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第二章
フランソル、パイオツに見とれる【系図を載せます】
しおりを挟む保安官助手を引き受けることになったが、なぜか事務所に住み込みという条件付きであった。
最初は断ろうとした。だが、これも連邦政府から通達があったらしい。保安官と保安官助手は事務所で寝泊まりするように、と。
……明らかに外堀を埋めようとしている、祖父の意志しか感じられない。
初日はとりあえず事務所を整える作業で終わった。
夜はサルーンではなく、フランソルが前日に泊まったホテルのレストランで食事をした。二階が娼館になっている酒場よりは、まだ静かに話ができると思ったからだ。
それにしても、マリエールと一緒に歩いているだけで、町の住民からものすごく嫉妬深い目を向けられる。女性の方は、笑いかけてやればたいていはメロメロになったが。
「保安官は、愛されてるんですね」
料理を待っている時に、フランソルがそう言った。
「うん。流れ者だったんだけど、みんな親切にしてくれた」
「郡の保安官に選ばれるくらいだ。人徳があるんですよ。他の州同様、エル・ラデッサ郡全てが管轄なんですか?」
この若さで──しかも女性なのに……。
「一応、各市に一人ずつ保安官が居るはずなんだ」
エル・ラデッサ郡は、ブラックストーンくらいの人口で市の登録が成される。大きな街──市──は今のところ五つ。ならば市保安官は全部で五人か。
フランソルは、頭の中で事前に知っていた情報とズレが無いか確認した。
何せ今のフランソルは記憶障害があるポンコツである。いつにもまして慎重な行動を取らなければ、精神病院にでも送られかねない。
「間に合わせだがな。連邦政府からのお達しを受けて、州議会で決まったらしい。そのうち、君のように正式な連邦保安官が取って替わるんじゃないかな?」
特に不満そうな様子もなく、思ったことを告げるシェリフ。人が集まらなければ教会や学校、裁判所すら設置されない開拓中の西部である。
入れ替わりの激しいせいぜい千人ほどの人口の市に、法の執行者である保安官を置く気になっただけでも進歩だった。
(独立前は入植人口が五千人で準州だからな。増えたものだ)
頷いたその時、フランソルの目が彼女の手元に行った。
「食前酒も飲めないんですか?」
女給の運んできたコース料理に紛れ、こっそりフランソルの方にグラスを押しやるマリエールに気づいたのだ。
西部で酒が飲めないとは……。
(そういうところまで似ているのか)
昔の自分が囁く。
マリエールは咳払いして、水を注文した。
「まあ、その──いつ悪者が来るか分からないし。保安官たるもの常に素面をだな──」
思わず微笑が浮かんでしまい、それをマリエールに見咎められた。彼女はツンッと横を向いた。
「見透かしたような顔をするな。……ああそうだよ、西部に住んでいるくせに酒が飲めないんだよ、悪いか」
恥ずかしそうに呟いた彼女の赤い唇を見て、フランソルは股間に血が集結するのを感じた。
いや、だって可愛いと思うのは仕方がないじゃん? グラスは二つあるのに、どうせすぐバレるのに、ぐいぐいこちらに押しやるんだぞ?
可愛い子が可愛い態度を取れば、普通に股間だってちょっとは反応する。ただそれだけ。当たり前じゃないか。
いや、前世の自分はこんな簡単に反応しなかった。これが……これが若さか──。
フランソルは口元を抑え、咳払いした。
わりと上級のレストランなのか、煌びやかな正装の男女が入ってくる。
「いい店ですね。保安官は、ドレスは着ないのですか?」
「一応、女性であることは伏せてあるんだ。この街の連中はだいたい知っているが、郡内では知られていない。ただでさえ保安官なんて信用されないのに、女だったら誰が頼る? それに、WWSの子役時代も、男の子でやっていたから、あまり抵抗は無いんだ」
「ええ? 女の子の方がウケるんじゃないんですか?」
「祖父が──虫がつくと困るって。ちなみに母も途中から男として育てられて、大変だったらしいよ」
ちょっとふてくされたように言うマリエール。
だったらウエスタンショーになんか出すなよ、というような呆れた彼の表情を見て、さらに憮然となる。
「分かっている。祖父からは溺愛されていたんだ。みんなに見せびらかしたかったんだって。子供時代はあっという間だから」
うわぁ、分かるわ。
ミシェルに溺愛されていたどちらのフランソルも、マリエールの苦労を身に染みて知っていた。あのやたら時間のかかる写真機を複数台用意され、パパラッチのように撮られたっけ。
「何歳からやってたんです?」
「六歳。ポニーも乗っていたから、九歳には射撃と乗馬の天才って言われてた。その辺りは期待していい……が、私が助手をした方がいいんじゃないのか?」
この青年は、連邦政府からの正式な派遣。マリエールは選挙で選ばれた保安官とは言え、無理やりやらされているようなものだし──本当なら保安官の助手は、経典に手を当てて宣誓するだけでなれしまう。
「連邦保安官ではありますが、あくまでもあなたの助手ですからね。シェリフを助けるのが仕事です」
マリエールは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
「実は──そんなに仕事はないんだ。いや、いっぱいあるんだけど、事務作業が多い」
「え?」
マリエールは頬を膨らませる。それから諦めたようなため息をついた。
「やっぱり、小娘だからかな。ブラックストーン市内の住民は、あまり私に荒っぽい揉め事を持ってこないんだ」
「……なるほど」
フランソルは自警団を思い出した。保安官は飾り……か。
マリエールは、上品にコロンディア郷土料理にナイフを入れるフランソルを見つめた。
どことなく、育ちがいい。テーブルマナーもだが、クチャクチャ音を立てないし、飲み込む前に口を開けないし……。
背が高く、どちらかと言うと細身だが、脆弱な印象はない。先住民の浅黒い肌と鋼の瞳のクールな組み合わせ、特徴が無いくらい整った顔立ちが、いっそ薄情そうに見える。
笑顔も安心感を与えると言うよりは、どこか嘘くさい。そこら辺が、本土から亡命してきた古い貴族の出を思わせる。
(不思議な青年だ……)
マリエールは心臓を抑えた。彼女は戸惑っていた。彼を見ていると、鳩尾がきゅっとなる。
なるほど。幼いころユスクが言っていた。
どうして──血は繋がっていないが──一応兄妹であった母マリリンを好きになったか。
「美人だったからだ」
ユスクは猟奇的な目を幼いマリエールに向けて、たった一言そう言ったっけ。
滅びゆく土蜘蛛の里から、一人だけ助け出された生き残り。彼だけでなく、基本的に土蜘蛛はものすごい面食いだったと聞く。
(そういうことか……)
マリエールは我がことながら呆れた。この超絶美形な保安官補を初めて見た時、雷に打たれたようなショックを受けた。
今までイケメンからプロポーズなんて腐るほどされてきたけど──そのたびに祖父の手下から妨害されたのもあるが──ぜんぜんときめかず、恋人が居たことが無い。
つまり、土蜘蛛と美形で有名なパッチラ族との混血を父親に持つレベルの男じゃないと、自分はダメだったというわけか。
(これが世にいうトゥンクか……)
マリエール人生初の恋は──受け入れがたいことに──一目ぼれであった。
そう。顔だけで、この青年を好きになってしまっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
朝起きると、まだほんのり暗かった。
事務所の下でごそごそ音がする。フランソルは静かに起き上がり、銃を持って階下に降りる。
マリエールだった。
湯を浴びたのか、濡れた髪で着替えをしている。真っ白な背中が浮かび上がり、フランソルは慌てて顔を逸らした。
マリエールが振り返る。
「すみません、音がしたので。すぐに上に行きます」
銃を仕舞ったフランソルに、マリエールはとっさに声をかけていた。
「あの、もし構わなければ、手伝ってもらえないだろうか」
上半身裸で何言ってんだこのアマ。フランソルはイラッとして、そっけない声で吐き捨ててしまった。
「はしたない。一つ屋根の下で暮らしてるんです。ちょっとは配慮してください」
マリエールの背中がビクッとなる。怒られた子供のようにしゅんとした声で謝る。
「……悪かった。行ってくれ」
しかし、何かまだ四苦八苦している。よく見ると、白いリネンを上半身に巻き付けようとしているではないか。
「何を……しているんです?」
「胸当てが──革のサポーターが、前の火事で燃えてしまって。それで綿のサラシを巻かなきゃならないんだ。いま、早朝便の駅馬車が強盗に襲われたって連絡があって、急いでいて──」
フランソルは驚いた。
「え、一人で行こうとしてるんですか? なんで僕を起こしてくれないんです」
「私だって今連絡を受けたところだもの。駅馬車会社の護衛が怪我をしながらも通報しにきてくれたんだ。私もパトロールから戻って、ちょうど湯を浴びていたから……」
バスタオル巻いたまま玄関先に出ていないだろうな! フランソルは焦る。まだ暗いのに鍵を開けて扉の外に出るなんて。そういうのは同居している助手の仕事だぞ。
それに、え? え? なんだって? 夜中も見回りをしていたの?
長旅の疲れと酒のせいでぐっすり寝ていた自分を棚に上げ、腹を立てる。なんで言わないんだ。州から派遣されてきた助手に、遠慮してるのか?
フランソルは色々ともやもやしたが、仕方なくマリエールに近づく。
「貸してください。僕もすぐ用意するんで、待っていてくださいね」
清潔なリネンの端を持ち、強く巻きつける。
もにゃんという感触。
(うああ、これは確かに男装には邪魔だオッパイでかくないかオッパイマジでかくないかっ──)
これ、苦しくないのだろうか。
いけないいけないと思いつつ背後からのぞき込む胸元は、谷間くっきりのダイナマイトパイオツだ。やはりマリアの孫だけあって、体つきも完璧。ほんのりいい匂いもするし──。
はっ、と我に返り、無心に布を巻きつけた。無だ。無になるのだ。
マリエールはすまなそうに言う。
「強姦されたらまずいから、なるべく男だと思わせた方がいいって。この町の人たちが助言してくれたんだ」
(強姦!)
確かにあの人はよく強姦される人だった。自分も加害者の一人だから、なんとも申し訳ないのだが。
「できました。しっかり胸は潰しましたから」
声が上ずらないように気を付けながら、二階に行こうとする。
「ありがとう……ふぅ。助手が生きていたら手伝ってもらえたんだけどな」
(はあ?)
フランソルは苛々した。やはりそういう仲か。いや、待て。助手も女性かもしれない。いや、この花嫁を募集するほど女性が少ない西部で、そうそう女性が保安官職に就くはずもないのだが、いや待て、ここに珍しい例外がいるし、やはり助手も女性かも──ええ、でもそれだと百合──。
フランソルは完全にてんぱっていた。
「な、亡くなった助手の方は、なんていう名前だったんですか?」
こんな急いでる時に、変なことを聞いてしまった。しかも声が鶏のように裏返った。彼女の想い人がやけに気になった。
「祖父と同じ名前で、小さい頃から一緒に居た──」
「もういいです」
マリエールは首を傾げた。しかし時間が無いのか慌ててシャツを羽織り、ズボンにサスペンダーをつけ、ベストを着る。それから腰にガンベルトをぶら下げた。
無骨な銃が彼女の腰の細さを強調し、フランソルの庇護欲を掻き立てる。彼は慌てて顔をそむけた。
(ごめんだぞ)
自分の部屋に向かいながら、フランソルは頭痛を堪える。
「アーヴァインとかいう幼馴染の恋人が居て、しかも勝てるわけのない、死んでいるやつだなんて」
まさか顎まで割れてるんじゃなかろうか。もうそれ絶対自分に興味なんて持たないじゃないか。
そこでハタと気づく。
「いや、それでいいのか」
マリアの代わりには、例えその孫であってもなれないのだ。だからマリエールが誰を愛してようが、関係無い。
だって別人なのだから。
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