9 / 98
土蜘蛛の里編
夜明け
しおりを挟む番人たちが、行きで使った籠に乗って一人、また一人と戻ってくると、里人たちの多くが集まってきた。
東の空がすっかり白んでいた。
負傷した男たちは傷口をしばったり、気功でお互いに癒しあったりしている。
里長は彼らに説明を求めた。
彼らもまた、何が起こったのかよく分からなかったようだ。
厄の子が喰われそうになったあの時、恐ろしいほどの力の渦が発生するのを感じた。
理解不能の事態が起こったが、それは日頃の訓練の賜物。咄嗟に気を巡らせて防いだ。
そこまでは覚えている。
その後目覚めると、標的の子供はいなかった。幸い、青虎も気絶していたおかげで喰われずにすんだが、危ないところだった。
番人たちの朧気な記憶を聞き、里長は考え込む。
「前も似たようなことがあったな」
里長は、番人たちを見渡してそう呟いた。その口調は不穏な響きを含んでいた。
あの時はもっと酷かったが。
メイルンが面の男たちに駆け寄った。
「リンファオは!? リンファオはどこ!?」
奇怪な面の男が、その顔をメイルンに向けた。
それだけでメイルンの背に、蛇が這い上がってきたかのようなおぞましさが走る。
番人とて同じ一族のはずなのに、この男は気持ち悪い。
一体、この番人と呼ばれる処刑部隊の剣士たちは、どこの村の出身なのだろう。面の中の顔が見えないから素性が知れない。それがよけい恐ろしさを煽っている。
こんな奇妙な男たちが里を見張っているなんて……。
メイルンは怖かったけれど、勇気をふりしぼってもう一度尋ねた。
「リンファオは?」
「死んだ」
それを聞いた途端、メイルンの周囲がグラッと揺れた。眩暈だ。
だが、背中を支えてくれる人がいた。振り返ると、彼女の大好きなシショウだ。いつの間にか背後に来ていたのだ。
こんな時でもなければ、嬉しさで舞い上がっていたかもしれない。けれど、それどころじゃなかった。
メイルンは里長に食って掛かった。
「どうしてあんな子供を殺させたの!? あなたの仕事は里人を守ることでしょう!?」
「殺したのではない。試練を与えたのだ。あの者が試練に打ち勝たなければ、里は厄禍に呑みこまれる。私は里人全員の安全を考えた」
「ざけんな古だぬきっ! 生かすつもりなんて無かったくせに。あんたは変化を恐れるただの臆病者だわっ」
その喉元に剣が突きつけられる。赤い牙の面が、里長の命令を待つ。
「女の分際で里長の決定に異を唱え、無礼な口を利きました。殺しますか?」
メイルンが悲鳴をあげてシショウにしがみついた。シショウが身構え、里長が慌てて首を振った。
「やめい、貴重な女児だ」
ここ数年、子供の出生率が下がっている。特に女児。メイルンやリンファオたちの世代はその中でもさらに少ない。
女児が減れば、土蜘蛛は滅びの道をたどることになる。
──もしそうでなければ、自分は殺されていたのだろうか。それではまるで、繁殖の道具ではないか。
聡明なメイルンは、改めて自分たちの存在意義を疑い……声なき声を上げながら、その場に蹲って泣いた。
「夜が明ける。皆それぞれの村に戻れ」
里長が命じたとき、ざわっ、と後ろの集団で騒ぎが起こった。
「あれを見ろ」
誰かが指差す。
「なんぞ?」
里長が怪訝そうにすると、人々は道を開けた。
下流の方から、濡れ鼠のリンファオが身体を引きずるように歩いてくる。
腹部を押さえ、よたよたしているが、それでも生きていた。
(ばかな)
番人の長が眉根を寄せた。
あの怪我で、この激流を登って来たというのだろうか。そもそも巫女は泳ぎ方など知らないはずだ。
メイルンが狂ったように叫んで、今にも倒れそうなリンファオのところに駆けて行く。
すっ、と番人の長が剣に手をやり、そちらに向かおうとした。里長がそれを止めた。そして小声で叱咤する。
「殺してはならん。里の者の目がある」
試練に打ち勝ったのだ。それを処刑してしまえば、里長への、ひいては里の掟への不信感が生まれる。
「今のところは見張るだけにしておこう。もし土蜘蛛にとっての厄となるならば、その時は息の根をとめるのだ」
番人たちは頷くと、小さな子供をじっと見つめていた。
リンファオが青虎とやりあった時、確実に何かがあった。
何が起こったのか覚えていないとはいえ、あの巨大な青虎が地面ですっかり伸びていたのだから、よほど大きな攻撃を加えたとしか思えない。
──あんな小さな子供が?
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
再会した彼は予想外のポジションへ登りつめていた【完結済】
高瀬 八鳳
恋愛
お読み下さりありがとうございます。本編10話、外伝7話で完結しました。頂いた感想、本当に嬉しく拝見しました。本当に有難うございます。どうぞ宜しくお願いいたします。
死ぬ間際、サラディナーサの目の前にあらわれた可愛らしい少年。ひとりぼっちで死にたくない彼女は、少年にしばらく一緒にいてほしいと頼んだ。彼との穏やかな時間に癒されながらも、最後まで自身の理不尽な人生に怒りを捨てきれなかったサラディナーサ。
気がつくと赤児として生まれ変わっていた。彼女は、前世での悔恨を払拭しようと、勉学に励み、女性の地位向上に励む。
そして、とある会場で出会った一人の男性。彼は、前世で私の最後の時に付き添ってくれたあの天使かもしれない。そうだとすれば、私は彼にどうやって恩を返せばいいのかしら……。
彼は、予想外に変容していた。
※ 重く悲しい描写や残酷な表現が出てくるかもしれません。辛い気持ちの描写等が苦手な方にはおすすめできませんのでご注意ください。女性にとって不快な場面もあります。
小説家になろう さん、カクヨム さん等他サイトにも重複投稿しております。
この作品にはもしかしたら一部、15歳未満の方に不適切な描写が含まれる、かもしれません。
表紙画のみAIで生成したものを使っています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる