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第六章

アカリア人の悲劇

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 屋敷に国教会騎士団の男たちがなだれ込んできた時、サルヴァトーレは部屋で呆然と立ちすくんでいた。

 床の上には、アカリア人奴隷が鎖で繋がれている。

 二人とも身動きとれず、さらに尻に異物を挿入されてもがいている。よく見ると、ティーテーブルのフルーツ籠にあった、バナナだ。

 まんまと、カティラに逃げられたのである。


「オルセーヌ伯、我々を裏切る気か?」

 リガルド・マルコスはあちこちに血をつけ、憤怒の形相だった。

「裏切る?」

 サルヴァトーレが首をかしげる。

 それを見て、ますます激怒したリガルドが詰め寄る。

「とぼけても無駄だ。殺し屋を雇ったろう? 我々の希望の星がっ、皇帝の血を持つあの方が死んでしまった!」
「知りませんよ」

 まあ、知らないというより、どうでもいいが正解だが。

 リガルドが手をあげると、国教会騎士団の男たちが銃口を向ける。

 サルヴァトーレは面倒くさそうにのんびりと動いて、体の向きを変えた。

 一歩下がると見せかけ、足元のペダルを踏み込む。

 カチっと音がして、騎士たちの居た床が抜ける。

 悲鳴と共に、騎士団の男たちは二十メートルはある、奈落へと消えていった。

 即死は間違いないだろうが、何の感慨も浮かばなかった。

(ああ、探さなければ)

 せっかく捕まえた愛しい人が、逃げてしまう。

 サルヴァトーレはフラフラと部屋を出て行った。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 その音は、よく晴れた空に吸い込まれることもなく、空気を震わせて二人の元まで響いてきた。

「大砲だ」

 アーヴァインは、ボロボロの女を抱き上げてから崖に立つ。

 やっと海が見渡せる場所にたどり着けた。

 邪魔なロープを木にしっかりと縛り付けようとしたが、途中で思い直して止めた。

 どうせ俺からは逃げられない。

 チラリとマリアを見る。

 目が合うと、辛そうに顔を伏せた。

 格下の者に犯され、よがり声を上げさせられたのだ。

 さぞ屈辱を感じていることだろう。

 なのになんで、あんな目で俺を見るんだ……。あんな、俺に惚れているかのような目で。

 この女は、理解の範疇を超えている。

 アーヴァインは彼女をそのままにして、するすると慣れた者のように木に登った。

 目を凝らすと、艦隊と艦隊が単縦陣で並走しながら撃ち合っているのが見えた。

 片方の艦隊は新しい共和制アリビアの旗を掲げている。

「治安警備艦隊かっ!?」

 こんなに早く来れたということは、水軍省本部の判断で、既に出港していたのだろう。

 でかした!

 興奮して身を乗り出したその時、ぐらり、と足場が揺れた。

 リザラテアの木が、わずかに動いたのだ。

 アーヴァインの身体がふわっと浮いたかと思うと、真っ逆さまに落ちた。

 なんとか受身を取るが、そこは断崖の縁で、ほぼ直角の崖から下に滑り落ちそうになる。

(うそだろ?)

 岩の欠片が剥がれ、足がずずっと滑る。

 俺としたことが!

 そう舌打ちして観念した時、彼のごつい腕を白く細い両手が掴んだ。

 マリアが必死の形相で、彼の腕に飛びついたのだ。

 肩の傷口が開き、マリアは悲鳴を堪えた。

 滴り落ちる血が、アーヴァインを掴む手を滑らせる。

「おまえ……」

(だめっ、すべる!)

 マリアは絶望しそうになった。その負担が、ふっと軽くなる。

 アーヴァインは、屈辱で顔を青くしながらよじ登ってきた。

 危うく落ちそうになったが、すぐに崖から突き出た木の根にブーツから抜いたナイフを刺し、なんとか体を這い上がらせのだ。

 安堵のあまり、放心状態になっているマリアの肩を掴んで、揺さぶる。

「なんで俺を助けた?」

 ロープは放してある。

 もしアーヴァインが死ねば、マリアは逃げられたのに。

「何の慈悲だ? 俺を助けてどうしようって魂胆だ?  延命か?」

 マリアは苦痛に顔を歪めた後──そのまま崩れ落ちた。

 青ざめた顔で意識を手放した皇女を見つめ、何かがアーヴァインの記憶を刺激した。

 ずっと引っかかっていた何か。

 背中の傷。

 それは稲妻が走ったかのようにアーヴァインの脳裏を刺激し、目の前の霧を晴らさせた。

 それから、呆然となって座り込む。

 既視感をずっと持っていた。

 肩の銃創。

 俺を庇って、撃たれた女がいなかったか?

 この女と同じ体型の、同じ匂いの、同じ味の……。

「マ……マリリン?」

 彼はそこまで馬鹿では無かった。

 そんなわけがないと、可能性を頭から締め出していたのかもしれない。無意識に、拒否していたのだ。マリアが、マリリンであることを。

 しかし、一度気づいてしまうともう、そうとしか思えなかった。

 あの甘い匂いで何で気づかない!?

 脳が誤魔化しきれないほど、確信してしまったのだ。

 この女がマリリンだ。

「バカヤロー!」

 アーヴァインは叫ぶと、マリアを抱き起こした。


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