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第七章
聖都(作者の都合で三人称)
しおりを挟む「なぜ戻ってきた?」
ヒゲを触りながら、玉座の聖王は言う。
聖王の隣にはアレクシアが立っている。ふてくされた顔で。
けっきょく情報集めもかねて自国に戻ってきた勇者一行だが、アレクシアはへそを曲げたままだった。
それもそのはず、テオフィルですら聖都に一時帰還することを推奨したのだから。
魔王の力について聖王に知らせなければならないと、テオフィルは強く主張したのである。
ところが聖王は、不快感を隠そうともしない。
「魔王退治が、そなたらの役目だろう?」
神殿ではなく王宮にやってきた勇者たちは今、謁見の間で聖王の前に跪いている。テオフィルが代表して、大臣や騎士たちのいぶかしげな目に耐えつつ、進捗を報告したところだ。
「結論から言うと、魔王は見つけましたが、引き留めておくことは不可能です。まったく話にならないほど、力の差がありすぎます」
屈辱的とも言える真実を、王や家臣たちの前で話すしかなかった。
「転移されたら、おしまいです。魔王が戦おうとしない限り、我々はぶつかることもできないし──」
魔族同士の戦いを思い出し、拳を握りしめる。
「まともにやり合えば勝ち目などない」
ざわっとその場がざわめく。
「何のための勇者か」
「支援金を無駄にしおって」
周囲から、落胆の声が聞こえてくる。勇者一行は歯を食いしばり、屈辱に耐えた。
「聖下、違う候補者たちを勇者に指定しましょう」
神官あがりの大臣の一人がそう言った。
「しかしなあ、聖女が選ぶもんだろう、勇者パーティーは。アレクシア、他のものに代わりが勤まるのか?」
王は、隣に声をかけた。アレクシアは小首をかしげる。
「私、テオフィル以外は替えてもいいですわ、王様」
勇者パーティーのメンバーは、全員、息を呑んだ。
一人だけ騎士たちの間に立っていたロランが、何か言おうとしてジークバルトに目で制される。
ロランは元々王の家来だ。立場的に、よけいなことは言わせられない。ジークはそう思い、目線でテオフィルの方に彼の視線を促した。
ロランは誘導され、テオフィルを眺めた。しかし、どんな気持ちでテオが聖女の言葉を聞いているのか、彼には分からなかった。
やがてテオフィルは、固く瞑った目を開く。
「聖下、もう一度、発言をお許しください」
アレクシアが目を丸くした。いつも穏やかなテオフィルの顔は、苦悶に歪んでいた。
「やだ、テオ怖い顔──」
「力量を測れないものが、聖女をお守りできるとは思えない」
聖女には目もくれず、まっすぐ王を凝視する。勇者のその力強い瞳を見返し、聖王は問い返した。
「ほう? つまり」
「このメンバーじゃないと、俺には無理だ。替えるなら、俺も降りる」
「テオ!」
アレクシアが緑の瞳にみるみる涙を膨らませた。ハラハラと泣きながら、テオに駆け寄り、その肩をガタガタとゆすぶる。
「バカバカバカ、一生守るって言ったじゃない! 私のこと、好きじゃないの?」
テオフィルは、ふっと笑う。
「好きだよ」
「じゃあどうして」
「それと、大魔王討伐って、何か関係あるの?」
アレクシアはポカンと口を開ける。
「あと、君のことは好きだけど──」
そう言って、右隣で跪いていたジークバルトに手を伸ばし、胸ぐらを掴んで引き寄せた。ジークは突然のことに、ふぁっ!? と妙な声をあげてしまった。さらに……
「むぐぅ」
熱烈なディープキスをされ、ジークは息ができずに手をバタバタさせる。
「ふぐっげほっ、な、なな、な、なにを──」
気を失いそうになっているジークを放り出し、テオは今度は左隣で怪訝そうにしているメルヒオールの胸ぐらを掴みよせる。
「ふぐぐぐ」
眼鏡がすっ飛んだ。
「気でも狂いましたか! 公開デープチッスってなんの嫌がらせですか!」
メルヒは「男と公衆の面前であははははは」とブツブツ言っているジークに代わり叫んだ。
テオは、動じず面白そうに見ている王に言う。
「この通り、俺はこのパーティーを愛している。解散するなら俺も降ります」
好きだよ、とアレクシアに言った言葉に嘘はない。それなのに、アレクシアに反発したくなってしまった。……なぜだ。
王宮から出ると、テオフィルは隣に建つ光の神殿を眺める。
外で待機させられていたファッビオが、犬の姿で寄ってくる。同じ勇者パーティーでも、魔物であるファッビオは王宮には入れない。しょせん、使い魔という位置付けだからだ。
「待たせたな」
「どうだった?」
テオフィルはどう応えていいか分からず、黙って神殿を見上げていた。
魔物をたくさん討伐したり、勇者のパーティーに選ばれれば、その功績だけで平民でも領地持ちになれる。
じっさい、三百年前に魔王を倒した勇者の末裔が、今も広大な領地を持つ貴族として残っている。
勇者になりたい者はあとを絶たないだろう。だが、その者達は分かっていない。
伝承にある三百年前の魔王と、今の魔王はおそらくまるきり違う。その力に差がありすぎる。とても人間に倒せる代物ではない。だから彼女は、大魔王と呼ばれていたのだろう。
ふと、あの女の顔を思い出そうとした。いや、はっきり思い出せないのだ。美しすぎる大魔王の姿があまりに鮮明すぎて、元の彼女の顔を思い出せない。
ただ、魔力を封じていても美しかったことだけは覚えている。
気づいたときには、ガンッと庭園の巨木に拳を叩きつけていた。
美しさなんてどうでもいい。なぜあの女は大魔王だったのだ。なぜあんなに……優しかったのだ。
「拳を痛めるぜ」
振り返ると、ジークバルトとメルヒオールが立っていた。
さっきまで「私のファーストキスをよくも」と怨嗟に満ちた声で罵っていたメルヒオールは、まだ少し怒っているようだ。
「俺、あんたに嫌われてると思っていた」
ジークが唇をローブの袖で必死に拭いながら言う。
「え? ああ、アレクシアにベタベタしていたジークは嫌いだ」
「どっちがだよ、お前だろベタベタしてたの」
ジークが目を吊り上げる。ふと、その目がうろつく。
「まあ、なんていうか、別にどうでもいいかな」
「え?」
テオフィルとメルヒオールが眼鏡を上げながらジークに聞き返した。彼は肩をすくめる。
「好きだったわけじゃないみたいだ。お前らと張り合ってたんだと思う」
メルヒは考え込む。
「私は──好きですよ。……いや、好きだった。でも好きだったのは、前のアレクシアだ。旅をしている間、まるで中身だけ別の者が入っているような、変な感覚でした」
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「それだ、メルヒ」
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「一体どうなってるんだ」
三人と、訳の分かってない一匹で王宮に目を移した──その時だ。
ドクンと心臓が鳴った。
一瞬何かを感じた。ほんの微かな魔力。神殿の天空に網のように張られた結界が、わずかに揺れたような気がしたのだ。
気のせいじゃないのは、ほかの二人──と一匹の緊張した顔を見ても分かる。
「行くぞ」
テオは声をかけていた。
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