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お腹が減りました
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土曜の夜である。
黒い猫が路地裏を歩いていく。
とある雑居ビルの地下に入ると、猫はキョロキョロしたあと、するりと人の形を取った。女だ。
女は、小さなクラブのような店の扉を開いた。既にたくさんの客が飲み食いしていた。
「エマ!」
付き合いの長い友人である優梨愛が、バーカウンターから手招きする。絵麻はそちらに歩いていった。
「あんた、また精気失ってない? 会うたびに死にそうになってるけど」
優梨愛は煙草を灰皿に押し付け、絵麻を上から下まで見つめた。
「しかも、相変わらず野暮ったい格好ね……。ダサっ」
飾り気のない、部屋着のようなグレーのニットワンピース一枚だ。しかも顔のサイズにあっていない、バカでかい黒縁メガネをかけている。
「マスター、元気が出る精液カクテル!」
蝶ネクタイのバーテンダーに向かって注文する優梨愛。しかし絵麻は首を振った。
「要らない。普通のウーロン茶でいい。たぶん無駄だもん」
「……あんた、また教会に──ミサに出たの?」
青ざめてフラフラしている絵麻を、カウンターの高い椅子に座らせると、心配して顔を覗き込む。
「私たち魔女は、教会に入っただけで寿命縮まるじゃないの、あんたバカなの?」
おせっかいな友人は、興奮してピョンと起き上がった猫の尻尾をスカートの中に押し込み、また説教を始める。小声で。
「まだ、例の神父狙ってるの?」
絵麻は頬を染めた。うっとりと目をつぶり、司祭服姿の神父を思い浮かべた。
「もうねっもうねっ、超かっこいいの! 金髪に青い目。どこの国の人かしら。でも日本語ペラペラなのよねぇ」
「だって……塩対応なんでしょ?」
「そりゃあ、色目使ってくる女が来たら困るでしょう。司祭は童貞じゃないと」
優梨愛は納得する。
「なるほど、童貞神父を堕落させたいのね! それでこそ魔女よ! でも、あんたその前に死んじゃうわよ?」
何せ、この絵麻という魔女は、もうずっとサバトに参加していない。理由は、つまらないし、萌えないから。
「最後に参加したのはいつだっけ?」
絵麻は考え込む。終戦直後くらい? 帰りを待っていた、当時好きだった人が戦死してしまったのだ。
その後、精気をいただくためだけにサバトに参加してみたが、まったくやる気が出なかった。
「えーまちゃん」
低い男の声がして、背後から肩に手をかけられる。周囲の女たちが色めき立った。
「ちょっとぉ、理人くーん、私たちと飲んでたでしょ?」
「絵麻、てめぇええ、理人から離れろよ!」
ガラの悪い先輩魔女たちからのやっかみ。
理人は人気インキュバスだ。次のハロウィンに開催されるサバトも予約殺到。だから相手をするのは一人ではなく、乱交状態になる。
「何が理人よ。ちょっと前まで、権助って名前だったじゃん」
優梨愛が呆れる。
「優梨愛ちゃん、何代前の名前だよそれ」
気に入った人間に入り込む迷惑な悪魔だ。ただし、イケメンにしか憑かない。
「ねーねー、エマちゃん。もし次のハロウィンに出てくれるなら、君だけとセックスする!」
地味で大人しい絵麻に来るということは、婀娜っぽい美女たちに飽きたのだろうか。
「絵麻、この際そうしなさいよ。誰でもいいから精気を貰わないと」
魔女は不死身じゃない。人間の食べ物だけでは魔力は無くなってしまうし、絵麻のように数十年精気を取り入れなければ、消滅してしまう。
「だって、ムラムラしないんだもん」
ちょっと顔を赤くしながらぽつりと言う絵麻。初心な外見でそう言う絵麻は確かに可愛らしくて、なるほど、理人が狙うのも分かる気がする、と優梨愛は思った。
チラッとイケメンインキュバスの方見ると、股間がすごいことになっていた。
「エ、エマちゃん……はぁっはぁっ俺っ、もう……我慢できない」
いきなり服を脱ぎだす理人。周囲の魔女客がきゃぁああ! と黄色い声をあげた。
「ハロウィンまで待てない、ここでヤろう!」
「一般客も来るかもしれない店なのに、何をやっているんだこいつは!」
「優梨愛、私やっぱ帰るね……すごく疲れてるみたい」
絵麻は、全裸になろうとする理人を必死で留めている優梨愛にそう言い、店を出た。
マスターの「サバトまで待ってくださいよ、お客さん」という迷惑そうな声が、閉じる扉の向こうに消えた。
黒い猫が路地裏を歩いていく。
とある雑居ビルの地下に入ると、猫はキョロキョロしたあと、するりと人の形を取った。女だ。
女は、小さなクラブのような店の扉を開いた。既にたくさんの客が飲み食いしていた。
「エマ!」
付き合いの長い友人である優梨愛が、バーカウンターから手招きする。絵麻はそちらに歩いていった。
「あんた、また精気失ってない? 会うたびに死にそうになってるけど」
優梨愛は煙草を灰皿に押し付け、絵麻を上から下まで見つめた。
「しかも、相変わらず野暮ったい格好ね……。ダサっ」
飾り気のない、部屋着のようなグレーのニットワンピース一枚だ。しかも顔のサイズにあっていない、バカでかい黒縁メガネをかけている。
「マスター、元気が出る精液カクテル!」
蝶ネクタイのバーテンダーに向かって注文する優梨愛。しかし絵麻は首を振った。
「要らない。普通のウーロン茶でいい。たぶん無駄だもん」
「……あんた、また教会に──ミサに出たの?」
青ざめてフラフラしている絵麻を、カウンターの高い椅子に座らせると、心配して顔を覗き込む。
「私たち魔女は、教会に入っただけで寿命縮まるじゃないの、あんたバカなの?」
おせっかいな友人は、興奮してピョンと起き上がった猫の尻尾をスカートの中に押し込み、また説教を始める。小声で。
「まだ、例の神父狙ってるの?」
絵麻は頬を染めた。うっとりと目をつぶり、司祭服姿の神父を思い浮かべた。
「もうねっもうねっ、超かっこいいの! 金髪に青い目。どこの国の人かしら。でも日本語ペラペラなのよねぇ」
「だって……塩対応なんでしょ?」
「そりゃあ、色目使ってくる女が来たら困るでしょう。司祭は童貞じゃないと」
優梨愛は納得する。
「なるほど、童貞神父を堕落させたいのね! それでこそ魔女よ! でも、あんたその前に死んじゃうわよ?」
何せ、この絵麻という魔女は、もうずっとサバトに参加していない。理由は、つまらないし、萌えないから。
「最後に参加したのはいつだっけ?」
絵麻は考え込む。終戦直後くらい? 帰りを待っていた、当時好きだった人が戦死してしまったのだ。
その後、精気をいただくためだけにサバトに参加してみたが、まったくやる気が出なかった。
「えーまちゃん」
低い男の声がして、背後から肩に手をかけられる。周囲の女たちが色めき立った。
「ちょっとぉ、理人くーん、私たちと飲んでたでしょ?」
「絵麻、てめぇええ、理人から離れろよ!」
ガラの悪い先輩魔女たちからのやっかみ。
理人は人気インキュバスだ。次のハロウィンに開催されるサバトも予約殺到。だから相手をするのは一人ではなく、乱交状態になる。
「何が理人よ。ちょっと前まで、権助って名前だったじゃん」
優梨愛が呆れる。
「優梨愛ちゃん、何代前の名前だよそれ」
気に入った人間に入り込む迷惑な悪魔だ。ただし、イケメンにしか憑かない。
「ねーねー、エマちゃん。もし次のハロウィンに出てくれるなら、君だけとセックスする!」
地味で大人しい絵麻に来るということは、婀娜っぽい美女たちに飽きたのだろうか。
「絵麻、この際そうしなさいよ。誰でもいいから精気を貰わないと」
魔女は不死身じゃない。人間の食べ物だけでは魔力は無くなってしまうし、絵麻のように数十年精気を取り入れなければ、消滅してしまう。
「だって、ムラムラしないんだもん」
ちょっと顔を赤くしながらぽつりと言う絵麻。初心な外見でそう言う絵麻は確かに可愛らしくて、なるほど、理人が狙うのも分かる気がする、と優梨愛は思った。
チラッとイケメンインキュバスの方見ると、股間がすごいことになっていた。
「エ、エマちゃん……はぁっはぁっ俺っ、もう……我慢できない」
いきなり服を脱ぎだす理人。周囲の魔女客がきゃぁああ! と黄色い声をあげた。
「ハロウィンまで待てない、ここでヤろう!」
「一般客も来るかもしれない店なのに、何をやっているんだこいつは!」
「優梨愛、私やっぱ帰るね……すごく疲れてるみたい」
絵麻は、全裸になろうとする理人を必死で留めている優梨愛にそう言い、店を出た。
マスターの「サバトまで待ってくださいよ、お客さん」という迷惑そうな声が、閉じる扉の向こうに消えた。
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