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第1章

まうちゃん

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工房を出て、小川沿いの道を歩く。
この道は、夕暮れ時になると小川から吹く涼しい風が気持ち良い。この小川は、染め物をするために本流から引いた用水路なんだよね。夏場は良いけれど、冬場の染め付け作業は水が冷たいから大変だろうなぁ。

オソメさんは、染め物の工房の3代目。

よっ!3代目染吉!(本名)

おふくろさんから代替わりして、10年が経つ。母さんが父さんと結婚した頃からの友達でとても仲良しだ。オソメさんは、所謂オカマさんなのだけど、子供の頃から女の子の格好をしていたので周りは女の人だと思っているんだって。おふくろさんは、全面的にオソメさんのことを受け入れているので、「工房は染吉の好きにしなっ!」て言って早々に引退して、今は趣味の園芸に勤しんでいる。剛胆なおふくろさんだ。
オソメさんの親父さんは陶芸家だったのだけど、20年前に事故で亡くなっている。


私もオソメさんが染吉だと知ったのは去年のことで、おふくろさんがうちの母さんの店で酔っぱらってついポロリと言っちゃったのを聞いてしまったんだ。別に本人は隠していないのよって母さんは言ってたけど、あの見た目からは誰も男だとはわからないだろうな。
まあ、でも、私はオソメさんはオソメさんとしか思っていない。性別を超越した存在ってことねっ。うふっ。



丁度、橋の上を歩いていた時に、
またぷるっと包みが震えた。

ん?

んん??


胸に抱いた丸い包みは、気のせいではなく振動している。し続けている。

イッツ!バイブレーション!!

中身が気になり、そっと布を開けてみると
綺麗な水色の卵だった。
鶏の卵…では無いよね。
何の卵なのかな。どんな鳥が生まれるんだろう。

パリパリっと殻に亀裂が入った。

お、いよいよですな!

ほわほわのひよこちゃん出てくるのかな~。

ワクワクして見ていると、予想していた感じではなく、パカッと勢い良く割れた。

「まぅ~。」

なんじゃこりゃー!

「まぅ~。」

ひよこじゃない、だと?!

それは、それは
透き通るような白さの小さなドラゴンだった。

「ひぃぃぃぃぃぃっ。」

と、言いつつも小さなドラゴンを放り投げる訳にもいかず両手を目一杯伸ばす。

「まぅ?」

キラキラした大きな目で私を見るドラゴン。あら、ちょっと可愛い…かも。

「まぅぅっ。」

パタパタと飛んで、私の肩に止まり、頬擦りをする。

「まぅ~。」

私のドラゴンに対するトラウマをも解かすこの可愛さ!

「まうちゃん。」

と、呼んでみると

「まぅっ!」

と返事をする。ふふっ。可愛いな。
そっと頭を撫でてみる。

気持ち良さそうに目を閉じるまうちゃん。

ツルッとした触り心地。
もふもふも好きだけど、このツルツルも
なかなか良いなー。




そこで気付いてしまった。

このドラゴンて(正確には卵だったけど)ブロンさんていう人の忘れ物だったよね。どうしよう。生まれちゃった…。

それにドラゴンなんて誰かに見つかったら大騒ぎになるよね。ひょっとしたら殺されちゃうかもしれない。

え、私は斬りませんよ?
チャリバー持ってませんし。
持ちたくもありませんし。

まうちゃんを肩に乗せたまま、持っていたスカーフをすっぽりと頭から被り、周りから見られないようにする。
「まうちゃん。ちょっと静かにね。」

俯き加減で取りあえず母さんの店に向かうことにした。



「カミュ~!帰ってる?」

「お、姉さん。今帰って来たとこ。」

「良かった~。かくかくしかじかで、こういうわけなのよ~。」

と、私はスカーフを外す。

「まぅ~。」

「おおお!!!可愛い~っ。」

「この子がまうちゃんです。さて、どうしましょ。」

「どうしましょって…。どうする?」

持ち主に返したいけれど、金熊亭にドラゴンを連れて行くわけにはいかないよね。
困ったなぁ。

「ね。カミュ。私、取りあえず金熊亭に行って事情を説明してくる。その間まうちゃん預かっててくれない?」

「うん、いいけど…、姉さん1人で大丈夫?」

「大丈夫よ。それで、ここにそのブロンさんに来て貰おうよ。」

肩に乗っているまうちゃんに
「まうちゃん。私、ちょっと出掛けて来るからその間カミュとお留守番しててね。」
と、話しかける。

「まぅ~まぅ~。」

まうちゃんは私に頬擦りをしてからカミュの肩にパタタと飛び移った。

「この子、言葉がわかるみたいだね。ドラゴンて賢いんだなぁ。じゃあ留守番してるから、姉さん気を付けて行ってきて。」

「まぅ~!」


気を付けるもなにも、金熊亭まではここから走って3分なのだが。


「いってきまーす!」

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