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第三章

レンジャー過激派を探す

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「製材所のジョシュアが、今日どこかに出かけてたな」

 ゴーストタウンの近くの町、サンドソックス。

 個人で銀行を運営している町の有力者にレンジャー暴走の可能性を告げると、しぶしぶそう教えてくれた。

「ジョシュアはユスク砦の戦いで親を殺されているから、先住民が大嫌いなんだ。レンジャーの過激派に傾倒していた」
「ではやはり、召集をかけられたと見るか?」
「うん……おそらくね。リーダーは一人じゃないからな、どの地域のかは分からないが──」

 銀行家はそう言った後、白い布で吊った腕をさすった。

「まだ良くならない?」

 マリエールが眉を顰め、気遣うように彼の腕を見下ろす。

「まあ、盛大な撃ち合いだったからね」

 サンドソックス保安官が撃ち殺された事件は、賞金首一味と賞金稼ぎのガンマンが、街中で派手にやりあったことにより起こった。

「高額賞金首だったんですか? 仕留めたってことですよね? 腕利きのガンマンだったんでしょうか」

 フランソルが興味を引かれて口を出す。懸賞金制度は東部にもあり、各自治体が賞金を用意する。

 東部では、バウンティハンターは完全に政府のルールに則って行われるが、ここは無法地帯。

「何が腕利きの賞金稼ぎガンマンだ。賞金欲しさに保安官の仕事を邪魔したのさ。賞金首も賞金稼ぎもグルだったんだよ」

(ああ、やはりここは西部)

 フランソルは脱力した。

 懸賞金が高額になると、賞金首が仲間を募ってわざと生け捕らせ、後で賞金稼ぎと懸賞金を山分けする。たまにそういう輩が居ることは聞いていたが、目の当たりにすると、西部にいることを実感した。

 ワイルドな世界だ。

「でもそれを突き止めたレンジャーのメンバーが、賞金首を脱獄させようとした賞金稼ぎともども、捕まえてくれたんだ。やっぱレンジャーは最高だ」
「レンジャーが……。その無法者たちはどうなったんです?」

 フランソルがおそるおそる尋ねると、銀行家はどうなったと思う? と聞いてきた。

「ヒント。銀行強盗もガンマンも、コロンディア植民地時代からここに根付いている先住民さ」

 レクサス州は先住民嫌いが多いと聞いたが、まさか、体の皮を剥がされて──。
 
 はっはっはっ、と銀行家が笑い出す。

「よそ者の坊ちゃんよ。やたらスーツの埃を払ってるところを見ると、東部育ちだろあんた。大丈夫さ。ここには先住民がたくさん住んでいる。それが共存の連邦国ってもんだろ」

 共存の連邦国。北部は先住民の大酋長国、南部は白人の連合国、そしてここ中部はそう呼ばれる。

「ジョシュアのように先住民を嫌ってるやつらも確かに居るが、基本的には穏便に済ますんだよ。やつら保安官サムの実家の煙草農園で一年、足枷をつけて働かされることになった。南部の奴隷のように、鞭を持った監督官付きだ。しかも家族の殺意に晒されながらな!」

 それもきつそうだろ? と銀行家はまたガハハハと笑った。フランソルは頷いた。囚人を預かる農園は、東部の耕作地帯にもある。

 銀行家は微笑んでいるマリエールを見て、急に真顔になった。

「そんなことよりブラックストーンの保安官よ、わしと結婚してくれ。わしの銀行はアホみたいに狙われるから、保安官が妻なら安心だ! サムが居なくなってちょうどいいし、この町に拠点を移さんかね? 君が男だろうが女だろうが、わしはどっちでもいい。好きだ」
「今忙しいから今度な」

 適当に流して振り返ると、間近に苦い表情を貼り付けた浅黒い顔があった。

「なに? 大丈夫だよ、引っ越さない。この町に温泉は出ないもの」

 しかしマーシャルは、そんなことを気にしたわけではなかったようだ。

「隣町の連中は、あなたを男だと思ってないのですか? なんですぐ求婚されるんです?」

 マリエールは目尻を下げて苦笑いする。

「さあ。私の両親が、どちらも美形だったからじゃないか?」

 どいつもこいつも、なんで人を見た目で判断するんだ! フランソルは自分を棚に上げて苛ついた。


 さらに雑貨屋とサルーンを周り、駅馬車強盗の経緯を話していると、通りで騒ぎが起こった。

 駆け込んできた客が言うには、ボロボロの恰好のカウボーイが街にやってきたと言うのだ。

 慌てて外に出ると、途中で会ったキャトルドライブ中のカウボーイだった。

「助けてくれ、牛をやられた!」
「ビーストか?」
「違う、盗まれたんだ! わざと暴走させられた。あれはレクサス・レンジャーだった。マッチラ族のスタッフを見つけて襲ってきたんだ。ボスは殺されるし牛は散り散りだし、もう収集がつかん」
「人数は?」

 マリエールがリボルバーのカートリッジを確認しながら聞く。

「一個小隊──三十名は居た。暴走した牛はオーデン郡に向かって逃走中だ。どちらにしろ我々はそっちに向かっていたが、ビースト除けのベルが無いから食われちまうかも」
「分かった。ここで傷を手当てしてから仲間のところに行け。砦の連中に助けを求めろ」
「やつら、百頭ほど引き連れてプディングロックの方に向かった」

 マリエールは頷いてフランソルを振り返る。マーシャルもそれを受けて頷いた。

「レンジャーも数が多いですね。牛を連れて逃げるからけっこう集めたようだ、確信犯ですね。この町の連中に協力を仰ぎましょう」
討伐隊パシを募っても、基本的にレクサス・レンジャーが相手だと、町民は協力してくれない」

 マリエールは目を伏せる。

「銀行家はああ言っていたが、やはりコロンディア先住民の工作員のことを根に持ってるやつらは多いんだ。だから、レンジャーはもしかすると自分の家族かもしれない。……散らばった牛の回収だけ頼んで、逃げた賊は我々が二手に分かれて挟み撃ちしよう。おそらくリーダーを押さえれば──」
「いやです」

 はぁ? マリエールは目をぱちぱちさせた。

「僕は助手なので、あなたから離れません」
「貴方は、何をしに来たんだ?」

 なんでこんなに過保護なの? マリエールは強い目で貫くように保安官補を見る。

「いいから、私は先に追う。あなたは町の連中と牛だ! それから大回りして、あのプリンみたいな形の赤い岩山の反対側から来て」

 有無を言わせずそれだけ言うと、マリエールは拍車スパーを馬の腹に軽く当て、掛け声とともに去っていった。

 フランソルは思わず追いそうになって、思いとどまった。それから吐き捨てる。

「どこが閑職なんだ」





※ ※ ※ ※ ※ ※





 マリエールは赤い渓谷の間に続く泥炭地に、牛の足跡を見つけた。

 水の少ない渓谷の脇をそっと進み見ながら捜索すると、なるほど百頭ほどの牛が蠢いているのが見えた。モーモーモーモー悲し気に鳴いている。

 その中央で火を焚いているのか、オレンジ色の明るい光が見えた。

 焼き印ブランディングの付け直しか。焼き鏝を上から押してけて、登録されている所有者を曖昧にするのだろう。

 若い牛だけ狙ったのだろうか。

 さらに目を凝らすと、牛の足元の隙間から、傷だらけの先住民が倒れているのが見えた。キャトルドライブの一行に居た、マッチラ族の混血の一人だ。

「俺たちごときにやられて、何がビースト退治だ。この偽マッチラ族め」

 白いステットソンの男が、ゴリッと先住民の胸をカウボーイブーツで踏みつける。すでに痛めつけられている先住民の男の顔がゆがんだ。

 マリエールはリーダーを見極めようとした。全員ステットソンを深くかぶっていて見えない。一番ガタイのいい男にライフルの照準を合わせる。

「動くな」

 マリエールが口を開こうとしたその時、声は別から聞こえた。反対側の渓谷の出口からだ。

(うそでしょ)

 マリエールは目を剥いた。フランソルがショットガンを構えて近づいてくる。

 赤い岩山を大回りしないと、渓谷の反対側には回れない。自分の方が早いはず。

「さて、全員手を挙げて並んでください。でないと、一番威張ってるこのデカ男をズドンです」

 チラッと辺りを見渡す。マリエールを探しているのだろうか。

「牛泥棒とは感心しませんね。レンジャーとは、治安を守るためにあるんじゃないんですか?」

 フランソルは近づいて一人一人銃を奪っていく。眉間に皺を寄せ、憮然としているのが印象的だ。

 なんで僕がこんな仕事を──と嫌々ながらなのが見て取れた。埃も牛の臭いも我慢ならない、そんなところだろうか。

 この保安官マーシャル、本当は南西部に来たくなかったのではないか。左遷なのだろうか。

 出て行こうとしたその時、マリエールは気づいた。やけに全員落ち着いている、と。相手が若僧一人だから?

 ふとその目が、渓谷の上にくぎ付けになる。

(見張りか)

 フランソルは気づいていない。相手は、銃の弾が当てられる距離で見張っていたはずだ。

 だが、マリエールの位置からだと、間に人がたくさん居て、角度が悪い。

 ペロリ、と唇を舐める。マリエールの視力が、相手の銃をとらえた。レバーアクション式ライフルか。だから身をペタリと低く潜められずに、彼女に見つかったのだ。運が良かった。

 考えている暇はない。マリエールは叫んだ。

「上だ、マーシャル!」

 フランソルがハッとなって、牛の陰に隠れる。ロングホーンの胴体がはじけ、悲し気な鳴き声とともに倒れた。

 その隙に、白いハットの牛泥棒たちが散った。

 各自モーモー騒ぐロングホーンに紛れ、馬までたどり着くと慌ただしく飛び乗って逃げていく。マリエールが丘の上を撃ち、それから走り出した。

 渓谷の外に飛び出し、細長い岩の出っ張りに繋いでいた馬に飛び乗った。馬の腹を蹴り、後を追う。

 しかし彼らは、サボテンの生えた茂みの中に逃げていくではないか。

 舌打ちした。彼らの足元を見ると、分厚い革のチャップスを穿いている。

 一方マリエールは、ロングブーツこそ履いているものの、履き心地重視のモカシンである。

 チクチクと刺すサボテン。

 プディングロック周辺に生息しているものは、岩の上にも生える岩柱サボテン。その棘には、微弱な毒があるのだ。

(やってくれるな)

 しっかり太ももで馬の腹を挟み、ボルトアクション式のライフルを構える。威力と射程に優れ、強度のあるものだ。代理人経由で祖父母の遺産が入ったので、奮発した。

 マリエールは走りながら馬上で引き金を引いた。一人、二人と、馬から崩れ落ちる。揺れる馬上から撃ってこの命中精度は、ショー時代の賜物である。

 市民とは言え牛泥棒、牛泥棒とはいえ市民。肩や足を狙ったが、落ち方によっては死んでしまったかもしれない。マリエールは冷や汗をぬぐった。

 レンジャーの恰好で悪さをするのだから、多少厳しく対応するのは当たり前。甘い顔をしていれば死ぬのは自分だ。

 ライフルを撃ち尽くし、リボルバーに替えてそれも撃ち尽くす頃には、敵は残り五人ほどになっていた。

 弾を避けながらジグザグに走る馬術、そうやって走りながらも背後に向かって撃ってくる狙いの正確さ。

 何発か掠って、ひやりとした。残った奴らは訓練されている。けしてただの農夫などではない。

 カートリッジを替え、さらに狙いを定めた。

 すると、リーダーだろうか。先頭の一頭が突然止まった。

 こちらを振り返り、銃を構える。相手の銃が古いやつだという慢心が、マリエールを油断させる。

光学照準器搭載チューブスコープ付きの改造ライフルがマリエールを狙っていた。

(まずいっ)

──パンッ

 とっさに体を倒して避けたが、鋭い痛みが走る。弾が肩に当たったのだ。視力がよくて助かった。頭を撃ち抜かれるところだった!

 マリエールは馬を止めず、そのままリボルバーを構えた。相手も動じず、同じ場所からライフルを連射しようと狙いを定める。

 チキンレースだ──。体の奥が熱くなる。高揚感。ああ、自分はショーなどではなく、命のやり取りがしたいのだ。

 相手が近づく。ステットソンのブリムの下から、目が合った。お互い引き金を引き絞る。

 ふと、隣に馬が並走している、と気づいたその時、突然衝撃が襲った。

 パンッ──と乾いた銃の音。

 気づくと、サボテンだらけの荒野に倒れていた。横から体当たりされ、落とされたのだ。

 見ると、突き飛ばした相手が立膝を立て、ライフルを撃ち尽くしていた。破裂音が響く中、レンジャーは馬首を返して馬を駆り、仲間たちとともに逃げていく。

 マリエールは怒りのあまり、隣を睨みつけた。

「なぜ邪魔をした!? 逃げられちゃったじゃないか」

 するとその何倍も怖い顔で睨み返される。

「無鉄砲は遺伝ってやつですか!」

 涼し気な顔に似合わない剣幕に、マリエールはたじたじする。え、なんのこと?

「あんたの、爺さん婆さんのことですよ」

 東部用のハットを赤い砂の上に叩きつけて吐き捨て、ハンカチを取り出してマリエールの腕を縛り上げる。

「まず、弾はあんたにも当たるんだ、ケツ顎め! それから艦長が撃ち合いの時に露甲板に居てどうするんですっ!」
「え? 何の話?? ああ、お爺ちゃんとお婆ちゃんの昔の話?」

 困惑するマリエール。そんな見てきたかのように……。

 途中で頭を抱え込むフランソル。頭痛でもするのだろうか。

 大佐、リボルバーでライフルに立ち向かうなんて、うえっぇぇっ、あれ、記憶が入り混じって気持ち悪い、とかなんとかブツブツと呟いている。

 なんだろう、具合悪そう。あれ、そう言えば私も……。

 マリエールはそのまま仰向けにぶっ倒れた。
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