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第五章
ジークバルト苛立つ(作者の都合で三人称)
しおりを挟む「私は大魔王。ゴルゴンドロン・ジョーであります」
女は小さな声で、だがきっぱりとそう宣言した。しかし、言った傍から白い頬をほんのり染める。
「やだ、なんか厨二病みたい……」
と呟いてから顔を伏せてしまった。
(まただ)
ジークハルトは艶やかな黒髪に隠れてしまった彼女の顔を見て、妙に矛盾したものを感じていた。
最初ふらりと現れた時は、都市を追い出された私娼だと思った。ギルドに所属してないものが身体を売れば、規約違反で追放される都市が多いからだ。
この女もその類いだと思った。ほぼ男だけの旅の一行を見つけて、金儲けしようと近づいてきた娼婦。おそらく、みんな同じ印象だったのだろう。
やけに婀娜っぽいというか、生唾物の美しい女だった。ロランなど、さっそく性処理に使おうとしていたくらいだ。
そして、その結果に違和感を持ったのだ。
ジークは──おそらくロランも──襲われかけ、恐怖にうち震えた女の姿を見て、その予想とは掛け離れた反応に、娼婦ではないのだと確信した。
(なんなんだ?)
敵国の間諜なら、もう少し上手くやらないだろうか。勇者パーティーだと知って近づいたのなら、魔物を擁護する発言などして自分達を怒らせ、追い払われるような行動に出るだろうか。
今またバカな発言をしたが、恥ずかしそうにしているその姿は、妙にそそる。見た目の大人っぽさとのギャップに、よけい可愛らしい印象を持ってしまった。
(計算なのか?)
ジークバルトは腕を組んで考え込む。
「ローザと名乗った魔物に罠を張ったとき、邪魔したろ?」
確信はなかったが、かまをかけてみる。女は目に見えて狼狽えたが、やがてため息とともに頷いた。
「ええ。だって……わたし……私、魔王様だから」
下らんギャグか。勇者パーティー相手に言うジョークではないし、滑りまくっている。
(空気を読まないやつめ)
ジークバルトはチラッとメルヒオールの方を窺う。時と場を無視した発言を、彼はとても嫌うからだ。
メルヒオールの眼鏡は白く曇り、口を引き結んでいた。
なんとなく、彼女にメルヒオールの尋問を受けさせたくないと思った。彼はドSだ。おそらくあらゆる術を使用して、彼女の口を割ろうとするだろう。
聞き終わった後この女の体は、原形をとどめていないかもしれない。
「お姉さん、いい加減にしないと犯すよ」
ジークバルトは動こうとしたメルヒオールを目で牽制してから、そう脅した。しかし彼自身、すごく苛立ってもいた。
ただでさえ、聖女の治療を目の当たりにし、もやもやしていたのだ。捌け口を求めたくなるのも、責められないのではないか。
女の顎を掴むと顔を上げさせる。くっきりした細い眉、長い睫。すっとした鼻梁に、紅を塗ったように赤い唇。
「いまここで裸にひんむいて、四人で姦してもいいんだぜ」
本当に、そうしてやりたくなった。ただし、自分一人で。
下半身が熱くなった。
ところが、女はまっすぐジークバルトを見つめ返す。
「ジークは口ではそういうこと言っても、やらないわ。悪ぶって女たらしの魔導士を演じているけど、本当は優しいもの」
ふっと微笑まれ、今度は魔導士の方が狼狽える。邪な気持ちが下半身とともに萎える。
なぜか、彼女を知っている気がした。
女は「あれ? でも犯された方が吉田さん的には嬉しいのかしら……でもそれってロマンスじゃないし、ノックダウントラブル行きになる」などと意味不明なことを小声でブツブツ呟いている。
「あんた、誰なんだ?」
ジークバルトは、違う意味でもう一度聞いていた。疑い深げに見ていたファッビオが近づいてきて、口を挟んだ。
「それね! お姉さん、ボクと、会ったことない?」
彼の瞳が金色に輝く。ヒト型になっていたのに、頭の上からピンと耳だけが持ち上がった。
「あるわ」
女はあっさり頷いた。ファッビオの瞳が、めいっぱい見開かれる。
「お姉さん、もしかして──」
その時、カラスが納屋に飛び込んできた。
ロランがビクッとなる。しかしメルヒオールが腕を伸ばすと、カラスはそこに落ち着く。
「オーブ師匠の使い魔──神殿からだ」
メルヒオールはそう言うと、足に結びつけられた布をほどいた。
『西の遊牧国家ルーラルが、国ごと魔物に占拠された模様。魔王の可能性あり、至急調査されたし。本物なら討伐軍を派遣する』
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