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第四章
サルヴァトーレ
しおりを挟む失敗したことをリガルド・マルコスは特に怒らなかった。
彼にとって軍人は虫けらのような存在だ。
今生きていたとして、皇帝が国を取り戻せば簡単に潰せる存在。
バルタサールはちらりと主人の顔色を伺う。
「次は必ず仕留めます」
「急がずとも良い」
リガルドは黒い石を運び出す鉱夫たちを、満足そうに眺めながら応じる。この島は掘り出し物だった。
新総督は掴みどころがなく、何を考えているのか分からないところがあるが。
「生きていようが死んでようが、取るに足らぬ存在だ。わずかな間、帝位を預けている組織の使い走り」
そしてどこか遠くを見つめるような目で、うわ言のように呟く。
「玉座とは神が与えるもの。そこに座れるのは建国者の一族のみ」
リガルドは、自然の空洞を利用して作った、ジュリオ・ガストーネ専用の部屋の方に目をやる。
「殿下は、まだあの者とお戯れですか?」
バルタサールは呆れた。もう何時間もぶっ続けて行為に及んでいる。よほどあの少女が気に入ったようだ。
「少女たち貢物に関しても、この地を選んだ甲斐が有るというもの」
毎年、オルセーヌ伯が飼っている化け物のために、処女をこの迷宮に呼んでいたという。祭りの期間だけ、決まった時間に毎晩祈りに来させる。あの化け物はそれを暗闇から見守り、耽溺するらしい。
前回の祭りで、レグザロスの化け物は少女たちを帰すことを嫌がり、大暴れした。なぜか化け物に甘いオルセーヌ伯爵は、次の祭りまで留め置くことにしたという。
ならばその者たちに、ジュリオ・ガストーネ性欲処理もしてもらおうと考えたのだ。
決起までまだ準備がいる。何もせずに待つのは辛いものだ。しかし、安易に娼婦を呼び込んでは、居場所がどこに漏れるか分からない。
ジュリオ·ガストーネの処女好き──本当に生娘かどうかは分からないが──には実に都合が良かった。ただし、おこぼれに預かる兵士たちには、不慣れな処女は不評だった。
確か暗殺されたガストーネ家の父親も、美少女愛好家だったと聞いたことがある。好みは血筋で遺伝するのだろうか。
どちらにしろ、女はすぐに用済みだ。
もうすぐ志士らは解き放たれる。神の定めし血筋の、復権をめざして。
※ ※ ※ ※
一方、噂されている当のなんちゃって皇帝は、美しい少女の体を貪りくらっていた。
細い体をいたぶる様に蹂躙し、恍惚となっている。
「娘、もっとよがり狂え」
叫びながら白い尻を掴み、持ち上げる。小ぶりな尻は手に吸い付くようにしっとりしている。
金の筋の入った髪に縁取られた、美しい顔を見ながら、その小柄な身体をいっきに下に落とし、桜色の秘裂に怒張したモノを埋め込んだ。
処女好きのくせに、処女であることを考慮しない、乱暴な扱いだった。
(この娘は最高だ)
絡み付く肉襞に愕然とする。そのあまりの締め付け具合にすぐ達しそうになり、白目を剥いて喚き散らす。
「海神よ、我に降りよ!!」
そして、激しく腰を振りだした。少女がのけぞって嬌声をあげる。
形のよい乳房が、跳ねる、弾む。少女を抉るたびに、いやらしい水音がひんやりした洞窟の空洞に反響し、彼をよけい興奮させた。
「この穢れなき処女を捧げます!!」
もし部下がその現場を見たら、腰を抜かしていただろう。明らかに一人でよがり狂っているのだから。
ジュリオ・ガストーネに幻をあてがった土蜘蛛の少女は、地下迷宮をひたすら歩きながら、はぐれてしまった少女たちを探していた。
そして先に彼女たちが見たものと、同じ光景を目にすることになる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
寝物語に全てを話してくれるとは思えない。だいたい何を訊けと? 彼は奴隷から、本来の立場に戻っただけ。カティラはすっかり変わってしまった幼馴染を、憂鬱な気分で見つめた。
あの狩人のような軍人から遠ざけてやる代わりに、スパイのようなものを命じられてしまった。サルヴァトーレと、潜伏していると思われる皇帝崇拝者との関係。
サヴィはそんなことに関係してない。だって、ロンドゴメル公国やレトローシアを滅ぼしたのは、ほかならぬ帝政アリビアだもの。それを助けるようなことは、この人はしないわ。
……体を使ってでも調べろ、と鬼のようなことを言ってきたあの軍人。
分かってない。
サヴィが彼らと手を結ぶとしたら、それは私のために、レトローシアを取り戻したいだけ。
──それに思いついたとたん、ゾクッとした。
本当なら高貴な身分の彼が、カティラと一緒に性奴隷になる必要なんて無かった。だけど彼はわざと名乗りを上げなかった。
自分がロンドゴメル大公家の人間であることを。
もう十四歳になっていた彼は、明らかにカティラに欲情していた。
だから、カティラの傍を離れなかったのだ。
その執着が、少し怖かった。
※ ※ ※ ※
「昔話をしようと思って」
カティラは恥ずかしそうに目を伏せた。サルヴァトーレはじっとカティラの顔を見つめ、それから長椅子を勧めた。
「総督のモンテール・ファーガソンには息子がいたわ。どうして彼じゃなくて、養子になりかわった貴方が次の総督に?」
サルヴァトーレはいかにも高級そうなグラスに、琥珀の液体を注いでカティラに渡す。二人とも子供の頃から酒が好きで、ファーガソンの奴隷になる前は、一緒に厨房に忍び込んで隠れ酒をしたものだ。
「死んだ、と帝国軍人には話しましたがね。じつは、嫡男ステファノス・ファーガソンは知能が遅れていた」
カティラは驚いて目を見開いた。
確かに身体が大きく愚鈍な印象があった。だが当時は、ただのんびりとしていて、ゆっくり話す少年なのだと思っていた。
動物好きで、父親と違って奴隷達に優しくしてくれたのを覚えている。特にカティラに……。
「利害の一致ですよ。嫡男が知恵遅れじゃ、この植民地は次の代で返還するしかない。せっかくの総督の地位が……。そこで、養子を欲しくなる。娘二人は早くに本土へ嫁がせてしまったし。オルセーヌ伯の息子なら、元はロンドゴメル大公家。卑しい血筋ではない。母親はレトローシア出身だし、私自身も、この島で育ったようなものだ。レトローシアの民も、御し易い」
サルヴァトーレは一息つくために、琥珀の液体をちびりと飲みこむ。
「あとはまあ、脅しです。私を性奴隷にしていたことをばらされたくなければ、ってやつですね。実際、総督府で保護してもらっていたことにしました。戦争のショックで、記憶を失っていたと、そんな理由をつけてね」
サルヴァトーレは思い出すように目を細めた。
「じっさい、モンテール・ファーガソンはあの海賊の男に半殺しにされて、しばらく生死をさ迷っていた。弱った身に付け込むのは簡単だったよ」
「でも、あなたを奴隷にして、ひどいことをたくさんしたわ。友好な関係を保てると本気で思ったの? あのサディストは」
吐き捨てるように言うと、サルヴァトーレは空になったカティラのグラスに気づき、また酒を注いだ。
「私が──僕が、そういう趣味だとでも思っていたんじゃないの?」
サルヴァトーレは拳を握り締めた。
「僕は、彼のやることに喜んでみせたからね。お気に入りになるために。絶対に僕を、この島の後継者に指定させるために」
「なぜそこまで!?」
「……僕は、欲張りなんだ」
どういう意味か聞き返そうとしたとき、めまいを感じた。長椅子の手摺に手をつく。
サルヴァトーレは冷たい目でそれを見ていた。
「サヴィ?」
「どうして僕を置いていったの?」
彼の声が頭の中でぐるぐると回る。まずい、なにか盛られた。
「何を……言って……いるの?」
「君が海賊について行ったあと、僕がどれほど君に焦がれたか。気が狂いそうだった」
幼馴染の顔が幼少時のそれと重なる。押しつぶされそうなほど、不安で孤独な子供。
「だけど戻ってきてくれたんだね。僕の腕の中に」
残酷な表情に変わったサルヴァトーレの声には、憎しみと欲望が溢れていた。
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