孤独な美少女剣士は暴君の刺客となる~私を孕ませようなんて百年早いわ!~

世界のボボ誤字王

文字の大きさ
上 下
7 / 98
土蜘蛛の里編

青虎

しおりを挟む
 青虎は東の大陸にのみ生息する珍獣だ。

 一族が国を追われた時、堅固な檻に入れ何匹か連れてきたというが、見たのは初めてだった。

 この島で飼われていたのか。

 リンファオは魅せられたようにその獣を見つめた。

 銀色がかった青と黒の毛並みは美しく、古代から東の国々の王家では、鳳凰などと一緒に神獣として崇められていた。

 神獣──確かに頭数の少ない、希少動物かも知れない。

 でも、こうしてその獰猛な牙を目前にすると、ただの飢えた肉食獣にしか見えなかった。

(虎が青くなっただけではないのか)

 鳳凰のように炎を吐いたりはしないし、一角獣のように空を飛ぶわけでもない。

 だが、本当なら檻に入れられていても、この獣は逃げようと思えば逃げられたのだろう。

 神獣扱いされる理由を、リンファオは目の当たりにした。

 その特異な体質を……。

 目の前で、青虎はみるみる巨大化した。

 血の匂いに興奮したのだろうか。

 そこへ背後から番人たちが追いつく。

「せ、青虎が、こんなに大きく……」

 男たちは喘ぐように呟き、そのまま凍りついた。

 伸縮する獣であるのは聞いたことがある。

 だが番人である男たちの驚きようを見ると、いつもはここまで大きくならないものなのだろうか。

 リンファオは剣を抜いた。

 一番嫌な死に様は、獣に生きたまま喰われることだ。

「かかってこい」

 リンファオは呟いた。

 男たちがぎょっとして子供を見つめた。

 リンファオの目が据わっている。

「私はここから出て行く。それを邪魔するなら誰だろうと許さない」

 それは獣に向けられたものか、番人たちに向けられたものかは分からなかった。

 天に向かって言った言葉なのかもしれなかった。

 とにかく、リンファオの気迫に、その場の全員が呑まれたのである。

「み、見ろ」

 男の一人が言う。

 青虎の身体がみるみる縮んでいった。

 唸り声が止む。そしてあっさり道を開けたではないか。

「バカな、剣士たちの修行中に青虎が退いたことなど無いのに」

 青虎から逃げ切れずに食い殺された、優秀な若者たち。

 獣は自分より弱いものに容赦しなかった。

「ありがとう」

 そう言うとリンファオは剣をしまい、男たちが止める間もなく走り出した。


 その後も、小さな子供の匂いをかぎつけた青虎たちが二、三匹集まってきたが、リンファオの気迫に怯んだように、ただ唸り声をあげるだけだった。

 警戒しながら追ってくる背後の男たちにとって、人間に襲いかからない青虎の姿を見たのは、これが初めてだった。

 その時、一際大きく見事な縞模様の青虎が、子供の前に立ちふさがった。

ぬしか?」

 リンファオは、相手がどこうとしないのを見て立ち止まった。

 今までの獣とちょっと違う。

 じりじりと向かい合う二人。

 追手はそれを遠巻きに眺めている。

「あいつが起きてきたか。もう俺たちの出番はない」

 番人たちはそう言うと、木の上に跳躍し、青虎の王が自分たちに牙を向けないように警戒した。

 これに遭遇した神剣遣いの候補は、逃げきらない限り確実に死んだ。

 自分たちですら危ないのだ。

 リンファオは、大きな青虎がよけい大きくなっていくのを見ながら、仕方なく剣を抜いた。

 獣の銀皿のような目を見つめ、納得する。

「そう……。獣たちの長として、私を通すわけにはいかないのね」

 人間に怯むわけにはいかない、ということか。

──ならば自分も全力で相手をしよう。

 先に動いたのは青虎だった。

 目にも留まらない速さで背後に回りこみ、腰を落として身構えるリンファオの頭上から飛び掛ってきた。

 転がって剣を繰り出す。

 血しぶきが飛んだ。

 切っ先が青虎の前足をかすったが、獣の牙もリンファオの肩をかすった。

 破れた衣服からの血臭に興奮したのか、青虎は恐ろしい咆哮をあげながら再び襲い掛かってきた。

 思い切り体当たりされて、地に転がるリンファオ。

 土にまみれたその小さな身体に跨るかのように、青虎はすくっと立つ。

 ……こわい。

 人食い虎に睨まれ、喉が凍りつき、悲鳴も上げられなかった。

(嫌だ、痛いのは嫌だっ)

 この忌々しい剣の間違った鞘鳴りのせいで、こんな理不尽な目にあって。

 ……死ななければならないの? 一番嫌な死に方で?

 ──獣が口を開けた。

 生きながら食われる!

 それを見た途端、リンファオの中の恐怖がはじけた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

見えるものしか見ないから

mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。 第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...