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第二章

武器は男のロマンだもの。

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 ナーフィウは、買ったばかりの投擲武器を眺め、すこぶるご機嫌だった。

 いい武器だ。

 身につけていた純金製の足環が予想以上に高く売れたので、かなり奮発した。

 通常のブーメランと違って、くの字型ではなく十字型をしたそれは、沼ワニの骨が使われていて適度に軽い。

 おそらく十字型を使いこなせる者が少ないから、破格の値段で買えたのだろう。沼ワニなんて、軍が鎧を作るのに捕獲しすぎて、今や絶滅危惧種なのだ。

「そんなの一体何に使うんです? それって未開の原住民が使う狩猟用武器っすよね、坊ちゃん」

 ハサンは物珍しげにおかしな武器を眺める。

 先ほどまで二人で屋台荒しをしていた。肌の色が同じなので、打ち解けるのは早かった。もっともハサンはルチニア人ではないので、ナーフィウが元ルチニアの王子だと知っていてもピンと来ない。

 それで呼び方が『坊ちゃん』におさまったのだ。

「狩りにでも使うつもりですかい? 獲物を仕留めるために当てても、うまいこと手元に戻ってこないじゃないっすか。弓矢の方が何ぼも役に立ちやすぜ?」

 ナーフィウはにやりと笑うと、十字の投擲器を構えた。唐突に、風を切るような音がして、手元からブーメランが消えた。

 ギャッと声がして、道上に大きなカラスが落下する。

 目を丸くして見ているハサンの前で、十字の投擲器はタシッと音を立てて少年の手に収まった。

「すげぇ。あっしも欲しいくらいでさぁ。ナイフ投げは得意ですけど……ありゃー投げたやつを奪われると、こっちの致命傷になりやすからね」

 ナーフィウは肩をすくめた。

「同じ武器を買っても、たぶん無理だよ。何かに当てたら手元には戻ってこない。誰がやってもできるわけじゃないよ」

 王宮の下働きの老人が、ルチ二アよりさらに南にある大陸、アカリアの奴隷だった。彼は足しげくその老人のもとに通って、師事したのだ。

 片手に屋台で買った焼き鳥を持ち、片手には買ったばかりのブーメランを持ち、どちらも存分に堪能しながら港沿いの通りに戻ると、目の前を大きな戦斧が飛んできた。

 それはナーフィウとハサンの鼻先を掠めて、綺麗に整備された街路樹の一本に突き刺さる。二人とも危うくちびるところだった。

「あっぶっねー」

 ハサンが喉に詰まりかけた焼き鳥を飲み込み、飛んできた方向を睨む。途端その顔が輝く。

「ひょー、本当にやってますぜ坊ちゃん」

 ナーフィウが港に目をやる。そこにはジョルジェとゲルクが、臨戦態勢で向き合っていた。




※ ※ ※ ※ ※ ※




 ジョルジェは既に腰のサーベルを抜き放っていた。

 戦斧を上手い具合に弾き飛ばされて、仕方なく腰に帯刀した剣を抜いたのだ。

「よく見りゃサーベルじゃ──軍刀じゃないだろそれ。どう使うんだ?」

 ゲルクは既にしっとりと汗をかいている額を拭い、ジョルジェにそう問いかける。

 ジョルジェは何も言わない。会心の一撃を防がれて、本気モードになっている。ビリビリと緊張が伝わってくる。ゲルクは唾を飲み込んで身構えた。


(来る)

 ジョルジェが走った。カトラスを構えるゲルクに向かって、防げないような突きを繰り出す。間一髪で避けると、反す刃が斜めから襲ってくる。

「くそっ」

 勢いがついていてやっかいだ。かわすのがやっと。サーベルより刀身が大きい。まるで鎌だ。

「ファルクスだ」

 そう教えたのは、ロープを巻いたコイルの上に腰掛けて、二人の戦いを傍観していたマリアだ。

「本来両手剣なんだが、そいつはバカ力だから片手で振り回す」

 マリアの声がいつにも増して冷ややかなのは、彼らが仕事をサボって戦っているからではない。

 ジョルジェが軍刀を闇市に売って、その得物を仕入れたと聞いた時のことを思い出したからである。

 今までこの男の上官だった者たちは甘すぎる。勝手に支給されたものを売り飛ばすような輩は、除隊処分にでもしてしまえば良かったのだ。

(まーこれだけ腕がたてば、曹長を優遇するのも頷けるが)

 マリアはしげしげと二人の戦いを眺める。こんなに気持ち良さそうに戦っているのを初めて見た。たぶん相手がすごいのだろう。

「あいつ、あんたの男なの?」

 カティラが横に立ってそう聞いた。マリアは顔をしかめる。

「一応部下だ。言うことはきかないが」

 手のマメが痛い。残ってくれた水夫たちだけでは労働力が足りず、女たちも荷運びで忙しかった。

 けっきょく頼みの男どもは荷を積み終わるまでに帰って来なかったし、帰ってきたと思ったら、こんなことになってしまった。

「惜しい男を亡くしたわね。あいつ死ぬわよ」

 マリアは表情を崩さない。

「ここで死ぬならそれまでの男だ」

 強がっているのだろうか。それとも本心か? カティラにはどちらだか分からなかった。

 しかしカティラの予想に反して、ゲルクが押されだした。

(うそでしょう?)

 カティラが目を疑った。ゲルクの顔に余裕が無い。どちらも本気だ。

 やがて、決着は突然ついた。

 いや、正確にはつかなかった。

──日没一時間前を知らせる鐘の音。

「そこまで」

 マリアが立ち上がった。手に汗を握っていたが、そんなことを微塵も感じさせない声を出すことに成功した。

 スリリングで見ていて面白かったとは言え、死なせるわけにはいかない。

「そういう約束だ」

 二人は息を乱しながら、まだお互いを睨みつけている。しかし相当体力を消耗したようで、やがてどちらともなく得物を鞘に収めた。

「ほら、休む暇はないぞ。暗くなる前に出港準備を終わらせる。明日の早朝発つんだから」
「ねえ」

 カティラは、急かすように命じながら船に急ごうとするマリアの前に、悠然と立ちふさがった。

「後で付き合ってよ」

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