはずっといい。
村八分のような扱いを受けてきたリンファオは、軽くコミュ障である。
いきなりたくさんの初対面の人間と話すのは、苦痛以外の何ものでもなかった。
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