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第一章

儲け話

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「あいにく、帝国領には近づきたくないんだ」

 ゲルクは向かい合っている男をジロジロ眺めてそう言った。

 この町に着いてから耳に入れたが、つい最近、アリビア帝国はニコロス政権が終わったところらしい。


 ゲルクとカティラは元高額賞金首だ。念のため人目を忍ぶように大きな街を避けてきたゲルクたちにとって、イリアスの港町は久しぶりに活気のある地域だった。

 自由都市同盟に含まれる翼島は、かなり大きい島に分類される。が、中心部は土地が痩せ、作物の育ちも悪く、鉱物資源もあまり採掘されない。そのため、海側の漁村も含め、さびれた農村が多いのだ。

 ゲルクとカティラにとっては地味な活動が続いたわけだが、ほとぼりが冷めるまではそれでいいと思っていた。

 それでもたった二人による派手な功績は、この町に一つしかない職業斡旋組合にも都合よく伝わっていたようだ。さっそく仕事の話が舞い込んできたのである。



 ところが──。

(何か隠してやがる)

 目の前の男は、五十代半ばくらいだろうか。白いものが混じって灰色に見える髪の毛は、人の良さそうな笑顔をさらに柔らかく無害なものに見せている。ただ、その笑顔がわざとらしいような気がしてならない。

「たしかにあそこは今政情が安定してない。帝国の都は最初のうちは、夜外に出られないくらい物騒だったらしいですからな。貴族狩りはまだ続いているのか? それに、ルチニアや北方の国々、東のサイは、革命による新政権を認めないでしょう。いつドンパチ始まるか分からないという噂でもちきりです。誰もが今は、帝国領には入りたがらぬでしょうな」

 そういう意味でじゃないんだが……。ゲルクもカティラも、死んだことにされているとは言え、帝国に莫大な賞金をかけられていたのだ。この目立つ銀髪で帝国領をウロウロするのはいただけない。

 まぁ、海賊船に乗っていなければ、こんな若僧が元『躯の家』の首領だなんて、誰も気づかないだろうが。

「こんな時だからこそ、あんたにお願いしてるんだ。なぁに、実際のところ、本土から遠く離れた島々に政変は影響してないんだよ。あそこは暴動なんて起こってないからね。それに、大した仕事じゃない。積荷を護衛してくれればそれでいいんだ。あんたくらいの腕利きなら、一人でも充分なくらいだ」

 依頼主はウラジーミル・シェフチェンコという商人だった。北方の名前のわりに、冷たい顔立ちでは無い。偽名かもしれない。笑顔以外が想像できないくらいだが、目の奥が笑ってないことにゲルクは気づいた。見た目より、狡猾そうだ。

「もう一人仲間が居る。二人じゃないと仕事は請けない」
「分かってるとも」

 男は揉み手をすると、ドサッと金の音がする革袋を置いた。

「前金だ」

 ゲルクは目を見開いた。今の音からすると、中身は全部金貨だ。ゲルクは喜ぶよりもむしろ警戒した。

「積み荷は何だ?」

 鋭い口調に、男は笑顔のまま肩をすくめる。ここで言うつもりは無いらしい。さっしてくれ、と言わんばかりだ。

 ゲルクは袋を覗いた。自由都市同盟加入国、共通のドニー金貨。帝国ニコル金貨より金の含有率は低いがそれでも──前金にしては多すぎる。

 かなりヤバい物を運ばせるつもりなのは明白だ。ゲルクにとっては金になりさえすればそれでいいが、これから真っ当に生きようとしているカティラからはどやしつけられるだろう。

 いや、ちょっと気持ちよくなる薬草くらいなら、カティラも目を瞑るかもしれない。麻薬、媚薬の中には合法のモノもあるし。

「わしも同船する。船はもう押さえてあるから、ただ積荷を護衛してくれれば、それでいいんじゃい」

 にこにこにこ。ゲルクはその顔をじっと見つめていたが、深い息をついて金を受け取った。欲求不満で注意力が散漫になっているのかもしれない。だけど、仕事を選んでいる状況ではないのも確かだ。




※ ※ ※ ※ ※




 高価な薬草が吊るしてある露店の前で足が止まった。大きな市だが、薬剤を扱っている店はあまり多くない。この街には医師・薬剤師組合も無いようで、薬効成分もだいぶ怪しい。


「置いてないわね」

 カティラは店先を覗いてから、舌打ちまじりに呟いた。所詮は辺境の島、ならず者の住まう町。

 自分の両肩をぎゅっと抱きしめる。しばらくゲルクと夜の営みをしていない。避妊用の丸薬が欲しい。安い薬草を使ったものだと、二ヶ月くらいしかもたないものもあるが、今はそれで充分なのだ。だがそれすら置いてない。

 商船での護衛の仕事が入ったから、間もなくゲルクが金を持ってくるはずだ。しかし金があっても、薬が無ければどうしようもない。

 昔ながらの金羊の腸という避妊具なら売っているが、そもそもゲルクは自分の息子に何かを被せるのは抵抗があるらしい。かといって──性交時にだけ──激情家のゲルクに、達する寸前に外に出せといっても出来るわけがない。

 よく考えるとアイツ、サイテーの猿だ。

 悶々と悩んでいるうちに、カティラの目にどんどん危険な光が溜まってくる。

 そもそも旅人の多く立ち寄るこの市場に、避妊の丸薬が無いとは何事か? 船旅中に生理になる女がどれほど大変か、この市の連中は分かっていないのか? つまり男社会か? それに、あいにく欲求不満は男だけのものではない。

 イライラが頂点に達しようとしたその時だ。

 カティラの視界に、憎んでも憎みきれない帝国軍人たちの姿が飛び込んだ。

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