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第二章
黒いオッサンの棲家
しおりを挟む海賊の船は、その日の夕方には小ぶりな島に着いた。
港は整えられていない。
しかし入り江は深く、陸地の中まで切り込んでいて、船を隠すには絶好の穴場だった。
夕日に染められたオレンジの海と、白い砂浜が美しい。サラサラと言う波の音。少しだけ自分の状況を忘れて見とれた。
民家というにはあまりにも粗末なあばら家が、ちらほらと建っている。無人島では無さそうだ。
幾何学模様のタパ──樹皮布──を体に巻いた、肌の浅黒い女たちが、頭に籠を乗せて歩いていく。
アカリア人だけ、というわけでは無いように見える。
投錨した海賊船からボートで降ろされたマリアは、普通に生活している彼らに興味を惹かれ、そちらもしげしげと眺めた。
遠浅の波打ち際に降りると、海水が素足に気持ちよかった。
「オマエ歩く、サッサとスル」
ザッカーニャに小突かれて、手を縛られたまま浅瀬を進む。
「俺たちの隠れ家、原住民居るけど、白人じゃない、イイ。仲間になる。この島、俺たちの理想郷作る」
アカリア人もたくさんいる。男はもちろん女子供も。いったいザッカーニャはどれだけの人数を解放したのだろう。
「おまえたちを買った白人は、探しに来ないのか?」
奴隷市場は今のところ、ほぼコロンディア独占と聞いた。だが買われてしまえば、どの国の者が所有していたか分からない。
どの国の者であろうと、失った財産は大きいだろう。捜索の手が放たれているのではないか。
「この島、ミツカラナイ」
ザッカーニャは自信ありげに胸を張る。
「島の周り、一角鮫ウヨウヨ。船底穴開ける、ワレワレの船以外近づかナイ」
マリアは慌てて海から浜に上がる。ザッカーニャはそれを見てフッと笑った。
「沖だけ」
マリアはちょっと赤くなる。
「おまえたちの船だって危険じゃないか」
するとザッカーニャは、首から吊るした紐を引っ張り出す。
「この笛、一角鮫キライ、だから大丈夫」
マリアは、茅葺き屋根で出来た掘っ立て小屋に連れて行かれた。
「オマエすこし休め」
ロープを解き、ニンマリ笑ってみせる。どうせ逃げられない、とその目が言っていた。
「またアシタから軍艦襲う。艦モラウ。火の武器も。これから起こす戦いのため」
「あの……」
マリアは情けない顔で言った。
「体を洗わせてくれないか? その……ドロドロで」
ザッカーニャは初めて気づいたように、唾液と精液まみれのマリアの全身を眺める。
まー捕虜であり、奴隷であり、なんとかポッドなので、こうなるのは当たり前。白人が自分たちにしてきたことと比べれば何でもない。
「命があるだけアリガタイ思え」
ザッカーニャは意地悪そうに笑った。
「俺のニオイと同じ、イイ」
おまえらがアカリア人を人間として扱わなかったのだ。
動物と同じ、マーキングである。
そう言いたかったが、公用語が億劫だった。だが、彼の蔑みを含んだ視線には気づいたようだ。
マリアは青い目で睨みつけてくる。プライドは高いようだ。
他の若い元奴隷たちは羨ましがっていたな。
この女の船には、もうひとり白人の女が乗っていたようだが、公用語が少し分かる仲間が捕まえようとしたところ「黒人の平均サイズって三十センチって本当~?」と聞かれたようで、怯んで拐えなかったらしい。
(これは俺が捕まえた)
ザッカーニャはお返しとばかりに、威圧的に上からマリアを見下ろす。
(だから俺のものだ)
数秒睨み合ったが、先に目をそらしたのはザッカーニャだった。
くるりと背を向ける。
見ていると、またムラムラしてくる。嫌がって抵抗するジョウリュウカイキュウのこの白人女を、諦めて絶望するまでいたぶりたくなる。
押さえつけて、噛んで、むしゃぶりつくす。
……抱き殺してしまいそうだ。
頭を冷やしたかった。
十代のガキじゃあるまいし、絶倫では無かったはず。
「俺キレイしてくる」
ザッカーニャはそう言って、どこかに行ってしまった。
たぶん、水浴びに。
マリアはバリバリに固まった金髪を摘み、ため息をついた。
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