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第7章

ツバキ、実家にもどる①

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 二一一三年 十二月某日 王の日記より
 彼女が城を去った。スカートめくりなど、子供じみたアプローチしかできなかった自分の本当の気持ちに、今頃気づいても遅い。
 誰でもないということは、彼女だったからだ。
 やけになって酔ったわたしを介抱してくれたスイレンが、朝目覚めたらとなりに寝ていた。
 まさかわたしはスイレンとxxx(以下略)

 桜城では、王族を近衛連隊が取り囲み、今にも発砲せんとばかりにかまえていた。ハオウジュ将軍の大音声が、大広間に響きわたる。
「ただ今を以って桜城いや灰桜カイオウ国は、近衛連隊最高司令官ハオウジュの指揮下に入る!」
 執務室から無理やり引きずって来られたウツギは、わなわなとこぶしをにぎった。
「──貴様! 初めから仕組んでいたのだな。あの王女もやはり偽物か!」
 かたわらでは、蒼白になったユウカゲが今にも倒れそうに身をふるわせている。

「ウツギ議員、貴殿が玉座を疎ましく思っていたようなので、わたしが名乗りを上げたまで。むしろ、感謝してほしいくらいだな。傀儡の王女を奉ろうとしたのは、そっちも同じだろう」
「お前が国を指揮するだと? 笑わせるな、元老院が黙っておらんぞ!」
「元老院など、やっかいな老害だと日頃からもらしていたではないか。望むなら消してさしあげるが、永遠に」
 その元老院は危険を察知して逃げたのか、王宮には誰ひとり見当たらなかった。
 
 思い当たったように、ウツギが顔色を変える。
「もしや、お前が前王を殺……!」
「勝手に食中毒を起こした王のことなど知らぬわ。此度とタイミングが重なっただけのこと」
 ハオウジュ将軍は、心外とばかりにふんと鼻を鳴らす。言及に答えるのも面倒になってきたのか、ウツギに銃口を向けた。
「わたしの配下に降るなら、これまで通り政と外交は任せよう」
「ならん! せめて二院制だ。王族でもないお前に統括権をわたせば、国や隣国にどのような波及が出るかわかったものではない」
「ウツギよ、わたしは貴殿と政治講義をするつもりもないし、これは要求ではない、命令だ。わたしに抗うと言うなら、血族諸共処刑台行きだぞ」
 将軍はちらと背後のユウカゲたちに目線を移す。ウツギに選択肢はなかったが、決断する勇気もなかった。

 アニスとツバキが桜城のクーデターを知ったのは、工場にもどってからのことだった。
「そんな……」
 作業員のミニタブレットに流れるニュースに、ツバキは軽くよろめいた。当然だが、自分は何も聞かされてはいない。
(ハッカはどうしてる?)
 将軍率いる近衛連隊側に命の危険はないとは思うが、問題はシュウカイドウたちだ。王族や王党派は、いつどうなってもおかしくはない。

(そして、王女捜索の件はもう──)
 クーデターが起きてしまった以上、王女の存在など誰もありがたがりはしないだろう。
 むしろ、世に出て来ないほうが、本人にとっては安全である。
 完全に気落ちするツバキに、アニスはおずおずと声をかけた。
「あの、お城が心配ですよね」
「……ああ」
「でも、リクドウさんの上官が起こした叛乱なら、きっとお友だちは無事ですよ」
「そうだな。だが、何もかも水の泡だなって……」
 
 工場のすみにどさりとすわり込み、ツバキは言いにくそうに口を開いた。
「……王女を見つけた者にはよ、城から莫大な賞与が出るはずだったんだ。リクドウ家の領地を買いもどすには、金が必要だ」
(ああ、そうか……)
 あのとき船上で歯切れが悪かったのは、捜す理由をストレートに言いたくなかったのかもしれない。
 アニスは、胸がきゅっとつまるのを感じた。

(功績を上げて、いつかリクドウ家を興し直すのが──)
 強い目で語ってくれた、ツバキが思い出される。
 しかし、その夢は叶わないだろう。それはアニスにとってもつらいことであったが、それ以上に、やはり自分の存在はツバキにとって、ただの任務でしかないという事実が悲しかった。
 
 黙り込むアニスに、ツバキがあわてて取り繕う。
「だっ大丈夫だ。城はあんなことになっちまったが、アニス博士の身柄は頃合いを見計らって、おれが責任持って学院に送り届けるからよ!」
 何も言葉が出てこず、アニスはその場を走り去る。
「あーあ怒らせた」「女の子怒らせたー」
 軽蔑の半眼でハモってくる作業員たちを蹴散らし、訳がわからずツバキはその場に立ち尽くした。

 ラジオのゲリラ放送や街中の巨大モニターでは、ハオウジュ将軍の声明文が流れっぱなしになっていたが、今のところ、処刑は告知されていなかった。
(とりあえず、王子たちは無事なんだな)
 彼らがふたりでツバキのことを捜すため城を出たことを知らない本人は、報道に胸をなで下ろす。
 だが自分も将軍から目をつけられているうえ、プリンセス殺しの指名手配も出ているので、簡単に桜城へはもどれない。
(まず先決は、アニス博士をどうするかだ)
 しかし加えて痴漢の嫌疑もかけられているので、マツリカ女学院へも行きづらい。ついでに金も底を尽き、アオイの治療費どころか、アニスを安全にコミューンへもどす手はずさえ整わなくなってしまった。
 
 こうなると、自分の今後のビジョンも当然見えない。ツバキはわかりやすく、頭をかかえ落ち込んだ。
 一方アニスは、これまで以上に商品の開発に打ち込んだ。あけノ島で取材し、教えてもらったレシピを早く試したかったこともあるが、何かに没頭しているほうが、余計なことを考えずにすんだのだ。
 それでも、
(道が閉ざされ、リクドウさんは悩んでる)
 憔悴しきったツバキを見ると心が痛む。そしてそのツバキは、
「二、三日でもどる。ここで待っててくれ」
 とアニスに言い残し、工場を出て行った。

「──あいつ、もう帰って来ないかもな」
 ぼやく作業員の頭を、別の男がべしっと叩く。ツバキを見送って立ち尽くすアニスが、となりにいたからだ。
 誰に言われなくとも、アニス自身そう感じていた。
 今の自分は彼にとって、なんの役にも立たないお荷物なのだから。

(……ねえ、アニスは好きなひと、いる?)
 アオイの声が頭で問う。
「うん、いるよ、アオイ」
 つぶやくアニスを、ふたりの作業員が訝しげに、そして少し離れたところからアカザが厳しい表情で見つめていた。
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