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第七章

再戦

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「ローザ、今引っかかった?」

 私はどうしても、と言ってついてきた部下に疑いの目を向ける。ローザはわずかに火傷した肌を撫でながら、面目無さそうにうなだれている。特訓期間中はけっこう上手くいってたんだけどねぇ。

 さすがというか、リュディガーとアッサールは完全に魔力を抑え込むことに成功していた。

「違う、そうじゃない、鼻から出ようとするスイカをこうググッと押さえ込んで、ぶわああああってバリアするみたいな感じ!」というような私の教え方で、よくできるようになったよね!

「今のでばれちゃったんじゃないですか? ローザさん、とっとと引き返したらいいんじゃないですか?」

 リュディガーが笑顔で同僚をねちっこくいじめている。ローザは彼に「クソがっ! クソがっ!」と吐き捨てながら、私に許しを乞うてくる。

「だってあの肉食っぽいやつが言うには、聖王って強いんでしょ? 少しでも戦力になりたいのよ!」
「ワニオは博識っていうか、情報通だよね」

 私はワニオがバクンバクン話してくれたことを思い出した。

「まさか、歴代神官から選ばれているはずの聖王が、実は中身はずっと同じ人なんじゃないかって、そんな噂があるなんてね」
「もうそれ化け物じゃーん」
「大丈夫、相手が化け物でも大魔王様はこのボクがお守りしますからね!」

 スルッと腰に腕を──いや、触手を回してくるリュディガー。こいつすごいな。魔力封じ込んだまま触手を使えるなんてもう、無敵じゃないの? あ、手足みたいなものなのか?

「ボクの触手、邪な気持ちがある時だけ発動できるんですよ。勃起って勝手になるでしょ?」

 痴漢かよ。

 アッサールがついに耐え切れなくなって口を出す。

「触るなリュディガー! 敬語を使えローザ!」

 いいよ、アッサール。大丈夫だから。君、怒ると魔力爆発するからそっちが心配だわ。ばれちゃうわよ!

「今日は戦いに来たわけじゃないわ。私が捕まった時だけお願いね」

 捕まったらすごいことされるのよ、と呟いた瞬間、アッサールの魔力が弾けそうになった気配を感じて、慌てて彼に抱きついた。

「押さえて! え、私そんなに今まずいこと言った?」

 アッサールは今度は無言で何かに耐えている。

 うわぁあ胸が当たって──この人はなんでこうなんだ、とブツブツ言っている。

 あ、ごめん、まだ自分が巨乳だって感覚に慣れなくて。距離感がおかしいんだよね。

 今日は全員神官の恰好をしている。いきなり聖王の近くに転移すると、また罠に飛び込んでしまいそうだったから、足で探すことにしたのだ。

「聖王は──」

 どこ? と言おうとした時だ。

「今ならまだ王宮の方にいる。謁見の間だよ」

 懐かしい声に、凍り付く。私はゆっくり振り返った。

「……テオ」

 そこに見慣れた三人と一匹の顔を認め、胸がいっぱいになった。久々に会った。でも、今は敵同士だ。

「交戦しますか?」

 アッサールが指示を待つ。

「待って」

 私はテオの様子を探った。

「どうして場所を教えてくれたの?」
「俺たちが立ち会うからさ」

 代わりにジークが答えた。

「あんたのことだから、いきなり聖王を殺しに来たわけじゃない。交渉に来たんだろ?」
「どうかしら。実は一度交渉に来て失敗してるの。全く話にならなかったわ」

 それでも、はっきりさせなきゃならないことがある。今度は最初から武力に訴えることも辞さない。聞き出さなきゃならないことがあるのだ。気分はヤクザの出入り状態だった。

 メルヒオールが少し考えてから言った。

「聖王に、君の力を見せましたか? 大魔王」
「ええ」
「それでも、応じなかった?」

 応じなかったどころか、強姦されそうになった。

「そうよ。でももう一度、今度は彼の正体を探りながら、脅してみる」
「え?」
「話が通じなかったら、決戦の場はここになるわ」

 初めて勇者たち三人の顔が青ざめた。加えてこちらの配下三人は殺気をみなぎらせる。

「それでも来る? 来ないなら、聖王だけやっつける。邪魔するなら、貴方たちも──」

 言った途端、涙があふれた。こんなこと、なんで言わなきゃならないのよ、バカ。仲間だったのよ!

「貴方たちのことも、お、お尻ペンペンするわよ」

 リュディガーが後ろでズコーッと言っているが無視だ。絶対彼らを傷つけられない。

 グスグス言いながらも睨みつける私に、テオフィルたちは顔を見合わせた後、また私に視線を戻した。彼らの目元は心なしか和んで見えた。

「お尻ペンペンは、怖いですね」

 メルヒがフッと笑みを浮かべる。

「鞭でなら私は歓迎です」

 メルヒの言葉に、実はドMかよ、とジークが突っ込んでから言った。

「それでも、俺たちは立ち会わなきゃならねーな。聖王を護るために」

 ファッビオがパタパタ尻尾を振る。

「そうだね、僕たちは、勇者パーティーだから」

 テオフィルは最後に私に頷いてみせた。

「行こう」



 私は、決着の時が近づいているのを感じていた。多少荒っぽくなるだろう。でも交渉の余地はある。

 なぜって、だってワニオの分析が本当なら、聖王に魔物を討伐する権利なんてない。

「邪魔するわよ」

 謁見の間の大扉を開ける。

 ここまでは、誰にも捕まらないで来られた。神官の服は頭から踝まで隠してくれるし、何よりも勇者パーティーの三人と、犬一匹が付き添っている。あ、ごめんファッビオ、狼だったね。

 そこには聖王と聖女がいた。その玉座の前に、見知らぬ若い男たちが跪いている。

「おお、よく来たな。勇者パーティーの面々よ」

 ちょ、私たちは無視かい!

 でも背後でテオフィルが息を呑んだのが分かった。私をそっと脇にどけ、前に出る。

 私は訳が分からず、首をかしげた。ロランが渋い顔でこちらを見ている。

「今、お前らに代わり、討伐軍や神官から新しい勇者候補を募ったところじゃ。これから神殿に向かう。聖別を見学していくかね?」

 ええぇえ!? 何でそうなった!? こくん、と唾を飲み込み、説明を求めるようにテオフィルの背中を見守る。

 すると、やっと聖王がこちらに目をくれた。

「おや、その神官四人は一体?」

 私たちが初めて視界に入ったかのような、大袈裟な驚き方。このジジイ~。

「また会ったわね。聖王」

 私はフードを降ろした。

「ああ、君かね」

 相貌を崩す。

「なんだ、新しい勇者パーティーなど要らなかったかな」

 その言葉に、謁見の間の者たちが怪訝そうに顔を見合わせる。

「余の欲しいモノが自分から来てくれたのだから。まあよけいなおまけが付いてきているが」

 パチン、と指を鳴らされた。同時に、アッサール、リュディガー、ローザがその場から消えた。

「なっ──!?」

 うそ!? 転移させられた!?

 テオフィルたちも目を剥いている。

「さて、邪魔者はいなくなった……いや……」

 凍りついている新旧の勇者たちや、ざわつく側近たちを見渡し、聖王は額を押さえため息を吐く。

「おっと、やってしもうたの。仕方ない、我々が移動しよう」

 パチン。

 気づくと、輝くばかりの円柱が立ち並ぶ場所に跳んでいた。

 光の神殿──。

「聖下、いったいこれは……」

 賢者オーブが私たちに気づき、いそいそとやってくる。

「今、私の別の弟子を連れてやってきたところです。メルヒが魔王討伐を降りるとは思いませんでした。どちらで聖別を──」

 パチン。

 そしてその場には誰もいなくなった。

 聖王の姿がぐにゃっと歪む。例の壮年の男の顔になった。

「もっと若い方がいいかね?」

 さらに見た目が若くなり、私と同じくらいの年齢になる。もう、鳥肌立ちっぱなしだ。なんなのこの人。

「あなた、魔物ではないの?」

 思い切ってそう聞いていた。聖王がずいっと近づく。私は後ずさりした。倒せるの? 私にこの人が。

「どうかな? どう思う?」

 色気を含んだ視線を投げてよこし、逆に質問される。

「もしそうなら、なぜ魔物を討伐させるの!?」

 聖王はきょとんとする。

「だって、勇者と魔王がいる世界って、楽しいだろ?」

 何言っているのよ。

「グーグラは少なくとも賛同してくれたよ」

 グーグラって……神様じゃないの。ぞぞっと背筋が凍る。

「あ、あなた、神なの?」
「当たらずとも遠からず。いや当たってるのかな」

 くっくっくと笑いながら、腕を上げた。

 大きなベッドが現れる。ピンクのハート形のベッドだ。しかも回転している。え? ナニコレ大昔のラブホ?

「脱いで横になりたまえ。余を楽しませたら、真の答えをやろう」

 ぎゃぁああ、何言ってるのこいつ!?

 私は腹をたてて魔力を解放した。ぶぉんと音がして、パリンと神殿を覆う結界が壊れる。聖王が用意したベッドも粉々に破壊してやった。

「ははは、生きがいいな。ぬしが破壊した王宮の食堂も今修復中だよ。──ちょっとかなぁ、大魔王様」

 不可解な発言のその直後、衝撃で息が詰まった。

 私は円柱に叩きつけられていたのだ。激痛に、声も出ない。人間だったら死んでた。背骨折れて死んでた。

 めり込んだ円柱から、ずるずるっと体が落ちる。

「ふむ、まだ生きてるな。よしよし」

 一歩踏み出す気配。冗談じゃないわ。起き上がろうとすると、髪の毛を掴まれた。

「傷はついてない、良かった。余は力の制御が苦手なんだ」

 良くないわよ! 痛いっての!

「いや、美しい。勇者に滅ぼされるのはもったいない出来だ」

 頬を指で撫でられる。

「どうだ、妻にならぬか?」

 ふぁっ!?

「滅ぼされたことにして、魔王をやめ、余の妻になれ」
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