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肖像画
しおりを挟むなーんてね、なんやねん異世界って、と笑いながらルジェクを振り返ると、
「そんな馬鹿なことあるか。くだらん」
おま言う!?
せめて今日飲む予定だった子たちに、遅刻する、もしくは欠席するってメッセージを送りたかった。予約したのはちょっと素敵なお店だったから、行きたかったな……。
パネルに表示されたエラー画面を見ながら、くすんと鼻をすする私。
ルジェクは困ったように私の近くに座り込んだ。少し、私に対する嫌悪感がなくなったのだろうか。ぐったりしているので、そろそろ騎士とか魔女設定とかに疲れたのかも。
「この屋敷は──最近封じられたばかりの領地だ。領城から距離があるゆえ、しばらく荘園は村役人に任せ、領主館も放置しておったのだ。最近になって家令に巡回させたところ、屋敷の中をウロウロする影が見られると、領民から訴えがあったそうでな──」
そう言ってこちらを睨みつける。
疲れてなかった……やっぱそういう設定なんだ。
彼はそのままポツポツと自分設定を話し続けた。
どうも従者を数名連れて乗り込んだところ、いつの間にか彼一人だけになっていた──という設定らしい。
コスプレ友達と不法侵入した後はぐれたのかしら。お友達は帰っちゃったんじゃないの?
「まさかこんな裏側に隠し部屋──隠し屋敷? があって、変な女が住みついて居るとは──貴様、魔女では無いとしてもやはりけしからん。ここは俺の別宅だぞ。勝手に住み込むなどと──」
「冗談じゃないわ、あんたの方でしょ。ここの所有者は社長なの。これから売りに出すの!」
私たちはにらみ合った。平行線だ。
頑固に何かのキャラを押し通すコスプレイヤーに、イライラした。
私はため息をついてから、ふと、飾り付け用のハロウィンのお菓子を思い出す。イラつく時は甘い物。
籠から取り出すと、いかにも漫画に出てきそうな、ぐるぐる渦巻きのキャンディをはむっと食べた。
ルジェクがガン見している。
「なんだそれは?」
私は舌打ちして、仕方なく彼にも差し出した。
「どっから見てもキャンディでしょ」
「食えるのか?」
私は包装紙を破いて、彼の口に無理やり突っ込んだ。とりあえず、静かに考えたい。このオタク男には黙っていてもらおう。
ルジェクはふごふご言っていたけれど、すぐに甘い味に気づいたのか、ぺろぺろ夢中でやりだした。細かい演技がうまいな、コスプレイヤー。
「ふむ。美味である。これは蜂蜜ではないのか? まさか、砂糖か!? なんと贅沢な!」
なんでこんなことになったのか。このままじゃ、飢え死にだ。
家に火を放ったら一一九番してくれるかしら。でも、出られなきゃ一酸化炭素中毒でお陀仏よね。あと、生きていても社長に殺される。
内見の時にシャワーの水圧を気にするお客さんが居て、ここは水を出せる状態にしてある物件だった。
ためしにリビングのキッチンの蛇口をひねってみて、勢いよく出た水にほっとする。飲み水さえあればしばらく死ぬことはないだろう。
「なんだそれはあぁぁぁ! 屋敷内に井戸があるの!? どうやって水を出した!?」
彼が喚いていたけれど、無視だ。
私は次にバスルームに行ってみた。ドン引きするくらい広い脱衣所には、普通に分電盤が設置されていた。
田舎のラブホくらい大きい円形の浴槽や、洗い場もやたら広いのを除けば、浴室乾燥機のついた機能的なお風呂場だった。
室内用の物干し竿を引っこ抜き、それを使ってブレーカーのつまみを上げる。
お爺ちゃんの血のせいか、私の背は日本人女性にしては高い方である。でも、この洋館の天井は基本的に一般の建売より高くできていて、ぜんぜん届かなかったのだ。
ここ……老女が一人で住んでたんだよね。
三階建てで、エレベーターも付いてないし、部屋数が多くて掃除も大変そう。固定資産税も半端なさそうだし、電球一つ取り換えるにしても、使い勝手が悪いんじゃないかな……。
社長が住みたくないのもちょっと分かる。彼も独身だし。
まあ資産家だったというから、清掃業者やお手伝いさん的なものを雇っていたのかもしれない。でも私だったらさっさと売っぱらって、平屋を購入するか、高齢者用マンションにでも住むけどな。
だって、こんな広い家に一人なんて、寂しくてどうにかなっちゃうよ。
リビングに戻ると、騎士はまだ水道を出したり止めたりして大騒ぎしていた。私がいない間もずっと演技をしていたのだろうか──騒がしいな。
外の奇妙な光る霧のせいでやたら明るい室内だけれど、私は電気を付けてみた。パッとシャンデリアの灯りがつく。
とたん、ルジェクは剣を抜いた。
「魔女め、今何をした! 貴様、猫族ではなく、最強と言われる炎の魔女だな!?」
いろんな魔女が居るな! なんのアニメだ?? 聞いても分からないと思うけれど。
私は、今後どうしたものかと考え込む。
「だいいち、蝋燭の臭いがぜんぜんせんぞ、すべて蜜蝋を使っておるのか? 外はまだ明るいのに、もったいないではないか!」
私自身、今は一人暮らしだから、不在なのをすぐには気づいてもらえない。けれど、今日会う予定だった友達から、実家に電話してもらえるかもしれない。
「あのシャンデリアはどうやって降ろすのだ、火を消さなければ」
それに、明日のバイトをすっぽかしたら、バイト先の人たちだって気づく。
警察にも捜索願いを出してもらえるかも。
そうするとここの物件に思い当って──。
「夜になって真っ暗になったらどうするのだ、蝋燭はその時に使うべきであり──」
ちょ、うるさいな! 落ち着いて考えられないじゃないの。
うん、絶対大丈夫なはず。最悪現地販売会とかで、誰かしら来るだろうし……いや、その頃には飢え死にしてるな。食べ物はハロウィンのお菓子しかないんだもの。
「ほう、この壁紙はみごとだ。俺の屋敷にもぜひ──」
とにかく、救助を待つしかない。
壁をよじ登ろうとしている外人に目をやりながら、仕方なくスイッチを押した。短剣を抜いて壁に刺して登ろうとするんだもの。売り物を傷つけられたら適わない。
「一斉に消えたぁあああ」
キャットウォークから手を放したルジェクが壁から落ちてくる。もうね、体が大きいから、ちょこまかされるとうっとおしいの、ほんとに。
私はため息をついてから、未練がましくスマホを見た。充電器持ってきておいて良かった。ネットはできないけど、あるだけで安心感が違う。
「そのさっきから大事に握りしめている、板のようなものはなんだ? 呪術の道具──」
「だからうるさいんだってば!」
集中して考えられないでしょ!
でも、その時計の表示を見て固まった。
時計が、動いていない。
ここに来た時と同じ、夕方のままだ。私は腕時計もしていた。アクセサリーは頭痛がするからダメなのだけど、その代わり腕時計をいつもつけている。振るだけでネジが巻かれるやつ。
時計の針は、スマホのデジタル表示と同じ時刻で止まっていた。
「どうした?」
キャンディをしゃぶりながら、ルジェクが覗き込む。ガチャガチャと、鎧もうるさいんだけど。
「脱げば?」
肩こらない?
「な、男に脱げなどと、なんと破廉恥な!」
私はそんな彼を無視して、部屋中を捜索しまくった。頭の端に、同じ時刻で止まっている時計が居座っている。それは、やけに不穏な気持ちを掻き立てた。
トイレから何からすべての部屋を周り、すべての窓や扉をガタガタ言わせ、へとへとになって二階の廊下を歩く。
その時、さっき調べたはずの部屋の扉が開いているのに気づいた。
そう言えばここは、書斎だったのだろうか。窓際にどっしりした執務机。
洋画に出てきそうな、しっとりした艶のあるアンティークなやつだ。壁にはマントルピースもお洒落な暖炉が置いてあり、やはり中には使い勝手のいいストーブが置かれている。
その上に大きな肖像画。これ、さっきあったかな? こんなに大きいのに気づかなかった?
「社長のお姉さんの若いころ?」
私は目を丸くした。綺麗な人だ。
「むこうの屋敷にもあったが、これは前の領主の妻なんじゃないのか」
ルジェクが背後からやってくる。
鎧を脱いだようで、ラフなキルトのチュニックを着ている。下はピッタリしたもっこりタイツだ。
……シルクのタイツだろうか、右足と左足で色が違うんだけど。
あとなんか……股間がやけに膨らんで──。
「だっさ!」
私は吐き捨てていた。
「しかも何を勃起させてるのよ!? 変態なの?」
ルジェクがそれを聞いてカンカンに怒る。
「だっさ!? だっさとはなんだ! ちょっとニュアンスで分かったぞ、かっこ悪いとか、そういう意味だろ? お前のような田舎者には分からんだろうが、この股袋はな、なんでも入る特注のやつだ」
その時、聞こえた言葉が二重音声になった。でも手を突っ込んでごそごそやっているのに気を取られ、注意しなかったのだ。
「ほら、これをやろう。さっきくれたこのぐるぐるの甘いやつの礼だ。魔女から施しを受けるのは、騎士にとって屈辱」
「ナニコレ」
「干し肉だ」
要らねーわ! 股ぐらからお出しになった食べ物なんて食べられるかっての!
私はその時、暖炉の前に一枚の紙を見つけた。日本語で何か書いてある。
「うむ? 何語だこれは?」
ルジェクが横からのぞき込んだ。
「ずいぶん高級な羊皮紙に書いてあるな。真っ白ですべすべじゃないか」
「普通の紙でしょ??」
うわっ。と彼が叫んで頭を抱えた。唐突に、そこに書かれている文字を指で辿った。
「読める、今突然、読めるようになったぞ。──!?」
しかし、私もそのメモ用紙の言葉を読んで凍り付いていたので、彼の細かい演技はどうでもよかった。
「『YOUたち傷心中なんでしょ? 愛をはぐくんで一発やっちゃいな。そしたらここから出られるYO!』」
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