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土蜘蛛の里編
長老会議
しおりを挟む山の頂の崖に張り付くように、長老たちの住まう城が建っている。
虎将堂は、外の人間が見れば怖くて歩けないような場所にある。
どうやって建てたのか謎の木造建築だ。
渡り廊下がぐるりと絶壁を囲み、途中道が途絶えたかと思うと、村が点在する山腹までをロープで繋ぐ、木でできた移動用の乗り物が設置してある。
この恐怖の昇降機に挑戦しようという輩は、まず里の人間以外にはいない。
よって里長を頂点とするこの城の長老たちは、外部の攻撃──命知らずの侵入者がいたとして──から守られることになる。
里において長老と呼ばれる者は、百歳を過ぎている者がほとんどだ。
外見は一番年長に思える者で六十かそこらにしか見えないが、生きてきた歳月分、威厳と風格は備わってくる。
そんな彼らが絶壁の城の、さらに隔離された庵の中、一同に介していた。
編成されたばかりの、一族の剣士たちの組み合わせ表を眺めながら、渋い顔をしている。
中でも実質、一番の年長者であるはずの里長の機嫌は、面をしていてもわかるくらい悪い。
この国の王に献上する剣士たちの中に『厄の子』が含まれているからだ。
「実験的に、この方法をとってみようかと思う」
里長の苦渋の決断だった。
「忠義は尽くさねばならぬしな。屈指の十人であることには間違いないのだ」
里長はため息とともに、老師と呼ぶにはあまりに若々しい武術の長たちを見渡した。
「番人として里に置くことも考えた。が、巫女は里の外に憧れる。逃走者を捕まえるどころか、あの娘、自分から逃げ出しそうだ。ならば最初から、外の世界を見せておくほうがいいのかもしれん」
番人に番人を付ける、という手も考えた。リンファオを番人にし、ロウコに指導させるという選択。
だがロウコはあの通り、老師に向いている性格ではない。あの娘も一度殺されかけた相手に、素直に従うとは思えない。
監視はロウコほどの剣士でなければ不安だが、同じ職務を全うさせるのはまずい気がする。反発しそうな組み合わせである。
他の仕事を与えたほうが、あの娘は動くだろう、そう考えた。
「どちらにしろ、監視役はロウコにさせねばならん。……里が手薄になるな」
里長は呻いた。
だから殺したほうが良かったのだ。面倒くさい。まあ、殺せなかったわけだけれど。
恨みがましい目を、師であるレンに向ける。
「厄の子を、これほどまでに強くしても良かったのだろうか」
レンはそれを聞いて、思わず鼻で笑っていた。
「神剣が選んだのだぞ。私はほとんど教えてない」
「それを言うなら、硬気功もだ。巫女見習いが内気功に優れているのは納得できる……が、最初から何の鍛錬もなしに硬気功を使えた剣士が今までにいたか?」
気功の師を務めたリーチェンが指摘する。他の長老が呻いた。
「天賦の才というやつか」
黙って頷くレンに、長老たちは苦い顔をした。
「まさかシショウを超えるほどになるとはな。あの女児がたった二年で──」
しかしレンは、苦笑いして付け加えた。
「実戦で失敗する新人はたくさんいる。真の実力を試す機会はこれからだ」
しばし、重苦しい沈黙が続いた。
最初にその静けさを破ったのは、いつもの長老会ではほとんど話さないレンだった。
「ランギョクという巫女を処罰した日を、覚えているか」
周囲がその名前を聞いて、ギクリと凍りついた。
巫女長スイレンの目が釣り上がる。
貴重な赤子を盗み、この谷を抜け出そうとした愚かな娘。
その葬儀の日、稚児たちが外部の人間に襲われた。
悲鳴を聞いて駆けつけた剣士たちが見たのは、気絶した稚児や巫女見習いたち、そして、周囲に飛び散った肉片だった。
高原スミレの咲き乱れる野は、一面真っ赤に染まっていた。
テラテラと光る肉片が、子供たちを攫おうとした外部の人間の成れの果てだと知ったのは、子供たちが目を覚まし、話を聞いてからだ。
シオンという巫女の見習いが斬り殺された後のことを、子供たちはまったく覚えてなかった。
そのシオンの遺体は、子供たちが目を覚ます前に、土蜘蛛の性で塵となって消えていた。
「硬気功の猛攻撃を受けたとしか思えない。人間の身体が細切れになるほどの力を出せる者が、居たとしての話だが」
ボソボソと話すレンの言葉に、リーチェンが鋭い視線を投げた。彼には即座にレンの言おうとしていることが分かったのだ。それについては、リーチェンも確信を持っていた。
長老の一人がイラついた声をあげた。
「何が言いたい。おぬし、まさかあの子供が──」
「リンファオはあの場に居た。それは事実だ」
レンの言葉は長老たちに間に落ち、彼は再び口を閉ざした。
その時、その場にただ一人居た女が、初めて口を開いた。
「私もあの子を見たときからそう感じていました。試練の島で起きたロウコの部下たちの負傷も、間違いなくリンファオの仕業でしょう」
長老たちがざわめく。巫女の長は片手をあげてそれを鎮める。
「──ですから私は、引き続き巫女舞を教えました」
スイレンは巫女を取りまとめている。
見た目はまだ三十代後半から四十代初めくらいにしか見えないが、彼女も百歳を超えている。
土蜘蛛の外見の年齢は、うちに秘める力を示す。
彼女が未だに力に満ち溢れた巫女、ということになる。
「あの子は神剣遣いにして、その身に神や精霊を落とすことが出来る、ただ一人の土蜘蛛となったのです。内に秘める容量は私にも分からない。ですが、巫女の力をもってすれば……あのような硬気功の暴走で周囲を傷つけることは、もう無いと断言しましょう」
「身体が媒体となるなら」
リーチェンが頷く。
神落としが可能なら、気力が膨れ上がっても耐えられるだろう。彼は、気力と体力の均衡が悪く、塵になった剣士を何人も知っている。
「あの小さな身体がもつなら、沸き起こる硬気功でその身体を消耗させることもない。気功を完全に制したということになる」
「負担にならない増幅方法を教えました。この私が」
スイレンは自信に溢れていた。
あの子供の擁護に回っているように思える数々の発言に、里長は眉を顰めた。
老師たちは鍛練の期間に、あの女児に情がうつったのではないか。ならば彼らの言葉はあまり信用ならない。
里長は、再び今回編成された剣士たちの表を眺めた。再び迷いが出る。
「やはり、あの娘は危険だ。里から出さぬほうがいいかもしれん」
本当は、逆にこの里からいなくなってほしい。両刃を抱えているような気分になるのだ。
レンはため息をついた。
彼にしてみれば里長は、最初から怯えすぎのような印象を受ける。
「あの者は、青虎を手懐けた。何か特別な力を秘めた子供らしい。それが良き力なのか悪しき力なのか、あなたに判断できるのか?」
レンの言葉に、長老の一人が反論する。
「だが、もし悪しき力なら誰が制する? うぬか、レン老師?」
「今ならあるいは。だが数年後には確実に越される」
ごくりと唾を飲み込む音。
レンをはじめ、長老たちの外見は実年齢よりもずっと若く、ゆえにその力は大きい。
それでも、闘う年齢の盛りは過ぎているのだ。
たった二年の訓練で、同じ年に選ばれた神剣遣いの男たちを超えてしまった少女。一族を守る責任を負った里長ほどではないが、やはり不安には思う。
「シショウとて成長途中だ。彼になら──」
同じ村の剣士に処分させるのは忍びない。レンは首を振り、言葉を変えた。
「継続してロウコに見張らせよう。さすれば皇帝の下に遣しても害はあるまい」
里長は渋々頷き、老師たちも黙って頭を下げたが、内心、まだ厄の子を里の外に出してもいいのかどうか、判断できなかった。
──自分たちに出来ることはやったつもりだが。
外部の人間を細切れにし、番人たちの報告通り青虎すら気絶させたのがあの女児ならば、彼女の内包された力はとんでもなく大きい。
その爆発的な力を攻撃と防御に転換できるよう、二年間血反吐を吐くような訓練を受けさせた。
もう気力を制御できるはずだ。
そう信じたい。
(それはそれで、恐ろしい剣士を一人作り出したことになるがな)
老師たちは硬く目を閉じて、少女の行く末を案じた。
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