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第三章

ローザを追う

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 私を尻に敷いてしまっていたメルヒが、恐る恐る覗き込んできた。

「す、すまない、大丈夫ですか? 内臓とか飛び出ていません?」

 出てない。一応魔族だから、そう簡単には死なないみたい。

 ここだけうまいこと小説描写がギャグタッチになってくれたことに感謝しながら、私はムクッと起き上がった。

「村人たちを助けなきゃ」

 私は、茫然自失している男たちを見渡した。怪我はない。少なくとも、外傷は。

 その時、前に立っていたテオフィルが崩れ落ちる。私は悲鳴を上げて彼に駆け寄った。

「触らないで!」

 手を伸ばしかけた私を甲高い声が止める。ビクッとなって見ると、アレクシアが腰に手を当て仁王立ちになっている。

「テオを助けるのは、私のお仕事なんだからぁ」

 頬を膨らませて威嚇するアレクシアの後ろで、ピクッとテオフィルが動いた。腕をついて、よろよろ起き上がる。

「アレクシア、俺は大丈夫だ。ちょっと立ち眩みがしただけだから。早く、村人たちに回復の呪文を──」
「えぇぇえっ、だってテオの神力はもうカラッカラじゃない」
「アレクシア、俺はそんなにヤワじゃないよ」

 テオフィルがほっぺたを膨らませているアレクシアに微笑み、彼女を連れて村の男たちに近づく。

 みな、精気を吸われてげっそりしている。魔力が無いと、奪われる一方なのかしら……。

 見かねたのか、アレクシアに汚いものを見せたくないのか、ロランがせっせと村人たちの下穿きを上げてやっている。

 私は思わず疑問を口にした。

「なんで、男しかいないんだろう」

 ジークがちょっとおぞましそうに彼らを見渡し、しかし遠慮がちに小声で教えてくれた。

「地図によれば、ここは森林族の一つ、モーホー村がある場所だ。迫害されている理由は──」

 待って、その名前だけで十分だよ!

「みんな、心の傷は深いわよね。私がすぐに治してあげる」

 アレクシアがきゅるんとした目をパチパチさせた。

「ま、まさかアレクシア」

 テオフィルが青ざめる。

「大丈夫よ~、呪文だけにするから♪ 彼らは今、女性を見るだけで怯えると思うの」
 
 ほっと全員が胸を撫で下ろす。

「テオ、私を支えていてね」

 テオフィルの表情が優しく綻んだ。後ろから聖女を抱き締める。

 皆の嫉妬の視線の中、アレクシアは目を閉じた。

 呪文を詠唱しだすと、その体が前後にフラフラと揺れてくる。トランス状態だ。

 テオはそんな彼女を愛おしそうに、せつなそうに支えていた。

 ジークの歯軋り、メルヒの光る眼鏡、ロランのうめき声、そしてファッビオの垂れ下がった尻尾を見ていると、全員嫉妬で気が狂いそうになっているのが見て取れた。

 一番耐えられなかったのは私だ。あの腕の中に居るのは、本来私だった。

 ぐぐっと込み上げるものを堪える。今の私は魔王。テオフィルは、私のものじゃない。

 私は引き裂かれそうな心を抱え、顔を背けてそこから逃げ出した。



 とぼとぼと森の奥に逃れると、何かが感覚の琴線に触れる。

 なにか、いる。

 わたしは、直感の赴くままそこに向かった。

 女が力尽きて蹲っていた。穴が開いたボロボロの翅。ローザだ。

 私を見てビクッとなったのち、憎悪の目を向けてくる。

「人間ごときが、我の配下を! 我が何をした!? ただ気持ち良くしてやっただけではないか!」

 う、うん。でも、強姦は罪だからね。あと精力吸い取っちゃってたし。

「殺すことなかろう! 貴様ら、人以外は生き物ではないと思っておるのか! 森を破壊し、川を汚し、同族同士殺し合うくせに! 返せ! 我の仲間を返せ! か──」

 目の前でロランの刃に散った魔物たち。……おかしいな、どう見ても私から見たら化け物なのに。

 なのに、私は嗚咽を堪えられなかった。

 ローザと同じ悲しみを感じていたからだ。

 同族が目の前で、虫けらのように殺されたこともだが、私はもう人ではなく、もちろん聖女などではなく、魔族なのだと思い知らされたショックが、流れ落ちる涙を止められない。

 さらにテオフィルを思いだし、もうあの場所に自分の居場所が無いことに対する、悲しみも加わった。

 泣きだした私を驚いて見ていたローザに、そっと近づいた。

 ぶわぁっと攻撃的なオーラが立ち上ったけれど、無視してローザを抱き締める。

 私の身体中が、ローザから巻き上がった鱗粉の刃で切り裂かれた。血が飛び散ったが、私は気にもとめなかった。

「ごめんね」

 それから封じ込めてた魔力を解放した。

 近くに勇者がいることを考慮し、ローザを逃がすために転移したのだ。魔王城に。

 私を出迎えたのはワニオだった。

「魔王様……傷だらけではないですか! それに、おぬしはローザ!?」

 ローザは、自分より細身の女にお姫様抱っこされて転移した状況が、理解できなかったようだ。きょろきょろと辺りを見渡す。

「え、ここは? あれ、ドロン城!?」

 ドロン城って言うんだここ! 今知ったわ。

「魔王様とどこで会ったのだ、ローザ?」

 ローザはポカンとして、そう聞いたワニオを見たあと、私に視線を移動させた。

「ま、魔王?」
「……はい、一応」
「ゴルゴンドロン・ジョー?」

 ワニオが、様を付けろ! と口をバクバクさせて喚いている。

 あんぐりして固まっているローザを、黒猫のベッドに寝かせた。

「ごめん、どうにかするから」

 私は、彼女から目を逸らした。

 彼女の配下を救えなかった。魔王なのに、なんて役立たずなのだろう。不甲斐ない。

 でも一番ダメなのは、やっぱりどっちつかずのところだと思う。

 私は魔王として、人間側と交渉しなければならない。

 再び魔力を転移魔法に使おうと溜め込んだその時、ワニオとトンボールとヘビ夫婦がやってきた。

「どちらへ!」

 私はそれに答えず、逆に質問した。

「アッサールは?」

 トンボールが水晶を取り出してのぞき込んだ。

「砂地ですね。西にある、遊牧国家のある地に転移しております」

 ワニオが首をかしげる。

「いつも大魔王様から離れないやつが、いったいなんでこんな遠方に」

 ちょうどいい、心配かけたくない。

「ごめん、ローザを治してあげて。私はまた行ってくる」

 
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