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第三章

パッチラという部族

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 ミンチは、嬉しくて飛び跳ねそうだった。

 いい種をもらった。これで妊娠すれば、一人前になれる。

 パッチラの若い世代では最強という自負があるが、ちょっと前まで子供だった彼女は、襲撃に参加したのはほんの数回程度。そして、まだ子を孕んだことがない。

 もしあの奇妙な人種の──だが美しい男だった──種が育てば、自分はすぐにでも酋長の一人になれるだろう。

 そして、次なる最強の戦士を育てることができる。

 子供ができなかったら、妊娠するまであの男のところに襲いに行ってやる。何度でも。

 だって、あんなに気持ちよかったの初めてだし。ああ、次はいつにしよう?

 そこでミンチは、ハタと凍りついた。

(あ、住処と名前聞き忘れた)



※ ※ ※ ※




「シャオリー、聞くまでも無いけれど、一体何だって黙ってついていったの?」

 リンファオは、やっと会えた娘に説教をしようとしていた。

 シマがゴロゴロとリンファオにまとわりついている。

 シャオリー含め、先に拐われていた砦の女たちは無事だった。

 今も怯えたように身を寄せ合って座っているが、特に拘束されているわけではない。

 食べ物をもらったり、概ね、丁重に扱われている。

 わざと捕まってみたリンファオも、武器を捨てられ、軽く脅されただけで乱暴にはされていない。

「お面の下、見た? 綺麗なお姉さんばかりだったよ」

 シャオリーはワクワクしている。うん、聞くまでもなかった……。

「でも女の人しかいないの。なんでかな」

 確かに……。連れてこられた場所は、やはり野営地と同じく森が少し開けた場所だ。ナシュカ族のような簡易テントティピーではなく、木の上にパッと見わからないような、小屋らしきものを作っている。

 寝るときは、あそこに入るのだろうか。

 ところどころに、粘土と石で作った蒸し窯のような物がある。

 モス島の土蜘蛛の里でも炭焼きを見たことがあるが、樹木の伐採に関して地元民からの苦情があり、ほとんど輸入に頼っていた。

 これだけ森が広いと、無尽蔵に炭が作れそうだ。


「オマエラ、〇◇※△☆ワレワレ〇×※と共に戦うアリマス」

 涼やかな声とともに近づいてきたのは、木彫りのでっかい面を付けた変な髪型の先住民だ。

 何人かで連れ立ってやってきたが、全員似たような格好をしている。

 ナシュカ族のキャンプを襲撃し、リンファオをここまで連れてきた者たち。

 三頭身の森の妖精みたいに見える。

「ここ女だけ。男☆※▽〇※◇皆、クソ。女だけでキャッキャする。楽しいアリマス」

 砦の女たちが困ったように顔を見合わせている。片言の公用語だが、なんとか意味は伝わった。

 どうやら、男が嫌いらしい。だから女だけ連れてきたのだ。仲間にするために。

 捕らえられた一人が、沈んだ顔で言い返す。

「確かに、一攫千金を夢見た主人の提案で、こんな辺境の地まで連れてこられました。勝手な夫です。でも家族を思ってのこと」

 多少強引な亭主だが、クソと言うほどではない。

「故郷では手工業者が仕事を失って、飢える寸前だったんです。彼なりに考えて移住することにしたの。ついてきたのは私の意思だわ」

 別の開拓者の妻も、頷く。

「うちも……囲い込みで農地を取られたの。ここに来るしか無かった。……そりゃあ夫は飲んだくれて浮気したり──」
「せっかく稼いでも賭博で有り金つかいはたしてきたり」
「結婚前は優しかったのに、釣った魚には餌をやらないとか」
「おい、飯、風呂、寝るって、会話それだけ? あたしは召使いじゃないのよ!」
「姑の味方ばかりして、マザコンかっての」

 確かにクソだな、と徐々に不満を吹き出してきた女たちに、木彫りの面が首をかしげる。

「オトコ、バカ。〇×※△☆横暴。〇×※△☆臭い。〇×※△☆いろいろ毛深い。チンポ〇×※△☆自分勝手、キライ」

 リンファオは首を振った。そんな男ばかりではない。

 ヘンリーは優しいし、エドワードだってあんなだけど、ちゃんとこちらの気持ちを汲んでくれる。

 ただ、研究に没頭すると何もかもそっちのけだし、娘一人守れないひ弱なオタク野郎で、ちょっと動いたくらいでギックリ腰とか、あんちきしょー、離婚してやる。

「チチンカは、本当に素敵な人ですわ」

 聞き覚えのある上品な声。ロクサーヌが立ち上がって異を唱える。

「あたくし、この新大陸に来て間もないですけれど、船上でずっと口説かれてました。やっと結婚に承諾して、式を挙げてから、他に妻が三人いるとか抜かされまして、そりゃあ拳を痛めるくらい、ぶん殴ってやりましたとも。だけど故郷の男性には無い平等さがあります」
「確かにそうだわ。私もナシュカ族の若者と結婚しました。私は帝国の亡命貴族です。船旅で夫を失って、私と子供二人きり、どうしたらよいか途方にくれていましたの。ですが、私の子供も自分の子と同じように愛してくれて、何よりも女性に対して差別的ではないわ。十一人妻がいるらしいけれど」

 そこはちょっと文句言っていいのでは? リンファオは、エドワードが十一人妻を持つのは許せない。預言者の使徒か! 一人じゃないと嫌。

 パッチラ族の女たちは次々にバカでかい面を外して、お互い目配せし合っている。艶々した赤茶色の肌の──見事に美女ぞろいだ。

「どうしても〇×※△☆イヤか? 我々、戦士不足〇×※△☆子宝恵まれず〇×※△☆部族滅びそう、戦士少ないアリマス。〇×※△☆女戦士なってください欲しい」

 白人の女たちは震えた。仲間にならなければ殺されるのだろうか。

 身構えるリンファオ。

「嫌だ、お前らの部族の戦士にはならない。戻る」

 リンファオが代表してきっぱり言った。

 女たちは目を固く閉じた。殺される。

「──では、戻ってイイ。〇×※△☆明日ワレワレ送っていく。さらってスマナカタ、サーセン」

 簡単だった! どれだけひどい目に遭わされるのかと思いきや。むしろ真摯に謝ってくれている。

「あとオマエたちの〇×※△☆夫、強姦したり色々〇×※△☆しゃぶったり〇×※△☆抜いたりしてスマナカタ、サーセン」

 そこは軽く謝りすぎだろ。

 エドワードはギックリ腰で良かった。使い物にならなかったから逆レイプされずに済んだのだ、きっと。

「シャオリー帰ろう」
「いや、あたしミンチ好き」
「ハンバーグならバイソンの肉でチチンカが作ってくれるよ」
「シャオリー」

 髪を解いたパッチラ族の女が、娘の名を呼びながらやってきた。リンファオが警戒する。

 今、野営地に戻ってきたばかりのようだ。

 他のパッチラは、髪の毛をキチキチに縛っているが、解くとこの女のように、惚れ惚れするほど美しいウェーブがかった髪なのだろうか。

 その女も木彫りの面を外した。

 これはまたすごい。リンファオは息を呑んだ。

 巫女や、このパッチラの集落の者たちに見慣れたはずのリンファオでも、思わず唸りたくなるほど美しい顔立ちをしている。

「ミンチ!」

 シャオリーが嬉しそうに叫ぶ。ああ、ひき肉のことじゃないのね。

「話、ミンチも聞いたデシ。年端もいかぬ子をさらうつもり無かた。オマエも他の女たちとカエレでし」

 先ほどの女たちより、ずっと聞き取りやすい公用語だ。

 彼女は、チラっとリンファオに目をやる。

「オマエ、この子の姉妹デシか?」
「……見えないかもしれないが母親だ」
「すっげ!」

 尊敬の目を向けられる。

 何がすごいのか分からない。たぶん、随分若くに産んだんだな、ってところだろう。そう言えば、男どころか年寄りや妊婦も見当たらない。

「おまえたちの部族には、若い女しかいないのか?」
「ハラボテ、ベビー、キッズたち、ミンナもっと安全なトコロ。乳母係が見ているデシ。我々、黒くする木探して、いつも移動する。連れてく足でまとい」
「おまえの母や祖母は? つまり、戦線離脱の者たちもそこか?」

 老人は一体どこだろう?

 ミンチは一生懸命リンファオの公用語を理解しようとしていた。

「母ラムは、これ、祖母ポークはコレ」

 両側に立っていた女が面を外した。

 ミンチにそっくりで、これまた美しい顔と体型をしているのだが……え、祖母??

「若っ!」

 ポークが首をかしげる。艶かしいツヤツヤの肌だ。下手したらミンチより若く見える。

 何よりも、その美しさ……。

 おおよそ、人の持つ美を超えているように思えた。

 このポークという女性は人種は違うのに、なぜか巫女長スイレンを思い出させた。

「ババァども、オマエらの言葉、シラナイ、コウヨウゴ、聞き取りはソコソコだけど話すはほとんどだめデシ」

 ミンチが片言ながら説明する。

(いや、ババアって……)

 こんな綺麗な婆さんいないだろっ。リンファオは嫌な予感がしていた。

「パッチラ族はタタカウ民族デシ。力に満ち溢れた年齢ずっと。力のピーク過ぎても、あまりシワクチャヨボヨボにならないデシ。みなナガイキ。だけど死ぬときは、いきなりチリになって消エル」

 まさかの土蜘蛛体質、新大陸にもいた!

 リンファオはゴクッと生唾を飲み込んだ。気功は使えるのだろうか。神落としは? あれ、でも巫女というより、戦士なのだが。

 リンファオの足元に、ポンッと土蜘蛛の面が投げられる。

「同じような面の、黒い服の男と会ったデシ。アレ、お前の兄弟デシか?」

 この面は……ロウコと戦ったのか?

「ま、まさか、倒したのか? ロウコを!?」

 元番人を倒すほどの部族がいるとは。新大陸は奥が深い……。

 ミンチは嬉しそうに頷いた。

「ああ、倒した──押し倒したデシ」

 えーと? リンファオは困惑顔だ。

「良かった。砦の男と分かった嬉しデシ。ロウコ言うデシね?」

 ミンチは微笑する。砦に行けば、彼がいる。

 シャオリーが隣でうっとりしているのが分かった。リンファオが肘で小突く。確かに綺麗だけどさ、一応敵なんだからね。

 ミンチはすぐに真顔になった。

「オマエ娘連れて帰るデシ。そして伝えろデシ。白人森壊す。ワレワレ、森を出て行くわけにはいかないデシ。荒野は別の部族の……えーと、ナワバリ。出て行かナイは、また犯すマス伝えろ」

 また? リンファオは目を見開いたまま、何も言えなかった。

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