48 / 57
愛する人
しおりを挟む愛が返って来なくても、それで当然と思えるのが、自分の子供なんだと知った。無償の愛ってやつだ。
たぶん愛梨珠の母は、母親になりきれていなかったのだろう。母性というものが無かったのかな。
夕飯の買い物を済ませてから、長屋の一室のカギを開ける。
ガランとした部屋を見て、息をついた。
「さて、遅くなっちゃった」
急いで黒くなった手と顔を洗った。
それから休む間もなく鍋にバターを入れ、野菜と鶏肉を炒めた。
この長屋は建てられたばかりで、設備も新しいんだよね。魔鉱石エネルギーコンロの火力は、調節できて使いやすい。
住人は魔鉱石の削りカスを無料で使えるし、至れり尽くせりだった。
小麦粉とミルクを入れた段階で、ドアノッカーが鳴った。
一旦火を消し、扉を開けに行く。
「今日はギリギリだったわ」
私はそう言って、汗を拭うふりをした。
近所の老夫婦がリアカーに乗せた子供たちの中から、一人を降ろしてくれた。
息子のフィルマンだ。五歳になる。
老夫婦は引退した鉱夫と作業員なんだけど、鉱山労働者の子供たちを預かってくれるから、すごく助かっていた。
私は謝礼を渡すと、フィルマンを抱き上げる。
女の子みたいな綺麗な顔に、生意気そうな表情。そして、鮮やかな黄緑の瞳。
パパそっくり。
「アリスさん、もう金はあるんだから、その子の学校をそろそろ決めたらどうだい? 学園の初等科は来年から入れるんだろう?」
預り所の老婆に不思議そうに尋ねられた。魔力保持者なのが、一目で分かるからだろう。
混血児は、訓練を受けさせれば魔法が使えるようになるかもしれないからだ。
魔力量が一定量を超え、使えるようになっている事と、父親の特定ができれば、成人後、爵位を貰えることもある。
「うーん、そうだねぇ。でも、鉱山を変えるならともかく、このままなら、寮に入れることになるでしょ?」
平民を受け入れていて、かつ魔法の実技を教えてくれる私立学園がある都市は、限られている。だいたいは、ここからでは通いにくい大都市だ。
こんな小さいうちから離れたくない。
「ああそうか、離れるのは淋しいもんな」
爺がカッカッカッと相好を崩す。
「だったらこの街の学校で充分だな。魔法なんてこのご時世、役に立たんし」
新しく見つかった魔鉱石の鉱床は、結界を維持するに十分な埋蔵量だった。もう魔力の献血と呼ばれる、簡易蓄魔力保管システムも要らないくらい。
「そうねぇ……」
私が編入した私立学園は、設備も校風も制服もすごく良かった。入れるなら魔法云々関係なく、王都の学園に入れたいけどな。
学長の顔を思い出し、唇が緩む。懐かしいな。
でも、今王都に引っ越すのは難しいよね。
見つかったばかりの鉱床だ。鉱夫も研磨師も足りていない。
今の鉱山は、戦地となった辺境伯領にある。王都からでは、列車と馬車を何度も乗り継ぐくらい遠いから、もちろん通えないし……。
私は苦笑した。
何が子供を育てられないだよ。すっかり子離れできない親バカになっちゃった。
どうしても、あの人との絆が欲しくて産んじゃったけど、私、大丈夫だった。虐待どころか、世界一息子を愛している。
私は、パパそっくりのフィルマンのほっぺにチューした。すると、
「やめろ、ぶすっ」
と、照れたように言われた。遺伝ってこわっ。
「今後どうするかは、ここの鉱山が落ち着いたらだね」
そう言って適当に結論を濁すと、老夫婦を見送った。
リアカーの友達にいつまでも手を振る息子の手を引いて、家の中に入ろうとする。
夕飯作らなきゃ。
ふと、息子が背後を振り返った。近所の友達でも居たのかな? と私も振り返る。
通りの向こうに立ち尽くしている男が、目に入った。
身なりのいい、貴公子だ。
「う……そ」
私は急いで扉を閉めようとした。
扉は、風に煽られたように大きく開かれる。
ひぃい閉まらん!
通りを大股で横切ってやってきたのは、見間違えようもない。
前よりさらに大人びた顔。鋭い目を光らせた、フィルマンの父親だった。
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
転生令嬢と王子の恋人
ねーさん
恋愛
ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件
って、どこのラノベのタイトルなの!?
第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。
麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?
もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
悪役令嬢はオッサンフェチ。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
侯爵令嬢であるクラリッサは、よく読んでいた小説で悪役令嬢であった前世を突然思い出す。
何故自分がクラリッサになったかどうかは今はどうでも良い。
ただ婚約者であるキース王子は、いわゆる細身の優男系美男子であり、万人受けするかも知れないが正直自分の好みではない。
ヒロイン的立場である伯爵令嬢アンナリリーが王子と結ばれるため、私がいじめて婚約破棄されるのは全く問題もないのだが、意地悪するのも気分が悪いし、家から追い出されるのは困るのだ。
だって私が好きなのは執事のヒューバートなのだから。
それならさっさと婚約破棄して貰おう、どうせ二人が結ばれるなら、揉め事もなく王子がバカを晒すこともなく、早い方が良いものね。私はヒューバートを落とすことに全力を尽くせるし。
……というところから始まるラブコメです。
悪役令嬢といいつつも小説の設定だけで、計算高いですが悪さもしませんしざまあもありません。単にオッサン好きな令嬢が、防御力高めなマッチョ系執事を落とすためにあれこれ頑張るというシンプルなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる