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土蜘蛛の里編
凶剣
しおりを挟む二人の果てしないおしゃべりが唐突に終わったのは、祭壇前でどよめきが起こったからだ。
「凶事の前触れだ」
里長のうめき声が聞こえた。
それを聞いた途端、里の者全員が凍りついた。
何が起こったのか、その一言で分かったからだ。
神剣が反応しない。
メイルンとリンファオだけでなく、待機していた稚児たちも皆、息を呑んで長老たちを見つめる。
巫女たちは抱き合い、剣士たちは青い顔で拳を握り締め、ついには誰も選ばなかった神剣に目をやった。
リンファオが生まれるずっと前にも凶剣が一本打たれた。
そのせいで土蜘蛛の一族は、サイの国から追い出されここにいるのだ、と噂されている。
それ以前は文献を見なければ分からないくらい昔だが、まともな子供がまったく出来ずに、滅びかけたことがあるという。
「次は、何が起こるのだ」
「まさか、ついに土蜘蛛が滅びるのでは?」
「千年続いた暗殺稼業を廃業したから、祖先に呪われたのだ」
「は? なぜ今頃になって!?」
「それに刺客という生業のせいで、故郷を追われたのだぞ」
里の男たちはザワザワとざわめいている。
渋い顔をした長老の一人が、稚児たちを招いた。
「凶剣を祠に封印する。凶剣は邪な者を引きつけると言う。巫女よりも無垢な、そちたちの力が必要だ。運んでくれ」
稚児たちはいっせいに目をそらす。
その長老は咳払いすると、仕方なく指名した。
「メイルン、リンファオ」
くっそ、貧乏くじだわっ! メイルンがリンファオの耳元に囁く。
巫女の修行において、だいたい目をつけられるのがこの二人なのだ。
美しい稚児たちの中でも選り抜きの美貌を持つが、片方はかしましすぎて、そしてもう片方は無愛想すぎて、女らしさがかけると批評されている。
見目だけが美しさではないのだ。
今もダラダラとおしゃべりしていたのを気づかれていて、指名されたのではないかと勘ぐった。
しかし、リンファオは特に気にしなかった。
確かにあまり気持ちのいい仕事ではない。
だけど、まさか凶剣が突然動き出して人間をバッサリ斬りつけてきたりはしないだろう。
リンファオは怯えるメイルンより先に立ち上がると、めんどうくさそうに凶剣を取りに祭壇へ上った。
神や精霊の言葉を伝えるのが巫女だというのに、その見習いであるはずのリンファオは、鉄の神だの凶事だの、目に見えないモノをあまり信じていなかったのだ。
鞘なりの音は不思議だし、神秘的だとは思うけれど……鉄の神などの存在を見たことも感じたこともない。
まあ、自分が未熟だからなのだろうが。
さっさと鞘を被せると、重い刀身を台座から外した。
──キィィイィイン
リンファオ以外の、そこにいた全員が耳を塞いだ。
一際大きな鞘鳴りに、リンファオもそれを抱えていなければ、同じように耳を塞いでいただろう。
慌てて台座に戻すと、鞘鳴りは止まった。
ドキドキしながら里長の顔を見る。
その喉仏が上下し、おそらくは面の中の表情は、強ばっているのではないか、と推測された。
長老の一人が、何も言わない里長の面をちらりと見て、代わりに命じた。
「リンファオ、もう一度持ってみろ」
言われて戸惑ったが、仕方なく片手でもう一度持ち上げてみる。
ずっしりとした重みを感じた途端、またキィイイイインという音が響き終わった。
怖くなって放り出すように台座に戻す。
「メイルン」
言われて、後ろで控えていたメイルンが首を振る。
顔が蒼白だ。
「いいから言われた通りにしなさい」
怒られて仕方なく祭壇に近づくと、台座から剣を外して持ち上げた。
──静寂。長老たちが次々にその刀身を持ち上げてみる。
──鳴らない。
リンファオは何か大変なことが起こっているらしいと感じ、緊張に身を固めた。
長老たちは集まって小さな声で何事か話しあっていたが、やがてくるりとリンファオを振り返った。
一人が、剣帯をリンファオの背中に袈裟懸けにくくりつけた。
「なにをするんです?」
口から出た言葉が震える。
「次に鞘鳴りがしたら、背中に担いでみろ」
ざわめきが、里じゅうに広がったかのようだった。
リンファオにはどうしていいか分からなかった。
だから言うことを聞くしかなかった。
三度台座から神剣を持ち上げると、大きな鞘鳴りを黙らせるために背中に背負った。
うまく剣帯の中に入らない。
だって、そんなことやったこともないのだ。
シャキィイインシャキィイインと鞘鳴りを繰り返す刀身を黙らせるために、メイルンと長老の一人が急いでそれを剣帯にはめてくれた。
ピタリ、と音が止んだ。
「どういうことです?」
長老たちが集まってきた。
それまでじっと成り行きをみていた里長が、重い口を開いた。
長老たち、そして里の人間全員に向かって告げる。
「選んだ。だから音が止まったのだ。土蜘蛛の歴史で初めてのことが起こった。十二歳の女児を神剣が選んだ」
周囲がどよめく。
誰もが不安そうに顔を見合わせる。
里長はゆっくりと前に進むと、リンファオの背中を押して、皆によく見える場所に立たせた。
「このことが許されるのか。これはそもそも神の意志なのか、はたまた凶事の前触れなのか。我々に計ることはできない。だから──」
里長がリンファオを見下ろした。
里長だけがつける、金の縁の面から覗く視線は無機質。ぽっかり空いた奈落のようだった。
リンファオは悲鳴をあげたくなった。
「彼女を試す。神剣に挑む者や、逃亡者、違反者と同じやり方で」
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