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第二章

だって温泉に入ったら匂いが消えちゃうじゃん?

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 ものすごく強引に、宿に連れ込まれた。そして部屋に入るなり、ベッドの上に突き飛ばされる。

 まずお湯ぐらい使わせてほしかった。カティラは性急なゲルクの態度に眉を顰めた。


「マストの上だと物足りないってわけ?」

 服を脱がされながら、からかうように尋ねるカティラ。

 ゲルクはその唇に、被せるように自分のそれを重ねた。飢えたように貪る。やがて唇を放すと、藍色の瞳を探るように見つめる。

「なんっか、上の空なんだよな」

 カティラは苦笑する。

「あたしにだって、物思いにふける時くらいはあるわよ」
「俺といるときには許されないんだよ」

 ゲルクは吐き捨てると、カティラの胸を掴み上げた。下着の上から、白い肉の盛り上がりがさらに膨らんで飛び出た。しっかりと日焼け止めの薬草を塗っていても、やはり露出部よりはずっと白い。

 ゲルクはその白い肌を自分の唾液で汚すのが好きだった。船の上では身体を拭くのがやっとだから、カティラはいつもそれを嫌がる。

 だが嬉しいことに、この宿には湯治場がある。──思う存分汚せるってことだ。

「待ってよ、あたし臭いから」
「俺もだ」

 乳房を揉みしだきながら、ゲルクは返事だけした。やめようとはしない。

 カティラを前に、途中で止めるなんて絶対無理。

 もどかしげに下着を外しながら、カティラの顔からは目をそらさない。カティラも弱々しく見返した。

「胸の形が悪くなるから、もうこんなのするなよ」

 胸を強調しないように押さえつけるそれは、傭兵としての周囲への配慮である。

 ゲルクはあらわになった白い半球を、確かめるようにすくい上げた。素晴らしい形と大きさだ。

 他の男に見られるのは嫌だが、そいつらの目を潰せばいいんだ。今度、貴族の令嬢の間で大人気だという、悪魔のブラとやらを買ってやろう。

「んっ」

 乳首を摘まれて、カティラは身体を弓なりにそらせた。

 とても傭兵の手とは思えないほど細く長い指が、ゆっくりとカティラの乳首を弄ぶ。

 カティラはじょじょにほてっていく身体をよじった。顔を背けようとするその顎を、ゲルクは掴んだ。

「こっち向いてろ。おまえの綺麗な顔が乱れていく様を見ていたい」

 耐えられなくなるまで、親指の腹で乳首を転がされる。ゲルクはその間ずっとカティラの顔を眺めているのだ。

 カティラは狂ったようにもだえた。やがて彼女が感じすぎて恥辱も無くなってきた頃、ようやくゲルクはサッシュベルトをほどき、下穿きに手をかけた。カティラが突然我に返る。

「あの、本当にお湯を使わせて。ずっと船上だったから。そりゃあ、ちゃんと拭いて下着も替えてたけど、変な汁ぶっかけられたし、やっぱりほら、石鹸を使いたいし──やっ!」

 ゲルクはまったく聞いてなかった。さっさと邪魔な布地をとっぱらい、ものすごい力でカティラの足を開く。そしていきなりその間に顔を押し付けて、匂いをかいだ。

 カティラはうろたえて暴れるが、ゲルクの力には敵わなかった。

「ぜんぜん、いい匂いだ。おまえ本来の匂いだ」
「やめてってば」

 言葉でも辱められて、カティラはさらに身をよじった。ゲルクは舌打ちすると、カティラのサッシュベルトで、両手をベッドヘッドに縛りつけた。

「そう言えば、こうして欲しかったんだろ?」

 無防備なカティラの状態にゲルクは興奮し、かすれた声で尋ねる。

 ブラウスの前は半分はだけられて、ワークパンツの片足は抜かれている。まるで犯されているかのような自分を意識し、カティラは目を閉じた。

「そんなにじっくり見ないでよ。汚いんだから」
「綺麗だよ」

 ゲルクは感嘆混じりの声で囁く。

「分かんないのか? おまえはいつだって、どんな時だって綺麗なんだぜ?」

 カティラの目尻から涙がこぼれる。

 かつて、まだ自分が無防備だったころ、同じような格好をさせられた。

 レトローシア総督の帝国貴族、モンテール・ファーガソンの飼い犬だった時、あの男はこんな言葉をかけてはくれなかった。

 性奴隷たちを犯しながら、いつもののしっていたっけ。

『帝国に背く多神教国家の汚い雌豚め、おまえらは豚以下だ。豚と同じ生活ですらもったいない』

 十二歳のカティラは、言葉の暴力からも自分を守ることが出来なくて、本当に自分を豚以下の存在なんだと思っていた。

 突然の生活環境の変化。劣悪な生活環境は──殴られ、犯されることよりも──名家のお嬢様だった少女時代のカティラを傷つけた。

 大人たちは皆殺され、誰も守ってはくれなかった。

 多くの少年少女が、ファーガソンの豚小屋で飼われていた。

 衣服をまとうことを許されず、残飯を飼い葉桶から貪るように食べることを強要された。

 生きるために、従うしかなかった。

 モンテールはそれを貴族仲間に見学させて笑っていたっけ。

「カティラ?」

 いつの間にかカティラは、嗚咽を漏らしていた。

「痛かったのか、カティラ?」

 ゲルクは急いでベルトを外そうとする。カティラはそれを止めた。

「違うの。抱いて」

 ゲルクが構わずにカティラのベルトを外して抱きしめる。どうも縛り付けたことによって何か思い出したらしい、と気づいたのだ。

「軍人たちに姦されたことを思い出したのか?」

 カティラはゲルクにしがみついて泣きじゃくりながら、首を振る。

 あんな男たちの暴力はカティラの誇りを傷つけない。もう自分は『月光』の首領だった。強く、自立した女だったから。

 それよりもレトローシアでの記憶は、むしろ幼い頃の自分に対する憐憫だった。あの小さな自分を抱きしめて救ってやりたい。

「もう仕事、断ろうぜ? おまえの故郷に行くのはやめよう」

 カティラは首を振った。ゲルクの勘のよさが、いまは辛かった。

「あたしは克服する。あたしは『月光』のカティラだ。もう子供じゃない、怖くない!」

 ささやき声は、ゲルクの胸を打った。この女は何でこうなんだろう。心の傷を抱えこんで、自分で解決しようとする。強いのか弱いのか分からない。これほどまでにゲルクを惹きつけた女は、かつていなかった。

(たまらないぜ)

 ゲルクはため息をついた。どうしようもなくカティラに惚れていた。カティラはむくりと顔をあげると、涙目で見上げる。

「ねえ、途中で止めないで。忘れさせて」

 ゲルクは再びカティラを押し倒すと、今度はこれ以上無いくらい優しく、腕の中の女を愛し始めた。

 カティラは突き上げられる度に思った。もう二度と、ゲルク以外にこの体を好きにさせない。心も体も全てゲルクのもの。

 絶頂の中で、そう確信したのだった。
 


※ ※ ※ ※ ※



 湯が珠のような肌の上を滑って行く。女たちはぬるりとした熱いお湯に浸かりながら、嬌声をあげてはしゃいでいた。

 給金を貰えないことを恐れた水夫の何人かが戻ってきたので、女たちも港に出ることができたのである。ハサンの仲間とは言え、堅気の男たちだったようだ。

「何この美肌湯って。あたし温泉って初めてだわ。どこから湧いてくるのかしら」
「うちの村にも出ているところがあったけど、こんな白いお湯じゃなかったよ」
「硫黄泉なら知ってるけど……肝臓病にいいんだって」
「何で白いのかしら。いい匂い。いかにも肌に良さそうだわ」

 突然の女たちの集団来襲に、湯治場の番頭はかなり面食らっていた。この辺りでは一番広い岩風呂だが、それでも全員が湯の中に入ると芋洗い状態だ。

「船長すごーい。お肌真っ白ね。船乗りってみんな真っ黒なのかと思った」

 ジェシカがマリアの肩に触れてみた。つるりと滑る。おまけにしっとりしていて、自分と同じ人間とは思えない。透き通りそうだ。

 あれ? 待ってよ、私のほうが若いはずなのに?

「日焼け止めの薬液を塗りたくらないと、火ぶくれになるんだ」

 マリアはそっけなく言った。

 大勢で湯に浸かるなんて経験が無いため、かなりおとなしい。ファトマはそれを聞いて白人を気の毒に思った。肌を隠す習慣が無いのに、そんなに肌が弱いなんて。

 すると、ヘレンたちがマリアの周りにわっと群がった。

「船長すごい、細いのにおっぱいでっかいじゃん、何でいつもサラシ巻いてるの?」
「もったいないわよ、あんな男の服なんて着込んじゃって、せっかく色っぽいのに。肌白っ、キメ細かっ」

 マリアはそろそろ裸をジロジロ見られるのに疲れてきた。湯がにごり湯で良かった。

 マリアはザパッと立ち上がると、周囲を睥睨して冷たく言い放つ。

「船に戻る。やることはたくさんあるんだ」

 プラチナの陰毛は薄く、まるきり剃っているかのように見える。

「すごい、アソコの毛も白金なんだ、かっわいい。ねー、帰りに露店見てきていいでしょ? 祭りが終わってお金が貰えたら、家族にお土産買って帰るから」

 マリアはうんざりした。

「お世辞はいい。どうせ、フェロモンも思いやりも女らしさのかけらもない鉄面皮なのは本当のことだし。夕方までには戻れ」

 けっこう根に持つタイプらしい。

 他人をゴミでも見るかのような冷たい表情と目。なのに何だかんだ言って、この女船長は甘いのだ。ただの積み荷である自分たちに、自由時間をくれるのだから。この妙なギャップには戸惑ってしまう。

 ジェシカは、女たちが全員マリアの背中の傷について何も聞かないのが不思議だった。

 あの真っ白でほっそりした背中にある、まがまがしい傷跡。何かが刺さったような……。戦いの傷跡だろうか。

 洗い場で髪を洗っているマリアの背中を見たとき、誰もがその傷に気づいた。しかし、誰も何も言わなかった。

 ジェシカでさえ、聞けなかった。

 あんな傷で生きていたのが不思議なくらいの、大きな刺し傷。たぶん自分たちは、あの若い女船長の壮絶な過去を、知りたくなかったのかもしれない。

 重たい人生を垣間見てしまいそうで……。

 きっとこの気高い女船長は、同情されることを嫌うだろうから。だから敢えて誰も聞かないのだろう、ジェシカはそう推察した。

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