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第三章

光の神殿

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「魔物の王が生まれたと、神託が下りた」

 神聖グーグラリア王国の聖王はそう言って、国民に語りかける。

「神殿に来たれ、若人よ。勇者としての資質を聖女の聖別により確かめ、選ばれし者たちで魔物討伐の軍に加わるのだ。まだ魔王は目覚めたばかり。膨大な魔力を操れるようになる前に、魔王の息の根を止めよ」

 ちょうど群衆に向けての演説が終わったところだった。

 神殿の前の広場の、うんと後ろに隠れていた私は、唇を噛んだ。

 魔物は数が少ない。

 一方人間は、魔力──神の力を持つものがあまりいないとはいえ、人間自体の母数が多くて軍隊もある。武器を持って攻め込まれたら、多くの犠牲が出るだろう。

 中世っぽい世界観だけど、ここはあくまでも設定ゆるゆるファンタジー世界。

 大砲や、ロケットランチャーとか出てきても不思議ではないのだ。

「テオフィルに止めてもらおう」

 私は思った。彼は……勇者パーティーのイケメンズは、私が頼めばなんでもやってくれるもん。誰でもいい、とにかくこの戦いを止められれば。

 そうだわ! 魔物と人間の共存を目指すのよ! 
おそらく自分が聖女だった時、そうしなければならなかったんだ。人間側の視点しか考えず、滅ぼされる方の気持ちにならなかった。

 これは天罰。私は目を固くつぶる。

「光の神殿に入ろう。そして話し合うのよ」

 覚えたての浮遊術を使い、神殿の上に跳ぶ。結界がなるべく薄く弱そうなところを探した。

 それから魔力を丹田に溜め込み、一気にそこに放出した。ゴリゴリに張られた神力のバリアに、穴を開けるようにして、潜り込む。

 じゅじゅーっと肌が焼けるような痛み。それでも何とか突破した。

 そして神殿の中に着地した瞬間、魔力を己の中に封じこめる。二回目だけど、やっぱキツい。卵が詰まったニワトリって、こんな感じかな、っていうね。つまり、パンパンで苦しい感じ。

 でもそれにもなんとか慣れてきた。回を重ねれば、もっと上手くできそう。

 目玉が圧力で飛び出しそうだけど、こうでもしないと、真正面の聖騎士軍を突破しなければならないし、転移は弾かれちゃいそう。

 私は列柱の並ぶ回廊に隠れる。

 なよっとした神官の一人に狙いをつけ、パッと飛び出し、変質者のように外套を開けた。

 ダイナマイトボンデージボディを若い神官に見せつける。確か光の神殿の神官は童貞じゃないと、なれないのよ。

 ずっと童貞でいると、魔法使いになれるという伝説があるからだ。まあガセだけれど。

 案の定、黒い革のチューブトップに包まれた二つの大きな固まりが、彼の網膜を焼いたようだった。

 ポカンとだらしなく開いた口、伸びた鼻の下。

 その一瞬を狙い、私は長い足を振り上げ、顎先を蹴り上げていた。魔王、足長っ! 倒れた坊やを抱きかかえ、柱の陰に隠した。

「ごめんね」

 そう囁き、やはり変態のようにくっくっくと笑いながら神官の祭服を剥ぐ。

 今度はその純白のフードを被って、列に並んだ神官たちに紛れ込んだ。神官は髪や顔はなるべく隠す、それが童貞を守るための決まりとかで助かった。この黒い髪と金の瞳が隠せるからね。

 魔力を押し隠しても、結界の効力は有効なようで、肌は相変わらず焼けるように痛む。やはり自分は今、魔属性なのだと実感してしまう。

 その時だ。

「新しい賢者が来たぞ、オーブ老の後継者だ」

 神官たちがざわめきはじめた。

 入って来た少年を見て、私は目を細める。なつかしい。メルヒオールの少年時代。

 きっちりとローブを着て、眼鏡を指で押し上げる仕草は一緒だけれど、まだあどけなさがある。気難しく神経質な彼だが、今の見た目は可愛い。

 やばい、グリグリしてやりたい。萌えるわ。

 ほくほくしていると、ついに──テオフィルがやってきた!

 ああっ! テオ! 少年時代のテオも可愛らしっ。私、ショタコンではないけれど、ダークブロンドの髪も、優しげな顔立ちも、鮮やかな緑の瞳もぜんぜん変わってない。いやあぁぁああかわゆっ! 好きっ! もう大好き!

「テオ、私よ。アレクシアよ」

 そう言って、一歩足を踏み出そうとした時だ。

「お待ちしておりました、勇者テオフィル」

 王に連れられて、がやってきた。正確には聖女だった時の私。まだ少女の頃の私。

「聖別の儀式の前ですが、勇者に関しては必要ありません。貴方が勇者です。すぐにわかりましたわ」

 テオフィルが眩しそうに少女を見つめる。

「私はアレクシア。神託を受けた聖女です」
「俺にもすぐに分かりました」

 テオの顔がくしゃっと笑う。私が一番大好きな笑顔だ。えくぼができて、眩しいくらい無垢な笑顔。ぎゅっと胸が痛む。

 話しかけるきっかけを失い、そのまま円柱に隠れてしまった。

 変な感じだ。見つめ合う二人。見た目は私とテオフィルのはずなのに。

 ここにいる私はなんなのだろう。

 すると突然、肩を掴まれた。

 振り返ると、魔導士ジークバルトが立っていた。背はまだ低く、私が先ほどまで着ていたのと同じような、黒いフード付きのローブを頭から被っているが、間違いようがない。

 内包する潤沢な魔力は、彼がジークバルドであることを如実に物語っている。

「あんた、魔物臭いぜ」

 ジークバルトの紫の瞳が鋭く細められた。

 ぞくっと背中から這い上る恐怖。ああ、この子はもう見破る力を持っている。私はまだ未熟だったんだ。

 魔導士は、修行の成果より才能がその能力に影響する。生まれながらに魔力に溢れている彼を、ごまかすなんてできない。

 ──っ!?

 キーンととんでもない大きな耳鳴りがした。私は思わず両耳を押さえ、うずくまる。

「いま、術が完成しましたオーブ」

 眼鏡を押し上げる少年。いつの間にか、メルヒオールもそばに来ていた。師である先代の賢者が、できのいい生徒を見るような誇らしげな目で、メルヒの肩をポンポンと叩いた。

「うむ、よくやった」

 私は、体が動かせないことを自覚した。すごい……もうこんな術が使えるなんて。

 ジークバルトもメルヒオールもまだ少年。これから聖女と共に、魔王を倒すための修行に入るはずなのに。

「ロラン、殺れ」

 騎士ロラン!? 王の背後に控えていた鎧姿の男が立ち上がった。相変わらずデカい。威圧するようにわざと板金鎧の音を立てながらやってくる。

 確か、この時はもう正騎士に叙任されていたはずだ。だけどまだ今は十代じゃなかったっけ!?

 腕太っ、めっちゃ筋肉ついてるけど!? オッサンの貫禄なんだけど!?

 どうしよう、私は魔力の使い方をいまいちよく分かっていない。そしてこの子たちが既にこれだけの素材だったなんて……舐めていた。

 敵陣に丸裸のまま飛び込んでしまった。

「待って」

 テオフィルが剣を抜いたロランに言う。

「魔物とは言え、僕らに危害を加えたわけではない」
「しかし、結界に入り込めると言うことは、おそらく相当上級の魔物だ。放っておくわけにはいかん」

 ロランがしごく当然のように言う。

「いえ、勇者テオの言う通りです」

 聖女が一歩踏み出した。

「生け捕りにしましょう」
「勇者? この者が? もう分かったのですか、アレクシア」

 賢者オーブが聖王を振り返る。王様は肩を竦めた。

「らしいな」
「話を聞いて」

 私は声をふり絞った。

「聞くな、魔力で操るのかもしれぬ」

 賢者メルヒオールが警告を発する。まっ! 見た目は可愛いのに恐ろしい子!

「そんなことしないわよ! 聞いて! 私たち魔物は、ひっそりと暮らしたいだけ。何もしない」

 彼らに私の記憶はない。当たり前だ。私だけ違うキャラの魔王だし、物語もやり直しさせられているのだから。このアレクシアは、私の前世じゃない。

 だけど、彼らの性格は変わっていないはず。みんなすごく優しい人たちだから、話せばきっと分かってくれる。

 転生者だからか、私だけ記憶があるのがなんとももどかしい。

「だから魔物討伐などやめて!」
「笑わせるなっ」

 魔導士ジークバルトが吐き捨てる。

「何人やられたと思ってるんだ。俺の姉も、魔物たちに食われた」
「私は母をやられました」

 賢者メルヒオールが、感情のこもらない声で加わる。

「騎士ロラン、あなたはその右目、魔物にやられたんでしょう? そしてテオフィル君。君はロレンゾ村からやってきたと言っていたね。君の村は燃やされてもう無いのだろう? 唯一の生き残りだと聞きましたよ」

 テオの柔和な顔に、苦痛の色が宿る。

「討伐を止めろ? 虫のいい話だ。とらえろ」

 賢者オーブが弟子メルヒオールの言葉に頷き、そう命じた。

 私はとっさに転移魔法を使っていた。ブチブチと何かを引きちぎる音。

 生まれたばかりとは言え、さすが魔王の力。

 いける。

 そう思ったけれど、絡みついた何本かがなかなか離れない。

 強力な術は、ジークバルトのか、メルヒオールのか。解くやり方が分からない!

 その時、何かの引力が働き、するりと束縛がほどけた。

 ひっぱられる。私はその力に身を任せた。



「気が済みましたか?」

 私はアッサールの腕に抱えられ、空中に居た。バサッバサッとコウモリの羽が風圧を起こしている。

 その無表情を見て、私はなぜか落ち着き、そのままふっと気を失っていた。
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