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四章
9 第三警備隊長の到着
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旧館の大広間で久しぶりに対面したアルジェ・ディナールは、数年前と少しも変わらず鋭い雰囲気をかもし出していた。
「ご無沙汰しておりました、伯爵」
跪き、深く頭を垂れる第三警備隊長に、トラヴィスは弾んだ声をかける。
「待っておったぞ、ディナール卿。早速だが、白夜の話は聞いているな?」
「ティクシの子爵殿が最初の犠牲者ですので。その後の賊の動向は気にしておりました。ですが……」
ちらり、と領主の隣に立つチャーチ・オルベールに目をやる。
「城内にまで侵入されたと聞いた時は驚きました。ご無事で何よりです」
チャーチは恥辱のためか怒気のためか、顔を赤くした。
「我々の万全な警備のなかでは、白夜も長く留まることができなかった。奴は城から逃げ出したよ」
チャーチがアルジェに言うと、冷たい声がばっさり切る。
「逃げ出した、か。逃げられたの間違いであろう。警備が万全なら何故、そもそも白夜を入れた?」
「それは──」
「それにまだ捕まっていないと聞いたが? 城の外に出てから何日経った?」
「そいつは第二警備隊の仕事で──」
思わず言い訳してしまうチャーチ。
自分でも見苦しいのは分かっている。
だが平時の国境などで、蛮族や盗賊団をのほほんと追い払っているだけの奴に言われたくはなかった。
「まぁ、待て」
二人の警備隊長の間に流れた不穏な空気に、領主が割って入った。
「オルベールが手こずるのも分かる。なにしろ白夜は国王の放った刺客だ」
しばらく二人は、領主の言った内容を頭で吟味した。それから、
「は?」
と、同時に聞きなおす。
トラヴィスは自分の洞察力に満足しているようだった。
「歳出記録が見つからない、と聞いたとき確信したのだ。白夜は帳簿を盗みに入った。だから姿を消した」
「白夜が?」
アルジェが困惑する。
一瞬、慌ただしくバスク領を出て行った、使者の姿を思い浮かべる。おそらく、白夜ではない。彼らだ。
(帳簿でバスク伯を追いつめる気なのか)
アルジェは薄く笑った。どれほど無茶な税を取り、どれほど贅沢していようが、伯爵が罰せられることはないのに。
「それに『三種の神器』もだ。盗まれた」
「三種のとは……戴冠のーー」
アルジェはチラッとチャーチに目をやる。チャーチは目配せで黙らせた。
確かに領主が城内で言いふらし、中身も見せずに大切にしている箱の存在は知っている。
──誰も相手にしていないが。
がっつり信じたふりをしているチャーチに、領主の前で問いかけられても困る。
「あの帳簿で、武器を大量に作らせていることがバレたら、父上だって黙っていまい。いや、戴冠のミトラを盗み出させるくらいだ。最初から俺をーーこの地で俺を粛清するつもりだったのだろう」
アルジェは耳を疑った。 武器を作らせている?
トラヴィスは固まっている彼の様子に気づかずに命じる。
「白夜の件が片づいたら、早急におまえたちは兵を集めよ」
チャーチもあんぐりと口を開けてトラヴィスを見つめた。
「徴兵官を各農村に派遣だ。領内の傭兵もどんどん雇う。各警備隊は実戦に備え、すぐにでも使えるように兵を鍛えておけ。けして王都にことが漏れることがないようにな」
からからに渇いた口で、チャーチが尋ねた。
「まさか、陛下に反旗を翻すのですか!?」
「そうだ。バスクは独立する」
トラヴィスは陶酔しきった顔で頷いた。アルジェはそんな彼をじっと凝視した。この男は、第三警備隊が州軍であるということを忘れているのか、それとも……。
チャーチは泣きそうな表情を浮かべている。
「ほ、本気で謀反を起こされるおつもりでは無いですよね? コンカート公爵やサントーメ侯爵のように──」
「謀反ではない、革命だ! いや違う、そもそも正統な継承者に戻すだけであるぞ!」
そうとも、父上は間違っている。自分を王都で受け入れるなら、バスク独立など──こんな片田舎など欲しくないし──考えもしないのに。トラヴィスはガシガシと爪を噛みだした。
「武器はティクシで作らせている。第三警備隊が保管しているはずだな、アルジェ」
(なんのことだ……)
アルジェはいつの間にか自分が、完全に領主側の人間にされていることに気づく。この信頼はどこから? いったい誰が──。
「金は払ってあるはずだぞ、まさか完成してないとか言うなよ?」
大それたことをしているという興奮が、領主から冷静な思考の全てを奪っていた。
「本日から第三警備隊は州軍を抜ける。このトラヴィスの私軍として、天に逆らう逆賊を討て」
そうとも、アルジェ・ディナールが天父神の名に懸けて、この革命を成功させることを誓約したと、スラヴォミールは言っていた。なぜなら彼は──。
「きちんと役に立ってもらうからな」
アルジェは静かに息を吐くと、堅く目を閉じ、ぎゅっと拳を握りしめた。何がどうなったらこうなったんだ。
一方チャーチは、国王に逆らうことの恐れ多さゆえに身震いが止まらなかった。
あと……武器類はどこに保管してあるんだろう?
「ご無沙汰しておりました、伯爵」
跪き、深く頭を垂れる第三警備隊長に、トラヴィスは弾んだ声をかける。
「待っておったぞ、ディナール卿。早速だが、白夜の話は聞いているな?」
「ティクシの子爵殿が最初の犠牲者ですので。その後の賊の動向は気にしておりました。ですが……」
ちらり、と領主の隣に立つチャーチ・オルベールに目をやる。
「城内にまで侵入されたと聞いた時は驚きました。ご無事で何よりです」
チャーチは恥辱のためか怒気のためか、顔を赤くした。
「我々の万全な警備のなかでは、白夜も長く留まることができなかった。奴は城から逃げ出したよ」
チャーチがアルジェに言うと、冷たい声がばっさり切る。
「逃げ出した、か。逃げられたの間違いであろう。警備が万全なら何故、そもそも白夜を入れた?」
「それは──」
「それにまだ捕まっていないと聞いたが? 城の外に出てから何日経った?」
「そいつは第二警備隊の仕事で──」
思わず言い訳してしまうチャーチ。
自分でも見苦しいのは分かっている。
だが平時の国境などで、蛮族や盗賊団をのほほんと追い払っているだけの奴に言われたくはなかった。
「まぁ、待て」
二人の警備隊長の間に流れた不穏な空気に、領主が割って入った。
「オルベールが手こずるのも分かる。なにしろ白夜は国王の放った刺客だ」
しばらく二人は、領主の言った内容を頭で吟味した。それから、
「は?」
と、同時に聞きなおす。
トラヴィスは自分の洞察力に満足しているようだった。
「歳出記録が見つからない、と聞いたとき確信したのだ。白夜は帳簿を盗みに入った。だから姿を消した」
「白夜が?」
アルジェが困惑する。
一瞬、慌ただしくバスク領を出て行った、使者の姿を思い浮かべる。おそらく、白夜ではない。彼らだ。
(帳簿でバスク伯を追いつめる気なのか)
アルジェは薄く笑った。どれほど無茶な税を取り、どれほど贅沢していようが、伯爵が罰せられることはないのに。
「それに『三種の神器』もだ。盗まれた」
「三種のとは……戴冠のーー」
アルジェはチラッとチャーチに目をやる。チャーチは目配せで黙らせた。
確かに領主が城内で言いふらし、中身も見せずに大切にしている箱の存在は知っている。
──誰も相手にしていないが。
がっつり信じたふりをしているチャーチに、領主の前で問いかけられても困る。
「あの帳簿で、武器を大量に作らせていることがバレたら、父上だって黙っていまい。いや、戴冠のミトラを盗み出させるくらいだ。最初から俺をーーこの地で俺を粛清するつもりだったのだろう」
アルジェは耳を疑った。 武器を作らせている?
トラヴィスは固まっている彼の様子に気づかずに命じる。
「白夜の件が片づいたら、早急におまえたちは兵を集めよ」
チャーチもあんぐりと口を開けてトラヴィスを見つめた。
「徴兵官を各農村に派遣だ。領内の傭兵もどんどん雇う。各警備隊は実戦に備え、すぐにでも使えるように兵を鍛えておけ。けして王都にことが漏れることがないようにな」
からからに渇いた口で、チャーチが尋ねた。
「まさか、陛下に反旗を翻すのですか!?」
「そうだ。バスクは独立する」
トラヴィスは陶酔しきった顔で頷いた。アルジェはそんな彼をじっと凝視した。この男は、第三警備隊が州軍であるということを忘れているのか、それとも……。
チャーチは泣きそうな表情を浮かべている。
「ほ、本気で謀反を起こされるおつもりでは無いですよね? コンカート公爵やサントーメ侯爵のように──」
「謀反ではない、革命だ! いや違う、そもそも正統な継承者に戻すだけであるぞ!」
そうとも、父上は間違っている。自分を王都で受け入れるなら、バスク独立など──こんな片田舎など欲しくないし──考えもしないのに。トラヴィスはガシガシと爪を噛みだした。
「武器はティクシで作らせている。第三警備隊が保管しているはずだな、アルジェ」
(なんのことだ……)
アルジェはいつの間にか自分が、完全に領主側の人間にされていることに気づく。この信頼はどこから? いったい誰が──。
「金は払ってあるはずだぞ、まさか完成してないとか言うなよ?」
大それたことをしているという興奮が、領主から冷静な思考の全てを奪っていた。
「本日から第三警備隊は州軍を抜ける。このトラヴィスの私軍として、天に逆らう逆賊を討て」
そうとも、アルジェ・ディナールが天父神の名に懸けて、この革命を成功させることを誓約したと、スラヴォミールは言っていた。なぜなら彼は──。
「きちんと役に立ってもらうからな」
アルジェは静かに息を吐くと、堅く目を閉じ、ぎゅっと拳を握りしめた。何がどうなったらこうなったんだ。
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