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アリビア帝国編 Ⅰ
都入り
しおりを挟むなぜこの土蜘蛛の少女があんなところの居たのかと言うと、まあ、話せば長くなる。
少し、時を遡ってみよう。
※ ※ ※ ※ ※
――死臭のする都。
東の市門から都入りしたリンファオは、真っ先にそんな印象を抱いた。
早朝まだ暗い帝都は、死んだように静かだった。
郊外の貿易港ジレオンからやってきたリンファオ。そう離れてはいないはずだが、あの地方都市の方がよほど活気がある。
人がいないわけではない。むしろ都入りする行商人たちの荷馬車で、ごったがえしているのにだ。皆、やけに静かだった。
馬の嘶きと蹄の音、そして轍を辿る車輪の音だけが、舗装された路に響く。
リンファオは、手綱を放して面の上から鼻を覆った。土蜘蛛は嗅覚もいい。他の仲間たちの様子を窺ったが、仮面に覆われたその表情を読むことは出来ない。
何も感じないのだろうか?
しかし仲間たちは平然と馬首を巡らし、シェルツェブルクの城下となる中心の市街地に乗り入れた。
門扉を開けた番兵たちも、その臭いを気にしている様子は無い。
自分は、嗅覚だけずばぬけて発達しているのだろうか、そう思ったくらいだ。
「どうなってんだ……」
ホウザンがそう呟くのを聞き逃さなかった。やはり、みんな気づいている。
先に入った隊長のタオイェンが部下たちを振りかえり、奥に進むよう指示した。タオイェンは何か見せたがっているようだ。
剣士たちは面に覆われた顔を一瞬見合わせたが、全員言われた通りに馬を進めた。
ひしめき合う民家の前の歩道を、怯えたように背を丸めて歩く早起きの人々が行き来している。
彼らは仮面の集団に気がつくと、驚いて家の中へ駆け込んでいった。
ホウザンとシショウが顔を見合わせる。
「変だな。ジレオンからずっと街道を通ってきたけど、とにかく衛生管理がいい。ゴミ一つ落ちてない。でも‥‥‥」
「ああ、俺が派遣されていた場所に比べたら、先進国と呼ばれる所以がよく分かるよ。──なのにこの臭いだ」
自分だけが感じているわけではなかったことに、リンファオはほっとした。
少し進むと、公園とも広場ともとれる、開けた場所が見えてきた。
靄が出ていて分かりづらいが、緑が美しく映えるように設計されている。一面、芝で覆われたそこは、おそらく公園なのだろう。
ただ、公園の中央──人造の泉水の脇に、不自然なものがあった。
何十本もの太い木の杭が、柔らかい地面から突き出ている。林立している、と言った方がいいだろうか。リンファオは目を細めてその杭を見つめた。
どれも真っ黒にすすけている。
近づくにつれ、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
目のいいリンファオは、手綱を引いて馬を止めていた。
「どうした?」
シショウが振り返る。リンファオは杭の林を指差して呟く。
「この臭いの正体だ」
シショウは首をかしげて、もう少し馬をすすめた。やがて、全員がそれに気づいた。
焦げているのは、杭だけではない。杭に鎖で縛り付けられた真っ黒の、元は人間だったもの。
「公開処刑ってやつか。町外れとは言え、アリビア人はこんなところでやるのか」
シショウが呆然と呟いた。少し年齢が上のベテラン、サンエイが肩をすくめる。
「大都市だから、犯罪者が多すぎて処刑場が満杯なんじゃないのか? 見ろよ、あの苦悶の表情。生きたまま焼かれてるぞ。しかも途中で水をかけられてる。生焼けで、苦しみを長引かされたんだ。効率を重んじる皇帝ってのは嘘なのか?」
ホウザンが呻くように言う。
「それにしてもすごい数だ。これだけの数を一度に処分するなんて──いったいどれほどの頻度で行ってるんだ? 年一回とかか?」
「ニコロスは超合理主義者で、死刑囚への刑の執行が早いって聞いた」
ホウザンがシショウの言葉に冗談めかして返した。
「じゃあ、月一か?」
シショウは眉を顰めた。
「冗談はやめてくれよ、土蜘蛛なら一年で滅ぶ」
そして、リンファオを気遣うように見つめてから、そっと囁いた。
「俺たちの里の刑罰も褒められたもんじゃないけど、火炙りなんてのもゾッとするね。生きながら焼かれるなんて。どれほどの重犯罪者なんだ?」
そう言った途端、リンファオがある一点を見つめていることに気づいた。その焦げた杭には、小さな遺体……。
「どう見ても子供だな」
タオイェンが傍にやってきてそう指摘した。
タオイェンは、前回も帝都組十人のうちの一人だ。この惨状を部下たちに見せるのが目的であったかのように、全員を見渡す。その目にも、困惑の色がある。
「親が何か罪を犯すと、一親等内の直系は子供でも火炙り。俺たちが守ろうとしているニコロスという皇帝は、そんな風に法を変えた。どういうわけかこの前都を出る時より、ずっと遺体が増えている」
馬車道を走ってくる乗合馬車のために馬を移動させ、もう一度全員を見渡した。
「本来なら立憲君主制の国だ。刑法も議会で審議されるべきもの。しかし現皇帝は、勅令権の行使が多いと聞く。当然その恨みも大きい。先月のクーデターも、その確執から起こったと思われる。捕まった幹部には下院議員が多かった」
リンファオが小声でシショウに聞いた。
「下院議員ってなんだっけ?」
「軍関係者らしいよ」
タオイェンはボソボソ話している二人を睨んでから、声のトーンを上げた。
「今後皇帝と、その周囲の力の均衡が崩れるかも知れない。皇帝は昼夜問わず、その命を狙われていると思え。今回の騒ぎのように、内部の犯行もあり得る。例え皇室の関係者と言えど信用するな。土蜘蛛の名誉にかけて、アリビアの皇帝を守るのだ!」
リンファオは隊長の話をほとんど聞いてなかった。ただ、焼け焦げた遺体を眺めていた。
老師たちは、武術や気功術だけではなく、読み書きや歴史も子供たちに教える。故郷の大陸の話だけではない。定住を許してくれた、アリビアの歴史も詰め込まれる。
賢帝と言われていたはずだ。彼の代で、上下水道を整え、主要な都市部の衛生状態を改善させた。農村部でも土地を改良させ、輪栽式を取り入れて人口を増やした。
海上では徴募にばかり頼らず、水兵の質のいい常備艦隊を作り上げたという。
そして数々の貿易航路を敷き、植民地を国営の会社に統治させ、国庫を満たし、国の経済を発展させた。
国教会を打ち立ててからは、教会税を廃止。さらには教会領も分割して売りに出し、これまた国庫の足しにしているという。
都市環境の劣悪さからくる病や、飢え、栄養不足からくる国民の死亡率はどの国よりも低い。
──だけど、何かが違う。何かがおかしい。
タオイェンの言葉と逆に、こんなことをした人間を守る価値は無いと、リンファオは思ってしまった。
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