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土蜘蛛の里編

夜明け

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 番人たちが、行きで使った籠に乗って一人、また一人と戻ってくると、里人たちの多くが集まってきた。

 東の空がすっかり白んでいた。

 負傷した男たちは傷口をしばったり、気功でお互いに癒しあったりしている。

 里長は彼らに説明を求めた。

 彼らもまた、何が起こったのかよく分からなかったようだ。

 厄の子が喰われそうになったあの時、恐ろしいほどの力の渦が発生するのを感じた。
 
 理解不能の事態が起こったが、それは日頃の訓練の賜物。咄嗟に気を巡らせて防いだ。

 そこまでは覚えている。

 その後目覚めると、標的の子供はいなかった。幸い、青虎も気絶していたおかげで喰われずにすんだが、危ないところだった。

 番人たちの朧気な記憶を聞き、里長は考え込む。

「前も似たようなことがあったな」

 里長は、番人たちを見渡してそう呟いた。その口調は不穏な響きを含んでいた。

 あの時はもっと酷かったが。


 メイルンが面の男たちに駆け寄った。

「リンファオは!? リンファオはどこ!?」

 奇怪な面の男が、その顔をメイルンに向けた。

 それだけでメイルンの背に、蛇が這い上がってきたかのようなおぞましさが走る。

 番人とて同じ一族のはずなのに、この男は気持ち悪い。

 一体、この番人と呼ばれる処刑部隊の剣士たちは、どこの村の出身なのだろう。面の中の顔が見えないから素性が知れない。それがよけい恐ろしさを煽っている。

 こんな奇妙な男たちが里を見張っているなんて……。

 メイルンは怖かったけれど、勇気をふりしぼってもう一度尋ねた。

「リンファオは?」
「死んだ」

 それを聞いた途端、メイルンの周囲がグラッと揺れた。眩暈だ。

 だが、背中を支えてくれる人がいた。振り返ると、彼女の大好きなシショウだ。いつの間にか背後に来ていたのだ。

 こんな時でもなければ、嬉しさで舞い上がっていたかもしれない。けれど、それどころじゃなかった。

 メイルンは里長に食って掛かった。

「どうしてあんな子供を殺させたの!? あなたの仕事は里人を守ることでしょう!?」
「殺したのではない。試練を与えたのだ。あの者が試練に打ち勝たなければ、里は厄禍に呑みこまれる。私は里人全員の安全を考えた」
「ざけんな古だぬきっ! 生かすつもりなんて無かったくせに。あんたは変化を恐れるただの臆病者だわっ」

 その喉元に剣が突きつけられる。赤い牙の面が、里長の命令を待つ。

「女の分際で里長の決定に異を唱え、無礼な口を利きました。殺しますか?」

 メイルンが悲鳴をあげてシショウにしがみついた。シショウが身構え、里長が慌てて首を振った。

「やめい、貴重な女児だ」

 ここ数年、子供の出生率が下がっている。特に女児。メイルンやリンファオたちの世代はその中でもさらに少ない。

 女児が減れば、土蜘蛛は滅びの道をたどることになる。

──もしそうでなければ、自分は殺されていたのだろうか。それではまるで、繁殖の道具ではないか。

 聡明なメイルンは、改めて自分たちの存在意義を疑い……声なき声を上げながら、その場に蹲って泣いた。

「夜が明ける。皆それぞれの村に戻れ」

 里長が命じたとき、ざわっ、と後ろの集団で騒ぎが起こった。

「あれを見ろ」

 誰かが指差す。

「なんぞ?」

 里長が怪訝そうにすると、人々は道を開けた。

 下流の方から、濡れ鼠のリンファオが身体を引きずるように歩いてくる。

 腹部を押さえ、よたよたしているが、それでも生きていた。

(ばかな)

 番人の長が眉根を寄せた。

 あの怪我で、この激流を登って来たというのだろうか。そもそも巫女は泳ぎ方など知らないはずだ。

 メイルンが狂ったように叫んで、今にも倒れそうなリンファオのところに駆けて行く。

 すっ、と番人の長が剣に手をやり、そちらに向かおうとした。里長がそれを止めた。そして小声で叱咤する。

「殺してはならん。里の者の目がある」

 試練に打ち勝ったのだ。それを処刑してしまえば、里長への、ひいては里の掟への不信感が生まれる。

「今のところは見張るだけにしておこう。もし土蜘蛛にとっての厄となるならば、その時は息の根をとめるのだ」

 番人たちは頷くと、小さな子供をじっと見つめていた。

 リンファオが青虎とやりあった時、確実に何かがあった。

 何が起こったのか覚えていないとはいえ、あの巨大な青虎が地面ですっかり伸びていたのだから、よほど大きな攻撃を加えたとしか思えない。

──あんな小さな子供が?

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