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第六章

魔王様、一人で散策♪

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 テオが私の目を見てちゃんと話をしてくれたのは嬉しかった。

 けれど、目障りだ、と言われたことには少なからず傷ついていた。

 まあ、勇者と魔王なのだ。本当は目障りどころではないだろう、分かっている。

 難しいよ、本当。逆ハーどころか、勇者の心一つ動かせない。吉田エリザベス八世には悪いけれど、色恋よりもっと大事なことがあるしさ。

 後ろ髪を引かれたのは、口を開けば毒舌のメルヒオールが、大人しかったからだ。

 魔力と聖なる力は本来は一緒。ハマムに行ってしまった聖女に代わり、メルヒに治癒の力を使うことは可能なはず。

 でもそれをやれば、ここにいる魔族たちに気づかれてしまうだろう。特に、わたしという存在を感じたとき、三矢の一の矢リュディガーは、どう受け止めるのか。

 アッサールには申し訳ないけど、リュディガーに戻ってほしいわけではない。彼は自らの意志で大魔王から離れたのだ。

 私がここに来たと知ったら、リュディガーは警戒するだろう。彼が私の傍から去ったのは、力の不確かな女魔王に仕えたくなかったから。もしかして、自ら魔王になりたいんじゃないの?

 だから、もし私がいることを知れば、攻撃してくるかもしれない。

 仕方なく「お水いっぱい飲んで、脇と首筋と、鼠径部。そこを濡らして絞った布で冷やすのよ」とアドバイスだけして、宿を出てきたけどさ。

 とぼとぼ街中に入っていきながら、無力感に苛まれる。しばらく悶々と歩いているうちに、ふっきれた。

 うん!

 勇者一行は諦める。

 切り替えないと、不毛だ。やはりキーは聖王だと思うしね。

 聖王を説得しないと、どうにもならない。勇者たちから離れ、もっと別の手を考えなければ。あの男を相手にどう立ち回ればいいか、まだ分からないけれど。

「共存の道は遠いな……」

 呟いた時、ポトッと何かが落ちてきたことに気づいた。雨? そう思って、手の甲に落ちたそれを不思議な気持ちで眺める。

 ぽとんぽとん──透明の雫。私の涙だった。

 テオフィルの前でなんとかか我慢した涙が、今頃になって溢れてくる。堰を切ったように。

 驚いた。
 
 勇者たちにはもう関わらない。そう決めたことは、少なからず自分自身に打撃を与えていたようだ。

 彼らが私を認識していなくても……私が彼らの傍にいられただけでも、慰めになっていたってやっと気づいた。

 一緒にいたかった。聖女としての居場所が無くても、彼らのパーティーの一員でいたかったんだ。

 私はすぐに目をごしごしこすると、キッと前を向いた。

「それどころじゃないでしょ。まったく」

 私は大魔王だ。この物語に、完璧なハッピーエンドという終止符を打つのが私の使命。

 甘ったれた自己憐憫に浸ることは許されない。

 
 ──この時私は、吉田エリザベスの指令など、再びどうでもよくなっていた。




 繁華街は、前世に旅行で行ったことがある、中東のグランバザールのようにがやがやしていた。

 アーチの屋根の下に通路があり、同じような店がずらりと並んでいる。迷いそうだ。

 うわ……。この辺り、ものすごい魔物の気配がする……。

 もしかしたら、アッサールが見つかるかもしれない。それとも、リュディガーの説得を諦めて、もうドロン城に戻ってしまったかしら。

 または、元々リュディガーはここにおらず、別の場所を探しているのかも?

「でも、感じるのよね。ただの魔族じゃない、強い力を」

 腐っても魔王だ。本来なら自分の部下の筆頭になるはずだった魔族の存在を、感じ取れないわけがない。

 私の勘が、リュディガーもアッサールもここにいると告げている。

「魔力を開放すれば、感知ももっと楽にできるんだろうけど」

 ぶつぶつ呟きながら、銀や銅の食器が並ぶ通りを抜け、十字路から別の通りに向かった。香料入りの素焼きの壺が並ぶ通りは、すごくいい匂い。衣服に焚き染めたら、テオフィルも気づいてくれるかな。

 この期に及んでも、まだテオのことを考えている自分が嫌になる。

「おっと。ああ、やっぱり……」

 ピタリと足を止めた。よく見ると、たくさんの人に紛れて魔物がいる。人型になっている。普通に買い物客や、商人に紛れているのだ。

 注意して見ていると、ぴょこっと耳が出たり、尻尾が出たり。そして慌てて引っ込めて、必死に人のふりをしているのが分かる。

 これってどういうことだろう。私からしたら、これは共存しようとしているように見える。

 人間に紛れて生活……か。これもいい方法だ。

 リュディガーに会ってみようかな。あと、テオフィルたちに相談して……。

 そこで、先ほどの虫けらを見るような目のテオフィルを思い出し、またしょげてしまった。諦めが悪い自分にがっかり。何にせよ、勇者はもう無理だ。

「聖女の記憶なんて、無ければよかったのに」

 吉田エリザベスの言う通りに、勇者が魔王と恋に落ちるわけがないのはもちろん、友人にすらなれないことはよく分かった。

 だって、敵なんだもの。

 だったら、記憶さえ無ければ辛くなかったのではないか。

 いや、ダメだ。そしたらたぶん、魔物の王として人間を滅ぼしていた。

 通りに蔓延る甘ったるい匂いは、長くいるとお香を買おうという気を失せさせてしまう。ちょっときつすぎた。

 私は頭痛を堪えて、早くこの通りから抜け出そうと思った。

 次は彫金細工や、宝石が売っている通りになるみたい。可愛い布も見たいな。ヘビ夫妻にお土産で持って帰って、SMじゃない服も作ってもらおう。

 脱線した……。リュディガーを探して相談してみよう。でもこの匂いじゃ、感覚がよけい鈍って、人間と魔族の区別もつかなくなってきた。

「きっつぅ」

 魔王力で砂漠の暑さは平気だったのにな。そう言えば転生前から、強い香水は苦手な体質だった。しかもハイパー嗅覚なんだから仕方ない。

 クラッと眩暈がしたところを、力強い腕に支えられた。

 こういう風に陰から助けてくれるのは、だいたいアッサールだよね。それとも都合よくテオが追いかけて来てくれた? web小説ならそれもありじゃない?

 なんて、期待して振り仰ぐと、見知らぬ男がいた。なんだ、モブかよ。私は気落ちした。

「ありがとう、大丈夫です」

 礼をして離れようとする。しかし、相手は私の腕を掴んだまま放してくれない。

「えーと、あれ、言葉通じるよね、私が通じるくらいだもんね……。もう大丈夫なので、手を放してくださいませんかね?」

 背が高い。浅黒い肌の色を見るかぎり、ルーラルの民だろうか。そういえば、アッサールもローザも浅黒いから、魔族にも一定数いるのだろうけど──。そう思ったところで、ゾクッと鳥肌が立つ。

 彼は、中東風のゆったりした白く長い衣服を着ている。トーブってやつだっけ? 頭にも白い布を被り、黒い輪で止めていた。完全に現地の人だ。そしてお約束だけれど、ものすごい美形なんです、はい。

 警鐘が鳴った。Web小説内で美形は、モブではない!

 そんな彼から、まじまじと顔を見られた。

「何者です?」

 聞かれて、私は口ごもった。彼の金色の瞳が食い入るように私を凝視していた。

 ──ああ、やっぱり。彼は魔族だ。

「あなた……リュディガー?」

 男は一瞬カッと目を見開き、そのあと今度はすうっとその目を細めた。

 そして次の瞬間、彼は私を腕に抱え込んでいた。

 ──もう何度目かになる、暗転。


 
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