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第六章
脱出
しおりを挟む最低限の持ち物をまとめると、二人は闇の中を移動した。
どこからか、酒盛りの音が聞こえてくる。
オレンジの光と、踊る人影。思ったより数が多い。
だがもう少しすれば、海賊たちは酔いつぶれて眠りこむに違いない。
海岸線を通っていくと、何隻かの海賊船は浜に上げられていたが、大型のものは湾内の少し離れたところに錨を降ろして浮いていた。
月明かりの下に見覚えのある船影を見つけて、マリアが囁く。
「見ろ、あの幽霊船だ」
マリアは小型のボートを引きずってくると、それを波の静かな海へ浮かべた。
せっかく乾いた軍用ブーツを海水が濡らしたが、そんなことに構ってはいられない。
「どこ行くんだよ? あんなの二人じゃとても動かせない。小型の帆船を探そうぜ」
「おまえはそうしてくれ。すぐに出航できそうな船が一隻くらいあるはずだ」
「あんたは?」
「すぐ戻る」
マリアは意味深に笑うと、ボートに乗り込んだ。
幽霊船は無人のようだった。ぼろぼろの帆や、傷だらけの船体、静まり返った空気が、不気味な雰囲気を演出している。
まさに幽霊船だ。
舷側の縄梯子に飛び移ると、マリアは月明かりを頼りに、するすると甲板に登っていった。
行き先は、通常は船尾にあるはずの船長室だ。
注意しながら扉を開け、部屋の様子を伺う。
気配はしない。
そっと船長室に身体を滑り込ませた。
外見のわりに、中の設備はきちんと整っていた。幽霊船の外観は、敵を欺くための偽装にすぎないのだ。
窓ガラスから差し込む月明かりの中、マリアは部屋をあさり始めた。
目的の物を探す過程で、数冊しか出版を許可されなかった帝国の戦術書『海戦必勝法』を見つけ、一瞬手が止まる。
どうやら、海賊にもアーヴァイン・ヘルツに傾倒する者がいるらしい。
あのならず者どもをまとめていたのは、この船の主である可能性が出てきた。
二度も無謀な攻撃を仕掛けてきた敵の指揮官は、帝国の海戦術の本に感化されただけ。
どこか素人臭さを感じていた。航行の足止めにはなったが……。
マリアは僅かな月明かりを頼りに、引き続き船長室を探索した。彼女の勘が正しければ、求めている物が見つかるはずだ。
間もなく、机の引き出しの中の航海日誌に挟まれて、それは見つかった。
窓辺に行き、月の光にそれをさらすと、ボロボロの幽霊船に似つかわしくないほど美しく複雑な印璽のある封蝋。
その模様には見覚えがあった。紋章である。
中から書状を取り出すと、内容を読んで確信する。
「やはり……な」
マリアは口元に笑みを浮かべていた。
「何が、やはりなの?」
マリアは総毛だった。
部屋に居たのは、彼女だけではなかったのだ。
瞬時に月光の届かない壁に背をつけて、気配を伺う。
隅に設置されていた、船長用の寝台棚。その簡易カーテンが開くと、人影が身を起こした。
マリアは自分の無用心さに舌打ちした。海賊が休んでいたのだ。
ホルスターから短銃を抜き放とうとした時、何かが飛んできてそれを弾いた。
ヒュンヒュンと周囲の空気が鳴り、やがてパシッという音とともに止んだ。
「変なマネはするなよ。僕は夜目が利く。あんたみたいな白い肌の人間なら、よけいよく見えるんだ。僕のブーメランからは逃れられない」
声がまだ若い。マリアは眉をひそめた。船長室のベッドに寝ているくらいだから、それなりの地位の、壮年の男かと思ったのに。
男は、ゆっくり月光の中に姿を現した。黒い肌。黒いターバンの少年。
「おまえは……」
幽霊船の火薬庫で、攻撃してきた少年だった。
「女、おまえあの船からよく生きて抜け出したな」
海賊の少年は、感心したようにそう言った。
手に持った十字の投角器を弄びながら近付く。
「女の分際で、あの船を爆破するとはね。信じられなかったよ」
少年の声はどこかおもしろそうだ。
マリアは、腰のサーベルに手を置きつつ、弾き飛ばされた短銃を探す。あれを敵の少年に渡してはいけない。
金属薬莢の弾丸一つ取っても、戦列艦と同じく、帝国の技術の結晶なのだ。国内では特許と、徹底管理で守られているが……
「探してるのは、これ?」
少年がしゃがみこんで、暗闇の中に手を伸ばす。再び月光の中に戻ると、その手にはマリアの回転式銃が握られていた。
夜目が利くのは本当らしい。マリアは歯軋りした。
「あんたさぁ、何者なの?」
少年の黒い瞳が、探るように光った。そして、銃口をこちらに向ける。
デコッキングはしてないが、撃鉄を起こす操作さえ知らないのではないか。
マリアは黙ったまま、相手の出方を待つ。
「ふん、僕が分からないと思っているのか?」
撃鉄を上げる音がした。弾倉が回る。マリアは冷や汗が浮かぶのを感じた。
「残念ながら、火縄や火打ち式以外も撃ったところを見たよ。つい最近、あんたのお仲間がね。欲しかったのに、絶命直前海に投げ込まれた。よく訓練されてら。分からないのはこの銃の操作じゃない。作り方なんだ。その問題も、この実物をいただけば間もなく解消するけどね。――さて、女。その細身の剣を下に置いてもらおう」
少年に命じられて、マリアはすこし躊躇ったが、渋々サーベルを鞘ごと抜いて床に置いた。
「近くに来い」
マリアは無言で、警戒しながら少年に近づいた。
月光の中に、マリアの細身の姿がさらされる。
月明かりの中に夢のように浮かんだマリアの姿に、少年は息を呑んだ。
「なんと……」
それだけ言うと、マリアに手を伸ばした。
結わえていた髪留めをはずすと、プラチナの髪の毛が、光を振りまきながら彼女の肩に流れるように落ちた。
真っ青な瞳、透けそうな白い頬。
「これが帝国人か。人とは思えない……初めてまともに見た」
マリアは驚いた。海賊の十六、七の少年が、白い肌の人種を見たことが無い? これほど自由な海賊が、まるで――。
「おまえ、ルチニア人か? 海賊稼業を始めたばかりか?」
少年は身構えた。
「何故そう思うんだ?」
マリアは確信を強めた。
「海を駆け巡る無国籍の海賊が、外洋に出たことが無いとは――白人を見たことが無いとは思えない。国外への渡航が制限された、閉鎖的な国に居たと考えられるからだ」
そして、手に取っていた封書を彼に見せた。
「それに、おまえは公用語を読める。海賊にも公用語を話せる者は多く居るだろうが、読み書きできる者は稀だ。その点ルチニア人は、平民も含め男子全てに公用語の教育が義務付けられているそうではないか。平民でも識字率は高いと聞いた」
少年は、マリアの手から封書を奪い取った。
「読んだの?」
少年は銃口をマリアの胸に押し付けた。
思ったより大きなマリアの胸が、銃身をやんわりと押し返す。
少年はその感触を味わうように、一瞬目を閉じた。
そして魅せられたようにマリアに近づく。
「中身を読んだのか? と聞いたんだよ。応えろ女」
マリアは仕方なく頷いた。そして岸の方角に目を遣る。
「おまえの存在は未だに謎だが、あいつら海賊は私掠団だ。そうであろう?」
今度は少年が黙り込む。
「ルチニア王サフワ・ウル・ハーキムは、初めから帝国と手を結ぶ気など無かった。厳格な宗教国家の彼らにとっては、我々帝国人は旧教だろうが国教会であろうが、無神論者に等しい。国同士の公的な同盟など避けたいはず。しかし鎖国を続けていれば、国の発展は遅れる。それに、いつかは他の都市国家のように、我々が武力で交易を迫ってくる、と憂慮したのではないか? だから――どうにかして、技術だけ盗もうとした。近海の海賊に掠奪を奨励し、我ら帝国の誇る戦列艦を拿捕させて。違うか?」
少年はぽかんとしてマリアを見つめていたが、その顔がみるみるうちに輝いた。
「女のくせに、頭が回るな。帝国の女とは皆そうなのか? 肌を露出した売女どものくせに、教育をちゃんと受けてるんだな」
「あと、それだ」
興味津々な少年に、マリアは呆れたように言った。
「極端な女性差別。帝国や近隣の国々も、女の地位がそう高いわけではないが、ルチニアでは女に人権がまるで無い。家畜と同じように売り買いされ、奴隷同然に扱われていると聞く」
そこで言葉を切り、マリアはうつむいて自分の詰襟の軍服を見下ろした。
「これで露出なんて言うおまえは、ルチニア国籍の人間だ。あの国の女は、チャドルで全身を覆うことが義務付けられているからな」
少年は笑い出した。
「それは、戸籍のある一般の女だ。未婚の女はもちろんだが、既婚の女も夫以外の前では、肌も髪も隠していなければならない。奴隷とはまるきり違うよ」
そして突然笑うのをやめると、鋭い視線をマリアに注いだ。
「でもね、奴隷の身分に落ちた者たちの格好はすごいぞ? もし、おまえのような不信心な国の女がルチニアで奴隷になれば、裸同然で街中を引き回される」
銃身でマリアの顎を上向かせた。
透明感のある肌と、真っ青な瞳、そして小さめの唇は高貴さを感じるが、首筋に浮かぶ冷や汗に纏いついた白金髪や、きゅっと寄せた眉根は、たまらなく官能的だ。
少年はしげしげとマリアを見つめると、頬が触れそうなほど顔を近づけ、その耳に囁いた。
「おまえをルチニアに連れて帰って、僕の奴隷にするのもいい」
マリアは顔を背け、吐き捨てるようにいった。
「あっさりルチニア人と認めたか。あの国に生まれていれば飢える事は無かったろうに。なぜ海賊になどなった? しかも、あいつらを取りまとめているのはおまえだな? どこで訓練を受けた? ヘルツ中将の著書はどうやって手に入れた?」
まだ少年なのに、あれほどの海賊団を率いる力など無いはず。しかも、あんな無茶な戦いかたをさせるなんて……。
「その道に身を落とせば、二度と国には帰れないぞ」
マリアの質問攻めに、少年は真っ白な歯を見せニヤッと笑って見せた。
「特許状を海賊に渡すような国だよ? 神を恐れぬ者には、無法者をぶつける。それがサフワ王のお考えさ。我々海賊団は堂々とルチニアに入港できる」
「任務を失敗したおまえたちが、王に受け入れられるとでも?」
少年が凍りついた。
「戦列艦拿捕の失敗。それにより、かの国は穏便に帝国の技術を盗む方法を無くした。おまえたちは用済みだ」
「穏便には、な」
少年が不穏な言葉を吐いた。そしてそのまま、マリアの首筋に吸い付いた。
突然のことに驚いて、思い切り後ずさったため、背後の壁に頭をぶつける。
少年は細身だが、童顔のわりに背が高く、力も強かった。
短銃で脅されているのも忘れて、逃れようとしたマリアの両肩を、少年が思い切りつかむ。
腫れた肩に指が食い込み、マリアは悲鳴をあげていた。
少年はその苦痛に満ちた声を聞いて、手を放していた。
「負傷しているのか。あの爆発でか?」
マリアはそれには応えず、首筋を拭いながら顔をしかめる。
さぞ痣になっているに違いない。
「どういうつもりだ。私をどうする気だ?」
少年は手に持っていた短銃を見下ろすと、肩を竦めた。
「さてね」
今度はマリアの唇をじっとみつめる少年。その下半身は、すっかり固くなっていた。
マリアはそれに気づき、逃げ道を探すように周囲に目を走らせる。額に浮かんだ汗が、彼女の焦りを物語っている。
少年は苦笑した。
「僕の名前はナーフィウ」
突然自己紹介されて、マリアは首をかしげた。
「え?」
さらに、少年――ナーフィウは、マリアに銃とサーベルを返すと、刃物が届かない位置に下がった。
あっさり武器を手渡され、呆気にとられるマリアに、少年は言った。
「ここで撃てば、外の仲間が飛んで来る。変なマネはしない方がいいよ」
「なんのつもりだ?」
よけい警戒するマリアに、ナーフィウはいたずらっぽくほほ笑む。
「逃がしてやろうって言うんだ。借りがあるからね」
マリアは、『東風』の火薬庫でのことを思い出した。
「行けよ。女に情けをかけられたのは、僕にとっては屈辱だったんだけどね。でも、借りは借りだ」
マリアはナーフィウの黒曜石のような瞳を見つめ、その中に誠を見つけた。
マリアは小さく頷くと、来たときのように静かに船長室を抜け出した。
ナーフィウは滑らかな首筋の感触と、甘い女の匂い思い出し、ため息をついた。
兵士の訓練施設にずっと居たし、海賊の真似事もさせられてたし……実は女に近づいたのは久しぶりだった。
さて、もう一度彼女に会えるだろうか。
会えるといいな、とナーフィウは思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
小船で戻ってくるマリアを見つけ、ジョルジェは船の上でピョンピョン跳びながら大きく手を振った。
マリアがそれに気づき、オールを漕ぐ。
「遅いっ、遅いよあんた、何やってたんだよ!」
無事に回収することが出来たジョルジェは、自分が盗んだ小型の帆船にマリアを引っ張りあげると、開口一番にそう言った。
マリアは目を細めて、闇の中に浮かぶ幽霊船の影を振り返っただけで、特に何も言わなかった。
「まーいい、とにかく、この海賊船は出港準備が整ってた。食料も水も、酒もある程度積んである。海図室に、必要最低限の航海用具もそろってる。現在地さえ分かれば、ルチニアまで走行可能じゃねーかな」
マストを見上げたマリアの眉間に皺が寄った。
元来穏やかな海域で、本シケなど無いが、本当に二人でそこまでたどり着けるだろうか。
現実的ではない。どこか近くの港まで行ければいい方だろう。
「私とお前の二人では、操帆は完全には出来ないな。到着が計算よりは遅くなるだろう。それにもし、追っ手が来たら……」
「なーに、こんなボロ船一隻盗まれたくらいで、血眼になって探さねーだろ。それに海賊団は、治安警備艦隊が壊滅状態に追い込んだんだ。のんびり行こうや」
マリアは首筋を押さえて、不安そうに目を伏せた。
あの少年は、本当に追っ手を差し向けないのだろうか。
そもそも彼は何者なのか。
あんな若者が船長室に寝ていたことが、不思議でならなかった。
「夜のうちになるべくあの島から離れよう、手伝え」
マリアはそういうと、錨をあげるために索巻機に向かった。
船は順調に闇の中をすべっていった。
適度な夜風は、二人で張れるだけ張った帆をはらませ、緩やかに船を進ませている。
初めこそ測深機で慎重に測りながら、慣れない海域に緊張していた二人だが、岩礁が少ないことが分かると徐々に肩の力を抜いていった。
「大丈夫そうだな」
マリアはそう呟くと、すっかり曇ってしまった夜空を見上げ、砂時計をひっくり返して軽く息をつく。
高価な小型クロノメーターは海の藻屑。だが、出発点とする島の位置は分かったし、昔ながらの推測航法で進むしかない。
マリアは痛まない方の腕でログ(測定儀)を手繰り寄せ海図に線を引くと、汗だくのジョルジェを見つめた。
小型のキャラベル船とは言え、二人での帆走には限界がある。二人とも徐々に疲れていき、口数も減っていった。
やがて凪が訪れ、二人にはどうすることも出来なくなった。
こういう時は体を休めるしかない。
マリアが食料棚から乾パンを取ってくると、ジョルジェはラム酒の樽を探していた。やっと見つけると、栓を抜き、木製の椀に注ぐ。
「うえっ、水で薄めすぎだこれ。海賊ってのも存外しけてんなぁ」
ジョルジェの言葉に、マリアは別のカップを手にとって差し出した。ジョルジェが首をかしげる。
「噂じゃあんた、酔い止めの薬用酒しか飲まないって聞いたけど?」
マリアは微笑した。
「生身で海中を漂ったんだ。船酔いなんて治ったよ」
ジョルジェは、彼女の屈託無い笑顔に一瞬見とれた。
笑っていれば普通の女なのに。
いや、普通の女という形容は当てはまらない。
とてつもなく綺麗な女だ。
ジョルジェは目をそらした。見ていると、奇妙な気分になる。
おおよそ、粗野な海の男に似つかわしくない、ロマンチックな気分だ。バカか俺は。
ラム酒を渡し、代わりに乾パンを受け取ると、二人は黙々とそれらを口に運んだ。
なんとなく気まずい沈黙を、最初に打ち消したのは、マリアの方だった。
「おまえ、親は居るのか?」
「え? 何だよいきなり」
ジョルジェは乾パンの粉を吹いた。マリアは軍服にかけられた粉を払いながら、軽くジョルジェを睨む。
「言っていただろう? 軍を抜け出して傭兵にでもなろうか、と」
「冗談だよ冗談。まだ気にしてるのか?」
マリアはラム酒を呷ってから、不機嫌そうに応えた。
「冗談で言えることか。契約期間内に軍を脱走した兵は、本人はもちろん、その妻子、親まで死罪だ。知らないわけではないだろう?」
十五年前、皇帝が当時まだ弱かった議会を無視して法を変え、大騒ぎになった。
その頃から賢帝と呼ばれていたニコロスは、目に見えて変わっていった。
元々即位して間もない頃から、刑罰に関しては裁判の簡略化と、勅令権を行使した刑法の無視が目立っていた。
賢帝と言われる陰で、その極端なほどの効率主義、潔癖さから容赦のないところがあり、苛烈王と呼ぶものもあった。
それが、ちょうどマリアが五歳になった辺りから、皇帝の一存で全ての刑罰に大幅な改変がなされたのだ。
突然、木の椀がデッキの上に叩きつけられた。マリアがはっとなる。
「知ってるさ。そのとおり、知らないわけねーだろ」
憎悪があふれ出しそうな口調で、ジョルジェは吐き捨てた。
「俺の家族は、それで皆殺しにされたんだ」
マリアは青ざめ、ジョルジェの顔を無言で見つめた。
「あんたと同じで、俺は叔父の家に養子に出されていた。実の親と籍が違ったんだ。だから助かったんだよ」
彼は拳を握り締めた。
「俺はまだ叔父が――身内が居ただけマシな方だ。脱走兵だけじゃねえ。ニコロスのせいで、養成学校時代、周囲は何かしらの刑罰で親を失った孤児だらけだった。それもこれも全部おまえの親父が――」
「悪かった、嫌なことを思い出させた」
潤んだ目がジョルジェを見つめ、彼に怒りを忘れさせた。
この女の父親が、自分から家族を奪ったというのに。
ジョルジェはほっと息をつくと、雲の間から所々に覗きだした星々を見上げる。
「いや……あんたも皇帝の娘になんか生まれなきゃ、こんなに下のものから憎まれてなかったろうにな。しかもヴェルヘルム家に養女に出されて。よく考えたら、あんたが軍に入ったのだって、皇帝の命令だったんだろ? でなきゃこんな獣だらけの狼の巣に――」
「軍に入ったのは、私の意志だ」
ジョルジェは驚いてマリアを見つめた。マリアは毅然とした表情を崩していない。
「おまえどういうつもりで……」
遮るように立ち上がって、膝の乾パンのくずを払い落とすと、女司令官は船底に向かった。
「すこし寝る。交代で見張りをしよう」
ジョルジェはそう言い置いて遠ざかっていく、ほっそりとした背中を見つめながら考え込んだ。
その軍服の下、素肌には大きな傷がある。
これまで彼女の身の上に何があったのだろう。
それを知りたがっている自分が不思議でならかった。
応援ありがとうございます!
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