孤独な美少女剣士は暴君の刺客となる~私を孕ませようなんて百年早いわ!~

世界のボボ誤字王

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土蜘蛛の里編

門出

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 シショウの視線が向けられていることは、面をしていてもよく分かった。

 リンファオは戸惑っていた。熱のこもった視線だからだ。


 新しく編成された皇帝の警護部隊の剣士たちは、明らかにリンファオを無視している。

 これが普通だ。

 厄の子の面はしっかり覚えられているのか、メイルンの言う通り背丈で分かってしまうのか──。

 せっかく顔を隠していても、他の里人と同じように、誰も近づいては来ない。

 同じ村の姐巫女たちですらよそよそしかったのだから、それも仕方がない。

 楽しい職場にはなりそうにない事を覚悟はしていた。

 シショウだけが唯一のよりどころだ。

 だけど、ちょっと過保護なくらい気にしすぎじゃないか。リンファオは追いかけてくる視線に、居心地が悪くなった。

 シショウが自分に興味を抱いてくれていると分かった時は嬉しかったけれど、それよりもメイルンに対する後ろめたさの方が強かった。

(そう言えば、あまりメイルンとおしゃべりできなかったな……)

 初体験のあと浮かれきっていたメイルン。夢見心地で、心ここにあらず。

「あああ~良かったわ~想像以上に良かったわ~」とブツブツ繰り返すばかり。

 せっかく修行を終えて青虎の島から出てきたというのに──しかも遠征組の一人に選ばれ、また里からいなくなるというのに、あまり寂しそうでは無かった。

 女は男が出来ると薄情になると聞いたことがあるが、それだろうか。


 旅の準備をしていると、こちらを気にしていたシショウが、ついにやってきた。

 シショウは面を頭の上にあげると、その美しく優しげな表情に笑みを浮かべた。

 気まずさから俯くリンファオ。

 シショウはその耳元にそっと囁く。

「俺、本気だから」

 凍りつくリンファオの手をぎゅっと握る。

 シショウは辺りを見渡し、何も起こらないことに勢いづいた。

「馬は乗れる? 俺の前に乗せてあげようか?」

 もっと口を近づけて、ほとんど耳に触れんばかりに囁くシショウ。リンファオの面の中はもう真っ赤だ。

「一通り習ったわ。大丈夫」

 離れようとするが、シショウは手を放さない。

 彼は内心にんまりだった。

 いくらロウコでも、帝都シェルツェブルクまでは来られまい。

 口説く時間はたくさんある。

 皇帝の護衛は全員神剣の持ち手だが、剣士は二名ずつ組んだ十名と決まっている。なにせ、無償労働ボランティアだ。

 これ以上里から剣士を差し出す義理はないし、ましてや一族を監視する番人の長が、里を離れるわけにはいかないだろう。

 そう考えて、シショウはホクホクした。リンファオが一緒だなんて、楽しい任務になりそうだ。

 直後、すぐ横に気配を感じて飛びずさる。

 ロウコだ。

 しかも、旅支度をしているではないか。

 竦む二人に向かって、紅い牙の面が大きく笑ったかに見えた。

「手を握ることすら許されていないぞ。……シショウ、貴様は将来この一族を担う剣士になる。その女児には関わるな」
「おまえ、その格好──ついてくる気か?」
「っ……宮殿の中まで?」

 げっとなるシショウと、内心あの視線から逃れられると思っていたリンファオの声に、絶望の響きが篭る。

 ロウコは肩をゆすってくっくっく、と笑った。



 その時、伝書用のハトが村の中心に降り立った。

 剣士たち全員がそれに目を奪われる。土蜘蛛は伝書に鳩は使わないからだ。

 通常は普通の人間には手懐けることが難しい鷹や隼、それに梟といった猛禽を洗脳し、連絡用に使っている。

 島鳩が来るということは、外部からの知らせだ。

 なんとなく嫌なものを感じていた神剣遣いたちにすぐ、長老の一人からその知らせは届けられた。

「皇帝が襲われた」

 ざわっ、と個々に違った土蜘蛛の面々が色めきたつ。

 リンファオの近くの神剣遣いが、ガッと面をむしりとり、苦い声で毒づく。

「不在を狙われたか」

 おそらく土蜘蛛の守護が無くなっている、この再編成の時期を知った者の仕業だろう。

 どこから漏れたのか‥‥‥。

 土蜘蛛は一族をあげての特別な行事の日、帝都から離れたこの里へ戻らなければならない。

 それは各国の雇い主からも承諾されていることだが、その隙を狙われることは過去にもあった。

 よって行事の日は、雇い主と護衛対象以外は極秘となっている。

「何者の仕業だ? 北の国の刺客か?」
「刺客ならば、我らと同業だったみずちに違いない」
「王宮の近衛や皇帝の親衛隊は何をしていたのだ! まったくの役立たずか」

 口々に低い声が面から発せられる中、リンファオのか細い声がボソッと響いた。

「ニコロス四世は? 死んだなら私たちが行く意味はないでしょう?」

 その場が静まりかえる。

 長老は片手を挙げて全員の注意をひいた。

「内部の軍人たちの犯行だったらしいが、未遂に終わった。我らが雇い主はご無事だ。だが──」

 長老は少し息をついて、若い神剣遣いたちを見渡した。

「この件も含め、少し我々一族の動きを利用されることが多くなっている。祭りなどの行事で全員が里に戻るという伝統は、もう続けることができないのかもしれない。その辺りは、里長や老師たちと決め次第連絡する」

 皆、黙り込んだ。

 アリビア帝都遠征組の隊長であるタオイェンは、自分の荷物を担ぎ上げると立ち上がった。

「すぐに出発させてください長老。我々の守りを甘く見られたくは無い」


 新しく編成された神剣遣いの十名は、慌ただしく都を目指して谷を出た。

 いや、十名ではない。

 そのうちの一人をつけまわす死神が一名と、獣が一匹。



 こうして舞台は辺境から海を渡り、アリビア帝国の首都、シェルツェブルクに移るのであった。

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