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第三章

フランソル、ハニートラップを回避する

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 次に目を覚ますと、自宅のベッドの上だった。

「弾は貫通してました。運良く骨にも当たってなかった。……しばらく動かさないでくださいね」

 フランソルは、ベッドを見下ろして言った。こんなこと、前にも無かっただろうか。

(そっくりだからって、別に同じようなところ撃たれなくたって……)

 アターソン製の高級救急キットを持っていて良かった。輸血効果、消毒鎮痛作用、傷の再生作用のあるクラゲ絆創膏なんて、こんな辺境では手に入るまい。

「捕まえたレンジャーはオーデン郡の出身が多かった。ユスク砦の兵に、サンドソックスの留置所まで迎えに来てもらうことにしました。先住民嫌いの白人たちにはさぞ屈辱でしょう」

 だいたいオーデン郡の方が南部先住民や連合国からの移民の町が多いのに、なぜエル・ラデッサで迫害するか。それはオーデン郡で先住民を迫害すれば、砦からマッチラがお仕置きしにやってくるからだ。

 つまりレクサス・レンジャーを名乗りつつ犯罪を犯す者たちは、少数にしか拳を振るえない小物なのである。

 マリエールはうめきながら身を起こそうとした。

「うっ……腕より、足が──」

 マリエールは困惑した。太腿がピリピリする。

 マーシャルが救急キットから軟膏を取り出した。

「それは岩柱サボテンの毒です。弱い毒なので大丈夫。トゲは全部抜きましたからね。これに凝りたら、長いブーツを履いていてもチャップスは付けてください」

 自分だって、東部の通販雑誌から抜け出してきたようなスーツを着ているくせに。しかもあの裏地って、気取ったパイズリー柄。有名な東部ブランド『麒麟』の仕立てテーラーじゃないの。

 マリエールのじっとりした目線を受けて、フランソルは肩をすくめる。

「僕のズボンは品のいいテーラード仕立服に見えますが、ビースト鰐のレザー製です。ブーツすら要らない。貴方はブーツも柔らかいモカシンでしょ?」

 履き心地はいいけれど、ビースト鰐にはまったく劣る強度だ。ビースト鰐。過去の記憶では絶滅危惧種だった。

 アリビア帝国軍の革鎧に採用されていた沼鰐の──これは故意に汚染水銀とやらで巨大化させられたやつだ。軍服用に飼育されていると言う。……時代は変わったものだ。

「まあものすごく高価ですけどね」

 フランソルがそう付け足してから、棘を取ったばかりのむき出しの足に軟膏を塗った。

 ものすごく高価って……。やはり西部の荒野で着るのに、適しているとは思えないけれど──。

 マリエールはそう言いたかったが、出たのは「あんっ」というか細い喘ぎ声だった。

 マリエールは凍り付いた。

 フランソルも目を見開いて手を止める。なに、今の……。

 赤くなる保安官シェリフ

「あ、あれ? 私なんで……」

 しかし、さらに全身がぞわぞわしてきた。寒くないのに、鳥肌が……。

「なんか熱い……体が──」

 保安官助手は軟膏のケースの蓋をしめ、何か思い出すように考え込む。

 それから、ベッドサイドのテーブルに置いてあった鉢植えのサボテンを見て、すぐに苦い顔になった。

「やけに黒いハシラサボテンだな、と思ったんだ。確かにこういう色のやつが、あの岩山のサボテンにも紛れてたな……」

 岩柱サボテンとペヨーテの自然交配雑種に、そんな毒があると聞いたことがある。この辺りに生息していたとは──。

 フランソルは咳払いしてから言った。

「あのですね、この鉢植えのもそうですが、黒っぽい岩柱サボテンの毒は、普通のとちょっと違います。エロ小説みたいな展開で申し訳ないんですが、催淫作用があるみたいなんです」

 フランソルはそう説明したあと、ぎりぎりっと歯軋りした。マリエールが両腕で体を抱きしめ、戦慄きながら悶えだしたからだ。

 なんだこのお約束な展開は!? 海神リーヴァイアンの采配か。それとも新大陸のなんだかよく分からない色々混じった複合唯一神の仕業か!? または死んだケツ顎野郎の慈悲という名の呪いか?

 よけいなお世話だ。私は身代わりなんて要らないぞ、と過去のフランソルの矜持が運命に抵抗する。

 こんな運命の神が用意したハニートラップなんかに、引っかからんぞ。

「大佐の孫なら、てっきり荒野の巨大なヘビにでも巻き付かれて、強姦されるんじゃないかとは思ってましたが──植物で来ましたか」

 とマリエールには意味不明なことを呟き、むき出しの足にシーツを被せた。

「まっ、待って、痛い」

 布の刺激すら擦れて痛むのか。フランソルは仕方なくシーツを剥ぐ。あ、しまった、シャツまで上に持ち上がってしまった……。

 申し訳程度に股間を覆っている、ちっちゃいパンツ一枚だ。

 冬期だったら良かったのに。そうしたら、全身股引きみたいなツナギの下着ロングジョンズで全然色っぽくなかったろうに。

 いや、本当か? ロングジョンズはトイレの時にいちいち着脱しなくていいように、お尻のところだけ開くようになってるんだぞ、この人が着たら……この人のスレンダーダイナマイトバディであれを着たら……。

 ぐぐっと股間が熱くなった。

 サボテンのトゲはなるべく取り払ったが、まだ太ももはピンク色に腫れている。

 チャップスは大事だ。いつもは真っ白で綺麗な足が、こんな風になってしまって。いや、私が見たことがある太ももは大佐のだ、何を言ってるんだ私は!

 遺伝しているなら国宝級の足であることは確かなので、慌てて桶に水を入れて持ってきた。太ももの腫れた部分に冷たく絞った布を当ててやる。

「大丈夫、すぐ引きま──」
「んっ……あっ……あんっ」

 身をよじらせ、うっとりと目をつぶるマリエール。フランソルも目を固く固く閉じた。

 だめ、ぜったい。

 ぜったいこの誘惑には負けないぞ。これはマリアではない。普通に考えたら、愛しい人の孫に手を出すなんて、犯罪じゃないか。

「やっ、体が熱いっ……苦しっ」

 ミシェルめ、兄貴め、ちがうっ、爺ちゃんめ許さんぞ、こんな──。

「足……痺れていやっ──舐め……て……」

 舐めて治るわきゃねーだるぉぉう!

 フランソルがカッと目を開け、射殺さんばかりに睨みつける。

 ついにはマリエールがシャツの胸を揉み始めた。

「あっ……あっ……くるし」

 何やってんの、このアマ!?

 フランソルは、布をきつくまいていたことに気づく。

「これは、仕方ないからなんだ!」

 天井を向いて誰かに叫び、それからシャツのボタンをひとつずつ外してやる。

 潰された胸が苦しそうだ。だがそのおかげで、傷は無さそうである。

 金玉クナイを取りだしスッと表面を撫でるとサラシが裂け、ポロンポロンと大きなパイオツが飛び出し、あら、もうやだこれ、どうしよう。

 何で重力に逆らって形が崩れないの、このお山。催淫サボテンのせいで、ピンク色の可愛らしい突起が元気に上向いている。

 まるで吸ってくれと言わんばかりに。

「さ、触ってお願い」
「ばか言ってんじゃないっ!」

 フランソルはブチ切れていた。マリエールはビクッとなり、泣きそうな顔をそむけた。

「ごめんなさい」

 ぎゅうぅとフランソルの胸が締め付けられる。

「でも、私──」

 細く長い指が、二つの山をこねた。そっとその頂点の突起を転がす。

「んぁぁぁああああ」

 腰がびくびくと動く。

 フランソルはずきずきと脈打つこめかみを抑えながら、になることに決めた。

 太ももを冷やしながら、あ、そうだ、やっぱり目をつぶっていればいいんだと、固く瞼を閉ざす。

 その鼻孔に、ふわっと甘い匂いが届いた。

(あ、この匂い──うそだろ)

 マリアの愛液の匂いが、遺伝している。さらに艶っぽい吐息がさっきから耳をくすぐるのだ。耳栓と鼻フック──じゃない鼻栓が必要だった!

 諦めて目を開けると、ベタベタの太ももが見えた。あろうことが、シルクのパンツがぐちょぐちょで透けているではないか。なんで無骨なズボンの下が、こんな素敵な下着なのだ。

 フランソルの股間は、ビースト鰐の強化ズボンの前を突き破りそうだった。

 追い打ちをかけるように、マリエールが濡れた内ももに手を伸ばした。布地の間から、指を差し込む。何かを探り、そこをいじくりだした。くちゅくちゅという音が室内に響く。

「ひやぁ……ぁんっあっ」

 オーケーベイビー、分かったぜ。ここに居たら僕は死んでしまう。股間のダイナマイトがクラムボンッと爆発して死んでしまう。そう、死んでしまうのだ。

「やめろ」

 フランソルは目を逸らせなくて後ずさりした。

 再びマリエールがこちらを見る。目線が下がり、フランソルの股間にいった。ポロッと涙を流しながら、もう一度懇願する。

「お願い、欲しい。それ、欲しい。入れて、保安官マーシャル

 こんな言葉を、あの人に言ってもらえたら──。でも彼女は違うのだ。別人なのである。

「僕は──私は、腐ってもフランソル・ミシュターロ、ちょっとやそっとの誘惑には負けないように帝国情報部で訓練されてきた……んだからぁあああ」

 叫びながら保安官事務所を飛び出し、その夜は戻らなかった。



 翌朝、やけにすっきりした顔で起きたマリエール。うん。なんか物足りない気がするけど、調子は良くなった。

 あの後それなりに自慰をして達し、どうにかなったマリエールだった。おかずに思い浮かべたのは、失礼ながらマーシャルだ。

 一晩中熱が出たのだろう、汗でべとべとする。

 シーツを剥ぐと太腿の腫れは引いていたが、股の間がねばついた。顔が赤くなる。昨夜のことをぼんやり思い出してしまった。

 派遣されてきた保安官補に悪いことをした。なんて醜態を見せてしまったのか。

 顔を合わせるのが気まずい。

 保安官補はまだ帰ってきてない。

 痛む左腕を庇いながら湯浴みを済ませた頃、玄関ベルの音が鳴った。フランソルだろうか。

 またあられもない格好を見られなくて良かった。彼は私に興味が無いのだから、はしたないと怒られてしまう。

 服を着て玄関ポーチに出た。

「無事に郵便馬車が到着しました。お荷物です」

 早朝便の配達員だった。

 マリエールはほっとして礼を言う。郵便馬車には護衛がついているとはいえ、南西部の治安は悪い。配達も命がけだ。

 届いた木の箱から、プロテクター代わりにもなる胸当てを取り出した。それから、替えの服もいくつか届いていた。下着はきちんと女物だ。唯一女性らしい装いができる貴重なものなので、シルクのエレガントなやつである。

 一応男で通しているのだ。この辺りの仕立て屋に頼むわけにはいかないもの。

 マリエールはさらに、その中に入っている予備のジーンズやブーツを見て、暗い笑みを浮かべた。




※ ※ ※ ※ ※ ※




 フランソルは一晩中、荒野に居た。頭を冷やすためだ。

 ちょうどバッジを見た近くの牧場主に色々相談を持ち掛けられ、そのまま泊めてもらったのだ。

「牛飼いの野郎どもが、柵を壊して嫌がらせしやがる」

 フランソルはそんな相談を受けながらも、昨夜のマリエールのあの姿を脳裏から追い出そうと必死だった。

「レクサスレンジャーは何をやってるんだ、何個もあるらしいけど、俺の牧場には来てくれたことはない! 今までどれだけの羊に逃げられたか。有刺鉄線にしたのに、国境と同じく最近やたらフェンスカッターで切られるんだ」

 白くまろやかなおちち。つんとした突起。軽やかな喘ぎ声。

「実は相手は分かってるんだ。夜中にこっそり来る牧場主のオーランドさ。あいつポーカーにも負けて、腹いせにやってんだっ。カウボーイを雇って羊を逃しやがって──」

 あそこをいじる真っ白な指。その目は誘うようにこちらを見つめる。

「聞いてんのか、マーシャル! あんちきしょーに、俺は女も寝取られてるんだ。ちょっと顔がいいくらいで──なあ、マーシャル。俺ってそんなにブサイクかな、マーシャル」

 お願い、吸って舐めて、とマリエールは言った。

「結婚を申し込んだ女だったのに、エリザベスもひでえぜ。これからは羊の時代だって言ってたくせに、なんでだ……ベス。なあ、マーシャル。女はみんなビッチだよな?」

 フランソルが激しく同意する。

「うおぉおおおおおおおおおおお、あのビッチめ!」
「いや、そこまで怒ってくれなくていいよ!?」

 フランソルの中で、マリエールがどうしても消えない。

 馬鹿野郎、私は今まで女に興味無かったはずじゃないのか。なぜここまでキャラが崩壊する。

 あ、そうか、僕の方だな。僕フランソル、童貞まっしぐらです。

「違うっ!」
「一体どど、どうしたマーシャル」

 現代のフランソルもモテモテなのだ。世の中ブスばっかりしかいないが、明かりを消して、それなりに欲望の始末をしてきた。童貞ではないっ! 断じて溜まってなんかないんだ!

 だいたいなんでこんな面食いなんだ僕は。クズなのか? 男のクズなのか!? 女は顔じゃないだろう!

 それは父親の血なわけだが、もちろん本人は今忘れている。隣の禿げあがった牧場主の肩に手をかけて力説する。

「人間顔じゃないぞ!」
「あんたに言われても説得力が無いんだよ!」

 イケメン死ねと牧場を追い出され、仕方なくトボトボと町に向かって馬を進めた。どうしよう。あの保安官事務所には帰れない。

 今夜はサルーンの二階にでも泊まらせてもらうか。しかし、土蜘蛛の美的感覚を受け継いでしまったフランソルにとって、ブスが寄って来たらとても嫌な気分になる。それに女性には──表面上──ジェントルメンなので、断るのも辛い。

 また初日に泊まった普通のホテルにしよう。東部のホテルに比べると掘っ立て小屋みたいなものだが、温泉水が使えるのは助かるし、料理はまあ及第点だった。サルーンの方が酒の種類は多いのだが……。

 任務のためならたとえオッサンとでも寝られた前世の自分に比べると、現世のフランソルはえらく我儘であった。

 放牧地帯では、なるほど、確かに壊れた柵やフェンスが散乱していた。

 昨日のキャトルドライブ襲撃でも思ったが、ビーストによる被害より、人間による荒廃の方が西部は問題なのだろう。

 それに、シープマンVSカウボーイの戦いは、レクサス州以外でも起こっており、珍しいことではない。

 開拓が進むにつれて、食糧難を恐れた連邦政府はアリビアから羊を輸入した。冷害に強く多産な上、羊毛も取れる優れものだ。しかも掛け合わせの羊は、肉も美味いのだ。

 西海岸では両方飼っている牧場主が多いが、西部では牛文化がなかなか抜けず、柵や有刺鉄線はカウボーイの癇に障るらしい。

 しかし、フランソルはしばしそこに留まった。

 何かが引っかかった。

 ビースト被害は微々たるもの。自分が遭遇したのは、運が悪かった、と言われたくらいだ。

 大陸の背骨と言われるアパロキ山脈のせいか、中西部とは言え山脈の東側の荒野には、ビーストが出ない。しかしここは、西海岸まで遮るものが無いため、多くのビーストが逃れてきた。

 だがそれが、変わりつつある。

 フランソルはボーラーハットを上げ、ユスク砦を見つめた。あとはオーデン郡のビーストを、マッチラ兵が片付ければ……。

 その時、赤い岩山の辺りから、朝日を反射するものがあった。フランソルは、先住民の連絡手段だろうかと思った。彼らは狼煙や白い布、鏡で遠方と意志の伝達を図る。

 しばらくその点滅を見た後、フランソルは無言で馬の歩を進めた。


 そろそろ町が見えてくるかという頃、再び駅馬車を襲おうとする一団を見つけた。

「またか!」

 西部は毎日駅馬車強盗が起こっているのか! 暇なのか!? いや、鉄道の通っているところでは確かに列車強盗が絶えないが。

 フランソルはショットガンを引き抜く。散弾を人に対してぶっ放すのはなんだが、一対多人数の場合、脅すのに手っ取り早い。

 だいたい一人でどうにかできるほど──マリエールの言う、父の能力があるわけではないのだ。

 並ばされた客の一人が、パンッという音とともに崩れ落ちる。フランソルは遠目にそれを目撃し、凍り付いた。

 この駅馬車強盗は、乗客を皆殺しにし、身に着けているものまで剥ぎ取る質の悪いやつら。本物のアウトローらしい。
 
 十人近く居る。声をかけずに撃ち殺すしかない。

 その時、近くの岩場から躍り出るように、騎乗し、武装した一団が出てきた。白いハットに、ブルージーンズ、白いブーツ。

「え、あれって」

 フランソルは目をすがめる。レクサス・レンジャー?

 強盗団は駅馬車に隠れ、乗客を盾に脅す。しかしレンジャーのリーダーらしき細身の男は、リボルバーで正確に彼らの眉間を撃ち抜いていく。

「なんだ、てめーら、これが見えねぇのか!」

 強盗のボスらしき男が、馬車の陰に乗客の女を引っ張り込み、彼女の頭に銃を突きつける。女の姿だけを相手に見えるよう、馬車の陰から出した。

 白いハットの馬上のレンジャーは構わず撃ち、その銃身だけ弾き飛ばした。

(すごいな。一撃必殺か)

 鋼色の目を見開いて、そのレンジャーを見つめた。乗客たちがへたり込む。

 レンジャーのリーダーは、強盗が手を挙げて出てくるのを待った。

 それから、メンバーに何か指示して先に立ち去ろうとする。

「あ、ちょっと! 待てっ」

 フランソルはショットガンを向けたまま、岩陰から飛び出した。

 馬上のリーダーは、振り返りざまリボルバーを抜き、ショットガンをはじいた。

(うそだろっ)

 そのままピタリと銃口をむけられ、動けなくなる。

「こいつ、あのマーシャルです」

 メンバーの一人がリーダーにそう耳打ちする。

 スカーフで顔を隠し、大きなステットソンのブリムを下げたままの相手と、フランソルはしばしにらみ合った。

 顔を隠してるなんて、やましいことがあるからじゃないのか。

 あの時遠くてよく見えなかったが、マリエールを撃とうとしたあのレンジャーか?

 服装は同じだが、顔を見てないから判断のしようがない。あの時のレンジャーはもっと大きかった気がする。この男は、もっと痩せ気味で小柄だ。

 男がふっと笑った気がした。そのまま馬首を返し去っていくのを、フランソルは見送るしかなかった。

「ケツ叩かれて追い払われた駅馬車の馬、俺たちで集めてくる」

 残ったレンジャーが、強盗を縛り上げながら乗客に言う。

「待って、あなたたちレクサスレンジャーですよね」

 フランソルが聞いた。

「そうだけど。あんた、前に会ったよな。アカリアの笛、ちゃんと持ってるか保安官?」

 フランソルはエル・ラデッサに入った日を思い出した。

「あの時の……」
「その笛、連合国の奴らがビーストの国境越えを警戒して開発した笛らしい。南部から移住してきた者たちから広がったのさ」

 亜熱帯を嫌うのか、南部にはあまりいなかったビーストだ。レクサス州から入ってきたら嫌だろう。有刺鉄線ごときなら、簡単に地中から突破できる。

 フランソルはポケットから笛を出して見つめた。

 レンジャーたちは馬に飛び乗った。

「ちゃんと仕事してるみたいで安心したぜ。護衛が射殺されちゃったみたいだから、乗客は送ってやるよ。町まですぐだしな」

 前と違う顔ぶれも居るようだが、概ね友好的だった。

「昨日の牛泥棒は」
「え?」

 きょとんとした顔で聞き返される。まったく悪びれていない。

 では、昨日の捕まえ損ねた一団とは別か。

 留置所に連れて行かれた奴らも、先住民が嫌いなのと牛を売った金目当てで、リーダーなどどこの誰かも知らなかった。

 とにかくこいつらは、まともなレンジャーってことだ。

「俺たちの役目はここまでだ。この流れ者の生き残りは、マーシャルがブラックストーンの留置所に運んでってくれ。俺たち本業があるから、遺体と駅馬車の乗客を送ったらもう帰るわ」

 やはり、この者たちは本当に西部によくいる寄せ集めの自警団なのだ。

 じっさい彼らは、保安官が治安を守ってくれるならそれにこしたことがない。

 なぜなら彼らは、農夫であり、銀行家であり、雑貨屋であり、既製服屋であり、牧場主であり、バーテンダーなのだから。

 追跡隊パシを登録制にしたようなものだ。

「あーあ、眉間に穴開けちゃって、ちょっとやりすぎなんだよリーダーは」
「いや、あれはしょうがない。乗客を平気で撃ち殺すような奴らだぞ」
「この強盗団、全員東の国のサイ人じゃないのか」
「鉄道工事の仕事にありつこうとして、あぶれたんだろ。敷設工事の会社がなかなか決まらないらしいからな」

 世間話をしながら馬を探しに行こうとする。

「待ってください、あのリーダーはどこの人ですか? 昨日はちゃんと貴方たちと居ましたか?」

 じろり、とメンバーに睨まれる。

「レンジャーの身元を調べようだなんて、無粋だな。俺たちが顔を隠している意味考えてみな。同じ町の者が同士討ちになった時、遺恨が残らないようにだ」
「それに、昨日は俺たちには声がかからなかったから、一緒に居るもなにも、集合もしてねえよ」

 そのまま行ってしまう白い帽子の一団。

(だが、あの銃の技。ただ者じゃなかった)

 フランソルはぎりっと唇を噛みしめた。
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