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第四章
チーム美少女+一人ビッチ
しおりを挟む地上で爆弾騒ぎがあったことなどつゆ知らず、処女二人と自称処女一人は、怯えながら迎えのものが来るのを待った。
「もうすぐ夜が明けるわ。朝にならないと迎えにこないのかしら」
ジェシカは薄暗い地下遺跡の中を見渡しながら、最年長の女にしがみつく。
アンリエッタは苛々していた。
祭壇らしきものはボロボロだし、クッション一つ置いてないので膝やお尻が痛い。
「あ~ん、もう。いつになったらここから出られるのよぉ。いったいいつまで待たせるの~!? 貴重なあたしの時間が台無しだわぁ。今頃お屋敷では、乱交パーティが繰り広げられているのにぃ」
「それどころじゃないじゃないですか。私たち、化け物の生贄にされるかもしれないんですよ?」
ファトマは地下からたまに聞こえてくる、唸り声のような音に気を取られていた。
すごく嫌な感じだ。
吊り下げられたカンテラの油は今にも切れそう。
そして、なんとなくだけど、あの唸るような風の音──なんか、近づいてきてない?
それによく聞くと、やはり風の音とは思えない。
しかしアンリエッタは、怯えた二人の娘を見て鼻を鳴らした。
「あなたたちねぇ、迷信だって言ってるじゃない。世の中で一番怖いのは~、飢えと渇きと梅毒、そして男がいないことよぉん?」
えらそうにしゃべっているアンリエッタの後ろで、石の床がゴトッと動き、滑るように動いた。
ジェシカとファトマは震え上がって抱きつく。
アンリエッタは二人の様子に気がついて、やっと背後を振り返った。
のそり、と暗闇の中から巨大な手が出てきた。
続いて、巨大な頭。
「ううう、うそ」
「ば、ばけ、ばけ、おばけ」
「たたた、た、食べられるぅうううう」
三人はいっせいに悲鳴を上げた。
瞬間、カンテラの灯りが消えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──ピチャン
水滴音。雨漏り?
ジェシカは目を開けた。ひんやりしている。
真っ暗で、肌寒くて目が覚めた。腕に鳥肌がたっている。
(ここどこ?)
恐怖で喉が締め付けられそうになる。
(そうだ、ファトマとアンリエッタさんは?)
真の闇に近いので、冷たい床を手探りで進む。
温かく柔らかい物体に触れた。
「起きて、アンリエッタさん、ファトマ。えーと、どっちがどっちだろう」
胸のデカい方がアンリエッタだと思うのだけど……。
「ああんっ、そこっ、もっと揉んでぇぇ」
「確実にこっちがアンリエッタさんね」
ジェシカは肉塊をぶっ叩いて起こした。
三人ともはっきりと目を覚まし、さらにハッと思い出した。
(あの化け物は?)
あれを思い出しただけで、周囲の闇が倍以上深くなったように感じた。
「待って、音が聞こえるわ」
ファトマが指摘した。
カチャカチャという金属のぶつかるような音。鍵? その後に、ガチャンと、ひときわ大きな音が聞こえ、光りが入り込んだ。
三人とも眩しさに目がくらむ。
「三人か、少ねーな」
人間の男の声に、三人ともきょとんとする。どうやら化け物じゃないようだ。
ランタンの灯りが、怯えた三人の女を照らし出した。
「おお、かっわいい……。一人どう見ても、処女じゃあなさそうなのがいるけど」
呟きに、アンリエッタは思わずファトマに囁いた。
「あんた処女に見えないってよん?」
「ええっ、わたし?」
「いやいや、おまえだよ!?」
男はアンリエッタにツッコミを入れると、三人に出てくるように手招きした。
「皇帝がお待ちだ」
耳を疑った。皇帝?
レトローシア島は帝国の属国のはずだ。ということは、皇帝とはこの前殺されたばかりの、ニコロス四世でしかありえない。
アンリエッタはぽってりした唇に指を当てて考えた。
「うーん、ちょっと嫌な感じがするのぉ」
「嫌な感じって?」
ジェシカが男のあとに続いて、さらに地下に下りながら囁く。
岩肌がむき出しの細い通路には、ところどころランタンがぶら下がっている。
先ほどと違い、まったく辺りが見えないというわけではないのだが、空気が心配だった。火が点っているということは、空気穴がどこかに穿ってあるのだろう。
しかし閉塞感は、少女たちに必要以上の不安を与えた。
黙ったまま考え込んでいるアンリエッタを、背後のファトマもせっつく。
「嫌な感じって何ですか? 私たち、生きながら食べられてしまうのですか?」
声は恐怖のあまりかすれている。ちらっと見えた、大きな腕と頭。あれは幻?
しかしちょうど道が上り坂になったので、アンリエッタはひぃひぃ言いながら這ってついて行くのに必死だ。
男は慣れているのか、ペースを落とさずに進んでいく。
下りたと思ったら上り、また下りたと思ったら上る。その繰り返しで、もはや地下深くに潜っているのか、地上に向かっているのか分からなくなった。
その時、またあの唸り声が響いてきた。
女たちの歩みが止まる。男も足を止め、そして舌打ちした。
「あいつまた逃げたのか」
そして後ろを振り返った。
「あいつは美少女が大好きなんだ。皇帝が来てから横取りされるようになったから、夜中に鎖を切っておまえたちを迎えに行った。あっさり捕まって厳しく折檻されたというのに、まだ懲りてないらしい」
では、夢では無かったのだ。あの化け物の姿は確かに見たのだ。ここは化け物の巣窟に違いない。
細い通路いっぱいに体を這わせて地上の神殿まで登ってくる、大きな化け物の姿が浮かんだ。
柔らかい処女の肉を喰らっているレグザロスの化物が、今にも暗闇から飛び出してきて、彼女たちを頭からバリバリと……。
三人は、パニックをおこしそうになる。
閉所恐怖症の人間はその状況に置かれるまで気づかないものだ。
一番最後を歩いていたファトマの肩に、手が乗せられた。
悲鳴をあげそうになったが、喉から出た声はヒィッという空気の漏れたような音だけだった。
「あ、あああ、アンリエッタさん」
「なぁに?」
「後ろに誰かいる。誰かついてくる」
「ええ? バックから突かれるのが好きなの?」
「どうやっても卑猥になるな!」
ファトマが恐怖も忘れてそう突っ込んだ時、先導役の男の歩みが止まった。
行き止まりに見える。
しかし男が石の壁の中に手を入れると、ガチャッという音がした。仕掛け扉だ。
ゴロゴロと音がして、円形の重い石の扉が回転しながら動く。
男に促されて、少女たちは外に出た。
天井の高い、広い場所だった。上を見上げると、鍾乳石がぶら下がっている。
どこからか入ってくるわずかな自然光が、別世界のようにそのいかめしい塊を照らしだしている。
天井付近の鍾乳石の合間を、コウモリが飛び回っていた。まるで自然の大聖堂。荘厳な雰囲気だった。
そんな風に感じたジェシカだったが、背後からむぎゅむぎゅ押すファトマのせいで、転げるようにその場所に出されてしまう。
一緒に押されたアンリエッタが転んだジェシカの上からのしかかり、小柄な少女は思わずグェッと声をあげた。
「潰れるじゃんかっ、アンリエッタさん太りすぎっ」
「んまぁぁあっ、なんですってぇぇぇ」
「そんなことより、後ろに人が──」
男は積み重なって倒れ、もめている三人を見下ろし、怒鳴る。
「静かにしろっ! 陛下の御前であるぞ」
え? 三人ともきょとんとして前を見つめた。
玉座だ。
玉座なんてものを初めて見たけれど、それでも分かる。
いかにもな感じの大きな椅子は金銀で作られていて、ビロードの赤い布が貼ってある。そして、背もたれの縁にはルビーやサファイヤなどの宝石が、これでもかと散りばめてあるのだ。
シェイクスの芝居に出てきそうなベタなやつ。
そこに、やはりベタな感じにふんぞり返った若い男を見て、アンリエッタは目を見張った。
「綺麗な人ね」
ジェシカが小声でそう囁いた。
ファトマがやっと下から抜け出すと、不思議そうにその男を見つめた。そして、同じように小声で言う。
「冷たそうな雰囲気が、船長さんに似ていませんか?」
実は、アンリエッタもそう思ったのだ。
顔立ちではない。色素がまったく違う。柔らかな赤毛と、鮮やかな琥珀色の目を持った、飾り物のように端正な顔の男だった。
でもなんだろう、周りと馴れ合わなさそうな孤高の気高さが、ちょっと似てる?
皇帝と呼ばれた青年は、口の端に笑を浮かべ、背もたれから身を起こした。
「四人か。ふむ、前のより美しいではないか」
え? と、男とアンリエッタたちが皇帝の目線を追うと、三人が連れて来られた戸口に、黒いフードを被った人影が立っているのに気づいた。
男が警戒する。
「おまえ、最初から居たか? その格好はなんだ?」
警戒するように言うと、人影はするりと羽織物を脱いだ。
下にはアンリエッタたち同様、短い丈のキトンを着ている。十五、六の少女だ。
しかし全員が、その顔に釘づけになった。
濡れたような艶やかな黒髪が、象牙色の肩を覆う。この祭りのために染めたのか、黒の中に金の筋がいくつも入っていた。
都で流行りそうな髪の色だ。
それよりも、その顔立ち。たった今目の前の皇帝と呼ばれた男を「綺麗」と思ったことすら忘れるほど、美しい少女だった。
美しいという表現すら陳腐に感じられるほどの、身の毛のよだつ美。
「す、すごいな」
皇帝と呼ばれた男は、かすれたようなうめき声をあげた。
「俺はこの少女だけでいい。あとはマルコスの騎士団たちにくれてやる」
その言葉が聞こえたかのように、奥の洞穴から兵士たちが出てくる。
何か必死で引っ張っている。長い鎖だ。
何人かで綱引きするように引っ張り込み、やっとその正体が分かった。
「あの巨人だわ」
ジェシカが呟いた。
アンリエッタとファトマも、魅せられたようにその手足を拘束された生物を見つめた。
人間であるはずがない。
三メートル近い身長とそれに見合った横幅。まさしくこの迷宮の主レグザロスでは無いのか?
「半分が馬なんじゃないのぉ?」
アンリエッタが興味津々で、下半身を覗き込もうとしている。だが、形は人間だった。
「このデカぶつは毎年の祭りの時に、必ず供物を愛でていたらしい。それに──」
うんざりしたように巨人を見やる皇帝。
「今年も何人か美少女を与えるよう、総督から言われているんだが、その必要は無い。ただでさえ餌代が嵩むというのに。……どこかに閉じ込めておけ」
巨人が咆哮を上げた。ジェシカが耳を塞ぐ。悲しげで、胸を突かれるような声だった。
ふと見ると、その巨人は腕に何かを抱えている。大事そうに。
(人形?)
アンリエッタもそれに気づく。
「あらぁ、有名な喜劇の、なんてったっけ? 魔法少女マチ・マチ・マチルダの抱き枕じゃないのぉ」
そしてがっかりしたように、ボソッと呟く。てんでガキねん、と。
「陛下」
声は巨人の後ろから聞こえた。中年の男が陛下と呼ばれた男のそばに歩いてきた。
「やはり間違いなく奴だそうです」
赤毛と琥珀の目を持つ男は目を剥いた。
「もう嗅ぎつけたか。おまえの私兵団は外に出していないのだろう?」
「あたりまえです。島民の口から漏れるかもしれない。田舎はよそ者の顔を覚えやすい」
「では何故、潜伏場所がばれたんだ?」
「情報部の回し者は各所に放たれ、一般人に紛れて普通に生活しているのです。私の兵たちは出来うる限り、なりを潜めておりました」
事務的な口調だったが、ジェシカはあとから来た偉そうな男の方が、陛下と呼ばれている男より立場が強いのではないかと思った。
「おかげで鬱憤がたまってますな。陛下のためにやることはたくさんありますが、その前に彼らは健康的な成年男子なのですからね」
そして、アンリエッタたちを虫けらを見るような目で見て命令した。
「連れていけ」
どこに? 三人は恐怖で固まった。その肩を、あの美しい見知らぬ少女がそっと叩いた。
耳元にコショコショと囁く。
「私がついていく。命の危険が迫ったら、私が守る」
そう言ったのも束の間、すぐにその少女を皇帝が指差した。
「おまえは残れ。まず俺の相手だ」
少女の紫色の目が底光りを放った。
言葉が分かるのか、巨人がそれを聞いて絶叫する。
「マァァアチィイイルゥウウウダぁあああ」
暴れそうだったので、男たちはついには巨人を鎖でぐるぐる巻きにしてしまった。
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