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第三章

魔王様、なぜか強姦の危機

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 結局全員でアレクシアの見張りをすることになった。理由はお互い見ないように牽制するためだ。

 逆ハー物の男性陣って大変なのね……。当事者じゃないと、舞台裏を見ているようで面白い。


 せっかく水場があるのにもったいないので、私も水浴びすることにした。

 勇者一行からそっと離れ、下流に行きつくと、ちょっぴりセクシーな町娘風の衣服を脱ぎ脱ぎする。

 外側から締めた幅広コルセットの紐をほどくのには苦戦した。これ、やけに胸を強調するやつだ。十分デカいから要らないんだけど……。

 そのちょいエロ服と、めちゃくちゃエロい玄人下着を川で洗い、よく絞って木に干したら、次は自分の番だ。

 大魔王だって肉体はあるの。汗は大してかかないけれど、綺麗にはしたい。普段は浄化魔法で一瞬なのに、今は魔力を封じているからそれも出来ない。

 水は、身を切るような冷たさだった。河原から少し奥に進むと、ちょうど腰ぐらいの深さになる。ファンタジー世界だけあって水質が綺麗。流れも緩やかで溺れることは無さそうだ。

 持っていたトンボール特製粉石鹸で髪を洗い、体を洗う。ピンクの泡と薔薇の匂いが川面に広がった。大丈夫、ご都合主義な小説だし、環境破壊にはならない……はず。

 長い黒髪をかきあげて首筋でまとめ、ぎゅっと絞ったその時、視線を感じた。

 思わず立ち上がり、棒立ちになる。ロランが目を見開いてこちらを見ている。

 私は小さく悲鳴をあげ、体を隠して水に潜った。心臓がどきどきした。

「な、なんですか?」

 ロランは大慌てで後ろを向いた。

「失敬、聖女様の水浴びの間、男どもも一人ずつ交代で体を洗うことになって……」

 上流の聖女の水にあやかりたい、とかじゃないでしょうね! これが本当の聖水だ、とか言って飲んだりしないでしょうね!?

 そんな突っ込みを入れる余裕もない。私は裸を見られてすっかり動揺していた。ビッチな見た目だけれど、心は乙女だからね!

「そのまま、あっちを向いていてください。えっと……」

 魔力を封じているから、体を乾かすことができないことに気づく。あ、しまった。

「タオル──リネン? 体拭ける物って持ってません? 図々しいですが、お借りできないかしら。荷物は全部盗賊に取られてしまって」

 ロランが川べりの木の枝に、自分用の布をかけて下がる。

「恩に着ます」

 川からあがり、麻布をもらう。普段なら乾燥魔法で一瞬なのだが、ここで魔力は使えない。完全に封じ込んでいるから、解除もすぐにはできないし……。いや、解除したら一瞬でばれるだろうな。

「ごめんなさい、拭き終わったら木に干して乾かしておきま──」

 目の前にロランが居た。というか、ロランの黒光りした胸筋があった。いつの間に鎧脱いでた? あと、下にキルトの被り物とか着てたよね!? 今の一瞬でどうやって全部脱いだ!? ル〇ンか!?

「お前は、娼婦だったな」

 いや、違うけど!? ざらついた声のロランに腕を掴まれ、恐怖で固まる。

「放して!」
「大丈夫だ、金なら払う」

 腰を引き寄せられ、軽々と持ち上げられたかと思ったら、唇を塞がれた。

 はっきり言って、魔力をがっつり封じていると魔王なんてまったくの無力。そして、ロランは勇者パーティに選ばれるほどの騎士である。それって、魔物討伐軍の大将くらい実力があるってこと。腕は私の腰くらい太い。赤子同然の扱いだった。

 バンッバンッと胸板を叩き、もがきまくるも、ぬるりと舌が入り込んできて、口内を蹂躙される。

 私はショックで涙目になっていた。

 なんで……。

 ロランはこんなキャラじゃない。どちらかと言うと、照れ屋で無骨で、でも曲がったことは大嫌いの心優しい真面目な騎士なのに。

「──っ!」

 大きなごつい手が、麻布ごしに私の胸のふくらみを掴み上げた。

「でけぇな」

 彼の瞳が熱を帯びる。どろりとした欲情は、聖女の時に向けられたものとは違った。私はそこにほんのわずかな蔑みの色を見つけ、ますますもがく。

 乳房を揉みしだかれても、なすすべなくホールドされ動けない。危うく魔力を解放してロランをぶっ飛ばしそうになったその時──。

「何してんの?」

 ジークバルトが肩にタオルをひっかけやってきた。フードを落とし、これから水浴びする気満々の恰好である。

「遅いと思ったら、裸で抱き合ってさ?」

 ロランが顔を赤くして離れた。私は太い腕から解放され、腰が砕けたようにしゃがみこむ。

 ジークバルトは、ははあ、と笑った。

「アレクシアで勃っちゃったな。たぎる欲情を行きずりの娼婦で発散か」

 ロランが目を吊り上げた。

「聖女様にそんなよこしまな感情は抱かんっ」

 ジークは肩をすくめた。

「騎士ってのは大変だねぇ。お堅くてさ」

 それから口の端を吊り上げ、牽制するようにロランを睨みつけて笑う。

「俺はアレクシアをものにするぜ」
「なんと不埒な」

 ロランの体が怒りで震える。

「あの子が誰と寝ようが、気持ちだけは俺がいただく」

 そう宣言すると、背後の川を顎でしゃくった。

「なに? まだ水浴びしてないの? 俺、男と入りたくないんだけど。待ってるから行って来いよ」

 ロランは私を名残惜しげに見て、舌打ちしつつ川に入って行く。

 ジークはそれを見送り、今度は全裸を必死で隠そうとしている私を見下ろして、口笛を吹いた。

「あんた胡散臭いけど、いい女だなぁ。その気になったら、俺も相手にして……よ……?」

 私が本気で怯えているのに気づき、戸惑うジーク。ガクガク震えが止まらないのは、寒さのせいではなかった。体目当てで近づいてくる、現実の男を思い出したくない。

 なぜ、みんなそんな目で見るの? なんでヤリマンだと思うの? 飲み会の後、強引にホテルに連れ込まれそうになったり、送ってもらっただけなのに車で座席を倒されたり。ええ、ええ、分かってますとも、隙があったのは認めますけども、でもゆっくり発展して、恋に落ちてからでしょ、そういうのは。

「あれ? ちょっと、息。過呼吸? 大丈夫か?」

 まさかWeb小説の中でもお手軽にやれる女ポジだなんて! 聖女アレクシアの時は、大事にしてくれたのに、なんで──。

「おい?」

 わたしはもう、大事にされない女になりたくない。敬意をもって、パートナーとして認めて欲しいだけなのに。

 ついにジークはしゃがみこみ、私の顔を支えて瞳を覗き込んできた。

 私は体を固くした。歯の根が合わないほどガチガチ震えている。それでもまじまじと見られて、はっと気づく。大丈夫。私の瞳はいま、金色じゃない。紫に偽装してある。

 パンッと目の前で手を叩くジーク。私は目を丸くして彼を見た。途端、息が楽になり、震えが止まった。

「どう? 俺、治癒魔法下手なんだけど。それに外傷じゃないし、治ったんだか治ってないんだかよく分かんないだ」

 私は息を整えて、目をつぶったまま頷く。そうか、あんな大きな人から襲われかけたから、体が強ばっていたようだ。現実世界で強姦未遂経験有りの私のトラウマが、如実に出てしまった。

「楽に、なりました。ありがとう」

 忘れよう、私は悪くない。拒んだら「誘っといてなんだよその態度」と逆上して襲い掛かってくる男たちのことは、Web小説の中では忘れるのだ!

 ジークはちょっと考えてから、自分のローブで私の体を包んでくれた。

 そこへ、びしょ濡れのロランがあがってきた。ビクッとなって後ずさる私。また何かされるかもしれないと思うと、かつての仲間でも怖い。

 なんなの、私。なんていうか弱っちい。こんなの大魔王じゃない。

 ジークが、私の青い顔をしげしげ見て、言う。

「なあ、騎士さまよ」
「なんだ?」
「この姉ちゃん、娼婦じゃないかもよ」

 ロランが片方だけの目を丸くした。完全に頭からそう思い込んでいたようだ。

「しかし、聖女様が──。彼女は娼婦だから路銀を稼がなきゃならない、仕事を与えてやってくれと頼んできて」

 ぇえええええ。あのアマなに言ってくれちゃってんの!?

「アレクシアが娼婦なんて言葉知ってるかよ。無垢な神殿育ちだぜ? それに──」

 ジークはちょっと辛そうに、その端正な顔を伏せる。

「魔族と戦闘が始まれば、彼女は考えるかもしれない。娼婦と聖女が似ていると──」
「ばかなっ、聖女様の使命をそんな風に──」
「俺たちが思わなくても、アレクシアがそう思ったら終わりだろ」

 聖女アレクシアだった時、確かにそいういう陰口を何度も叩かれた。だって聖女は、魔力の回復に己の体を使う。もちろんよほどの時だけれど。外傷は祈りで簡単に治せるのに、 枯渇した魔力を復活させるのは、祈りでは時間がかかるとか。

 でも、それでもかまわなかった。

 大事な仲間を救えるなら。大切な人を助けるためなら、貞操観念なんてどうでもよくなる。
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