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第五章

魔王はここにいる私だけど!?

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 魔王が都市国家ルーラルを占拠したってなんやねん。私はここにいるけど?

 すっかりカミングアウトするタイミングを逃し──いや、してるんだけどね!?──縛られたまま馬で運ばれていく私。

 ちょっとぉ。この格好で長距離移動はツラいんだけど……。

「このお姉さん、なんで連れていくの?」

 アレクシアが指を顎に当て、小首をかしげる。

 「私は女の子がいて嬉しいけどぉ、テオたちの邪魔にならない?」

 テオフィルは咎めるように、他のメンバーを見渡す。

「彼女はなんなんだ?」
「いや、分からぬ」

 答えたのはロランだ。

「どこかの勢力に属する間諜だとは思うのだが……」

 いや、だから魔王だってば。

「つきまとう怪しい女を、野放しにはできんからな」

 ロランの前に乗せられて進んでいたアレクシアは、手綱を持った太い腕に絡み付いた。大木にしがみついた蝉みたいになっている。

「え~、間諜なの? アレクシアこわいな」

 ロランはささやかな胸を押し付けられ、赤面して狼狽えている。

 強姦未遂でだいぶ小説とは印象の変わったロランだけれど、騎士団育ちで本来生真面目な人だ。仕えるべき相手には、ものすごく真摯で誠実なのだろう。

 しかし密着した状態でロランのロランが勇者様になれば、聖女にばれて気まずいことになる。

 ロランは、あーっあーっ、本日はお日柄も良く、あめんぼあかいなアイウエオ、と天を仰いで何かのスピーチの練習をしてから、余裕を取り戻してアレクシアに微笑みかけた。

「ご安心を、聖女さま。何か妙な動きをすれば、この聖騎士ロランがこの女の首を一刀両断にいたします」

 アレクシアは、怯える。

「そんな、可哀想よぉ」

 どっちだよ、怖いのか、可哀想なのか。

「たぶん突き放しても付いてきて、我々を監視するでしょうね」

 メルヒオールは馬上で腕を組んで考える。

「殺して埋めちゃった方が早いと思いますが」
「メルヒ! 聖女様の前で残酷なことを言うな!」

 ロランが慌ててアレクシアの耳を塞いだ。空気を読まないやつを嫌うメルヒオール自身、空気を読まないやつだった。

「だってルーラル国は、砂漠の中のオアシスにあります。水とか食料とか、いろいろ面倒でしょ? あ、砂漠で捨ててくればいいのか」
「メルヒィイイイ」

 ロランはアレクシアに言葉が届かないよう、必死だ。

 その間も、メルヒオールはどうやって私を排除しようか考えているようだった。損得とか効率をひたすら重んじるメルヒらしい……。私の記憶の中の聖女アレクシアは、そんな風に冷たい彼をよく叱りつけたっけ。

「捨ててきてもいいわよ。私、魔王だから死なないし」

 私はケロッとしてそう言った。

「厨二病か!」

 取り合ってももらえないどころか、よけい怒らせてしまった。厨二病ってこの世界にもあるのかい!

 現実的なメルヒらしいけれど、少なくともここはファンタジー世界なんだから信じようよ……。貴方だって、賢者っていう厨二病じゃんか。魔法とか使ってるじゃんか。

 てっとりばやく魔力を解放して信じてもらうにも、この状態だと説得どころか攻撃開始されそうだしな。むむむむ。思ったより難しいぞ。

 仕方なく、自分が魔王であることをこんこんと語りながら、人間と魔物の共存について必死に説得した。

 証拠を見せてもいい、その代わり攻撃しないこと、と約束させようとしたのに、鼻で笑われて終わり。

 旅の間ずっと交渉していたのに、やっぱりまず魔王であることを信じてもらえない。

 おかげでテオフィルは、完全に私と話すことを止めてしまった。つまり、いない者として扱うようだった。

 ……それが一番堪えた。

 なんなの? やっぱり魔力を全解放して、戦いながら説得? 不良のタイマンみたいに、拳で語り合うしかないのだろうか。

 問題は、私の魔力攻撃の制御がうまくいかなくて、うっかり勇者パーティーを全滅させちゃいそうなところだけど……。

 彼らに聖王くらい力があるなら、実験がてら試してみる気にもなる。けど、ローザと戦った彼らを見るかぎり──いくら私が未熟とは言え──大魔王にはほど遠いと感じた。

 だから前回、滅亡エンドみたいになってしまったのだろう。

 ローザと戦った後、あっさり倒れたテオを思い出す。膨大な魔力は人の器では耐えられないのか。

 聖王が規格外すぎたのだ。あの爺……何者なんだろう。

 そうこうしている間、空気が乾燥してきて、砂漠に到着した。早いな!

 吉田エリザベスは作中の情景描写がざっくりな人で、頭に地図を描きながら読み進めるタイプの読者には嫌われる。

 特に馬で移動して何日くらいとか、何キロくらいとか、そういう計算は苦手そうだ。でも今の私たちには好都合というか、転移魔法など使わなくても簡単に移動できて助かった。ご都合主義万歳!

「乗り換えよう」

 砂漠に入る前に立ち寄った村で、まるで電車みたいにテオフィルが気軽に言った。しかし、乗り換えるのは砂漠の船、ラクダである。

 違った、ラクダに似た何かだ。

「メェェエエエ! メエエエエエエ!」

 ヤギみたいに鳴いてるけど、どう見てもラクダだ。そして角が生えている。そうよね、ファンタジーだもんね!

「これ、魔物じゃないよね?」

 私は思わず呟いてしまった。

「クラダです。魔物と交配させて、品種改良に成功した──知らないんですね、娼婦って常識も教養も無いな」

 完全に見下してくるメルヒにムッとなる。

 娼婦だって立派な仕事です。娼婦じゃないけれど。最も古い職業と言われているのよ! 娼婦じゃないけれど! だいたいね、買う人がいなきゃ成り立たない仕事じゃないの。娼婦じゃないけれど!!

 高校生の時、ウリをやっていると勘違いされたっけな。昔からケバかった……。ちょっと繁華街で待ち合わせしたりすると「いくら?」と聞かれていた自分から言わせてもらうと、完全に買うやつが悪い!

「ふん、童貞野郎」

 私はムシャクシャしてメルヒに言い返した。知ってるんだからね、アレクシアとヤるまで、チェリーだったこと。

 つまり、まだ魔物とほとんど戦ってない今も、チェリーだってこと!

 目を剥いてこちらを振り返ったメルヒオールに、ベロを出して見せる。

 ふんっ、童貞はピュアっぽくて好きだけど、メルヒは別! そういう意地悪言う人は嫌い!

「クラダは四頭でいいですよ、私と、この商売女が一緒に乗りますので」

 眼鏡を押し上げながら、メルヒはヒヤッとするような笑みを浮かべた。

 ……ちょっと怒らせすぎたかな。なんか、他のメンバーにばれないように砂漠に捨てていきそう。それで、あれ? おかしいな、どっかに落としてきたかな、とか言いそう。







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