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第五章

テオフィルの苦悩(作者の都合で三人称&一人称)

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(どういうつもりだ?)

 アレクシアに引っ張られその場を離れたテオフィルだが、後ろ髪を引かれる思いだった。

 盗賊の一団から離れていく勇者パーティーは、危機から解放され気の緩んだ聖女以外、無言である。

 おそらく、この後味の悪さのせいだ。

 相手が間諜かもしれないと疑っていたのは確かだが、男として、婦女子を盗賊に引き渡し逃げることに抵抗を感じているのだ。

「良かったね、これでやっと私たちの後を付きまとわなくなるものね」

 アレクシアはクラダの上に乗ってから、よけい安心したのだろう。無邪気に笑った。

「厄介払いってやつかしら?」

 テオフィルは戸惑いながらも、彼女の柔らかい猫っ毛を撫でた。自分の使命は聖女を護ること。聖女は魔王を倒すために必要で──。

(必要で?)

 そんなことはむしろ二の次。聖女だから守ろうと思ったわけではない。彼女は修行時代、自分たちの心を癒してくれた。聖なる力などではなく、その優しさで……。

 違和感に、テオフィルは頭を振った。クラダの上で揺られながら、無邪気にまとわりついてくる腕の中のふわふわした聖女は、特に何かが変わったわけではないように思う。

 だけど、自分の中で齟齬が発生している。アレクシアってこんなだったっけ?

「確かに……厄介払いできてよかったです」

 メルヒオールがまだ少し青い顔でそう言った。

 昼間の陽光は、相当なダメージを彼に与えてしまったようだ。水の属性である魔力保持者は、得てして暑さや乾燥に弱いと聞く。だがメルヒに関してはその限りではない、と勝手に思っていた節がある。

 辛くても、黙っていただけなのだろう。テオフィルは、やっとアレクシア以外に気が回った。

「休めなかったね、大丈夫か?」
「どうせ始末するつもりだった」

 メルヒオールは、テオフィルのかけた言葉には反応せず、そう呟いた。その言葉は、自分自身に言い聞かせているようだった。

「彼女は我々にとってまずい存在だ。なぜかその予感がぬぐえない。だから始末しなければならなかったんです」

 ブツブツ言っていたかと思うと、とつぜんクラダを止めた。眼鏡を押し上げる。

「でも、それは奴らがやるべきことではない」




※ ※ ※ ※ ※




 その頃わたしは、魔力解放のタイミングを見計らっていた。

 まだ勇者一行は近くにいる。私が転移して逃げたら、盗賊どもはまたアレクシアを攫いに追いかけるかもしれない。

 この場でやっつけちゃうのが一番いいんだけどな。

 もう少し小出しに魔力を使えるように修行すべきだった。いきなり大魔王の大魔力を放出したら、勇者どころか、砂漠の国にいると思われるリュディガーとアッサールにも気づかれてしまいそう。

 リュディガーか……。

 私は、誰が最初にするか口論になっている盗賊を眺めながら、本当なら配下になるはずだった魔族に想いを馳せる。

 どんな魔族なんだろう。近くの都市にいるなら、膨大な魔力を感じるはずだけど……もしかして私のように完璧に抑え込んでいるんだろうか。

 すっと目をつぶり感覚を研ぎ澄ませる。魔力を解放すればもっと分かるんだろう。でも封じている今は感知能力も落ちているのか、西の方に微かに雑多な魔物の気配を感じるだけ。

 都市に魔物の気配など珍しくはない。家畜代わりにされている魔獣だってその辺に普通にいるし、奴隷にされている力の弱い魔物もいるだろう。

 さらに意識を集中すると、強そうな魔物の気配も確かにある。これは、アッサールだろうか。それとも他の……。

「分かりづらっ」

 私は呟くと、脇腹に手を当てた。血止めしなければ。本当なら簡単に治るんだろうけど、今は魔力を動かして治すのはダメだし……。

 メルヒめ。うつらうつらして本当に刺すなんて、どこか抜けてるんだから。

「決まったぜ」

 盗賊のリーダーが下品な笑みを浮かべ、私に近づいてきた。

「とうぜん、俺が一番でいいらしい。ここは水が無いからな。お前の体を洗えない。ルールとしては、唾液を付けない、精液をぶっかけない、これで十人で姦しても、最後ドロドロの女を抱かなくてすむという寸法だ」

 意外にそういうこと気にするんだ! 複数プレイとかで気になる部分だよね!

「まずは脱げよ。それから、四つん這いになってもらう」

 げへへへと笑いながら近づいてくる男たち。コテコテの悪だな!

 私は、息をついて勇者たちの気配を調べた。そろそろいいかな、逃げて。

 大人しく輪姦されるつもりはもちろんない。モブ輪姦なんて、それこそノックダウントラブル行きだ。

 一瞬の魔力解放なら、ごまかせるだろう。つまり遠くに転移するための一瞬だ。盗賊たちを転移させるより、ここに魔王がいるってバレるリスクは少ないはず。

 ドロン城にでも逃げて一服してから、もう一度勇者パーティーを探そう。

 ところが──感知した気配に目が点になる。思ったより近くに、勇者パーティーがいることに気づいたからだ。

 あれ? 近くっていうか、もう──。

「うわぁああああ」

 盗賊たちの数人が、突然四方から襲い掛かった網ネットのようなものにくるまれる。

 罠にかかった猛獣よろしく大暴れしているが、たぶん彼らには、一人を除き、何が起こったか分かってないだろう。魔力の網ネットなんだから。

「捕獲完了──おっと、ちょっと小さかったな。砂漠ですからね、地中の水分が少なかった。四人しか包み込めませんでした」

 中から出ようとする者と、外から助けようとする者たちで大騒ぎの中、メルヒオールの抑揚の無い声がした。

 彼は月を映して光る眼鏡を押し上げながら、夜の闇の中から進み出る。

「ジークバルトの魔法だとそちらにいる魔導士にばれるのでね。賢者の私が気づかれないように、遠くから術をしかけました。発動するまで魔力は発生しませんからね」

 おお、すごいメルヒ。私も気づかなかったわ。

 するとメルヒの反対側から現れたロランが、砂地に大きな剣を突き刺す。砂が持ち上がり、人の形になる。

「これ、疲れるんだが」

 土の属性の魔力が剣から地中に流れていく。ロランには魔力は僅かしかないが、討伐用の剣がそれを増幅するのだ。

 数体の砂人形が、モヒカンやスキンヘッドに襲いかかった。

 相手の力に気付き、いち早く逃げようとした盗賊を三名、ファッビオが燃やした。

 あちらも黙ってはいない。盗賊の中にいた痩せ細った男が何か唱えると、ロランの砂人形が切り裂かれた。風──鎌イタチだ。

「なんだ、砂は風で巻き上げていたのか。そちらも風属性ってことね」

 ジークがスッと手を上げ、空中に魔法陣を描く。それは虹色に光り、巨大化し、相手の術者に襲いかかった。

「こっちは本職だ。実力差考えて喧嘩売れ」

 ジークは魔法陣の模様に焼け跡を付け倒れ伏す男に、そう吐き捨てた。

「まあでも。俺ら、修行不足だな。誰かを人質に取られてなきゃ、こんだけ強いんだけど」

 ジークバルトが自己嫌悪の暗い表情で、テオフィルを振り返る。

 私は目を丸くした。

 ほっぺたを膨らませたアレクシアの隣にピタリとくっついているが、彼も引き返してきてくれたんだ。

「間諜のお姉さんが人質だったら、俺たちが逃げる必要ないわけ。だってあんたが傷つけられたって、何も困らないし」

 ジークがニヤッと笑う。

 むか~っ、まあそうだけどさ! だから私が替わったんだけどさ!

「にしたって、仲間を人質に取られて身動きできなくなるなんて、あんたたちまだまだひよっこだわ」

 私はふんっと鼻で笑ってやった。

 ジークはうるせい、と言いながらも、私の足のロープを切ってくれた。だからまあ、私に対する暴言は許してやることにする。聖女狙いかもしれない怪しい女に対する扱いとしては、妥当なのだろうしね。

「血の臭いが……」

 ファッビオがクンクンする。

「盗賊に、何かされた?」

 えーとね。チラッとメルヒオールを見る。彼は怪訝そうに私を見た後、ブラウスの血に気づきハッとなる。

 そう、あなたよあなた! うつらうつらしながらプスッと刺したのよ!

 メルヒは眼鏡を押し上げると、ごそごそ腰の革袋から何か取り出し、私に手渡した。

「……すみません、わざとじゃないんです。私としたことが、脅すだけだったはずなのに」
「これなに?」
「消毒用の湿布です」

 こういう便利グッズ他にないの? 熱中症に効くやつ。それにメルヒは頭痛持ちなんだから、鎮痛剤みたいな薬も無いの?

「あなたこそ、まだ顔青いわよ」
「そこまでやわじゃないですよ!」

 憤慨しているメルヒオールが可愛い。敵だと思っている女に気遣われるのは屈辱なのだろう。プライド高いなぁ。

 それでも──ものっすごい憎々し気な目で睨みつけてくるアレクシアは別として──なんとなく勇者パーティーの敵意が薄れた気がする。

 相変わらず、皆の態度は変わらないけれど、一緒について行くことに文句は言われなかった。




 翌日になって、ようやく一行の間にほっとした空気が流れた。

 メルヒオールは眼鏡を直し、それから残念そうな声で言った。

「砂漠で殺しそこねました」

 遠くを指差す。その先──蜃気楼の向こうに、城壁が見えた。日干し煉瓦の城壁。私のハイパー視力で、それはくっきりはっきり見えた。都市国家ルーラルだ。

「到着してしまったので、ひとまず魔王の調査をしてからですね。今回は信ぴょう性が高い。私の勘ですが、おそらくこちらの確認の連絡なんて待たずに、聖都を討伐軍が発っている頃でしょう」

 それから、眉間のシワを深くする。

「それだけじゃない。討伐軍の先遣隊──精鋭を、神殿の魔法陣を使用して、送り込むと予想します」

 私はハッと思い出す。何人もの神官を再起不能にするほど魔力を要する、転移の大魔法陣。発動すれば、一個小隊ほどの人数を一度に現地に派兵できる。

 魔力を魔法陣に貯めるのに丸一日かかり、関わった術者は魔力欠乏でしばらく動けなくなる。つまり、めったに使用されない大掛かりな魔法だ。

 そこまでして?

「それくらい、あそこには魔物の気配が蠢いている。魔王でなくても放ってはおけない」

 メルヒは探るように、テオフィルの様子を眺める。それから、隣を進むジークにそっと呟いた。

「思ったより、魔族級の気配も多いですね。テオが討伐軍の到着まで待てるのかどうか、それが心配です。穏やかに見えて、魔物を憎む心は誰よりも強い」

 メルヒの目線の先には、歯を食いしばり、衝動を堪えているテオフィルがいた。メルヒとジークには彼の気持ちが分かるのだろう。

 でも、憎しみに歪むテオフィルを見ると、魔物代表の私の心は暗く沈んだ。

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