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愛する人

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 愛が返って来なくても、それで当然と思えるのが、自分の子供なんだと知った。無償の愛ってやつだ。

 たぶん愛梨珠の母は、母親になりきれていなかったのだろう。母性というものが無かったのかな。

 夕飯の買い物を済ませてから、長屋の一室のカギを開ける。

 ガランとした部屋を見て、息をついた。

「さて、遅くなっちゃった」

 急いで黒くなった手と顔を洗った。

 それから休む間もなく鍋にバターを入れ、野菜と鶏肉を炒めた。

 この長屋は建てられたばかりで、設備も新しいんだよね。魔鉱石エネルギーコンロの火力は、調節できて使いやすい。

 住人は魔鉱石の削りカスを無料で使えるし、至れり尽くせりだった。

 小麦粉とミルクを入れた段階で、ドアノッカーが鳴った。

 一旦火を消し、扉を開けに行く。

「今日はギリギリだったわ」

 私はそう言って、汗を拭うふりをした。

 近所の老夫婦がリアカーに乗せた子供たちの中から、一人を降ろしてくれた。

 息子のフィルマンだ。五歳になる。

 老夫婦は引退した鉱夫と作業員なんだけど、鉱山労働者の子供たちを預かってくれるから、すごく助かっていた。

 私は謝礼を渡すと、フィルマンを抱き上げる。

 女の子みたいな綺麗な顔に、生意気そうな表情。そして、鮮やかな黄緑の瞳。

 パパそっくり。

「アリスさん、もう金はあるんだから、その子の学校をそろそろ決めたらどうだい? 学園の初等科は来年から入れるんだろう?」

 預り所の老婆に不思議そうに尋ねられた。魔力保持者なのが、一目で分かるからだろう。

 混血児は、訓練を受けさせれば魔法が使えるようになるかもしれないからだ。

 魔力量が一定量を超え、使えるようになっている事と、父親の特定ができれば、成人後、爵位を貰えることもある。

「うーん、そうだねぇ。でも、鉱山を変えるならともかく、このままなら、寮に入れることになるでしょ?」

 平民を受け入れていて、かつ魔法の実技を教えてくれる私立学園がある都市は、限られている。だいたいは、ここからでは通いにくい大都市だ。

 こんな小さいうちから離れたくない。

「ああそうか、離れるのは淋しいもんな」

 爺がカッカッカッと相好を崩す。

「だったらこの街の学校で充分だな。魔法なんてこのご時世、役に立たんし」

 新しく見つかった魔鉱石の鉱床は、結界を維持するに十分な埋蔵量だった。もう魔力の献血と呼ばれる、簡易蓄魔力保管システムも要らないくらい。

「そうねぇ……」

 私が編入した私立学園は、設備も校風も制服もすごく良かった。入れるなら魔法云々関係なく、王都の学園に入れたいけどな。

 学長の顔を思い出し、唇が緩む。懐かしいな。

 でも、今王都に引っ越すのは難しいよね。

 見つかったばかりの鉱床だ。鉱夫も研磨師も足りていない。

 今の鉱山は、戦地となった辺境伯領にある。王都からでは、列車と馬車を何度も乗り継ぐくらい遠いから、もちろん通えないし……。

 私は苦笑した。

 何が子供を育てられないだよ。すっかり子離れできない親バカになっちゃった。

 どうしても、あの人との絆が欲しくて産んじゃったけど、私、大丈夫だった。虐待どころか、世界一息子を愛している。

 私は、パパそっくりのフィルマンのほっぺにチューした。すると、

「やめろ、ぶすっ」

 と、照れたように言われた。遺伝ってこわっ。

「今後どうするかは、ここの鉱山が落ち着いたらだね」

 そう言って適当に結論を濁すと、老夫婦を見送った。

 リアカーの友達にいつまでも手を振る息子の手を引いて、家の中に入ろうとする。

 夕飯作らなきゃ。

 ふと、息子が背後を振り返った。近所の友達でも居たのかな? と私も振り返る。

 通りの向こうに立ち尽くしている男が、目に入った。

 身なりのいい、貴公子だ。

「う……そ」

 私は急いで扉を閉めようとした。

 扉は、風に煽られたように大きく開かれる。

 ひぃい閉まらん!

 通りを大股で横切ってやってきたのは、見間違えようもない。

 前よりさらに大人びた顔。鋭い目を光らせた、フィルマンの父親だった。
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