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第一章
男運の無い人生だった
しおりを挟むSNSや掲示板を探ってみたところ、そのWeb小説の作家は……嘘か本当か分からないけれど、亡くなったらしい。
自殺だったという。
小説情報は「連載中」なのに物語が終わっているから、番外編でもつけるのかなと思ったのだけれど……本当にあれで完結なのだろうか。
掲示板での噂によれば引きこもりで、非モテのオタク人生に、嫌気がさしたとか。
まあ、真実は分からない。
だけど、毎日更新してたはずのWeb小説『転生したら美少女聖女でした。パーティのイケメンズにモテモテで困ってます♪』が、あれで途絶えたことだけは確かなのだ。
……タイトルの割に重かったな。タグにバッドエンドってつけてちょうだいよ。
ふらつく体を支えるように一歩一歩アスファルトを踏みしめながら進む。少し飲みすぎた。
「自殺かぁ」
呟いてから、真っ暗な路地で足を止めた。
人生に絶望する気持ちは分からないでもない。でも、モテるからっていいことばかりとは限らないじゃない?
だって今日は誕生日なのよ。
なのに、彼氏に忘れられていて、しかもこちらからケーキ持って訪ねて行ったら二股をかけられている現場で、自分の方がセフレだったと知った日になってしまった。
一人で浴びるようにお酒を飲んで、現実を忘れようと読んだWeb小説はバッドエンド。
で、その帰り道にこれってなくない?
目の前にキャップを深くかぶった──刃物を持った男が立っていた。見覚えがある。
セクハラ、痴漢、ストーカー……襲われそうになった経験は、もう何度目だろう。
美しいって罪なのね、なんて……そんなこと言える状況じゃない。絶望しかない。
だって、殺されそうになっているんだもん。
この人、通勤前に駅で告ってきた人だ。
いやいやだってさ、朝っぱらから全然知らない人に告られたら、取り敢えず断るでしょ? 何で逆恨みされてんの? 名前も知らないのに。
近道を通ったから人通りはない。もっと駅近のアパートを借りれば良かった。借りているアパートまであと少し。でも場所は知られたくない。スマホはカバンの奥。どうしよう、どこかに逃げられるかしら。
男の口元が歪む。
「目が合ったくせに……。好きなんでしょ? 俺のこと。なんで付き合ってくれないの?」
調子の外れた声に、ぞぞっとなる。薬でもやってそうな、うつろな目。
怖い。
喉に何か詰まっているみたいに、大きな声が出ない。
男が一歩踏み出した。
恐怖心に、危機感が勝った。金縛りが解けたように、私はくるりと背中を向け走り出す。
「警察を──」
カバンからスマホを取り出したところで、背中に衝撃が走った。痛みとともに息ができなくなる。
(え……なに?)
前のめりに道路に倒れ、顔をすりむいた。でもそんなことより背中が痛──。
ゆらりと私の上に影が落ちる。
振りあおぐと、ナイフを片手に血走った眼で私を見下ろす男。
──暗転。
※ ※ ※
「というわけで、転生させてやろうと思うっちゃ♪」
汚れたレンズの眼鏡をかけ、ぼさぼさの髪の毛を束ねもしないスウェット姿の女が、ポテチをボリボリ齧りながら私にそう言った。
私は訳も分からず、その四十路、下手したら五十路に手が届きそうな中年女に魅入る。
「YOUはこの吉田エリザベス八世が書いた『転生したら美少女聖女でした。パーティのイケメンズにモテモテで困ってます♪』の熱烈読者だったっちゃ」
いや、熱烈ってほどじゃないけれど……。え、まさかの作者ご本人? でもこの作者って自殺したとかなんとか──。
そこで、背中に走った衝撃と痛みを思い出す。その恐怖で体が引きつった。
慌てて周囲を見渡すと、私は真っ白な空間に浮いていた。でも吉田エリザベス八世は、その空間にコタツを置いて座っている。ニヤニヤ笑いながら、彼女は続けた。
「YOUは、死んだっちゃ」
吉田エリザベス八世と名乗った女は、衝撃的な事実を告げる。
「めった刺しだったっちゃ♪」
片方の目の前で、横向きにピースされた。……なんだろう、そんな場合ではないのにイラッとする。
「そうそう、このエリザベス──ベスもつい最近死んだっちゃ」
一人称ベスにするんだ……。あと本当に亡くなってたのね。情報社会怖っ。
「それでベスは、神様に異世界に転生させてほしいって、お願いしたっちゃ」
吉田エリザベス八世はしょんぼりする。
「でも、命を粗末にする人はダメだって言われたっちゃ。ベス悲しいっちゃ」
なんで自殺したんだろう。噂されているように、ほんとうに非モテに嫌気が差したのか。
「ベスね、小説の続きが書けなくなったっちゃ」
心を読まれたのだろうか。……は? 自殺の理由それだけ!?
「黙るっちゃこのメス豚! お前のようなアバズレに作家の闇が分かるか……っちゃ」
黙るも何も私しゃべってないですけど!? あとキャラがあっさり崩れましたよ?
「とにかく、このままじゃベスは成仏できないっちゃ。だけど神様が、ベスの代わりに誰か一人転生させるのはかまわない、って言ったっちゃ」
それから舌打ちする吉田エリザベス。おおジーザス、別人を転生させたって意味ないっちゃ、と毒づいたのが聞こえた。
か、神様がいるのか。
「そこでYOU。この神作家吉田エリザベス八世の、熱烈な読者を、転生させてあげようって思ったっちゃ」
いえ、ですから熱烈というほどでもないです。……やけに熱烈な読者を強調するな。
現実の恋愛に疲れた現代女性にとって、異世界逆ハーレム物は都合のいい夢ですよ。だから癒しを求めて読みはするけれど、あんな投げやりなバッドエンドは嫌よ。お気に入り登録外しちゃうレベルよ!
「だって、未完はクソだっちゃ」
そうか、だからあんな風に無理矢理終わらせたのか……って、もうっ! だから心読まないでよ!
「YOUをこのベスの小説に転生させるっちゃ」
「て、転生!? 何言ってるんですか、吉田さん」
「ベスだっちゃ! いっきに平凡になるからベスって呼ぶっちゃ!」
全国の吉田さんに失礼極まりないな。
エリザベスは涙ぐむ。
「ベスは自分から死んだっちゃ。すごく親不孝だから、地獄行きだって神様が言ってたっちゃ」
まあ、突然自殺されたら親御さんも泣くだろうね。
ぐすぐす言っていたベスの顔が歪んだ。
「ふん、何が親不孝か。このベスをブサイクに産みやがって。一度くらいモテてみたかった……っちゃ」
憎悪だろうか。どす黒い感情が眼鏡の奥から吹きだす。キャラ崩れぇぇえ。
「いや、親のせいにしすぎじゃないかしら。ダイエットしたり、メイクしたり……ある程度努力も──」
「だまるっちゃメス豚っ! 最初から綺麗に生まれたアバズレビッチには分からない……でゲス!」
ゲス!? 語尾おかしくなってる。いや元々だけど。てか性格悪いな、この女……。
「このゲス……じゃないベス、一つだけ権利をもらったっちゃ」
汚れた眼鏡が私をじっと見据える。
「YOU、ベスの小説の中に入って、あの物語をちゃんとした形で終わらせてくるっちゃ」
たぶん、夢なんだろう。私は無茶振りする吉田さんを見ながら思った。
あの痛みは本物だったけど……うん、それも夢だといいな。
「本当はこのエリザベス吉田十八世が転生したかったっちゃ。もちろん自分の小説のヒロイン、ドジっ子聖女になるっちゃ」
八世じゃなかったっけ? 私は物語の最後を思い出した。
「でも吉田さん。あなた一応、完結させたんじゃなかった?」
「だからベスって呼ぶっちゃ!」
めんどくさい人だな。
「まだ小説の完結ボタンを押してないっちゃ。だから続けられるっちゃ」
私はため息を吐いた。疲れた。
「どうせなら、生き返りたいのだけど」
「無理だっちゃ!」
うう、お父さんお母さん、シスコンの弟よ、悲しませてごめんなさい。
「うーん、まあ分かったわ。いいですよ」
これは死に瀕した私が見ている夢かもしれないし。いや死んだのかな? とにかく現実ではないわけだし。
それに、転生させられたらさせられたで、おもしろそうだし。
「け、チヤホヤされた人生だったくせに、このビッチが」
あれ、またどすの利いた声が聞こえたけど? エリザベス吉田を見ると、慌てて目を逸らした。
眼鏡が底光りしている。どうもさっきから、彼女がたまに見せる目つきが気になって仕方ない。何かたくらんでそうな、じっとりとした意地悪そうな目なのよね。澱んでいる、って言うか。
「生き返れはしないけれど、ベスの小説が相当気に入っていたようだから、転生したらもうそれだけで幸せっちゃね?」
むむ……うん、まあね。
男運の悪さが続いた現実。非現実的かつご都合主義のWeb小説にはたくさん救ってもらった。不倫とか二股とかセフレとか、そんな話は読みたくない。あまりに身近過ぎて、読んでいて胸が苦しくなるんだもの。
そう、読むなら設定の緩いファンタジーに限る。
「ぐぉおおおおおっ! 設定が緩くなんかないっちゃ!!!」
また心読まれた。しかも逆鱗に触れた!
「ふんっ。まあいいっちゃ、素人には分からないっちゃね」
吉田エリザベスは自分を宥め落ち着かせると、不気味な笑みを浮かべた。
「……ふふふ、それではご招待いたしましょう。『転生したら美少女聖女でした。パーティのイケメンズにモテモテで困ってます♪』の世界へ」
あれ、なんかすごくいやーな予感。村人Aとか蜘蛛とかに生まれ変わらせるんじゃないでしょうね!? 人外やモブなんてのはもちろん嫌だけどさ、どうせなら──。
「言っとくけど吉田さんっ! 私だって次に生まれ変わるなら、こんな見るからにビッチで軽そうな見た目より、うるうるきゅんきゅんの愛され清楚系女子になりたいですよ! つまり、ヒロインです。その約束さえ守ってくれたら、転生したっていいわ」
私の今の見た目って、元カレが言うにはやたら誘っているように見えるらしいの。服も化粧も控えめにしてるはずなんだけど、生まれながらのフェロモンは隠しようがないじゃん?
「くぉおおおおっ!! なんて嫌味なやつだっちゃ!」
心読まない方があなたの精神衛生上良くない? いやいや、自慢してるわけじゃないから。トラブルが多かったって言ってるの!
清楚な妹系ヒロインはあこがれだ。それかそうね……敬われ傅かれる気高い女王様でもいいかもしれない。
「とにかく、大事にされたいの。脳みそのある一人の人間として、敬意をもって接してほしい……」
私は思わず力説していた。
「敬意をもって……?」
吉田さんの眼鏡がギラッと光る。
「オーケーグーグラ!」
あ、グーグラって神様だっちゃ、と付け足し、吉田エリザベス八世は真っ白な虚空に向かって吠えた。
「さあ、グーグラ神よ、私の願いをかなえるっちゃ。そしたら大人しく成仏して、地獄に行ってやるっちゃYO!」
両手を広げた吉田さん。途端、私の体が光を放ちだす。
最後に彼女は私に向かって叫んだ。
「リア充死すべし!!」
なんて!?
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