上 下
7 / 16
第二章

フランソル、パイオツに見とれる【系図を載せます】

しおりを挟む

 保安官助手を引き受けることになったが、なぜか事務所に住み込みという条件付きであった。

 最初は断ろうとした。だが、これも連邦政府から通達があったらしい。保安官シェリフ保安官助手デュピティは事務所で寝泊まりするように、と。

 ……明らかに外堀を埋めようとしている、祖父の意志しか感じられない。


 初日はとりあえず事務所を整える作業で終わった。

 夜はサルーンではなく、フランソルが前日に泊まったホテルのレストランで食事をした。二階が娼館になっている酒場よりは、まだ静かに話ができると思ったからだ。

 それにしても、マリエールと一緒に歩いているだけで、町の住民からものすごく嫉妬深い目を向けられる。女性の方は、笑いかけてやればたいていはメロメロになったが。

保安官シェリフは、愛されてるんですね」

 料理を待っている時に、フランソルがそう言った。

「うん。流れ者だったんだけど、みんな親切にしてくれた」
郡の保安官カウンティシェリフに選ばれるくらいだ。人徳があるんですよ。他の州同様、エル・ラデッサ郡全てが管轄なんですか?」

 この若さで──しかも女性なのに……。

「一応、各市に一人ずつ保安官が居るはずなんだ」

 エル・ラデッサ郡は、ブラックストーンくらいの人口で市の登録が成される。大きな街──市──は今のところ五つ。ならば市保安官シティシェリフは全部で五人か。

 フランソルは、頭の中で事前に知っていた情報とズレが無いか確認した。

 何せ今のフランソルは記憶障害があるポンコツである。いつにもまして慎重な行動を取らなければ、精神病院にでも送られかねない。

「間に合わせだがな。連邦政府からのお達しを受けて、州議会で決まったらしい。そのうち、君のように正式な連邦保安官マーシャルが取って替わるんじゃないかな?」

 特に不満そうな様子もなく、思ったことを告げるシェリフ。人が集まらなければ教会や学校、裁判所すら設置されない開拓中の西部である。

 入れ替わりの激しいせいぜい千人ほどの人口の市に、法の執行者である保安官を置く気になっただけでも進歩だった。

(独立前は入植人口が五千人で準州だからな。増えたものだ)

 頷いたその時、フランソルの目が彼女の手元に行った。

「食前酒も飲めないんですか?」

 女給の運んできたコース料理に紛れ、こっそりフランソルの方にグラスを押しやるマリエールに気づいたのだ。

 西部で酒が飲めないとは……。

(そういうところまで似ているのか)

 昔の自分が囁く。

 マリエールは咳払いして、水を注文した。

「まあ、その──いつ悪者が来るか分からないし。保安官たるもの常に素面をだな──」

 思わず微笑が浮かんでしまい、それをマリエールに見咎められた。彼女はツンッと横を向いた。

「見透かしたような顔をするな。……ああそうだよ、西部に住んでいるくせに酒が飲めないんだよ、悪いか」

 恥ずかしそうに呟いた彼女の赤い唇を見て、フランソルは股間に血が集結するのを感じた。

 いや、だって可愛いと思うのは仕方がないじゃん? グラスは二つあるのに、どうせすぐバレるのに、ぐいぐいこちらに押しやるんだぞ?

 可愛い子が可愛い態度を取れば、普通に股間だってちょっとは反応する。ただそれだけ。当たり前じゃないか。

 いや、前世の自分はこんな簡単に反応しなかった。これが……これが若さか──。

 フランソルは口元を抑え、咳払いした。

 わりと上級のレストランなのか、煌びやかな正装の男女が入ってくる。

「いい店ですね。保安官シェリフは、ドレスは着ないのですか?」
「一応、女性であることは伏せてあるんだ。この街の連中はだいたい知っているが、郡内では知られていない。ただでさえ保安官なんて信用されないのに、女だったら誰が頼る? それに、WWSの子役時代も、男の子でやっていたから、あまり抵抗は無いんだ」
「ええ? 女の子の方がウケるんじゃないんですか?」
「祖父が──虫がつくと困るって。ちなみに母も途中から男として育てられて、大変だったらしいよ」

 ちょっとふてくされたように言うマリエール。

 だったらウエスタンショーになんか出すなよ、というような呆れた彼の表情を見て、さらに憮然となる。

「分かっている。祖父からは溺愛されていたんだ。みんなに見せびらかしたかったんだって。子供時代はあっという間だから」

 うわぁ、分かるわ。

 ミシェルに溺愛されていたどちらのフランソルも、マリエールの苦労を身に染みて知っていた。あのやたら時間のかかる写真機を複数台用意され、パパラッチのように撮られたっけ。

「何歳からやってたんです?」
「六歳。ポニーも乗っていたから、九歳には射撃と乗馬の天才って言われてた。その辺りは期待していい……が、私が助手デュピティをした方がいいんじゃないのか?」

 この青年は、連邦政府からの正式な派遣。マリエールは選挙で選ばれた保安官とは言え、無理やりやらされているようなものだし──本当なら保安官カウンティシェリフ助手デュピティは、経典に手を当てて宣誓するだけでなれしまう。

連邦保安官シティマーシャルではありますが、あくまでもあなたのですからね。シェリフを助けるのが仕事です」

 マリエールは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。

「実は──そんなに仕事はないんだ。いや、いっぱいあるんだけど、事務作業が多い」
「え?」

 マリエールは頬を膨らませる。それから諦めたようなため息をついた。

「やっぱり、小娘だからかな。ブラックストーン市内の住民は、あまり私に荒っぽい揉め事を持ってこないんだ」
「……なるほど」

 フランソルは自警団レンジャーを思い出した。保安官は飾り……か。

 マリエールは、上品にコロンディア郷土料理にナイフを入れるフランソルを見つめた。

 どことなく、育ちがいい。テーブルマナーもだが、クチャクチャ音を立てないし、飲み込む前に口を開けないし……。

 背が高く、どちらかと言うと細身だが、脆弱な印象はない。先住民の浅黒い肌と鋼の瞳のクールな組み合わせ、特徴が無いくらい整った顔立ちが、いっそ薄情そうに見える。

 笑顔も安心感を与えると言うよりは、どこか嘘くさい。そこら辺が、本土から亡命してきた古い貴族の出を思わせる。

(不思議な青年だ……)

 マリエールは心臓を抑えた。彼女は戸惑っていた。彼を見ていると、鳩尾がきゅっとなる。

 なるほど。幼いころユスクが言っていた。

 どうして──血は繋がっていないが──一応兄妹であった母マリリンを好きになったか。

「美人だったからだ」

 ユスクは猟奇的な目を幼いマリエールに向けて、たった一言そう言ったっけ。

 滅びゆく土蜘蛛の里から、一人だけ助け出された生き残り。彼だけでなく、基本的に土蜘蛛はものすごい面食いだったと聞く。

(そういうことか……)

 マリエールは我がことながら呆れた。この超絶美形な保安官補を初めて見た時、雷に打たれたようなショックを受けた。

 今までイケメンからプロポーズなんて腐るほどされてきたけど──そのたびに祖父の手下から妨害されたのもあるが──ぜんぜんときめかず、恋人が居たことが無い。

 つまり、土蜘蛛と美形で有名なパッチラ族との混血を父親に持つレベルのイケメンじゃないと、自分はダメだったというわけか。

(これが世にいうトゥンクか……)

 マリエール人生初の恋は──受け入れがたいことに──一目ぼれであった。

 そう。顔だけで、この青年を好きになってしまっていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 朝起きると、まだほんのり暗かった。

 事務所の下でごそごそ音がする。フランソルは静かに起き上がり、銃を持って階下に降りる。

 マリエールだった。

 湯を浴びたのか、濡れた髪で着替えをしている。真っ白な背中が浮かび上がり、フランソルは慌てて顔を逸らした。

 マリエールが振り返る。

「すみません、音がしたので。すぐに上に行きます」

 銃を仕舞ったフランソルに、マリエールはとっさに声をかけていた。

「あの、もし構わなければ、手伝ってもらえないだろうか」

 上半身裸で何言ってんだこのアマ。フランソルはイラッとして、そっけない声で吐き捨ててしまった。

「はしたない。一つ屋根の下で暮らしてるんです。ちょっとは配慮してください」

 マリエールの背中がビクッとなる。怒られた子供のようにしゅんとした声で謝る。

「……悪かった。行ってくれ」

 しかし、何かまだ四苦八苦している。よく見ると、白いリネンを上半身に巻き付けようとしているではないか。

「何を……しているんです?」
「胸当てが──革のサポーターが、前の火事で燃えてしまって。それで綿のサラシを巻かなきゃならないんだ。いま、早朝便の駅馬車が強盗に襲われたって連絡があって、急いでいて──」

 フランソルは驚いた。

「え、一人で行こうとしてるんですか? なんで僕を起こしてくれないんです」
「私だって今連絡を受けたところだもの。駅馬車会社の護衛ガードマンが怪我をしながらも通報しにきてくれたんだ。私もパトロールから戻って、ちょうど湯を浴びていたから……」

 バスタオル巻いたまま玄関先に出ていないだろうな! フランソルは焦る。まだ暗いのに鍵を開けて扉の外に出るなんて。そういうのは同居している助手の仕事だぞ。

 それに、え? え? なんだって? 夜中も見回りをしていたの?

 長旅の疲れと酒のせいでぐっすり寝ていた自分を棚に上げ、腹を立てる。なんで言わないんだ。州から派遣されてきた助手に、遠慮してるのか?

 フランソルは色々ともやもやしたが、仕方なくマリエールに近づく。

「貸してください。僕もすぐ用意するんで、待っていてくださいね」

 清潔なリネンの端を持ち、強く巻きつける。

 もにゃんという感触。

(うああ、これは確かに男装には邪魔だオッパイでかくないかオッパイマジでかくないかっ──)

 これ、苦しくないのだろうか。

 いけないいけないと思いつつ背後からのぞき込む胸元は、谷間くっきりのダイナマイトパイオツだ。やはりマリアの孫だけあって、体つきも完璧。ほんのりいい匂いもするし──。

 はっ、と我に返り、無心に布を巻きつけた。無だ。無になるのだ。

 マリエールはすまなそうに言う。

「強姦されたらまずいから、なるべく男だと思わせた方がいいって。この町の人たちが助言してくれたんだ」

(強姦!)

 確かにあの人はよく強姦される人だった。自分も加害者の一人だから、なんとも申し訳ないのだが。

「できました。しっかり胸は潰しましたから」

 声が上ずらないように気を付けながら、二階に行こうとする。

「ありがとう……ふぅ。助手が生きていたら手伝ってもらえたんだけどな」

(はあ?)

 フランソルは苛々した。やはりそういう仲か。いや、待て。助手も女性かもしれない。いや、この花嫁を募集するほど女性が少ない西部で、そうそう女性が保安官職に就くはずもないのだが、いや待て、ここに珍しい例外がいるし、やはり助手も女性かも──ええ、でもそれだと百合──。

 フランソルは完全にてんぱっていた。

「な、亡くなった助手の方は、なんていう名前だったんですか?」

 こんな急いでる時に、変なことを聞いてしまった。しかも声が鶏のように裏返った。彼女の想い人がやけに気になった。

「祖父と同じ名前で、小さい頃から一緒に居た──」
「もういいです」

 マリエールは首を傾げた。しかし時間が無いのか慌ててシャツを羽織り、ズボンにサスペンダーをつけ、ベストを着る。それから腰にガンベルトをぶら下げた。

 無骨な銃が彼女の腰の細さを強調し、フランソルの庇護欲を掻き立てる。彼は慌てて顔をそむけた。

(ごめんだぞ)

 自分の部屋に向かいながら、フランソルは頭痛を堪える。

「アーヴァインとかいう幼馴染の恋人が居て、しかも勝てるわけのない、死んでいるやつだなんて」

 まさか顎まで割れてるんじゃなかろうか。もうそれ絶対自分に興味なんて持たないじゃないか。

 そこでハタと気づく。

「いや、それでいいのか」

 マリアの代わりには、例えその孫であってもなれないのだ。だからマリエールが誰を愛してようが、関係無い。

 だって別人なのだから。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...