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第三章

もちろん生娘です!

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 白い帆船「白波」は、前払い分の半額の報酬を娼婦たちの家族に渡すため、レトローシアを離れていた。


 漁村巡りは時間がかかる。

 ゲルクは苛々していた。なぜか、嫌な予感がしてならなかった。

 カティラの傍を一秒だって離れていたくない。せっかく捕まえた最上の女だ。もう二度と、失う恐怖に怯えたくない。

 それが心変わりにしろ、死別にしろ、同じことだ。全てを手に入れたと思ったのに。無くした時の痛みがどれほどのものか、想像もつかない。

「たそがれてんなぁ、兄ちゃん」

 猿のように帆桁から縄梯子に飛び移り、トップ台にやってきたハサンとジョルジェだった。

 はるか下の甲板を見下ろすと、これから返しに行く商売女たちが、破れた網や帆を縫う作業を担っている。

 舵輪を握るウォルトがこちらに向かって手を振っていた。

 ここは俺とカティラの愛の巣だ、登ってくるな、とは言えない。

 見張り役は交代制だ。そろそろ操舵を代わらなければ。

「わりぃ。時鐘の音が聞こえなかった」

 ゲルクはため息混じりに言い、静索を掴んで降りようとする。

 ふと、能天気そうな顔のジョルジェを振り返る。

「おまえ心配じゃないのかよ?」
「え?」

 怪訝そうに口から煙草を外し、聞き返す元兵士。

「おまえの女、あんな怪しい仕事に関わらせてさ」
「今更だな、おい」

 苦笑するジョルジェに、横から茶々を入れたのはハサンだ。

「何か勘違いしてるっすね、銀の兄ちゃん。船長はこの兄さんの女じゃない。俺たち全員の女神──ぎゃあああぶっあぶっあぶっ」

 まだロープに足をかけたままのハサンを突き落とそうとした後、渋々ながら頷く。

「確かに、俺のモノになっちゃいないからな、あの女は」

 ゲルクは目をそらした。

 モノにしてしまったから不安なのだろうか。心も身体も、カティラを求めて泣き叫んでいる。

 少し前までは──まだカティラと心が通じてない時は、こんな不安は無かったはず。むしろ、自分にふさわしい女かどうか観察していたくらいだ。

「意外だねぇ、自信過剰な男かと思ってたよ」

 ジョルジェはせせ笑った。そしてムスッとしているゲルクに煙草を一本やる。

 火気厳禁の船上で、相変わらずの不良っぷりだったが、噛みタバコも嗅ぎ煙草も好きじゃない。

 そもそもこの元軍人は、規則は破るためにあると思っている。ゲルクも気にはしてないようだ。

 ジョルジェは、市場で買ったフリント式の着火剤でしつこく点火してやりながら、もう一度見張り台によじ登ろうとしたハサンに蹴りを入れる。

「もし大佐を自分だけのモノにしていたら、俺もそれだけ不安だったろうな」

 既に心は別の男に奪われている。ジタバタしてもしようがない。

 相手が絶対に実るはずのない、あのアーヴァイン・ヘルツだからだろうか……そうも思ったが、それも違う気がする。

 むしろ、あの男と結ばれることのないマリアが不憫でならない。もしマリアが自分の女だったら──。

「器のデカさにびびって、逃げてたかもしれねぇ」
「へー、それほどの女なのかい?」

 目を見開いてゲルクが聞いた。綺麗なだけの、冷たいお飾り人形みたいだと思っていたが。

「あんたの女もそんなくちだろ?」

 ゲルクは渋々頷いた。まったくその通りだ。

 自分が選んだはずの女なのに、むしろ自分が釣り合っていない気がしてくる。

 ゲルクは出身も不明の捨て子だったし、ただの元海賊だ。あの女は育ちがいい。もっと気高く、裕福な暮らしをしているはずの女なのだ。

 そう、貴族のような──。

「信じるしかないか」

 やるせなさそうに呟いたゲルクに、ジョルジェが厳しい声をあげた。


「見ろよ、あれ」

 それはトップ台からよく見えた。

 レトローシア島から少しだけ西に離れた小さな島から、軍艦が出て行く。海図を広げて納得する。

「レトローシアの離島──ノヴァ島だな……。という事は軍港があるはずだから、アリビア水軍の船だろ」

 望遠鏡を取り出して見つめるゲルクに、ジョルジェは首を振った。

「旗がまだ昔のやつだぞ。変だな、そろそろ新政府の通達は行き渡っているはずなのに、帝国旗のままだ」

 なんとなく不安なモノを感じて、二人はじっとそれを目で追っていた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 処女は高く売れる、と聞いて、ジェシカは自分が処女であることを売りにした。

 しかし、彼女を買い取った使いの男は、ジェシカの話をぜんぜん聞いてないようだった。

 ざっと競り台の上を眺め、進行役に問いかける。

「他にも処女が手に入ったと聞いたが」

 進行役の女は、ファトマを呼び寄せた。ファトマは唇を噛んで前に出た。

 男が小さくつぶやくのを、ジェシカは聞いた

「赤い肌か……。気に入るかな?」

 ついにファトマも買い取られたとき、マリアは席を外していた。

 慌てて、アンリエッタが手を上げる。二人から目を離すな、と言われているからだ。

 おっぱいをすくい上げるように持ち上げて、処女好きの男にウィンクした。

「あたしも処女でぇええす」

 宴の場が静まり返った。


※ ※ ※ ※


「本当に処女なんだろうな」

 見るからに好きもののアンリエッタに、疑いの視線を投げる男は、どこか少し怯えているようだった。

「処女じゃ無かったら、俺が罰を受けるんだからな」
「あの……どこに連れて行くのですか?」

 ファトマが震える声で尋ねた。男は屋敷から出て、野原に続く古い石の外階段を下りていく。

 あちこちに破壊された、神話の神々がゴロゴロした高原へ出ると、今度はまた登る。

「あ」

 ジェシカは突如目の前に現れた、完全な形で残った神殿型の遺跡を見つめた。

「レグザロスの地下宮殿だ。お前たちは生贄になってもらう」
「えぇえええ!?」

 女たちは抱き合って悲鳴をあげた。

 男は、大したことでもなさそうに肩をすくめると、女たちを少し開いた石の扉の中に押し込んだ。

 アンリエッタがぽってりとした唇を尖らせて文句を言う。

「ちょっとやめてよぉ、このなかに化け物がいるんでしょう? 馬並みにデカい伝説の」
「言い方!」

 男は思わず突っ込んでから、そう言ったアンリエッタと他の二人を見回す。

「安心しろ、ただの伝説だ。半分馬の、デカい化物はいない」
「じゃあ、どうして?」
「祭りの行事の一環だ。神々が地上に居たと言われている遥か昔は、処女の心臓が差し出されていたらしい。だけど今はそんなことしないよ。中に入って一晩すごせば、元に戻してくれるって話だ。また朝に迎えに来る」

 男は詳しく知らないようだった。ただの仲介で女たちを連れてきたのだ。

 前金をもらっているので、何としてでも神殿にこの三人を入れなければならない。

 ファティマは後ずさりした。

 ウラジーミルの言っていた、前の年に残った少女たちは、ここに入れられたのではないか。

 だけど、その背中を止めた者がいる。振り返ると、アンリエッタだった。

「その地下迷宮ってやつに、入るわよ」
「でも……シェフチェンコさんが」
「あらぁ、だからよん。私はその……リメクリスレンギーン……なんだっけ? なんとかっていう、いなくなった娘たちを探さなきゃならないんだもの。あんたたちも協力してちょうだい」

 マリアから聞かされた名前はすっかり忘れていたけれど、仕事は一応覚えている。マリアは怒らせるととても怖いのだ。ちょっとは手伝わなきゃねん、そう思った。

 そしてさっさと宴に戻って、祭りの真髄を楽しむのだ。

 つまり真髄とはずばり「乱交」! 

 想像しただけで、アンリエッタのワクワクは止まらなかった。
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