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土蜘蛛の里編

繁殖小屋

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 村から離れた草むらの中に、白い天幕が点在している。

 シショウはしーっと指を口にあて、リンファオについてくるよう指示した。

 やがて、黒い地下足袋と朱色の鼻緒の草履が並んだ一つを見つけると、そっと近づく。

 地に打たれた杭を一本外すと、布をそっとめくり上げた。

 テントの帆布は、防音のため幾重にも重なっている。シショウはスルッと潜り込むと一枚一枚めくっていった。

 仕方なく、リンファオも潜り込む。

 厚手の布のおかげで暖かく、外の光は殆ど遮られている。中には小さなランプ一つしか無い。

 薄明かりの中、自分達の気配を殺し、逆に相手の気配を探した。

 最年少で選ばれた実力者である神剣遣い二人ならば、天幕の中の人間に気づかれることは無かった。

 ましてや相手は、言い争いをしている。


「何で私を選んだのよ! 私、初めてはシショウと、って決めていたのに」

 半べその怒鳴り声が聞こえてきた。メイルンだ。

 本気で嫌がっているのが分かる。

 リンファオは、思わず助けに行こうと身を乗り出した。

 その肩を慌ててシショウが掴んだ。覗きがバレるってば、と耳元で囁かれる。

 夜目が利く土蜘蛛には、薄暗い闇でも何をしているかが見えた。

 ホウザンが、黒装束を脱ぎ捨てているところだった。

 オレンジの淡い光に、筋肉質のがっちりした身体が照らされる。

 メイルンの生唾を飲む音。それから、うっとりとした呟き。

「あら、いい身体」

 思わずこけそうになるリンファオ。

 ホウザンは勝ち誇ったような顔で、力瘤を作ってみせる。

 次に、土蜘蛛の面を外した。

「里の人間なんだから、ほら、顔だって悪くないだろ? 今この瞬間だけは、シショウなんて忘れろよ」
「まあ……合格点には入るご面相だとは思うけど……」

 もごもごと言いながら、頬を人差し指で掻き、ツンと横を向く。まんざらでもなさそうだ。

 メイルンが雰囲気に呑まれたことは、手に取るように分かった。

(ちょっと! シショウじゃなくていいの?)

 思わず叫ぼうとしたリンファオの口を、シショウが塞ぐ。

「あ……ん」

 もみ合っているシショウとリンファオの耳に、小さなあえぎ声が届いた。

 いつの間にか、ホウザンとメイルンは抱き合っていた。

 思わずまじまじと見つめてしまうリンファオの前で、激しい口付けが始まっていた。

 ちゅぱちゅぱと舌の絡み合う音が、天幕の中に響く。

 リンファオは真っ赤になった。

 これ以上覗くのはまずい。あまりに刺激が強すぎた。

「シシシ、シ、シショウ、行こう」
「バッカ、ここからがいいところなんじゃん」

 小声でシショウが返す。いたずらっぽい響きがある。

 リンファオの反応が面白いらしい。

「リンファオだって、勉強しておいた方がいいんじゃない?」

 耳元で囁かれて、妙な気分になった。

 今やホウザンは、メイルンの着物の帯を解き、そのすっかり大きくなった胸をはだけさせていた。好き放題に揉みしだいている。

「デカっ、ああメイルン、おっぱいデカッ」

 ホウザンの感極まったうめき声。

 ランプの光に照らされ、メイルンの白い胸元は艶っぽく輝き、よけいエロティックだ。

 明らかに快楽のあえぎ声が、メイルンの口から漏れはじめた。

「うまいな、ホウザンの初任務は西の島国だったっけ? けっこう遊んだらしいな」

 シショウのにやにや笑っているような小声。

 しかしメイルンも負けていなかった。

 さんざん首筋や乳房を舐められて、自我を失いそうになっていた彼女は、ホウザンの手が内腿に伸びてくるとその手首を掴んだ。

「メイルン?」

 驚くホウザンを、メイルンは逆に押し倒した。そして下穿きを一気にずり下げる。

「え、ちょっと……うあっ」

 うろたえるホウザンの、怒張したものを口に頬張りだしたメイルン。

 シショウとリンファオが、思わず顔を見合わせる。

「メイルンって初めてだよな?」

 そんな問いかけに、いや知らないよ、って言い返したくなる。

 真っ赤になっていたリンファオは逆に尋ねてみたくなった。

 シショウは経験があるのかと。こんな風に楽しそうに秘め事を覗くなんて……。

 自分が子供なのだろうか。身の置き所が無いのだ。

 平然としているシショウは、とっくに大人の仲間入りをしているのだろう。

 任務に赴いていたのだから、もしかしたら里の監視を逃れて大いに羽目を外してきたのかも。

 雇い主の危機度にもよるが、遠征中の剣士は、わりと自由だと聞いたことがあるし……。


「うぅううぅっ」

 ホウザンはついに我慢できなくなり、メイルンを抱き上げると自分の上に降ろした。

 苦痛の悲鳴が天幕内に響き渡る。処女は痛いと聞いたことがあるけれど……。

 メイルンの額にびっしりと脂汗が浮かんでいるのを見ると、やはり相当痛いようだ。

 リンファオは心配になった。

 誰であろうとメイルンを傷つけるのは許さない。

 しかし、すぐにその声の調子が変わってきた。

 明らかに快感の響きが含まれている。

 ホウザンが腰を動かすとともに、あえぎ声は少しずつ大きくなっていった。

 メイルンのこんな色っぽい姿を見るのは初めてで、リンファオは目のやり場に困った。

 楽しんでいるシショウとは逆に、後ろめたさから天幕の外に出ようとした。

 恥ずかしくてこれ以上見てられない。

「待って」

 シショウがその腕を掴む。そしていきなりリンファオを後ろから抱きしめた。

 驚くリンファオの耳に小さく囁く。

「俺は、里ではリンファオって決めていたよ」

 少女の目が見開かれた。

 まさか。

 彼の手が、ゆっくりとリンファオの胴着の中に伸びてきた。

 まだ硬い蕾のような、小さなリンゴぐらいの乳房をそっと手で包む。

 すっかり固まってしまうリンファオ。

(ば、ば、ばかな)

 リンファオは身体を強ばらせたままだったが、彼のこの突然の態度にうろたえ、身を潜めているというのにパニックを起こしそうになっていた。

 シショウが自分に興味を持っているなんて、そんなことがあり得るはずが無い。

 だって自分は災厄の子なのだから。

「てっ」

 シショウは指先に痛みを感じて手を引いた。

 リンファオは呪縛が解けたように、慌てて胸元を押さえた。助かった。

「あ──ごめん、青虎が噛み付いたんだね。指はある?」

 それから逃げるように後ずさる。シショウは首をかしげる。

「リンファオって……胸がまだペチャ──いや、あんまり無いけど、その──」


「その通り」

 声は二人の背後──天幕の襞の外から聞こえた。突然、襟首を掴まれて二人とも布の外に引っ張り出される。

 暗闇に慣れていた目が、急に白日の下にさらされて眩んだ。

 そんな二人の前に、紅い牙の面の男が立ちはだかった。

「剣士は成熟した巫女から番う女を選ぶ。それが掟だ」
「あんたは……」

 身構えるシショウ。リンファオも緊張して凍りついた。

「番人の長、ロウコだ」

 黙っている男に代わり、リンファオが答えた。

 恐怖は感じているようだが、特に驚いた様子もないリンファオに、おや、とシショウが目をやる。

 リンファオは顔を伏せた。

「私が神剣を持つようになってから、監視がつくようになった」
「まさか……」

 シショウが息を呑む。

「うん。ロウコは四六時中私を見張っている。私が厄を起こさないように。掟を破り、道を踏み外すようなことがあれば、即座に彼が私を殺す」

 そんな──。

 真顔で沈黙するシショウに、ロウコは這うような低い声できっぱりと言った。

「もう一度言う。シショウ、貴様は巫女と繁殖しなければならない。子を為せ」
「だ、だから今──」
「この者はもはや神剣遣い。巫女ではない」
「だけど、女だ!」

 シショウは勇気を振り絞って、この同族とは言え、得体の知れない気味の悪い男に言い張った。

 常に任務中の番人は、里長と同じく里内でも面を外さない。おそらく恐怖心を植え付けるためだ。

 確かに薄気味悪いが、西に赴任してから力だけでなく、自信もつけた。この二年、シショウはたくさん戦い、そして殺した。

 こんな男、怖くはない。

「剣士同士でそうなってはいけない掟はないはずだ。今までに剣士に女が居なかっただけじゃないか」
「ならば長老会で審議が降りてからにしろ」

 即座に言ったあと、ロウコは喉の奥を不気味に鳴らす。青臭い少年剣士を、あざ笑っているのだ。

「その者は十四。だが、見てみろその貧相な身体。まだ初潮も来ていない」

(きゃぁぁあ)

 リンファオの顔面が朱に染まった。

 ばらされたくなかった。

 もう十四なのに、初潮が来てないなんて。

 ロウコがそれを知っていることも、ぞっとする。

「巫女云々の前に、厄の子が子を孕む資格があるかどうか、長老会が決める。分かったら他を探せ」

 そしてフッと姿を消した。

 木々に紛れて見えなくなっただけだが、動きが速すぎて消えたように見えた。

 でも分かる。

 相変わらず監視している。

「水浴びとか着替えの時は居なくなるよ。私もあの人の気配が読めるから分かる」

 言い訳がましくそう呟くリンファオを、シショウは思わず抱きしめていた。

「可哀相に。何が厄の子だ。リンファオはただ神剣に選ばれただけなのに……」

 二人の身体すれすれの地面に、数個のクナイが突き刺さった。ゾッとなるシショウ。

 やはりロウコは近くに居るのだ。

「放してシショウ。私には関わらない方がいい。あいつは──神剣双龍のロウコは、侮れない。私はこの二年、老師たちの教えに従って、剣術も、武術も、気功術も完璧に身につけたと思う。それでも気配を見失う時がある。ロウコは危険だ」

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