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地味なバイト
しおりを挟む「あの物件、本気で売るらしいぞ」
部長に言われたとき、私はちょっと嫌な予感がした。今日は、早めのハロウィンパーティの日だ。
いかにも地域に根付く中小企業、と言った小さな不動産会社。そこでアルバイトをしようと思ったのは、一人暮らしをしていたアパートが近かったことと、好きなカメラを生かしたかったから。
ついでに言うと、大学からも近い。
バイトの仕事は主に、会社が持っている物件、あるいは仲介物件を撮影し、不動産ポータルサイトに載せること。接客が苦手な私には、向いていると思ったの。
三限目からの時間割の時、午前中の明るい時間を利用して写真を撮り、授業が終わってから会社にデータを持っていく。
今は会社のパソコンを借りて、地味なデータの入力作業。営業さんの隣でポチポチ画像を修正していた。
ナンバープレートや洗濯物にモザイクをかけるのは、なんか萌える。
上司の言う「あの物件」は、自社中古物件のうち、なかなか売れないものだった。いわゆる輸入住宅というやつで、元の住民がこだわりぬいた中欧風の洋館である。
なんでも設計時、トランシルヴァニア城みたいにしてくれ、と家主から厨二病的発言があったとか。
絶対ラブホみたいになるから、と周囲は必死で説得してやめさせようとしたけれど、家主は退かなかった。
重厚感や雰囲気を出すために、外壁の煉瓦やエクステリアのオブジェの一部などは、本当にルーマニアから仕入れたこだわりようだったとか。
さらに室内の家具もすべて、高価なアンティークらしい。
それが時を経て、どんな外観になるか当時は考えなかったのだろうか。
オーナーの希望通り、ドラキュラでも居そうなおどろおどろしい中古物件になり果ててしまった。
もうこれどう見ても廃墟というか廃城というか……。
mapから現地を確認すると、蔦まで絡まっている。
「社長から許可が出た。十月だけハロウィン限定キャンペーンだ。今月末からキャンペーン中は二百万値下げするぞ」
実はこの物件、売主どころかオーナーもここの社長なのだ。厨二病の父親からの、負の遺産と言ったところだろうか。
本人に住む気はさらさらない。
見た目がちょっとアレ、というのもあるけれど、駅から離れた高台にある。「車に乗れなくなったら、年寄りにあの坂はきついよ」と言っていた。
社長のパパと同居していた社長のお姉さんがずっと住んでいたのだけど、二年前に亡くなり、他に身寄りが無いので売ることにしたのだ。
あまり本を読まないから私には分からないのだけれど、お姉さんは割と著名な小説家だったらしい。うちの社長と同じく資産家であったとか。
売りに出すと決めた時一億近かったこの物件。去年八千万円にして、さらに七八〇〇万円にするんだ……。
──この仕事してると金銭感覚がなんか変になる。
土地面積は六三六.〇七平米、建物面積は三四八.一八平米、105坪の豪邸である。なんやねん、この8LLDDKKって。近眼が進んだのかな、乱視? と思うような変な間取りだ。最寄り駅からはバスで二十分ほど。
「写真よろしくな。はい、これ」
「え? 今からですか?」
どっさりと、カボチャやらコウモリの人形やらを渡される。百均で買った飾りが多い。
「異例の夕方の撮影。もうお化け屋敷っぽく写真載せて、その手のマニアをターゲットにするしかない。ブレーカー上げれば照明はつくから、外からライトアップされたところも撮ってきて。だから今回はのぼりや万国旗は設置しないでいい。雰囲気で行こう」
「いや、今日はちょっと早めのハロウィンパーティーがあってですね──」
「リア充かてめぇ、どうせヤリコンだろ」
「女子会ですよ……。もしお暇でしたら、一緒に来られますか? ぴちぴちの女子大生ばっかりですよ?」
「えぇぇえ、マジで?」
「おおい、田沢」
営業が乗り気になった時、奥の部屋から社長の声がした。
「おまえさ、来週の契約、買主さんに重説のコピー送ってあるの? 先に確認しておきたいって言われてるだろ? まだ届いてないって電話来たぞ──」
「あ、やべっ」
私は敢え無く買収が失敗した。ジロリと睨みつけられる。
「とりあえず、設置して写真だけ撮っておいて。ナビ無くてもいけるだろ? 社用車やめて、自分のバイク使えばそのままヤリコン行けるだろ?」
「だから女子会ですってば!」
私は深々とため息をついた。
田沢さん、営業だから口は上手いし、見栄えがそこそこいい。連れて行ったら女子会と言えど喜ばれそうだったんだけど、まあ……バツイチだしな。
なんの因果か私とは逆で、奥さんに不倫された側だ。しかもクリスマスイヴって言うから笑ってしまった。しばらく調停で揉めていたらしい。
お子さんいなくて良かったね、としか……。
この営業さんも「もう結婚なんてしないし、セックスできればいい、誰か紹介して?」と言い張っている可哀そうな人だった。
なんでエッチ目的で友人を紹介しなきゃならないんだか。
でも、体目当てです! って最初に言ってくれた方がなんぼも潔いと思う。
うん、愛なんて信じない。信じられるのは、自分だけよ。
「あ、ちなみに亡くなった社長の姉さんね、男に裏切られて男性不信になってから、ずっと独り身だったらしいよ」
ああぁぁあ、なんてことかしら。世の中こんな話ばっかりじゃないの!
よくよく話を聞けば、社長のお姉さんって孤独死だったのか。
「え、撮影怖いんですけど」
うちは賃貸をやってないし、撮影も新築の仲介物件が多かったからな。中古って聞くとそれだけで身構えちゃう。
「大丈夫。自然死で、しかもすぐ社長に発見されたから、事故物件にはならない。瑕疵担保責任の告知義務では無い!」
いや、そうではなくて……。
「心理的瑕疵で気にする人は気にするんですよね……」
「うちが取り扱う物件は売買が多いからな。だから、のちのちのトラブルを避けるために、重要事項説明の時にもきちんと話すよ。でも人間必ずどこかで死んでるんだぜ? お前の座っているところだって、落ち武者とか死んでるぜ」
私は、窓から傾いていく太陽を見つめた。
「もうすぐ暗くなりますね……」
「何お前、撮影のバイトでそんなこと気にするの? プロ意識無いの?」
う……。ニヤニヤ笑ってやがる。
「ヤリコン遅れちゃうよ?」
田沢さんはそういうと、販売図面を私に押し付けた。
そうだ、急がなきゃ。ハロウィンパーティの時間に間に合うかどうか。
飾りつけで、時間かかりそうなんだよなぁ。
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