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第七章

ローザアアアァァァ!(作者の都合で三人称&一人称&三人称)

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 せっかっく治してもらったローザの羽があっという間にねじれ跳ぶのを見て、アッサールは自分の羽をしまい込んだ。

  空間の歪みはどこに現れるかわからない。不規則に現れては消えるその渦を勘で避けながら、聖王に近付く隙を狙う。

 やっかいだ。魔力──人間は神力とか言っているが──の量ではもちろん、使い方もあちらの方が何枚も上手である。どうやってこんな無数の空間の歪みを作り出しているのか。

 人間にできるような技ではない。

 チラッと大魔王の方を見る。

 リュディガーが大魔王を護っている間に、聖王を倒さなければ。

「リュディガー!」

 大魔王の泣き叫ぶ声に、既に時間が無いことを知るアッサール。

「あいつ、命を懸けたのね」

 ローザは大魔王の方を振り返って、面白くもなさそうにそう言った。

「新参者のくせに。あたし、大魔王さまへの愛で負けたくないわ」

 まあ、私もあんたに比べたら新参者だけどね、と付け加えるとローザの全身が真っ青に染まった。つるっとした質感は、鉱物のそれである。

 ローザは異形になった。槍のような形状の武器だ。

 それはバネのように撓むと、その場から一瞬で消えた。いや、意志をもった武器として、飛んでいったのだ。

 ローザは玉砕覚悟で、聖王に特攻をしかけた。聖王の空間の渦すら引き裂き、ものともせず、ローザの体だったものは、聖王の右半身を吹き飛ばす。

 その隙を狙ってアッサールは丹田に力を溜め込む。一発でいい。

 聖王は、方向を変えて再び飛んできた槍を見て、眉を顰めている。

 アッサールは思った。聖王とはいえ、不死身ではないはず。魔族でないなら……人間なら、頭を潰せば生きていられまい。

 ローザの体が千切れて跳んだその陰から、アッサールは突撃した。
 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ローザの気配が消えた。

 私はへたりこんでいた場所から立ち上がる。

 左腕を失ったアッサールが、近づいてくる私を振り返り、恐怖にひきつる。

「来ちゃいけない!」

 聖王が力を納めた。彼の体は、命懸けの攻撃などまるで無かったかのように、完全体に戻っている。

「まあ、そなたが余の元に下れば良い」

 私はアッサールに手を伸ばし、触れた。腕が生え、傷などなくなる。

「素晴らしい。そなたの治癒能力は余と同じ、聖女も及ばぬか……まあ、死んだものは甦らないが。ふふ、神でもなきゃな」

 ローザとリュディガーの事を言っているのだろう。私は無力感に崩れそうになった。


 その時、ざわざわと神殿の外が騒がしくなる。

 瓦礫と化している光の神殿の中を窺おうと、騎士たちが囲んでいるのが分かった。

「あまり、騒げぬな」

 聖王の姿が、もとの老人に戻る。

「聖騎士でも親衛隊の一部だけなんだ、余の真の姿を知るものは」

 そこに、騎士ロランを筆頭にして、勇者たちが飛び込んできた。さらにその後を、討伐軍の兵士たちがなだれ込んでくる。

 彼らは、神殿の中の惨状にしばし棒立ちになった後、王の姿を見つけた。

「聖下、ご無事か!?」




※ ※ ※ ※ ※


 神殿は破壊つくされ、血生臭ささえ感じ取れた。

 テオフィルは無傷の聖王と、立ち尽くしている大魔王を見比べる。大魔王は、打ちひしがれていた。

「いったい、どうなってんだ」

 ジークバルトはその場を見て、唖然としている。

「ちょうどよい、勇者たちよ」

 聖王は笑う。

「余はこの大魔王に殺されそうになっておった」

 勇者一行を襲う、違和感。なんとも言えない、気持ちの悪い状況だった。

 王の余裕綽々な態度が、そう感じさせたのだ。

 確かに彼の服は黒焦げで、上半身はほぼ丸見え。激しい戦闘があったのは分かる。しかし、殺されそうになっていた、というには心身ともに元気すぎるではないか。

 白いうなじを見せ、うなだれている魔王を見れば、どちらが勝者なのかはっきり分かるほどに。

 王宮にいた者たちもぞろぞろやってきて、大魔王を畏怖と、それにも勝る好奇の目で遠巻きに見ている。

 聖王は、芝居がかった厳めしい声で命じた。

「勇者たちよ、よき機会だ。大魔王を捕獲せよ。さすれば新たなパーティーなど必要なかろう」

 捕獲? 周囲の者たちが顔を見合わせる。大魔王は倒すものだろうに。

「捕獲してどうするんです?」

 テオフィルが問うと、聖王はそれには答えなかった。ただ、その顔を好色そうに歪めただけで。

 それを見て、テオフィルの中に嫌悪感が生まれる。

「やれ」

 聖王は、有無を言わさずもう一度命じた。

 勇者たちが困ったように立ち尽くしていると──。

 ファッビオが大魔王の前に立ちふさがる。それからクルッと向きを変えた。

「おかしいね、王様」

 ファッビオは狼の姿のまま、王に言った。

「あんたから、大魔王と同じ匂いがする」
「炎の人狼か」

 聖王は彼を見据える。

「だとしたら、なんだ」
「人と魔物の違いなんて、本当は無いんじゃないの?」

 狼の言葉に、大魔王が初めて肩をピクリと動かした。

「大魔王、僕ね、発情期が来たみたい」

 後ろでうなだれている大魔王に語りかける。そして勇者パーティーに顔を向けた。

「この人に昔、助けられたことがある。その時決めたんだ、番いにするって……。ずっと聖女様だと信じていたけれど違った。あの時アレクシアと名乗ったのは、この人だ」

 勇者たちが驚いて狼を見た。

「僕は、大魔王につく」
「ファッビオ!」

 ロランが驚愕の声をあげた。それをメルヒオールが制する。一人だけメガネを光らせ何か考え込んでいた賢者は、転移先からやっとこさ戻ったていの己の師を見つけ、声をかけた。

「賢者オーブよ」

 兵士たちに助けられながら、なんとか瓦礫を上ってきた師は、ハァハァ言いながら弟子を見る。

「現聖王は、百五十年前に神官から選ばれたマルコ・イェブラムという若者であったはずだ」

 百五十年前。メルヒの言葉に、ざわっとその場が騒がしくなる。閉鎖的な神殿の情報は、外に漏れない。

「ああ、聖なる力を宿すものは、長寿だと聞いておる。わしが赤子の頃から既に今のお姿であったわ」

 メルヒが眼鏡を押し上げた。

「それって、魔族とどう違うのでふごふごふご」
「無礼なことを言うな!」

 ロランが慌ててメルヒオールの口を塞ぐ。しかし勇者一行の間に広がっている不信感が、周囲の兵士たちにも伝染していくのが分かった。

「だまれ無礼者ども」

 聖王親衛隊が鎧をガチャガチャいわせながら、兵士たちを牽制した。

「聖王は神の代理でおわすぞ! 薄汚い魔物と一緒にするな」
「神殿は世界最高峰の権威だ。聖下の言うことは絶対!」
「おまえらは従っていればいいんだ!」

 それを聞いたジークバルトが狂信者どもめ、と吐き捨てる。

「親衛隊って態度でかいよな。洗脳されてんのか目がイッちゃってるし。俺、なんだか人間であることが恥ずかしくなってきたぜ」

 突然、弾かれたように聖王は笑いだした。お腹を抱え、心底楽しそうに笑っている。皆困惑し、そんな聖王を凝視していた。

「何が、おかしいの」

 その時、大魔王がゆらりと立ち上がった。その全身から、ざわっとオーラが立ち上る。怒りの魔力だ。

「私の部下たちを殺しておいて、何笑ってるのよ?」

 人間腹が立つと肝が据わるものだと分かった。まあ、人間ではないわけだが。大魔王はクッと唇を歪める。

 それで聖王はやっと笑うのを止めたが、茶化すような口調のまま言った。

「いやあ、本当に美しいのう。今度の魔王は」

 アッサールが眉を顰めた。今度の魔王?

「天敵である勇者パーティーまで、絆されておる」
    
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