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第一章
女は堅実に夢を追う
しおりを挟むこの先、いつ仕事にありつけるかも分からない。
カティラは報酬としてもらった金貨を眺め、おもむろに噛んでみてから、そっとため息をついた。含有率が低そうだ。
一仕事終えたカティラとゲルクは、足早に反対側の海岸に向かって島を突っ切っていく。
鬱蒼とした森の中を歩きながら、カティラは沈んだ顔で考えにふけっていた。
自分たちの船を失ってから、どれぐらい経つだろう。もう何ヶ月も、根無し草を続けている。
次の大きな町に付く頃には、野盗『野狐』を倒した二人だという噂が広がっていればいいが。そうすれば、傭兵の組合で高く売り出してもらえる。
(いつになったら船が買えるかしら?)
海を滑るあの感覚が、カティラには忘れられない。やはり自分は海の女なのだと改めて思う。
水夫でもいいから船の仕事で金を稼ぎたいが、そんな低賃金の仕事をしていては、いつまでたっても自分の船は持てないだろう。
ならば、圧倒的な特技とでも言える腕っ節を、とりあえずの売り物にするしかなかった。
「痛っ」
突然、前を歩いていたゲルクが立ち止まる。カティラはその背中に顔面をぶつけ、鼻を押さえた。
「どうしたの?」
獣でも居たのかと身構えたその時、突然振り返ったゲルクは、そのままカティラを押し倒した。
「いいかげん我慢も限界だ。やらせろ!」
目つきがギラギラしている。カティラは激しく唇を吸われ、息を呑んだ。
固く締まった身体に抱きしめられる。ここのところご無沙汰だったカティラの身体も、とろけるように反応する。
しかし──
「待って! 何度言ったら分かるのよっ」
思い切り突き飛ばし、地面を転がるようにして逃がれる。
「避妊用の丸薬が切れているのっ。次の町で手に入れるまでお預けって言ったでしょ」
ゲルクは手傷を負った獣のような表情で、カティラを睨みつけている。今にもグルルル、という唸り声が聞こえてきそうな、獰猛な顔。
避妊薬は女の旅には不可欠。必需品だ。高いやつは、一粒飲めば半年は月のものを止められる。しかし処方は難しく、大きな町の薬屋にしか置いていないので、手に入りにくい薬剤だった。
「いいだろ、俺たちは両思いなんだから。子供ができたらめでたいことじゃないか」
「ばっかじゃないの!? こんな流浪の身で、しかもド貧乏で、子供なんて育てられるわけないでしょ?」
目下傭兵稼業だと言うのに、おんぶして戦えと言うのか。これだから男は。現実的な思考が乏しいのだ。
ゲルクは両腕を頭の後ろで組み、ため息と共にぼやく。
「ちっ、帝国の犬どもめ。しこたま掠奪したお宝を横取りしやがって。あれが手元にあればなぁ」
こういう何かの才能に長けた男は、まっとうに地味に働くのが嫌いなのだ。カティラは額を抑えた。
「海賊の汚れたお金なんて、子育てで使いたくないわよっ」
苦々しく言ったカティラに、今度はゲルクが呆れたように言い返す。
「きれいごと言ってんじゃねーよ、それで今まで食ってきたんだろうが」
カティラはむっとして黙り込んだ。ゲルクはむくれているそのほっぺたをつねる。
「分かってるよ、定住定職まで子供はお預けだな」
もっとも、子供が欲しいからやらせろと言っているわけじゃない。ゲルクはげんなりした表情で宙を仰ぐ。
一方、機嫌を直したカティラに、ゲルクはすかさず付け足した。
「薬が手に入ったら、子作りの練習は容赦しないぜ?」
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