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うさぎの目とお使い

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 家政婦長が私の顔を見てぎょっとなる。

「なんなのアリス、その目は? 真っ赤じゃないの」
「ああ、寝不足なんですー」

 私はそう言って、ふてぶてしく笑って見せた。

 書斎を出たあと、涙が止まらなくなった。

 ユベール君に言われたことが、悲しかったわけではない。

 お金を貰ってでも、彼に抱いて欲しかった自分が情けなくて、嗚咽が止まらなかった。

 変わってない。

 愛梨珠から進歩していない。ちょろくて、安っぽい女のまま。

 ユベール君はハルくんとは違う。なのに私の意識は前と同じで、一方的に好きになり、体を捧げて愛されようとしてしまう、チョロい女のままだった。

 ううん、体だけじゃない、全てを捧げ尽くしたくなるんだ。

 男の人は、そういう女を大事にしない。

 分かってるんだけど、そういう女は懲りないんだね。

 ひとしきり隠れて泣いてから、家政婦長に呼ばれていたことを思い出し、今に至る。

「寝不足って腫れ方じゃないでしょう? せっかくお使いを頼もうと思っていたのに。まるで私がいじめているみたいじゃないの」

 私はボリボリと頭を──フリルの付いたカチューシャの後ろをかきむしった。

「いやー……まあ大丈夫っすよ、買い出し」
「そう? じゃあ、チュール通りのマルシェは夕方までやってるから。……お使いは野菜だけだし、屋台で何か食べてきたらいいわ」

 家政婦長がそっけなく気遣ってくれた。そんなに悲壮な顔してるかしら?



※ ※ ※ ※


 チュール通りは混んでいた。

 野菜を売っているワンチュール小路から荷物を抱えて出ると、人混みに逆らうようにニャンチュール広場に向かう。

 露店で作ったものを食べるための、テーブルと椅子が並んでいた。

 各領地の名物料理がずらりと並ぶ、巨大な屋台広場だ。

 綿あめや伸びるアイスなど視覚的にも楽しくて、子供の頃の私は店先に張り付いていたっけ。

 もちろん、口には入らなかった。施設育ちには小遣いなんて無いもんね。目と鼻で楽しむエア屋台だ。

 今にも盗んで逃げそうなガキを店先から追い出すのに、店主は苦労していたっけ。



「何食べようかな」

 学園時代は奨学金が出ていたとは言え、食堂のランチも敷居が高かった。

 色んな男子生徒からランチ券を色仕掛けで譲ってもらい、フルコースに舌鼓を打った。初めてあんな美味しい物を食べた。

 一番の好物は、食用カエルのカツレツ。

 カエルは、私が捨てられたばかりで、わけも分からず路地裏をさまよっていた頃の、唯一のタンパク源。

 カエルの種類は、私が捕まえて食べていた物とは異なり高級食材だった。でも、幼児期の自分を思い出し、涙が出そうだった。

 ……。

 そういや、わくわくしながら食べようとしたら、悪役令嬢がフォークをぶっ刺して横取りした時があったわね。

 食べ物の恨み、どうしてくれようと思ったわ。

 なんとなく屋台を流し見しながら、ブラブラ歩いていると、ドンッと通行人と肩がぶつかる。

 よそ見していたのは自分なのに、いつもの癖で肩を押さえた。

「ちょっと、わたしのヤワな肩が外れたわよ!」

 キッ、と振り返ると、目が潰れた。

 青銀色の髪に紫の瞳が、私の網膜を焼く。

「カハッ! 目がっ……目があぁぁ」

 眩しい。なんなのこいつ、ミラーボール!?

「あら? あなた、同じクラスの──」

 後光の中から現れたのは、特待生クラスのクラス長、元悪役令嬢だった。

「お名前は忘れましたけど……平民の方よね?」

 忘れたのかよ!

「あんたの結婚式の余興で、一役買ってやったでしょうよ!」

 あまりに失礼だからそう喚いていた。元悪役令嬢の目がつり上がる。

「思い出しましたわ! アリス・ローズモンドさんね!」

 言ってから、ハッと背後を振り返る元悪役令嬢。その向こうには、乳母車を押したボサ眼鏡が居た。
 

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