2 / 51
第一章
男運の無い人生だった
しおりを挟むSNSや掲示板を探ってみたところ、そのWeb小説の作家は……嘘か本当か分からないけれど、亡くなったらしい。
自殺だったという。
小説情報は「連載中」なのに物語が終わっているから、番外編でもつけるのかなと思ったのだけれど……本当にあれで完結なのだろうか。
掲示板での噂によれば引きこもりで、非モテのオタク人生に、嫌気がさしたとか。
まあ、真実は分からない。
だけど、毎日更新してたはずのWeb小説『転生したら美少女聖女でした。パーティのイケメンズにモテモテで困ってます♪』が、あれで途絶えたことだけは確かなのだ。
……タイトルの割に重かったな。タグにバッドエンドってつけてちょうだいよ。
ふらつく体を支えるように一歩一歩アスファルトを踏みしめながら進む。少し飲みすぎた。
「自殺かぁ」
呟いてから、真っ暗な路地で足を止めた。
人生に絶望する気持ちは分からないでもない。でも、モテるからっていいことばかりとは限らないじゃない?
だって今日は誕生日なのよ。
なのに、彼氏に忘れられていて、しかもこちらからケーキ持って訪ねて行ったら二股をかけられている現場で、自分の方がセフレだったと知った日になってしまった。
一人で浴びるようにお酒を飲んで、現実を忘れようと読んだWeb小説はバッドエンド。
で、その帰り道にこれってなくない?
目の前にキャップを深くかぶった──刃物を持った男が立っていた。見覚えがある。
セクハラ、痴漢、ストーカー……襲われそうになった経験は、もう何度目だろう。
美しいって罪なのね、なんて……そんなこと言える状況じゃない。絶望しかない。
だって、殺されそうになっているんだもん。
この人、通勤前に駅で告ってきた人だ。
いやいやだってさ、朝っぱらから全然知らない人に告られたら、取り敢えず断るでしょ? 何で逆恨みされてんの? 名前も知らないのに。
近道を通ったから人通りはない。もっと駅近のアパートを借りれば良かった。借りているアパートまであと少し。でも場所は知られたくない。スマホはカバンの奥。どうしよう、どこかに逃げられるかしら。
男の口元が歪む。
「目が合ったくせに……。好きなんでしょ? 俺のこと。なんで付き合ってくれないの?」
調子の外れた声に、ぞぞっとなる。薬でもやってそうな、うつろな目。
怖い。
喉に何か詰まっているみたいに、大きな声が出ない。
男が一歩踏み出した。
恐怖心に、危機感が勝った。金縛りが解けたように、私はくるりと背中を向け走り出す。
「警察を──」
カバンからスマホを取り出したところで、背中に衝撃が走った。痛みとともに息ができなくなる。
(え……なに?)
前のめりに道路に倒れ、顔をすりむいた。でもそんなことより背中が痛──。
ゆらりと私の上に影が落ちる。
振りあおぐと、ナイフを片手に血走った眼で私を見下ろす男。
──暗転。
※ ※ ※
「というわけで、転生させてやろうと思うっちゃ♪」
汚れたレンズの眼鏡をかけ、ぼさぼさの髪の毛を束ねもしないスウェット姿の女が、ポテチをボリボリ齧りながら私にそう言った。
私は訳も分からず、その四十路、下手したら五十路に手が届きそうな中年女に魅入る。
「YOUはこの吉田エリザベス八世が書いた『転生したら美少女聖女でした。パーティのイケメンズにモテモテで困ってます♪』の熱烈読者だったっちゃ」
いや、熱烈ってほどじゃないけれど……。え、まさかの作者ご本人? でもこの作者って自殺したとかなんとか──。
そこで、背中に走った衝撃と痛みを思い出す。その恐怖で体が引きつった。
慌てて周囲を見渡すと、私は真っ白な空間に浮いていた。でも吉田エリザベス八世は、その空間にコタツを置いて座っている。ニヤニヤ笑いながら、彼女は続けた。
「YOUは、死んだっちゃ」
吉田エリザベス八世と名乗った女は、衝撃的な事実を告げる。
「めった刺しだったっちゃ♪」
片方の目の前で、横向きにピースされた。……なんだろう、そんな場合ではないのにイラッとする。
「そうそう、このエリザベス──ベスもつい最近死んだっちゃ」
一人称ベスにするんだ……。あと本当に亡くなってたのね。情報社会怖っ。
「それでベスは、神様に異世界に転生させてほしいって、お願いしたっちゃ」
吉田エリザベス八世はしょんぼりする。
「でも、命を粗末にする人はダメだって言われたっちゃ。ベス悲しいっちゃ」
なんで自殺したんだろう。噂されているように、ほんとうに非モテに嫌気が差したのか。
「ベスね、小説の続きが書けなくなったっちゃ」
心を読まれたのだろうか。……は? 自殺の理由それだけ!?
「黙るっちゃこのメス豚! お前のようなアバズレに作家の闇が分かるか……っちゃ」
黙るも何も私しゃべってないですけど!? あとキャラがあっさり崩れましたよ?
「とにかく、このままじゃベスは成仏できないっちゃ。だけど神様が、ベスの代わりに誰か一人転生させるのはかまわない、って言ったっちゃ」
それから舌打ちする吉田エリザベス。おおジーザス、別人を転生させたって意味ないっちゃ、と毒づいたのが聞こえた。
か、神様がいるのか。
「そこでYOU。この神作家吉田エリザベス八世の、熱烈な読者を、転生させてあげようって思ったっちゃ」
いえ、ですから熱烈というほどでもないです。……やけに熱烈な読者を強調するな。
現実の恋愛に疲れた現代女性にとって、異世界逆ハーレム物は都合のいい夢ですよ。だから癒しを求めて読みはするけれど、あんな投げやりなバッドエンドは嫌よ。お気に入り登録外しちゃうレベルよ!
「だって、未完はクソだっちゃ」
そうか、だからあんな風に無理矢理終わらせたのか……って、もうっ! だから心読まないでよ!
「YOUをこのベスの小説に転生させるっちゃ」
「て、転生!? 何言ってるんですか、吉田さん」
「ベスだっちゃ! いっきに平凡になるからベスって呼ぶっちゃ!」
全国の吉田さんに失礼極まりないな。
エリザベスは涙ぐむ。
「ベスは自分から死んだっちゃ。すごく親不孝だから、地獄行きだって神様が言ってたっちゃ」
まあ、突然自殺されたら親御さんも泣くだろうね。
ぐすぐす言っていたベスの顔が歪んだ。
「ふん、何が親不孝か。このベスをブサイクに産みやがって。一度くらいモテてみたかった……っちゃ」
憎悪だろうか。どす黒い感情が眼鏡の奥から吹きだす。キャラ崩れぇぇえ。
「いや、親のせいにしすぎじゃないかしら。ダイエットしたり、メイクしたり……ある程度努力も──」
「だまるっちゃメス豚っ! 最初から綺麗に生まれたアバズレビッチには分からない……でゲス!」
ゲス!? 語尾おかしくなってる。いや元々だけど。てか性格悪いな、この女……。
「このゲス……じゃないベス、一つだけ権利をもらったっちゃ」
汚れた眼鏡が私をじっと見据える。
「YOU、ベスの小説の中に入って、あの物語をちゃんとした形で終わらせてくるっちゃ」
たぶん、夢なんだろう。私は無茶振りする吉田さんを見ながら思った。
あの痛みは本物だったけど……うん、それも夢だといいな。
「本当はこのエリザベス吉田十八世が転生したかったっちゃ。もちろん自分の小説のヒロイン、ドジっ子聖女になるっちゃ」
八世じゃなかったっけ? 私は物語の最後を思い出した。
「でも吉田さん。あなた一応、完結させたんじゃなかった?」
「だからベスって呼ぶっちゃ!」
めんどくさい人だな。
「まだ小説の完結ボタンを押してないっちゃ。だから続けられるっちゃ」
私はため息を吐いた。疲れた。
「どうせなら、生き返りたいのだけど」
「無理だっちゃ!」
うう、お父さんお母さん、シスコンの弟よ、悲しませてごめんなさい。
「うーん、まあ分かったわ。いいですよ」
これは死に瀕した私が見ている夢かもしれないし。いや死んだのかな? とにかく現実ではないわけだし。
それに、転生させられたらさせられたで、おもしろそうだし。
「け、チヤホヤされた人生だったくせに、このビッチが」
あれ、またどすの利いた声が聞こえたけど? エリザベス吉田を見ると、慌てて目を逸らした。
眼鏡が底光りしている。どうもさっきから、彼女がたまに見せる目つきが気になって仕方ない。何かたくらんでそうな、じっとりとした意地悪そうな目なのよね。澱んでいる、って言うか。
「生き返れはしないけれど、ベスの小説が相当気に入っていたようだから、転生したらもうそれだけで幸せっちゃね?」
むむ……うん、まあね。
男運の悪さが続いた現実。非現実的かつご都合主義のWeb小説にはたくさん救ってもらった。不倫とか二股とかセフレとか、そんな話は読みたくない。あまりに身近過ぎて、読んでいて胸が苦しくなるんだもの。
そう、読むなら設定の緩いファンタジーに限る。
「ぐぉおおおおおっ! 設定が緩くなんかないっちゃ!!!」
また心読まれた。しかも逆鱗に触れた!
「ふんっ。まあいいっちゃ、素人には分からないっちゃね」
吉田エリザベスは自分を宥め落ち着かせると、不気味な笑みを浮かべた。
「……ふふふ、それではご招待いたしましょう。『転生したら美少女聖女でした。パーティのイケメンズにモテモテで困ってます♪』の世界へ」
あれ、なんかすごくいやーな予感。村人Aとか蜘蛛とかに生まれ変わらせるんじゃないでしょうね!? 人外やモブなんてのはもちろん嫌だけどさ、どうせなら──。
「言っとくけど吉田さんっ! 私だって次に生まれ変わるなら、こんな見るからにビッチで軽そうな見た目より、うるうるきゅんきゅんの愛され清楚系女子になりたいですよ! つまり、ヒロインです。その約束さえ守ってくれたら、転生したっていいわ」
私の今の見た目って、元カレが言うにはやたら誘っているように見えるらしいの。服も化粧も控えめにしてるはずなんだけど、生まれながらのフェロモンは隠しようがないじゃん?
「くぉおおおおっ!! なんて嫌味なやつだっちゃ!」
心読まない方があなたの精神衛生上良くない? いやいや、自慢してるわけじゃないから。トラブルが多かったって言ってるの!
清楚な妹系ヒロインはあこがれだ。それかそうね……敬われ傅かれる気高い女王様でもいいかもしれない。
「とにかく、大事にされたいの。脳みそのある一人の人間として、敬意をもって接してほしい……」
私は思わず力説していた。
「敬意をもって……?」
吉田さんの眼鏡がギラッと光る。
「オーケーグーグラ!」
あ、グーグラって神様だっちゃ、と付け足し、吉田エリザベス八世は真っ白な虚空に向かって吠えた。
「さあ、グーグラ神よ、私の願いをかなえるっちゃ。そしたら大人しく成仏して、地獄に行ってやるっちゃYO!」
両手を広げた吉田さん。途端、私の体が光を放ちだす。
最後に彼女は私に向かって叫んだ。
「リア充死すべし!!」
なんて!?
10
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート
猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。
彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。
地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。
そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。
そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。
他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする
楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。
ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。
涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。
女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。
◇表紙イラスト/知さま
◇鯉のぼりについては諸説あります。
◇小説家になろうさまでも連載しています。
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
寒がりな氷結眼鏡魔導士は、七匹のウサギとほっこり令嬢の温もりに癒され、愛を知る
ウサギテイマーTK
恋愛
伯爵家のミーヤは、動物の飼育と編み物が好きな、ちょっとおっとりした女の子である。婚約者のブルーノは、地味なミーヤが気に入らず、ミーヤの義姉ロアナと恋に落ちたため、ミーヤに婚約破棄を言い渡す。その件も含め、実の父親から邸を追い出されたミーヤは、吹雪のため遭難したフィーザを助けることになる。眼鏡をかけた魔導士フィーザは氷結魔法の使い手で、魔導士団の副団長を務まる男だった。ミーヤはフィーザと徐々に心を通わすようになるが、ミーヤを追い出した実家では、不穏な出来事が起こるようになる。ミーヤの隠れた能力は、次第に花開いていく。
☆9月1日にHotランキングに載せていただき感謝です!!
☆「なろう」様にも投稿していますが、こちらは加筆してあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる