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第9章
アニス、再び王都へ②
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小山に建っているドームへ、正規の道以外で行く方法となると、当然山を登るしかない。
ツバキを先頭、ハッカをしんがりに、四人は補正されていない夜の山道を黙々と登り続けた。行く手に生い茂る枝を薙ぎ払っていたツバキが、唐突にふり返る。
「──王子、ここですか?」
そこは、山の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟だった。
「間違いない。もしもの襲撃に備えて、先祖が城から古い防空壕へ秘密の抜け道を作ったと聞く」
四人はペンライトの灯りを頼りに、暗闇へ足を踏み入れる。確かに、見取り図にも載っていない隠された通路だった──
「……ぷはっ、クモの巣が!」
「何かちくっとしたものが手に!」
「それ、おれの頭ッス!」
「ひぃ、コウモリだァ!」
「近年、誰も通ってない証拠です。安心ですよ」
すたすたと冷静に先を行くアニスを、呆気に取られ見つめる男性陣。いつの間にか土壁は岩壁へと変わり、行く手に小さな引き戸が見えた。
ツバキがそっと扉を引く。辺りを確認し屈むようにしてくぐると、そこは備えつけのキャビネットにつながっており、薄暗い部屋らしき空間に出た。
グリーンの蔓草模様のクラシックな壁には、王の肖像画と王家の紋の入った剣が飾られている。
「ここは……亡くなった王の部屋だ」
シュウカイドウがつぶやき、アニスもぐるりと首を巡らせた。
(このひとが、わたしの父かもしれないひと)
初めてまともに対面する王の貌。
それは肖像画にしてはあまり威厳がなかったが、愛嬌のある天然な笑顔で、アニスは不思議と親しみが湧いた。
が、ふと、どこかで見たアイテムに、視点が結ばれる。
「これ、この首の……!」
「ああ、叔父上がよく使っていたスカーフだな」
それは、地下住民の東のリーダーがつけていた、シルクのネッカチーフと同じデザインだった。
「王室御用達の特別なもので、王の桜柄はこれ一枚だけだ。これが、どうかしたのか?」
(じゃあ、クコの言っていた『変なおじさん』って──)
王自らが、海底の泥に眠る鉱床を調べていたのだ。
アニスは会ったこともない王に近しい感覚を覚え、胸があたたかくなった。
マンホールタウンでの顛末を話すと、シュウカイドウが思い出をなぞるように、絵とアニスを見比べ微笑んだ。
「……王は変人で敬遠されていたが、ぼくはおもしろくて好きだった。きみはやはり(目が)叔父上に似ているな」
(それは、わたしも変人という……)
ほめられているのかなんなのか、よくわからず複雑である。
「さっきの話って──これか?」
ふたりの背後で何やらごそごそとあさっているツバキだったが、王の書斎机から、元素記号や方程式が書き連ねられた分厚いレポートをぽいと投げる。
「ちょっと、そんな乱暴に──」
しかし、次いで飛んで来た鉱物のサンプルを見たとたん、アニスは勢いづいて目を見開いた。
「──輝安鉱!」
「何アンコウ?」
聞いたことのない奇妙な名称に、ツバキが妙な顔でのぞき込む。
「『きあんこう』。別名アンチモン、レアメタルです。やっぱり王は、輝安鉱の調査をするつもりだったんだわ!」
シュウカイドウもサンプルを見返し、興奮している。
「OA機器などに使われる希少な素材だ。貴重な資料だな、これは!」
「発見できれば、国の新しい資源となります。これ、持って行きましょう!」
「こんな石ころに価値があるのか?」
サンプルとレポートについて真剣に議論するふたりを尻目に、あまり興味のないツバキは、壁の王剣に手をかけている。
「あっ、ツバキ、お前何してんだ!」
ハッカが頓狂な声をあげ、シュウカイドウも静かに諌める。
「リクドウ、故人の部屋だぞ」
「そうです、お行儀悪いですよ、リクドウさん」
「アニス博士も、アンコウ持ち帰るんだろ」
「そ、それは……」
「まあまあ、こんな機会ないからよ。何かお宝探そうぜ」
さらにツバキは、興味深げに机の天板をがこんと上げた。
隠すように二重になった引き出しの下に現れた日記に、今度は全員の目がいっせいにすいよせられた。
「……いやいや、それはマズいよ、ツバキ」
「そ、そうだ。プライバシーの問題だ」
「勝手に見るのはよくないですよね」
正論を出しあいながらも気になって、三人ともそわそわと目配せをする。
ふとツバキが取った日記の間から、一枚の写真がするりと落ちた。
何度も見返したと思われる古いL版には、堅い表情の女性が写っている。
「誰だ? スイレンじゃねーな」
「あっこら、ツバキ、見るんじゃない!」
ハッカがあわてて止めたが、その色褪せた被写体にアニスは見覚えがあった。
「待って、そのひと──」
そのとき、外から足音が聞こえ、
「隠れろ!」
ツバキの先導に四人はソファの後ろへ飛び込んだ。同時に、ふたりの近衛兵がぶつぶつと文句を言いながら入って来る。
「──ハオウジュ将軍、もう天下を取ったつもりだ。人使いが荒いんだからよ」
「ところで、王の剣はどこだ?」
気まずそうに剣をかかえたツバキを、三人がじろりと睨む。
「ここにはないな、武器庫じゃないか」
「しかし今時、処刑に銃でなく剣なんか使うかね」
「王族の誇りにせめてもの酌量とか言ってたぜ」
(!)
ソファの裏で四人は顔を見あわせた。近衛兵の遠ざかる足音を確認し素早く部屋を出ると、険しい声でツバキが喚起した。
「──行こう、牢塔のウツギ議員たちを救出するぞ」
ハッカが大きくうなずく。
「アニス博士はすべてが終わるまで、王子とワイン蔵に隠れていてくれ」
えっ、とアニスは絶望的な表情になった。
だがそんなアニスをからかうように、ツバキはすぐに肩をすくめて撤回する。
「──と思ったけど、どうせあんた、止めても勝手に行動するだろうから、集中制御室のほう頼む」
「何言ってんだ、ツバキ。あんなところまで、護衛もなしに行かせられるわけないだろう」
ハッカが顔色を変え反対するが、アニスはうれしかった。
ツバキは、自分を信じて役目を託してくれている。
処刑が決定した今、二手に分かれなければ計画は間にあわない。加えて、離れにあり守備も固い牢塔への救出はひとりでは無理だ。全員が行動をともにする余裕はない。
シュウカイドウが強く前に出た。
「心配ない、ぼくが集中制御室へ同行する。王女を最前線に立たせたとあっては、国を取りもどしても王家は世の笑い者だ」
躊躇いながら目をあわせるツバキとハッカに、なおも強くシュウカイドウは推した。
「ぼくはきみたちより、城の内部に長けているぞ。アニスを迷わず、集中制御室へ連れて行くことができる」
「だ、だが王──」
「リクドウ、ぼくだってぼくの城を自分で護りたいのだ」
おだやかな口調の中に固い意志を感じたツバキは、引きこもりと冷笑されていた王子を真面目な顔で見すえた。
「王子、コミューンでなんか変なもんでも食ったんスか」
あわててハッカが相棒の頭を叩く。だがシュウカイドウは、朗らかに笑って言った。
「知らないのか、リクドウ。回転焼きを食べると勇気が出るんだ」
アニスとシュウカイドウは、集中制御室のある地下への廊下を走っていた。
「シュウカイドウさま、計画はさきほどお話ししましたが、本当にいいんですか? これを実行すれば……」
「ああ、城を初め、グレーターの住人たちからは苦情が殺到するだろう。だが、ハオウジュ将軍に国を奪われるよりはいい。きみが図書館のなぞなぞを解いたときから、何かが変わる予感がした」
初めて会ったときはすっぽりと顔を覆っていた前髪が今は少し開かれ、意外と端正な顔がのぞいている。心強い気持ちが湧いてきたアニスは、大きくストライドを踏んだ。
「三つめの答え、絶対解きましょう!」
九十九折りの廊下を駆け抜け、最後の通路にさしかかったとき、突然行く手に衛兵が現れた。相手もシュウカイドウの姿に不意を突かれ、一瞬驚くがすぐに命令を思い出し銃をかまえる。
「お、王子! ご、ご同行願います!」
「──シュウカイドウさま、ゴーグルとマスクを!」
アニスの声を合図に、スパイス爆弾が爆ぜた。連発する衛兵たちのくしゃみを後に、もうもうと舞い上がる煙をふたりは抜ける。
だが狭い通路に響く騒ぎに、他の衛兵が気づかないわけがない。アニスたちは、たちまち数人の追っ手に囲まれ銃口を向けられた。
「王族は残らず捕らえろとのこと、来てもらいます!」
シュウカイドウの痩身が衛兵たちに確保される。
「そっちの女は誰だ?」
「きゃっ……!」
「手荒な真似をするな、その子は──!」
つかまれたアニスの腕が乱暴に引っぱられた瞬間、衛兵たちが次々に手刀を打たれ、がくんと膝をつき倒れた。背後に、のそりと見知った巨体が現れる。アニスは驚いて声をあげた。
「──カシさん!」
「合図が遅いので様子を見に来た」
相変わらず口数の少ない灰都のカシが、気絶した衛兵たちをぐるぐると縛り上げる。
「アカザさんもここへ?」
「ああ、だがお前は仕事があるだろう、行け」
半ば、ふたりはおし込まれるように集中制御室へ入れられた。
ここで、これから大事な作業が待っている。失敗すれば、すべての作戦は不発に終わってしまうのだ。
「まずは管制システムに接続しなければならない」
そう助長するシュウカイドウすら、入ったことのない集中制御室。アニスも、研究室でも見たことのない、並立つ大型コンピューターに圧倒される。
だがコンソールを目の前にすると、アニスはスッとスイッチが入れ替わったように表情が変わった。モニターの青い光に瞳が反射する。カチャカチャとキーボードを打ち込めば、無機質な機械音声が返ってくる。
『コードを確認・システム・管理者モードに移行します』
「──入れました!」
『三分以内にパスワードを入力下さい』
「パスワード……!」
「王が指定したものだ!」
そんなもの、わかるわけがない。アニスはくっと爪をかんだ。シュウカイドウも、焦ってコンソールに乗り出してくる。
「と、とりあえず、何か思い当たるものを打ち込んでみよう」
「王さまの好きなものとか?」
「『回転焼き』じゃないか」
──〝ERROR〟
「それ、シュウカイドウさまが好きなものじゃないんですか!?」
アニスに突っ込まれ、シュウカイドウは気まずそうに顔を逸らす。
入力は三回まで、それ以降はコードから強制変更されてしまう。
「『スイレン』はどうだ? 好きだったはずだ」
やはり〝ERROR〟
「王さまの誕生日は?」
「そ、それはパスワードとしては一番NGだろう」
時間はリミット寸前、チャンスもあと一回だ。ふたりとも焦燥がぬぐえない。
(王さまの好きなもの、好きなひと──)
アニスの脳裏に、ふと日記に挿まっていたあの写真の女性が過った。
(……好きじゃなかったら、きっとあんなふうに大切に取ってたりしない)
指が自然に彼女の名前を打ち込み、エンターキーを叩く。シュウカイドウが驚いて声をあげるが──
『パスワードを認証・コマンドを実行します』
管理プログラムはヴンと作動し、立ち並ぶコンピューターが一斉に点滅した。
ふたりはへなへなと、その場にすわり込む。やがて地鳴りのような轟音が城に響き、グレーターの天が割れ始めた。
「ドームが開くわ!」
ツバキを先頭、ハッカをしんがりに、四人は補正されていない夜の山道を黙々と登り続けた。行く手に生い茂る枝を薙ぎ払っていたツバキが、唐突にふり返る。
「──王子、ここですか?」
そこは、山の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟だった。
「間違いない。もしもの襲撃に備えて、先祖が城から古い防空壕へ秘密の抜け道を作ったと聞く」
四人はペンライトの灯りを頼りに、暗闇へ足を踏み入れる。確かに、見取り図にも載っていない隠された通路だった──
「……ぷはっ、クモの巣が!」
「何かちくっとしたものが手に!」
「それ、おれの頭ッス!」
「ひぃ、コウモリだァ!」
「近年、誰も通ってない証拠です。安心ですよ」
すたすたと冷静に先を行くアニスを、呆気に取られ見つめる男性陣。いつの間にか土壁は岩壁へと変わり、行く手に小さな引き戸が見えた。
ツバキがそっと扉を引く。辺りを確認し屈むようにしてくぐると、そこは備えつけのキャビネットにつながっており、薄暗い部屋らしき空間に出た。
グリーンの蔓草模様のクラシックな壁には、王の肖像画と王家の紋の入った剣が飾られている。
「ここは……亡くなった王の部屋だ」
シュウカイドウがつぶやき、アニスもぐるりと首を巡らせた。
(このひとが、わたしの父かもしれないひと)
初めてまともに対面する王の貌。
それは肖像画にしてはあまり威厳がなかったが、愛嬌のある天然な笑顔で、アニスは不思議と親しみが湧いた。
が、ふと、どこかで見たアイテムに、視点が結ばれる。
「これ、この首の……!」
「ああ、叔父上がよく使っていたスカーフだな」
それは、地下住民の東のリーダーがつけていた、シルクのネッカチーフと同じデザインだった。
「王室御用達の特別なもので、王の桜柄はこれ一枚だけだ。これが、どうかしたのか?」
(じゃあ、クコの言っていた『変なおじさん』って──)
王自らが、海底の泥に眠る鉱床を調べていたのだ。
アニスは会ったこともない王に近しい感覚を覚え、胸があたたかくなった。
マンホールタウンでの顛末を話すと、シュウカイドウが思い出をなぞるように、絵とアニスを見比べ微笑んだ。
「……王は変人で敬遠されていたが、ぼくはおもしろくて好きだった。きみはやはり(目が)叔父上に似ているな」
(それは、わたしも変人という……)
ほめられているのかなんなのか、よくわからず複雑である。
「さっきの話って──これか?」
ふたりの背後で何やらごそごそとあさっているツバキだったが、王の書斎机から、元素記号や方程式が書き連ねられた分厚いレポートをぽいと投げる。
「ちょっと、そんな乱暴に──」
しかし、次いで飛んで来た鉱物のサンプルを見たとたん、アニスは勢いづいて目を見開いた。
「──輝安鉱!」
「何アンコウ?」
聞いたことのない奇妙な名称に、ツバキが妙な顔でのぞき込む。
「『きあんこう』。別名アンチモン、レアメタルです。やっぱり王は、輝安鉱の調査をするつもりだったんだわ!」
シュウカイドウもサンプルを見返し、興奮している。
「OA機器などに使われる希少な素材だ。貴重な資料だな、これは!」
「発見できれば、国の新しい資源となります。これ、持って行きましょう!」
「こんな石ころに価値があるのか?」
サンプルとレポートについて真剣に議論するふたりを尻目に、あまり興味のないツバキは、壁の王剣に手をかけている。
「あっ、ツバキ、お前何してんだ!」
ハッカが頓狂な声をあげ、シュウカイドウも静かに諌める。
「リクドウ、故人の部屋だぞ」
「そうです、お行儀悪いですよ、リクドウさん」
「アニス博士も、アンコウ持ち帰るんだろ」
「そ、それは……」
「まあまあ、こんな機会ないからよ。何かお宝探そうぜ」
さらにツバキは、興味深げに机の天板をがこんと上げた。
隠すように二重になった引き出しの下に現れた日記に、今度は全員の目がいっせいにすいよせられた。
「……いやいや、それはマズいよ、ツバキ」
「そ、そうだ。プライバシーの問題だ」
「勝手に見るのはよくないですよね」
正論を出しあいながらも気になって、三人ともそわそわと目配せをする。
ふとツバキが取った日記の間から、一枚の写真がするりと落ちた。
何度も見返したと思われる古いL版には、堅い表情の女性が写っている。
「誰だ? スイレンじゃねーな」
「あっこら、ツバキ、見るんじゃない!」
ハッカがあわてて止めたが、その色褪せた被写体にアニスは見覚えがあった。
「待って、そのひと──」
そのとき、外から足音が聞こえ、
「隠れろ!」
ツバキの先導に四人はソファの後ろへ飛び込んだ。同時に、ふたりの近衛兵がぶつぶつと文句を言いながら入って来る。
「──ハオウジュ将軍、もう天下を取ったつもりだ。人使いが荒いんだからよ」
「ところで、王の剣はどこだ?」
気まずそうに剣をかかえたツバキを、三人がじろりと睨む。
「ここにはないな、武器庫じゃないか」
「しかし今時、処刑に銃でなく剣なんか使うかね」
「王族の誇りにせめてもの酌量とか言ってたぜ」
(!)
ソファの裏で四人は顔を見あわせた。近衛兵の遠ざかる足音を確認し素早く部屋を出ると、険しい声でツバキが喚起した。
「──行こう、牢塔のウツギ議員たちを救出するぞ」
ハッカが大きくうなずく。
「アニス博士はすべてが終わるまで、王子とワイン蔵に隠れていてくれ」
えっ、とアニスは絶望的な表情になった。
だがそんなアニスをからかうように、ツバキはすぐに肩をすくめて撤回する。
「──と思ったけど、どうせあんた、止めても勝手に行動するだろうから、集中制御室のほう頼む」
「何言ってんだ、ツバキ。あんなところまで、護衛もなしに行かせられるわけないだろう」
ハッカが顔色を変え反対するが、アニスはうれしかった。
ツバキは、自分を信じて役目を託してくれている。
処刑が決定した今、二手に分かれなければ計画は間にあわない。加えて、離れにあり守備も固い牢塔への救出はひとりでは無理だ。全員が行動をともにする余裕はない。
シュウカイドウが強く前に出た。
「心配ない、ぼくが集中制御室へ同行する。王女を最前線に立たせたとあっては、国を取りもどしても王家は世の笑い者だ」
躊躇いながら目をあわせるツバキとハッカに、なおも強くシュウカイドウは推した。
「ぼくはきみたちより、城の内部に長けているぞ。アニスを迷わず、集中制御室へ連れて行くことができる」
「だ、だが王──」
「リクドウ、ぼくだってぼくの城を自分で護りたいのだ」
おだやかな口調の中に固い意志を感じたツバキは、引きこもりと冷笑されていた王子を真面目な顔で見すえた。
「王子、コミューンでなんか変なもんでも食ったんスか」
あわててハッカが相棒の頭を叩く。だがシュウカイドウは、朗らかに笑って言った。
「知らないのか、リクドウ。回転焼きを食べると勇気が出るんだ」
アニスとシュウカイドウは、集中制御室のある地下への廊下を走っていた。
「シュウカイドウさま、計画はさきほどお話ししましたが、本当にいいんですか? これを実行すれば……」
「ああ、城を初め、グレーターの住人たちからは苦情が殺到するだろう。だが、ハオウジュ将軍に国を奪われるよりはいい。きみが図書館のなぞなぞを解いたときから、何かが変わる予感がした」
初めて会ったときはすっぽりと顔を覆っていた前髪が今は少し開かれ、意外と端正な顔がのぞいている。心強い気持ちが湧いてきたアニスは、大きくストライドを踏んだ。
「三つめの答え、絶対解きましょう!」
九十九折りの廊下を駆け抜け、最後の通路にさしかかったとき、突然行く手に衛兵が現れた。相手もシュウカイドウの姿に不意を突かれ、一瞬驚くがすぐに命令を思い出し銃をかまえる。
「お、王子! ご、ご同行願います!」
「──シュウカイドウさま、ゴーグルとマスクを!」
アニスの声を合図に、スパイス爆弾が爆ぜた。連発する衛兵たちのくしゃみを後に、もうもうと舞い上がる煙をふたりは抜ける。
だが狭い通路に響く騒ぎに、他の衛兵が気づかないわけがない。アニスたちは、たちまち数人の追っ手に囲まれ銃口を向けられた。
「王族は残らず捕らえろとのこと、来てもらいます!」
シュウカイドウの痩身が衛兵たちに確保される。
「そっちの女は誰だ?」
「きゃっ……!」
「手荒な真似をするな、その子は──!」
つかまれたアニスの腕が乱暴に引っぱられた瞬間、衛兵たちが次々に手刀を打たれ、がくんと膝をつき倒れた。背後に、のそりと見知った巨体が現れる。アニスは驚いて声をあげた。
「──カシさん!」
「合図が遅いので様子を見に来た」
相変わらず口数の少ない灰都のカシが、気絶した衛兵たちをぐるぐると縛り上げる。
「アカザさんもここへ?」
「ああ、だがお前は仕事があるだろう、行け」
半ば、ふたりはおし込まれるように集中制御室へ入れられた。
ここで、これから大事な作業が待っている。失敗すれば、すべての作戦は不発に終わってしまうのだ。
「まずは管制システムに接続しなければならない」
そう助長するシュウカイドウすら、入ったことのない集中制御室。アニスも、研究室でも見たことのない、並立つ大型コンピューターに圧倒される。
だがコンソールを目の前にすると、アニスはスッとスイッチが入れ替わったように表情が変わった。モニターの青い光に瞳が反射する。カチャカチャとキーボードを打ち込めば、無機質な機械音声が返ってくる。
『コードを確認・システム・管理者モードに移行します』
「──入れました!」
『三分以内にパスワードを入力下さい』
「パスワード……!」
「王が指定したものだ!」
そんなもの、わかるわけがない。アニスはくっと爪をかんだ。シュウカイドウも、焦ってコンソールに乗り出してくる。
「と、とりあえず、何か思い当たるものを打ち込んでみよう」
「王さまの好きなものとか?」
「『回転焼き』じゃないか」
──〝ERROR〟
「それ、シュウカイドウさまが好きなものじゃないんですか!?」
アニスに突っ込まれ、シュウカイドウは気まずそうに顔を逸らす。
入力は三回まで、それ以降はコードから強制変更されてしまう。
「『スイレン』はどうだ? 好きだったはずだ」
やはり〝ERROR〟
「王さまの誕生日は?」
「そ、それはパスワードとしては一番NGだろう」
時間はリミット寸前、チャンスもあと一回だ。ふたりとも焦燥がぬぐえない。
(王さまの好きなもの、好きなひと──)
アニスの脳裏に、ふと日記に挿まっていたあの写真の女性が過った。
(……好きじゃなかったら、きっとあんなふうに大切に取ってたりしない)
指が自然に彼女の名前を打ち込み、エンターキーを叩く。シュウカイドウが驚いて声をあげるが──
『パスワードを認証・コマンドを実行します』
管理プログラムはヴンと作動し、立ち並ぶコンピューターが一斉に点滅した。
ふたりはへなへなと、その場にすわり込む。やがて地鳴りのような轟音が城に響き、グレーターの天が割れ始めた。
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