逆ハー小説の聖女に転生するはずが、作者の都合で大魔王でした……

世界のボボ誤字王

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第五章

メルヒオールの困惑

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 すぐ背後にメルヒオールの敵意を感じながら、粛々と砂漠を進む。……気まずい。

 クラダという謎動物の乗り物は、ここがファンタジーな世界のせいか、それほど揺れないし、お尻も痛くないし、臭くもない。

 砂漠の旅って、現実ではしたことがないけど、少なくともここでは快適だった。体感的には四十度越えではないと思う。

 ただ、それは私──大魔王だからか、転生者だからか分からないが──にとってだけのようだ。

 背後のメルヒオールを振り返る。

「暑いの、苦手よね?」

 確か、今の私と同じく色白の肌の彼は、太陽に当たるとずる剥ける体質のはず。私は大魔王なのでへっちゃらだけど、メルヒは人間だし。

 さっそく手綱を握る手が、赤くなってきていた。熱いのも、暑いのも苦手な可哀想なメルヒオール。

 読者の立場からすると、いつも冷徹でスカしたサイコパス眼鏡のこの弱点は、可愛い萌えポイントなんだけれどね──。

 聖女……の記憶があると、仲間として心配になる。

「フードを被ってるから大丈夫です」

 不愛想に突き放された。

 賢者、魔導士の修行も体力が必要だとかで、勇者や騎士と同じく厳しい肉体改造を強いられる。

 体調管理も実力のうち。弱いのは恥だと思っているのだ。

 でも、肌が弱いのはしょうがないじゃん? そこは鍛えられないもんね。

 ジリジリと陽光にさらされている、剥き出しの白い手が気になった。

 私は自分のスカートを持ち上げて、手綱を握る彼の手を覆ってやる。

 メルヒはビクッとなった。それから舌打ちと低い声。

「……取り入ろうとしても無駄ですよ。君は得体が知れない。だから、捨てていきます」

 やっぱりそうか。私はうんざりした。

「ねえ、そんなことしても無駄よ、私は魔物なんだもの」
「そんなにぴっちり魔力を隠しておけるはずないでしょう、魔王じゃあるまいし」
「だから、魔王だってば」

 今度はメルヒオールがうんざりする番だ。

「まったく、アレクシアとは比べ物にならないほど低能な女だ。オッパイに全部脳みそがいってしまったんではないですかね?」

 しっかりオッパイを見ているところが、また童貞っぽいな! いや、偏見だけど。

「君がもし魔王だったら、今我々は、どうして西の都市国家に向かっているんです? 我々の使い魔は、白魔法により邪悪な気配を読み取ることができる」

 そう言ってから気丈に眉を吊り上げ、砂漠の先を見据えた。

「そこに、魔王と疑うほどの、膨大な力の持ち主がいるからです」

 私にはそれが何か分かったような気がした。ワニオが言ってたじゃない。アッサールがどこに行ったか。

 西の砂漠にいるって言ってたもの。それからアッサール自身、リュディガーのところに行っていたって……。

 だからその魔王に匹敵するほどの邪悪な気配って、リュディガーのことよ。

 ……って、邪悪って失礼じゃね!? 魔力と聖なる力の差の区別って何でつけてるのよ!

 私はプンプン腹をたてながら、メルヒに抗議する。もう何度も同じことを訴えてきたけど、それでも繰り返し説得するしかないのだ。

「邪悪って言うけど、あんたたちは、何を以て善悪を決めるの? 人間は魔物に何もしないの? 奴隷にしたり、土地を奪って迫害しているじゃないの! それに同じ人間にだって、奪ったり、殺したりするやつがいるじゃない」

 ふと、転生前の最期を思い出して体が震えた。ストーカー、通り魔。帰りの夜道で、あんな怖い最期を私に与えたのは、人間だった。邪悪なのは人間もそう。蔑まれ、滅ぼされる謂れはない。

「何様なのよ!?」
「人間様ですよ」

 メルヒは呆れたように息を吐くと、大きな、だけど繊細な白い手で、私の口を背後から塞ぐ。

 手は動かせる程度にゆとりを持たせて縛られていたので、必死に引きはがそうとする。くるしっ、死ぬっ! 鼻まで塞ぐんじゃないっ!

「ふごふごふご!」
「テオフィルや、ジーク、それに私の前では魔物を擁護しないで。長生きしたければ。……本当に不快です」

 眼鏡が陽光を受けて反射し、その表情は見えない。

「我々が、なぜ勇者パーティーの募集に応じたか、分かってない」
「素質があるからでしょ?」

 やっと彼の手から逃れ、新鮮な空気を吸い込んでから──いや、たぶん皮膚から酸素も吸収できるんだろうけどさ! ──そう聞いた。

「聖なる力の片鱗があるから、神殿に赴いた。そこで選ばれ、修行するために。そうでしょ??」

 少なくとも、アレクシアはそうだった。転生してから力に目ざめ、聖女に選ばれたのだ。

「片鱗がある、確かにそうです」

 眼鏡を外し、被ったフードの上に乗せた。

 眼鏡に見慣れたメルヒの顔は、どこか鋭さを欠き、物足りなく感じるものの、やはり繊細で綺麗な顔立ちをしていると思った。でもその表情は浮かない。

「だから、私たちは家族を失うことになった」

 彼が呟いた言葉に、私は耳を疑った。

「な……に……?」

 何を言っているのか分からなかった。

「魔物は精力を求め、異性を襲います。あのローザのようにね。ごくまれに、子供ができることがあるんですよ……このクラダだって、魔獣とラクダの交配の結果だ」

 ネーミングが安直とか、今はそんなことどうでもいい。そんなことより……。

「おかしいわよ、人の腹では魔物は育たないって聞いたわ」

 自分が聖女の頃の記憶では、そういう常識だった。

「体裁が悪いから、みんな隠しているんです。少なくとも私の母は、身ごもった」

 頭を殴られたような衝撃。そんなの、聞いてない。

「テオもジークもそうですよ。二人とも少し年齢の離れた姉がいて、孕んでます。けっきょく聖なる力は魔力と同じもの……まさにその通りなんです」

 私は聖なる力で怪我をするけれど、それはけして魔物だからではないのだ。彼らが、魔物を攻撃するための呪力を込めているから。

 人間同士の戦争でも、魔導士が駆り出される。その場合、呪力は敵国の人間に向けられる。

「おそらく私の母やテオフィルらの姉には、聖なる力──魔力があったんです。血筋なんですよ」

 遺伝するってことか!

「たとえば……考えたくもないですが、私が魔物を犯したとしたら、その魔物が孕むことも可能なのだと思います」

 メルヒオールは額の汗をハンカチで拭くと、静かな声で続けた。

「私の母を殺したのは、父です。魔物の子を身ごもり、発狂した母の首を絞めて殺した。テオフィルの姉は身投げだったようです。ジークの姉は、出産までして、けっきょくそのまま亡くなった。赤子はまだ子供だったジークが……殺したと言ってます」
「やめて」

 そんな重たい話、私が読んできた小説内では語られていなかった。吉田エリザベスが暴走してる? それとも、私の行動のせいなの? お願い、重い話にならないで。

 転生したんだから、都合のいい夢を見させて。



 休憩で夜営の準備をしている間、メルヒオールは鬱陶しげに私を遠ざけた。他のメンバーもよそよそしい。明らかに私という存在が邪魔なようだった。

 心折れそう……でも離れるわけにはいかないしなぁ。

 このまま、大魔王として彼らと戦うしかないのか。いやいや、そんなことできないでしょう。また人類滅亡エンドになったら大変。

 それとも、私が戦いを放棄すればいいのかしら? え、そうした魔物たちはどうなるんだろう。勇者が魔物を滅ぼして終わりエンド?

「そもそも、私とテオフィルがくっつかなきゃダメなんじゃなかったっけ?」

 絶対無理じゃん。ポツリと砂地に座り、月を見上げる。

 皆と一緒なら、夜営も楽しかった。皆がいたから魔王を探す旅も怖くなかった。今は、ここにいると孤独だった。

「お姉さんも食べる?」

 アレクシアがやってきて、自分の携帯食を手渡してくる。あら、いい子じゃない。涙を 見られないように、彼女の方を見ないで返事をした。

「平気よ、ありがと」

 クスッという笑い声が微かにして、耳を疑う。

 ロランがすぐにアレクシアに注意する。

「あまり無防備に近づかないでください、聖女様」
「だって~物欲しそうに見てるから」

 見てません! 魔王は別に食べなくても平気だもん!

 アレクシアの困ったような声。

「こんな不味そうなの食べられないって~」

 言ってないわよ! あのアマやっぱりムカつくわ!

 頭にきて焚き火の方を振り返ると、メルヒがちょうど立ち上がり、こちら側に来るところだった。あれ、ちょっとふらついてない?

「すみません、先に失礼します」

 毛布を敷き横になる。

 やっぱり具合悪いんだ。夜は寒いのに、焚き火から離れるなんて。

 聖女は魔力の回復や外傷の治癒ならできるが、病を治すのは得意じゃないんだっけか。ちらっと聖女を見るも、まったくメルヒに気づいていない。

 私の魔力なら熱中症くらい治せそうだけど、ガッツリ抑えた魔力の封印を解かなきゃならない。

 その瞬間大騒ぎになり、治療どころじゃなくなるだろう。おそらくメルヒに触れる前に、全員から攻撃される。

「メルヒ、大丈夫?」

 私が聞いても、うるさそうに呻いただけだった。

 アレクシアを始め、火を囲んで談笑している彼らに苛立つ。みんな、少しは心配しなさいよ! 

 メルヒは意地っ張りだから、辛くても絶対仲間に言わない。守るべき聖女より早く休むなんて、調子が悪いに違いないのに。

 私は足首に緩く繋がれているロープが許す限りのことをすることにした。

 自分用にあてがわれた飲み水で麻布を濡らし、メルヒに近づく。

 眼鏡を外し、眉間に皺を寄せて息を荒くしているメルヒオールは、申し訳ないけど色っぽかった。

 さすが一部のファンに二次創作(BL)を書かれるだけある。

 月明かりでも分かる蒼白い肌、胸元ははだけ、薄い唇を半開きにし、苦しそうに喘いでいる。

 細く柔らかな前髪が乱れ、額に散っている様は、ロラン辺りと並んで寝ていたら、腐ってない私でも妄想したくなるくらい倒錯的だ。

 首筋に絞った布を宛がおうとしたその時、細身の刃が脇腹に突きつけられた。

「何をするつもりです?」

 メルヒが鋭い視線でこちらを睨みつけていた。

「ひ……冷やすだけよ」
「離れなさい」

 私は呆れる。

「臆病ね」
「なに?」

 メルヒの目に怒りが満ちる。

「何か変な動きをしたら、刺せばいいでしょ」

 知るかっての。ピトッと頭に布を当てる。

「砂漠の夜は冷えるから、少ししたら外すわ。頭痛いんでしょ?」

 脇腹に剣の切っ先が食い込むも無視した。私は彼の頭を自分の膝の上に導く。鎮痛剤があればな……。

「──何を」
「寝なさい」

 それくらい、させてよ。昔のよしみで。まあ、メルヒは分からないだろうけど。

 メルヒはふと目を見開いて、黙った。それから目を泳がせ、迷子のような心もとない表情を浮かべる。

「君は……? この感触は……どこかで……」

 聖女だった時、頭痛持ちのメルヒに膝枕をよくやってあげた。でも彼が覚えているとは思えない。

 なんとも気まずい空気に耐えられず、早くメルヒが寝てくれないかな、と思った。

 子守唄がわりに、鼻唄を歌う。神殿の修行中歌ってあげた曲だ。実は日本の童謡なんだけど……まあいいでしょう。著作権切れてるはずだし。

 メルヒは、いつの間にかウトウトし始めた。私は、脇腹から滴る血に気づき、そっと切っ先を外した。

 刺さってるやん! 痛いっての。

 視線を感じた。テオフィルたちが目を見開いてこちらを見ていた。

「その歌──」

 その時突然、聖女のためにベッドになっていたファッビオが起きあがった。アレクシアが滑り落ちて小さく悲鳴をあげる。

「なによ~」
「何か来るよ」

 ファッビオがグルルルと闇に向かって唸る。




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