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魔の手を逃れた俺(ユベール視点)

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 結果的に凄く助かった。

 俺は何事も無かったように、呆然としている彼らの輪から抜け出し、アリスを追った。

 目ざとい独身令嬢が彼らに群がっていくのを横目に、俺自身はサラリと躱しながら、大広間を出る。

 人いきれから逃れ廊下に出ると、ひんやりした空気が心地よい。

 あのまま飲まされていたら、前後不覚に陥っていた。

 介抱するふりをされ、部屋に連れ込まれたら……。

 今度ばかりはアリスのめちゃくちゃな行動に助けられた! アリス、ボーナスだ!

 執事に連れていかれたアリスは、今頃こっぴどく叱られているだろう。助けてやらないと。

 使用人部屋に上がっていくと、執事とばったり出くわした。

「解雇しましたよ」
「え?」

 早っ!

「どういうご関係か分かりませんが」

 睨まれた。

 そうか、使用人の雇用と管理は執事と家政婦長の仕事だからな。

 俺が紹介状もない女をゴリ推しで雇わせたから、そういう関係にあると疑ってるんだな。

「そんなんじゃない。学生時代の知り合いだよ」
「今日の粗相は相手が相手ですから。坊っちゃまだけじゃなく、旦那様にも迷惑がかかります」

 うーん。まあ、あいつのことだから、彼にも家政婦長にも、今まで散々迷惑かけてきたんだろう。

「パーティーで働くなんて初めてだろ? はしゃいじゃったんだよ」
「賓客から飲み物を横取りしますか!?」
「喉が乾いたんだろ?」
「坊っちゃま!」

 ますます関係を疑われそうだ。

「とにかくちょっと待ってくれよ」

 俺はそう言って保留にさせた。

 屋根裏のメイドの部屋に行くと、声をかける。

「おい、アリス居るか?」

 物音一つしない。荷造りしているわけでもなさそうだし……。

 カタッと音がした。一階下の、子供部屋だったところだ。さっき通り過ぎた時は、シンとしていたけどな。

 俺は階段を降りると耳を澄ませた。

「おい、アリス?」

 扉を開けようとすると──。

「入らないで!」

 切羽詰まった声が聞こえて、俺はビクッとなる。

「なんだよ。居たのか」

 俺はニヤッとなる。もしかして、執事に怒られて泣いてんのか? あのふてぶてしいアリスが?

 まあ、紹介状も書くものかって形相だったからな。

「大丈夫だよ。なんのことか分からないだろうけど、俺さっき助かったんだ。だから紹介状は渡すよ」

 解雇取り消しはできないかもな。当主はそもそも親父だし、執事の機嫌を損ねすぎたら、アリスもやりづらいだろう。

「でもなんであんなことしたんだ? 招待客の飲み物をかっ食らうだなんて、よっぽど喉乾いてたのか?」

 つい手が出ちゃうとしたら、給仕の仕事は向いてないな。つまみ食いどころじゃなくなりそう。

 ケーキじゃなくて酒ってのは、アリスらしいのかな。

 すすり泣く息遣いが聞こえた。

 泣いてやがるよ。反省してんのか? 殊勝なとこあるじゃん。

 俺はニヤニヤが止まらない。あの嘘つきアリスのマジ泣きなんて、めったに見られないだろう。

 見たいな。

 俺は扉を開けた。

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